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言語道断の実に恥ずかしい服

真・土井中仮面WO(ダブルオー)タロウセブン改~覇王降臨編~


(事象の地平線上に、神々に見初められし虚無の堕とし子が一人、拘束具を付けられてもがいている。混沌と破滅の申し子、又の名を崩壊を齎す暗黒の寵児(以下、ノリ男と表記)が入ってきて、少年を立ち上がらせる)

ノリ男「ふふふ、愚かなガキめが、お風呂上がりに全ての母たる者の比護の下から離れて、ただ一人彷徨い歩き、この堕落を統べし者に捕まってしまうとはな」

(ノリ男、子供の前に出て両手を広げる)

ノリ男「そしてまたなんと愚かな聖別されし守護者たちよ。ラスト・チルドレンから目を離してしまうとはな。これではこんな(自分の胸に手をやる)澱みの権化に連れ去られてもしようがないな」

捕まった子「助けてー」

怪人ノリ男「(高笑いして)無駄だ。まったく、幾星霜もの過去から永劫の未来まで、防犯ブザーなどを装備し、逢魔が時になったら絶対に一人で出歩かなければ、このようなことにはならなかったものを」

捕まった子「助けてー」

怪人ノリ男「無駄だというに。今頃はエターナル・ガーディアンたちもお前を探しているのだろうが、このように時空連続体の渦多く身を隠せる十三次元空間や、人気のない場所を優先的に探さない限り、そう簡単には見つからないだろうな」

構造的虚数時空から産み落とされし虚無の化身(以下土井中仮面と表記)「そこまでだ、ノリ男!」

怪人ノリ男「むっ、声はすれども姿は見えず。何処にいる?」(土井中仮面を探して辺りを見回す。)

土井中仮面「(下手川から徒歩でやってきて)ここだ!商店街入口の、唯一にして絶対なる神の被造物のすべてが使用できる人力二輪走行車発着場に我が愛馬を止めてやってきたのだよ」

怪人ノリ男「げぇっ、無計画に商店の入口などに置かずにやってくるとは、ナマイキなやつめ」

土井中仮面「さぁ、お前の悪事もここまでだ、虚ろなる剣(ホロウ・バルムンク)!(振りかぶって投げる)」




ここまで読んだ時点で恐ろしい目眩を感じ、私は台本を閉じた。

随分と酷い脚本が出来上がったものだ!

焼却場前に集まった面々も、皆一様に渋い顔をしている。脚本家たる詩織だけが、何が嬉しいのか満面の笑みで、手を後ろに組んでいる。

奇妙なことに、演者たちの顔が苦々しく歪むのに比例して彼女の口角は上がってゆく。

かろうじて思索的と取れなくもない表情が主人の顔にゆっくりと浮かんで、二、三の言葉を口の中で噛み潰してから、彼は口を開いた。

「これはまた、大分、その、壮大になったね」

その言葉を皮切りに、詩織に向かって矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

「タイトルには一体何があったんだ」

「おい、この役名、いちいち口に出したりはしないよな」

「素直に自転車って言えばいいのに」

「虚数時空ってなんだ」

「僕のセリフは変わらないんだ」

これら全ての疑問に対して、詩織は眉一つ動かさず、

「今はこういうのが流行りなの」

傲然とそう言い放った。

主人が人質役をやるということを部員全員に話した時点で、なんとなく予想していた展開ではあったが、しかしこれほどまでのものになるとは思わなかった。

元来詩織には完璧主義者のきらいが合って、そのせいで私や葵が振り回されることも多かった。

人数も足りず、まだ互いに馴染めていない五月のぎこちない空気の中で決行された、体育祭での詩織指導による「完璧な」組体操において味わった苦痛を、私は生涯忘れないだろう。

今回のこれも、その発展系とでも言うべきものだった。恐らく詩織の頭の中には、今風でスタイリッシュなヒーローショーが壮大なスケールで描かれているのだろうが……。

しかし、詩織にも意外な弱点があったものだ。常日頃からなんでも出来ると豪語はしていたが、この台本はお世辞にもよく出来ているとは言い難い。

まだ不満の火が燻っているようで、ヘルメットのしたから覗く口元を尖らせて、仮面は台本を振った。

「僕の武器はカッターなのに、それを剣って言い張るのは無理があるんじゃあないか」

この言葉が詩織の心の何かに触れてしまった。

ぱっとスカートを翻すと、つかつかと近寄って、「あなたは」と彼の胸を人差し指で突いた。

「私たちと一緒で、今年の四月に転校してきたんでしょう。つまり土井中に来てから半年もヒーローとしての活動期間があったはずだわ。なのに、私はつい最近まで、土井中仮面なんて名前も聞いたことがなかった。仮にも正義の味方がそんな体たらくでいいと思っているのかしら、戦略的視野も持たずにのんべんだらりと日々を過ごすだけでヒーローになれると思ったら大間違いよ。そんなんだから、あなたのグッズよりも先に怪人まんじゅうなんてものができちゃうんじゃない」

キャラグッズとは思えない美味しさだったわ、と妙なところに憤る詩織に、しかしそのことを言う人間はいない。

「良いこと、今までの生ぬるい設定は全部なかったことにして、もっと無意味に小難しくしなさいな。こっちが理解できなくても、見る側が勝手に頭の中で補ってくれるわ、妄想力ってのは、そのためにあるんだから」

とんでもない言い草である。けれども、舌鋒鋭い詩織の口撃のとばっちりを受けないように立ち回ることに必死で、そんなことは誰も気にしてはいなかった。

「そうね、まずヒーローの父親は死んだことにしましょう。あなたが生まれる前に、悪の組織との一騎打ちに負けてしまうの。もちろん向こうも壊滅的な被害を被ったから、あなたがヒーローになるまでの時間は稼げるの。だけど、あなたは偉大なヒーローであった父親のことを、身の安全のために一切知らされずに育てらられるのよ、やがて復活した悪の組織から刺客がやってきて、あなたの平凡な日常は完膚無きまでに破壊されるわ。次々と襲い来る怪人たち、知られざる父の過去、度々遭遇する謎の美女。どうかしら、これだけ揃えれば、大人気間違いなしよ。たちまちこんな僻地を飛び出して、土井中仮面の名は全国に広がるわ。そして、同時に美人プロデューサー緋色院詩織の名前も……」

すっかりしらけた表情の仮面は、伸びきった袖を弄りながら詩織に反論する。

「僕の父さんはぴんぴんしてるし、極東第六支部はそんなに規模が大きいわけじゃあないんだよ、派遣できる怪人の数だって、たかが知れている。何より、この土井中に謎の美女なんていやしないじゃあないか」

「事実はどうでもいいの、大切なのは目を惹く設定よ」

それに、と付け加えて、詩織は芝居がかった動きで校舎の角を指差した。

「美女なら実際におりますのよ」

はっとして、詩織を除く十四の目が一所に集まった、その場所に謎の美女はゆっくりと現れた。

さて、ここで私は彼女の服装に対して、口惜しいけれど敗北を認めざるを得ない。

なんだか甚だ自画自賛めいたことを言うようだけれど(いや、この際断言しよう。このことは、私の密かな自慢なのである)、十四年間、私は他の一般的な同世代の人々より、いくらかは多くの読書をしてきたのである。

小学生の時には「たくさん本を読んだで賞」を受賞して図書カードを得、それが五千円分という高額なものであったせいで母親に使用を禁じられ、枕を濡らした悲しい思い出をも持っているのである。最近では、解禁になった図書カードで純文学にも手を出し、「斜陽」や「乙女の港」なども苦労しつつ読み通していたのである。

つまり、語彙には少なからず自信があったのである。

けれども、この美女の衣服に対して、私は個々のパーツの説明すら出来なかった。

とにかく、言語道断の実に恥ずかしい服だったのである。

といっても、別にセクシュアルな格好であるというわけではない。

むしろ全体的にだぼだぼで、体のラインなど全くわからない上、口元以外に肌の露出している部分は一切ありはしない、中性的で暑苦しい格好である。

にも関わらず、趣味も性別も異なる七人の男女を、羞恥のあまり沈黙させてしまうほどの圧倒的な何かが、その服には確かに存在しているのである。

件の美女は、ぎこちなく身をくねらせて仮面に近寄ると、奇怪な角度に首を捻じ曲げて、

「ごきげんよう、土井中仮面」

仮面は下を向いたまま早口に返す言葉を呟いた。ヘルメットの下の顔が赤くなたのは、きっと声で彼女が誰なのかを知ったからだろう。

特徴的な甘ったるい声と、何より豊かにたくわえられた見事な桃色の髪の毛を見れば、嫌でも正体がわかるというものだ。

恐らく、ここに居る全員が気付いているに違いない。

全く、詩織に脅されたのだろうが、よくあんな格好ができるものだ。私は心の内で、真風四子に奇妙な尊敬の念を抱いたのである。

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