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姫と火の槍


「違うの!聞いて」


ルリアの突然の声に皆が振り向いた。


敵国リヴァイア騎士団はこちらの10倍の数でこの街、グダンチアを包囲している。


仮に、奇跡的にリヴァイア騎士団を追い返せても次はジクセン王国が同盟国ノーランドを救うという大義名分で、さらに上回る力でこの街を「解放」して居座る。そして乗っ取る。


絶望に絶望を重ねたようなこの状態を、どう打開するというのだこの王女様は。


皆がそう思って、8歳の少女を見つめる。



確かに2日前、この少女ルリアは神の力と言えば皆が納得するような奇跡を起こした。


気球を飛ばして、空を飛んで、ありえない速さで王都からここまで飛んできた。大空を飛ぶなんてことは、鳥と天界の者しかできないと信じられているこの世界では、まさしく奇跡だ。



それがあったから、街を守る副隊長と領主のコメルジェフは半信半疑ながら、ルリアがまた“奇跡”を起こしてくれると信じている。


しかし、同行してきた王族セルディエフは見抜いていた。ルリアが果たして、どういう仕組みで空を飛んだか知らないが、それは奇跡などではないこと。限界があること。そして今がその時だと。


ルリアは所詮人間。自分と同じ王族の一員に過ぎない。神話の天界人のように、指ひとつで大地を崩壊させたり、海を割ったりできない。


冷や汗をかき、右往左往して、考え事をしているのを見れば、分かる。


きっと、今回も我々を鼓舞するために“奇跡を起こす”とでも言うつもりなのだろう。


「だめだよルリア。他の人は騙せても、俺を騙すことはできない。君は天才かもしれない。でも結局、人なんだから」

セルディエフはこころの奥でそうつぶやいた。




この場にもうひとり奇跡という言葉で騙せそうにない人がいた。ルリアに仕組みを教わり、気球を作った錬金術師シュバイツだ。この男、いつの間にかいなくなったと思ったら、いつの間にかまた現れた。


混乱があるとはいえ、厳戒態勢のこの館をフードをかぶったアヤシイ格好で出入りして誰にも気づかれなかったようだ。



ルリアはふと思った。自分がルリアとして生まれる前の記憶にある21世紀の科学知識。これを使って奇跡と皆に言わしめているだけの自分と違って、この男、シュバイツは本当に消える魔法でも使えるんじゃないかと。


ルリアはひとつ、頷くと皆に向かって言った。


「皆の者、私はこれからあの大軍を追い散らす。空を飛ぶこと以外にも、私にはいろいろなことができるの。もうひとつ、奇跡をお見せするわ」


目に輝きが灯り、全身全霊で拍手をしたのは領主コメルジェフと現地の高官・側近のみ。ルリアと一緒に気球に乗ってきたシュバイツとセルディエフの反応は冷たかった。



「それで、ルリア殿下。具体的にどうするというのですか。これから考えるというのは、無しですよ」


セルディエフは淡々と言う。


鼓舞するルリアの出鼻をくじく質問で申し訳ないと思いつつも、奇跡、奇跡と言われて滅ぶところまで付き合わされたらたまらない。


「いいわ。じゃあ説明するから皆こっち来て」


まさか既に対応策があったのか。出鼻をくじかれたのはセルディエフの方だった。さっきまでの冷淡さも無くなり、真っ先に机に向かう。


相変わらずシュバイツは冷たいままだ。壁に体を預け、そっぽを向いている。


「たぶんジクセン王国軍が国境付近まで来ているはずよ。この街が陥落したら、真っ先に“解放”という名目で攻め落とすためにね」


「それはそうでしょう。彼らは私達がこの街を自力で守りきらない限り、必ず来ますよ。そのためにジクセンどもはリヴァイア騎士団をけしかけたんですから」

とセルディエフ。


「そうでしょ。でもジクセンは敵じゃないわ。建前だけども、国際関係上は間違いなく私達の同盟国なの」


「何を言っているんですかルリア殿下!彼らは我々の街を狙う輩ですよ!敵国よりも厄介だ」


「落ち着いてセルディエフ。ジクセン王国を利用するのよ。包囲しているリヴァイア騎士団に“ジクセンの大軍が援軍に来て間もなくあなたたちを壊滅させる”と伝えればいいのよ」


「しかし、ジクセン王国軍は街が陥落して我々が滅亡しない限り、リヴァイア騎士団討伐なんてしないでずっと国境あたりに陣取って動かないはずですよ。漁夫の利で街を取りに来ているんですから」


「いいのいいの。ジクセン軍は存在していればいいのよ。実際来る来ないはどうでもいいの。リヴァイア騎士団たちに来るかもしれないって思わせられればそれでいい。我が国の同盟国軍が意味もなく国境付近に集結なんてしないからね。こちらに向かっていると思わせられれば慌てるはずよ」


「そんなうまく行きますかね。その方法は僭越ながら私もふと考えたのですが、どうしても包囲している敵と連絡を取る手段がないのですから、無理ですよ」

セルディエフが残念そうに言った。


奇跡と聞いて信じてしまった自分が情けない。やっぱルリアは8歳の女の子に過ぎないのだ。そう思った。


「うまくいくの!って言っても信じてもらえないでしょうから、連絡の取り方は後で説明するわ。ちょっとそこのシュバイツ、付いてきてくださる?」

そう言うとルリアは冷めたシュバイツを連れて隣の部屋へ行ってしまった。


王族でもない、もともとの家臣でもない部外者に近いシュバイツと王女を二人きりにするのは、保安上大問題だが、国家存亡とも言える状況じゃ保安もなにもない。誰も止めなかった。





「白旗を揚げて、高官同士が会談することはできないのですか」

ルリアとシュバイツが消えた部屋で副官が恐る恐る質問する。


「それができるのは取り決めをしている同じ宗教の国家同士だけだ。リヴァイアのような蛮族相手じゃ何されるかわからん。それに君、今は夜だぞ。夜に白旗を揚げたって意味ないし、日が昇る前にこの街は陥落しているかもしれない状況なんだ」

コメルジェフがたしなめる。





日が完全に落ちきった午後7時ごろ。


ルリアはシュバイツにひとつの相談をした。


冷めていたシュバイツはその内容を聞いて熱がこもったように興奮した。


「っは!まさか!ただの王女様ではないと思っていたが、まさかそんな、殿下に火薬の知識がお有りとは!」


別人のように飛び跳ねるシュバイツ。


「ええ、あ、でも火薬の作り方とかそういうのは知らないのよ」


「大丈夫です。私は遥か東の国から伝わったというその火薬についての知識もあります。調合はお任せを!このシュバイツ、一度本を見て覚えたものは何一つ忘れません!この街はノーランド最大の港町!材料はあります問題は…」

シュバイツはルリアの描いた簡単な設計図を指差して言った。


「これです。火薬の力で火を吹かせ、空を飛ばすもの。これを使って敵の司令官に手紙を撃ち込むという殿下の考え、奇想天外!これならみんな奇跡と言っても信じるでしょう」

興奮しながら話すシュバイツ、次の瞬間一瞬で顔色が曇った。


「…あ、しかしですね殿下、この空を貫く筒、東方の国から伝わったものでして、200年くらい前の錬金術師が一度同じようなことを試みたのですがその…問題がありまして」


「なぁに?」

ルリアが少女らしい顔で覗き込む。


「いや、どこに飛ぶか分からないのです。決して狙った方向に飛んでいかない、魔の道具でして。その錬金術師も実験中に自宅に筒が飛んでいって、火薬に当たり、自爆で果ててしまったそうで。殿下のお考えのように、これを使えば確かに遠くに文書をくくりつけて飛ばせますが、前後左右、どこへ飛ぶのか分からないのでは、難しいのではないかと」


「これね。うん。それは大丈夫だわ」


「えっ!」

あまり挑戦する錬金術師が居なかったとはいえ、200年近く解決しなかった問題を簡単に大丈夫と言ったルリアを見てシュバイツは心の奥底から驚愕した。


「どうして可能なの?って聞かないの?」


シュバイツは驚愕のあまり、次の言葉を失っていた。


「え、ああ、申し訳ありません。どうして可能なのですか」


「いいわ、教えてあげる。こんな形の羽を、こうやって後ろに付けてあげればいいのよ。あと本体の長さはこれくらいね」


「え、それだけですか?」


「うん。あとは適当な発射台作ればいけるわ」


現代のロケットは安定翼があるお陰で安定して直進する。

翼を重心より後ろにつけることで、ロケット本体がまっすぐ飛び、曲がりにくくなる。


現世では大昔、棒を使って代用していた。これら処置が無いとロケットはあらぬ方向に飛んでしまうのだ。



ルリアは思い返した。かつて自分が生きた時代の科学の話で、ロケットというものは昔からあったけど、なぜか羽をつけるという発想がずっと生まれなかったことを。


たったこれだけなのに、人はどうして気がつかないものなのか。


とはいえ、ルリアが今生きるこの世界では、ロケット工学とか、空力という単語すら存在しないから、安定翼という発想は生まれないのはしょうがない。


「なるほど、それならできそうだ。炎を吹かす方法はその200年前の錬金術師の方法で良いでしょう。あとは容器ですね」


「それが問題なのよ、長細い筒状のものがないと…今回は武器として使うわけじゃないし、ただ飛ばすだけでいいから、軽くてそこそこ丈夫なモノならなんでもいいけど」




二人は頭を突き合わせて10分ほど無言で考え込んだ。


ルリアはかなり焦っていたが、シュバイツの方はというと、街の包囲は我関さず。別に陥落してもいいとすら思っていたが、錬金術ー科学ーの知識をフルに生かせる機会を与えられて子供のような興奮をしていた。


「殿下、そうだ、街を壊すことになりますが…古代レム帝国時代に作られた鉛の細い水道管があります。あれを元に今から鍛治師たちを使えば作れますよ」


「そんなのあるの!?」

ルリアは驚いた。側溝くらいしかないと思っていたこの街にも水道管なんてものがあったなんて。


「はい。もっとも、現代人どもは古代レム帝国の素晴らしい錬金術を理解しないヤツが多くてですね、その水道管は実際に使われてませんから2~3本引っこ抜いても大丈夫だと思います」

シュバイツは遠慮もなく言う。


「…城の衛兵を連れていって手伝わせるわ。でも大臣や領主にバレたらあまりよろしくないから。こっそり引っこ抜くのよ?」

ルリアこっそりつぶやいた。


「あ、それとですね、ルリア様ほどの方ならお分かりかと思いますが、加工のためにふいごの用意と熱の準備に時間がかかりますが今は臨戦態勢で剣や槍、矢を作るために火をくべたままになっている鍛冶屋が城にございます。あれを使わせてください」


シュバイツがそういうとハッと思った。この世界で金属を溶かすほどの熱をどうするか全く考えていなかった。


ルリアは自分が生きた21世紀の地球の基準でしか、考えられないからこういう罠があるようだ。



「そういえば、なんで城の内情まで知ってるの?」

ルリアはもうひとつの疑問をぶつけてみる。


「一度この街には来たことがございます。それにさっき、確認してきました。わたくしめは錬金術に目が無いもので」


「そ、そう。まあいいわ、こういう状況だし勝手に出歩いたことは許すわ」

この男は良いスパイにもなれるな、とルリアは思った。


「とりあえず、すぐやってちょうだい。どれくらいでできる?」


「人を貸して頂けるのですから、私は火薬の調合に集中できます。ルリア殿下が穴掘りと発射台制作やら雑用の指揮を自らふるってくれれば、もっと時間が短縮できますがね」


シュバイツ、なんて無礼なやつ。


どっちが使われているのか分からなくなってきた。

と言えど、今はもっとも頼るべき存在。この世界で唯一かもしれない「科学者」と言える人物だから。


兵の代わりはいても、この人の代わりはいない。国とか土地とか国庫レベルの大金を要求しないだけマシだろう。



「…分かったそっちは任せなさい。地図にどこを掘れば良いかしるしをつけて、それから掘るにあたっての注意を教えてほしいわ」

渋々ながら、ルリアは引き受けた。前世ただの新宿の学生だったころ、教授の実験の雑用に使われていた自分の姿が懐かしく思い浮かぶ。


懐かしいあの感覚。…あまり気持ちの良い感覚でもないが。


「シュバイツ、これ持っていきなさい」

ルリアはシュバイツに姫のサイン入り「全区画通行許可証」を与えた。一応今から24時間の期限つきで。


「ありがとうございます。それでは、深夜の2時ごろ城壁で。ちょうど発射準備に取り掛かれるでしょう」

シュバイツは意気揚々と、スキップするように部屋を飛び出していった。


…まるで大学の教授を見ているようだ。

ルリアは前世の記憶と照らし合わせ、しみじみとシュバイツの背中を見送った。





一方その頃、包囲を続けるリヴァイア騎士団も夜襲の準備を始めていたーー



つづく


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