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「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
「うわあああァぁぁぁぁあああ!?」
耳をつんざくような悲鳴がした。その声は、ターナリア、カレン、ウルの三人のものだった。
一瞬で声の発信源を理解したリュートたちは、すぐさまその場を離れ、彼女たちのもとへ向かう。かなり速いため、まったく戦闘能力のないユスティはリュートに抱えられている。
俗にいう、「お姫様だっこ」だ。ユスティは、表面では心配そうな表情はしつつも、内心では
(こ、これが「お姫様だっこ」というものですわね!?リュート様にされるだなんて、これは夢でしょうか!?ああん。もう、このまま死んでもいいくらいですわ……)
と、キャーキャー騒いでいたりする。
そうしてすぐに、リュートたちはウルら4人の元へ着いた。距離はさほど離れていなかったため、それほど時間はかからなかった。
「みんな!?どうした……の……」
リュートが無事を確認しようとする。しかし、その声は徐々に小さく消えていった。
ウルたちの前にいたのは、大きな黒い光沢を持った虫のような生き物だった。昆虫のような6本3対の足を持ち、背中には頑丈そうな鋼殻がある。口元と思われる場所には、ギザギザの歯がところ狭しと生え並んでいる。地球で言う大型トラックほどの大きさだ。
そんな凶暴そうな生物が、全部で5体いた。
リュートの声を聞いたウルたち4人は、すぐさま彼の後ろに隠れた。それも、普段からは想像できないほどの速さでだ。女性陣たちの顔は、嫌悪で歪んでいる。あのメアリーやイレーナまでもだ。
「ターナリア……あれ、何……?」
リュートが震えた声でターナリアに問いただす。そんなリュートに驚きつつも、ターナリアは元冒険者としての知識から説明を開始する。
「あ、あれは『Gヘイツ』といい、頑丈な鋼殻は物理的攻撃をものともせず……魔法耐性にも高く……また、その、あのような見た目なため、Bランクに指定されている魔獣です……」
なんと、あの魔獣たちはBランクもの高ランク魔獣だったのだ。聞くと、「Gヘイツ」は高い防御力から攻撃が効かないということで多くの種族に嫌われており、女性からの恐怖の声がスゴイらしい。また、死体からは強烈な臭いを放つため、他の魔獣たちも近寄らないそうだ。
奴らは雑食であり、食欲のみで動いているらしい。そのため、目の前を通る動いたものは、なんでも食べてしまうそうだ。
噂では、ギルドでは大陸一絶滅希望種と呼ばれているとかいないとか。
そんな、見るものすべてを生理的悪寒が襲うかのようなそのフォルムは、ある生物を連想させた。
「ゴ、ゴ……」
「ゴ?どうしましたの!?リュート様、大丈夫ですか!?」
ガタガタと尋常じゃない震えを見せるリュートに、その場にいる全員が驚き、心配する。
「ゴキブリじゃないか……!!」
そう、奴らはゴキブリの気持ち悪さを三割増にしたような魔獣だったのだ。
実はリュートは、大のゴキブリ嫌いだったりする。
小学校5年の時、リュートは数人の男子にいじめにあっていた。リュートの自由すぎる性格が気に入らないという理由だ。しかし、靴を隠す、机に落書きをする等の行為はリュートにとってはなんとも思わないものだったらしく、普通に学校生活を送っていた。そんな態度がさらに気に食わなかったらしく、いじめっ子数人はついに、コトを起こしたのだ。
給食の時、リュートが目を離した隙に、コーンスープの中に家から持ってきたゴキブリを入れたのだ。それに気づいていないリュートは、思わず飲みそうになったが、なんとか気づき、飲むことは無かった。
しかし、今から飲もうとしていたスープから虫が、しかも、日本人の敵とも言えるゴキブリが現れたのだ。小学生にはあまりにもな衝撃だっただろう。
実際、その後リュートは、ゴキブリを見ると怯えるようになってしまった。
Q:そんな彼が、大型トラックなみの気持ち悪さ三割増のゴキブリ5体を見たら、どうなるか。
「うがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁアアアアアアぁああああ!!??」
A:顔を青くし、発狂する。
突然大きな悲鳴をあげるリュートにギョッとする一同。その悲鳴からは、先ほどのウルたちの悲鳴とは比べ物にならない程の恐怖・嫌悪・絶望が聞き取れる。
ユスティたちは悟る。リュートの仮面の中は、恐怖で歪んでいるのだと。
リュートの絶叫に触発されたのか、「Gヘイツ」たちは一斉に動き出した。カサカサと音を出しながら動く「Gヘイツ」たち。やはり、ゴキブリである。
「「「ひいいいいいぃぃぃぃいいいいい!?」」」
そのことに寒気を感じつつ、ウルたちは悲鳴を上げてリュートにすがりつく。そのとき、何かが切れるような音がした。
――プツン
「プツン?」
見上げてみれば、先ほどまで顔を青くし、絶叫していたリュートが完全に無表情となっていた。さらには、全身から膨大な魔力を放つ。思わずウルたちが、遠ざかってしまうほどの魔力量がだ。
しかし、本能=食欲の「Gヘイツ」には関係ない。そのままリュートたちへと向かってきた。
そんな奴らに、リュートは右手を向ける。そして――――。
――――数々の大魔法とも呼べるものを連発した。
炎で焼き、水で窒息させ、氷で動きを止め、電撃で体内を感電させ、土で潰し、光線で貫き、影の刃で切断する。
あらゆる魔法のオンパレード。
その威力は森を吹き飛ばし、地面を抉る。周囲に甚大な被害を与えつつ、それでもリュートは止まらない。
Gヘイツ5体はリュートの魔法に耐えることができず、すでに5体ともボロボロになって死んでいる。頑丈なはずの鋼殻は粉々に砕けていることから、リュートの魔法の威力が伺える。
しかし、やはりリュートは止まらない。それどころか、魔法の威力が徐々に上がってきている気がする。
ただただ無言で、まるで機械のように魔法を放つリュート。そんな彼の様子におかしいと気づいたメアリーたちが、慌ててリュートを元に戻そうとする。
「リュ、リュート様!?もう終わりましたわよ!?」
「リュート様、落ち着いて」
「お兄ちゃん!?しっかりして!!」
「だあああ!もう、しっかりしろご主人!!」
「ご主人様、どうされましたか!?」
「落ち着きください!!」
それぞれがどうにかしてリュートを元に戻そうとする。しかし、リュートに彼女たちの声が届いた様子はなく、まったく止まる様子はない。
「ど、どうしましょう!?リュート様、全然止まってくださいませんわ!」
ユスティが慌てる。しかし、全員の口から良案が出てこない。その間にもリュートは止まらず、ついには混沌魔法を使い出した。
「……私がいく」
メアリーが決意した表情で告げる。それに驚く他の女性陣。
「メ、メアリー様、何か秘策でもあるんですか?」
ターナリアが尋ねる。それに対して、少し頬を赤くしつつもメアリーは頷く。
そして、みんなが見守る中、メアリーはリュートに近づく。リュートは近づいてくるメアリーに気づかないようで、まったく動じていない。
メアリーはリュートの左側に立ち、彼の顔を向ける。
「リュート様……しっかり」
その一言と共に、メアリーはキスをした。
「「「なぁぁあああああっ!!??」」」
驚愕の声が響き渡る。以前のような触れ合うだけの軽いキスではなく、長く、深く、情熱的なキスだった。
「んんっ……」
メアリーとリュートが身じろぎする。そのまま10数秒ほどたち、メアリーはリュートから離れた。口元を両手で抑え、赤くなりながらも恥じらうその姿は、幼くもありながら、ゾッとするような色気を放っていた。
しかし、すぐにユスティが問いただす。
「メ、メアリー様!!な、なぜキスをしたのですかぁ!!」
「昔、眠った王子様はお姫様のキスで目を覚ます、という物語を読んだ」
「物語でしょうがぁぁぁあああっ!!!」
ユスティの全霊を込めたツッコミが木霊する。ハァハァと息を切らせ、一国の姫にあるまじき姿を見せてしまう。
「でも見て。リュート様、少し正気に戻った」
見れば確かに、リュートは動きを止めている。しかし、完全に正気に戻ったわけではないようだ。
メアリーは一つ、確認するかのように頷き、ユスティを見る。
「もう一踏ん張りすれば、リュート様は正気に戻るかも。次はユスティの番」
「ば,番って、一体何のことですの!?」
「もちろん、キス」
瞬間、ボッという音が聞こえてきそうなほど、ユスティの顔が一瞬で赤くなった。
「キ,キキキキキスを!?私がですか!?」
動揺しまくりのユスティ。それに対して、メアリーの目は真剣である。
「そう。嫌なら、もう一度私がする」
「やりますわ!!」
メアリーがもう一度、と言った瞬間、ユスティは即答した。しかし、勢いで言ったため、決心ができていない。
「やるなら、早く」
メアリーが急かす。仕方なく、ユスティはリュートの前に立つ。今は魔法を放つことは止めているため、前に立っても安全である。
胸がドキドキと脈打ち、思わず祈るような姿をとってしまう。
(うう……リュート様とキスだなんて。胸が張り裂けてしまいそうですわ……。で、でも、リュート様には元に戻っていただきたいですし、やるしかありませんわよね!!)
心の中で正当な理由付けを終え、いよいよ背伸びをして。キスの体制に入る。
そして触れ合う、二人の唇。メアリーの情熱的なキスとは違い、唇の先端同士が触れ合うだけの、やさしいキスだ。
キスを終え、とたんに座り込んでしまうユスティ。
「ユスティ様!?服が汚れてしまいますよっ!?」
ターナリアが慌てて近づいてくるが、ユスティの耳には届いていないようだ。小さく、「キス……リュート様とファーストキス……」と呟いてばかりである。
その時、バタッと音がした。見ると。リュートが倒れていた。気絶したらしい。
***
数十分がたち、ようやくリュートが意識を取り戻した。目を開けると、自分を心配そうに覗き込んでいる家族たちがいた。一人、顔を真っ赤にしている者がいるが。
「どうしたの?みんな揃って」
「どうしたのって、ご主人、まさか覚えてないのかい?」
「覚えてないって、一体何をさ?」
どうやら本気で何も覚えていないらしい。顔を見合わせ、どう接するかを考える女性陣。
なにせ、リュートはGヘイツを見た瞬間尋常ではないほど震え、あまつさえ、錯乱してあらゆる魔法ぶっぱなしたのだ。さらに、リュート自身、何が起きたのかを把握していないようである。本当のことを言わないほうが良いのは明白だろう。
リュートの脳は、あまりの恐怖に限界を超え、記憶をシャットダウンしてしまったらしい。ここで起こったことすべてをだ。
そのことを知った者たちの中で、反応が二つに分かれた。
もう錯乱しないと、ホッとする者たち。これは奴隷四人組だ。
もうひとつの反応は、思いっきり落ち込んでいる者たち。メアリーとユスティだ。
「あの二人、一体どうしたの?」
「あーその、まあ、かなりショックなことがあったんだよ。まあ、イレーナに任せておけば大丈夫だと思う」
リュートが尋ねるが、ウルは口を濁し、答えづらそうに話す。首をひねるリュートだが、落ち込んでいる二人のもとへイレーナが向かい、少しばかりの会話で元気になったため、気にしないようにした。
何故、メアリーとユスティが落ち込んでいたのかと言えば、それは、リュートが二人とのキスも覚えていないからというものだった。
メアリーは2回目とはいってもかなり情熱的なキスだったし、ユスティに至ってはファーストキスである。これらを忘れられていて、落ち込むなというのが無理である。
「まあ、いいけど。それより気になっていたんだけどさ。ここら一帯、どうなってんの?」
ドキっとする女性陣。彼女たちの額に冷や汗が流れてきた。
見ると、リュートの前方には大きなクレーターがあり、木や草、岩やGヘイツの死体など、あらゆるものが綺麗さっぱりなくなっていた。リュートが最後のほうで放っていた。混沌魔法によるものだ。
「ま、まあそんなことよりも!?今日は疲れましたし、屋敷に帰りましょう!」
「そ、それがいいですわ!もう休んだほうがいいですわよ!!」
「それがいいと思うぜ!」
焦った様子で迫る女性陣。その鬼気迫る、というような様子を訝しみ、何か聞きたそうな顔をするリュート。しかし、元高校生のリュートのは、複数の女の圧力には負けてしまったのだ。
結果、リュートは納得いかないというような雰囲気であったものの、転移によってみんなと屋敷へ戻った。
こうして、思わぬハプニングの起こった怒号の1日は、終わりを迎えることとなった。
リュートが壊れた、という話でした。どうだったでしょうか?
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