二度目の帝国
男たちが戦争のために国を出払っている間、帝国領内の残された人々は、普段と変わらなぬ生活を送っていた。これまで戦争はよく合った為に、また、常勝だったために今回も勝つと思っているのだ。帝国の人々は、戦争に関して少し感覚がマヒしているともいえる。
もちろん、夫や恋人、息子が死ぬかもしれない。それに対して不安はあるのだ。しかし、今回もきっと圧勝で無事に帰ってくると、信じて疑わないのである。
そんな風景を、城のてっぺんから見下ろす影が二つ。
「……戦争中にこの風景、帝国の人間、おかしい?」
「勝ち続けたが故の感覚なんだろうね。こうなっちゃうのも、仕方がないっちゃ仕方がないかな」
リュートとメアリーだ。
昼になりかけのこの時間帯に、二人はこの場所に転移してきたばかりなのだ。
「……リュート様、皇帝に挑戦状を出したのは聞いた。でも、なんで明日の夜なの?場所も、ここじゃなくていいと思う……」
「場所は相手の陣地内の方が燃えるじゃん。日にちに関しては、今日は少し調べ物があってね。メアリーに手伝ってほしいのはこっちなんだ」
「……調べもの?」
この日は曇り。いつも以上に薄暗い。本来なら気味の悪い日だと思うのだろうが、これから忍び込もうとしているリュートたちとしては嬉しい天気だ。
それに合わせ、二人の服装もいつもと違う。
リュートはもはやお馴染みともなっている“怪盗シルバー仮面”の服装だ。そして、問題はメアリーの方である。いつもの真っ黒なゴシック調のロングスカートではなく、黒のスーツにマントとシルクハット。顔にはリュートとおそろいの、黒い仮面をつけ、髪は後ろで一つにくくってある。
全身がまっ黒だが、リュートの姿に酷似しているのだ。
「メアリーはその姿のときは、“怪盗ブラック仮面”ね。僕とおそろいだ」
「……おそろい」
照れたように言うメアリーだが、おそろいの服装は奇天烈なものだと理解してほしい。
「それじゃあ行こうか、ブラック仮面」
「……了解、シルバー仮面」
二人はその場から足元の屋根を音も立てずに消し、いとも簡単に侵入を果たした。
***
「……侵入成功。あっけない……」
「今は兵士はほとんどいないからね。手薄だし、侵入そのものは簡単だよ」
しかし、それでも誰もいないというわけではない。もちろん、衛兵や場などを守る兵たちもそれなりに多いし、皆が腕の立つ戦士でもある。
「本当に大変なのはこれからだよ。探すのは、『龍神教に関する資料』もしくは『ウロボロスについての何か』だね」
帝国は以前、龍神教とつながりを持っていた。玉妃でいろいろ実験もしていたのだ。何かしらの資料を持っていると考えてもいいだろう。また、この戦争中に“竜滅の神器”とも関係していたのがわかった。
それらを調べることが、今回の目的である。
「二手に分かれて調べるよ。そっちの方が効率がいいからね」
「わかった」
そう言い、メアリーは扉を出ていく。もちろん、外の様子を確認したうえでだ。
「まずは、この部屋からだね」
リュートはまず、今いる部屋――王の執務室を調べることにした。ここは以前侵入した際もある程度みているが、たいして変わったところはなさそうだ。
とりあえず、近くの本棚から片っ端に本をとってはパラパラめくっていく。帝王学などという日本でもお馴染みの本や、効率的な戦争等という本もあった。これらはかつての皇帝たちの実歴を基に描かれているらしく、日記、もしくは歴史書と言ってもいいかもしれない本だ。
いろいろ見ていくが、それらしい本はなかった。肩を落とすも、気持ちを切り替えて別の場所に行こうとする、その時だ。一番上の角にある本、その本だけが取れなかったのだ。
「……まさか、いやでも、そんなベタな方法って……」
試しにその本を押してみると、ガコッという音がして、本棚が後ろに引き、そこに通路が現れた。
「本棚の後ろに隠し通路って……王道過ぎてなんだかなぁ……」
あまりに出来過ぎな気がして肩透かしを食らったような気持ちになるリュート。しかし、もちろん行ってみる価値はある。隠すということは、それ相応のものがあるはずなのだ。
明りはないため、指先に光を灯しながら階段を下りていく。カツン、カツンと耳の奥に響く音をたてながら、ゆっくり降りる事5分。それなりに長い階段だったらしい。ようやく、扉の前に着くことができた。
「さてと……いったい何が隠されてるのかな?探しているモノ関係なら大歓迎なんだけど……」
ゆっくりと扉を開ける。中にあったのは――――魔導具の数々がきれいに並べていた、保管所のような場所だった。
「まるで、魔導具だけの博物館だな。皇帝はコレクターなのかな?」
そう言いたくなるほどの数の多さ。見ただけで使用方法がわかるようなものから、いったい何なのかわからないようなものまでより取り見取りだ。
その中には、メアリーが持っていた映像魔法具もあったのには驚いた。しかし、一番驚いたのは真ん中にこれでもかというほど存在感を出している、竜の銅像だ。雄々しく吠えるかのように首を上げ、翼を目一杯広げる姿は圧巻ともいえる。大きさとしてはリュートの三分の一程と少し小さめだが、それでも十分に大きい。
しかし、使用方法が全く分からない。魔導回路があるので魔導具であることには間違いないのだが、魔力を流しても何も起こらないのだ。しかし気にはなる。というわけで、リュートはその像をアイテムリングの中に収納することにした。
「さて、と。他のはどうするかなぁ。正直、僕は魔導具にはあまり興味がないんだよね。かといって、壊すというのも忍びないし……そうだ!」
閃いたリュート。結局、すべての魔導具をアイテムリングに収納した。理由としては簡単、いつもの如く、ただの嫌がらせである。壁に大きくシルバー仮面のサインを書くリュート。
この部屋の中に入って唖然とする皇帝の表情を思い浮かべ、なんだか口元がニヤニヤしてしまうのは仕方がないだろう。
「もうここには用はないし、結局目当ての物もなかったな。さっさと次の場所に行こう」
落胆するも少しばかり気持ちがすっきりしたリュートは、再び階段を上り、別の場所を探していく。
兵士が以前より少ないということもあり、簡単にあちこちを探ることができる。とはいえやはり城の中は広く、それでいて部屋の数が多すぎる。一つ一つの部屋を探していれば間違いなく日が沈んでしまう。
「う~~ん……やっぱり、前みたいに地下の方を探したいいのかもなぁ……」
ガルガントは地下の巨大な空間の中で造られていた。ならば、その周辺の部屋には研究施設があると考えてもおかしくはないだろう。しかし、道がわからない。以前は地面を消していっただけなので簡単についたが、前回と同じことをしたくないのだ。それが一番手っ取り早いのはわかっているが、気持ちの問題である。
であれば、どーするのか。悩んでいるとき、背後に突然、魔力の揺らぎを感じた。魔力の持ち主は誰かわかるので、焦らずに振り向く。
「どうしたの、ブラック仮面?」
……やはり、この状態ではそう呼ぶらしい。メアリーは“属性変幻”による影の状態のまま、少し悩んで言った。
「……シルバー仮面、ちょっと一緒に来てほしい。見てもらいたいものがある」
「……わかった、ちょっと待って」
神妙な雰囲気を出す彼女に、何かあったのだと察するリュート。彼もまた“属性変幻・闇”を発動し、メアリーに繋がって影転移をした。
***
転移した先で見た光景、それにリュートはまず驚き、そして、怒りや悲しみが混ざったような表情をする。
そこにあったのは、巨大なゲージ。それも一つではなかった。大きな空間の中に、巨大なゲージが約20個。その中にいたのは、すべてワイバーンだった。もちろん、例の操獣リングを付けられ、体中に黒くひび割れのようなものが浮かび上がっていた。
しかし、今回はそれだけではない。全匹が、身体の一部に機械を取り付けられていたのだ。いわゆるサイボーグ化というやつだろうか。しかし、明らかに無理して接合している。身体に多大な負荷がかかっているのは見て分かるのだ。
しかし、ワイバーンたちは悲鳴を上げない、暴れない。操獣リングによって声を出したり暴れたりすることが許可されていないためだ。
「……ひどい」
「……リュート様、どうにかしてあげて?」
さすがにここではふざけることはできない。メアリーの悲壮感のつまったお願いに、リュートは頭を優しく撫でてやることで答えた。
一歩前に出る。全体を見渡し、両手を向ける。
「苦しかっただろ?意思とは関係なしに好き放題に操られ、身体を弄られる。僕が、その苦しみから、死でもって解放してあげるよ。もう、それ以外にはどうしようもないからね……」
銀の光が溢れ、リュートの前方全てを包み込む。
銀の魔力は、すべてを消滅してしまう。それゆえ恐怖にも似た感情を持つことが多かった。しかし、メアリーは目の前の光景を感じて、暖かい、そう感じたのだ。ワイバーンたちの苦しみを消し去る、優しい魔力だと感じた。
そして同時に、悲しいとも感じた。おそらく、リュートの心情を表しているのだろう。死によってでしか救えないことに、悲しみを感じているのだ。やはり、リュートは優しいなと、改めて思ったメアリー。
「……ごめん。君たちが安らかな眠りにつくことを、祈っているよ……」
さらに光が強まる。苦痛を与えない為、一瞬ですべてを消滅させるために魔力を上げたのだ。望み通り、光が収まるとそこには何もかも消えていた。ワイバーンも、囲っていたゲージもすべてだ。
ふと、背中に重みを感じる。見てみると、シルクハットと仮面をとったメアリーが体を預けていた。
彼女はリュートの腰に手を回し、精一杯の感謝と愛をこめて言う。
「……ありがと、リュート様。ありがと、あの子たちを救ってくれて」
腰に回す手をさらにギュッとして、もう一度。
「――――ありがとう」
メアリーの優しさが胸に染み渡る。彼女の手の上に自分の手をそっと重ねて、弱々しい笑みと共に答える。
「――――うん」
二人はしばらくの間、その場から動かなかった――。
***
その後、改めて城の中を探し回ったが、結局それらしいものは見つからなかった。図書館のように本が所狭しと置かれている部屋もあったのだが、二人で探してみてもやはり見つからなかった。
そこで結構な時間がたっていたらしく、外はもう月が昇っている頃だった。
これ以上探してもおそらく無駄だろうと諦め、二人は城を抜け出した。もちろん、ばれることは一切なかった。
近くで宿を探し、そこに泊まることにした。帝国領内でだ。もちろん、怪盗のコスプレはやめ、頭までフードでかくしてだ。帝国は冒険者も多いため、この格好で歩いていても怪しまれることはなかった。
それなりに高い値段を払ったかいがあったらしく、二人が止まる部屋は質の良いベッドや、なんと風呂もついていた。
フードをとるわけにはいかない為、食事も隅でとった……が、高い宿だけあり、料理もかなり美味しかった。満足のいく味だったことに上機嫌な二人。
そして交代で風呂に入る。先にリュートが入り、今はメアリーの番だ。その間に、少し考え事をしているリュート。
「う~ん……やっぱり、おかしいなぁ」
「……何がおかしいの?」
「いや、実はさ……って、メアリー!?い、いつの間に!?ていうかその格好は何!?」
突然横から話しかけられ、驚くリュート。気配を感じなかったことにも驚いて振り向くが、振り向いた先にはそれ以上の驚きがあった。
メアリーはタオルを身体に巻いただけで、他には何もつけていなかったのだ。
風呂上がりによって薄紅色に上気した頬や体。さらに艶めいた、黒い髪。首のあたりを一筋の水滴が垂れていくのを見て、胸が大きく跳ねるリュート。
幼さを残す体つきでありながら、怪しげな魅力を醸し出すメアリーは、上目使いで不思議そうに首をかしげてリュートをまっすぐに見つめている。はっきり言って破壊力が凄まじい。
しかし、リュートは理性を集中させて話を続けようとする。
「い、いや、実はね。今日探して気づいたんだけど、竜に関するすべての資料が無いってことなんだよ。普通、ワイバーンにあれだけの改造をしていたらそれに関するデータがあるはずだし、玉妃のデータがないってのもおかしい。龍神の巫女のデータなんて、二度と取れないだろうからね。それなのに、何一つ見つからなかった」
「……結論として、リュート様はどう思ってるの……?」
さらにグイッと体を寄せてくるメアリーにドギマギしつつ、何とか答えることに成功する。
「ぼ、僕としては、誰かが作為的にやってると思ってるんだ、よね……ちょ、メアリー、近いよ?」
いつの間にか、メアリーはリュートの頬に触れるかどうかという位置まで接近していた。濡れた瞳がまっすぐにリュートを見ている。そのまま、ゆっくりとその艶やかな唇を開いた。
「……リュート様、今は、二人っきり、だよ……?」
「~~~~ッ!?」
その言葉が切っ掛けだった。
リュートはメアリーの華奢な肩をつかみ、勢いよくベッドに押し倒す。
「……メアリー、そこまでされたら僕だって、手加減できないからね?」
「……好きにして、いいよ」
もう、我慢できなかった。いつものように優しくはできず、貪るような激しいキスの嵐。
「んんッ……ふッ……!」
首に手を回し、体中に電気が走ったかのように揺れ動くメアリー。リュートはそのままタオルに手をかけ――――
二人の体は重なった――――。
このとき、リュートは大きな過ちを犯していた。後から気付いて後悔することになる。そう、彼は、周囲の壁に防音対策をするのを忘れていたのだった……。
少しだけ重要なものを入れ、あとはメアリーとのイチャラブだけの話でした。
チャンスは逃がさない、それがメアリーです。今度はユスティとのイチャラブも書きたいですね。
次回もよろしくお願いします!




