姫と謀略の城②
ルリアは大臣ラズリオに城の秘密を打ち明ける。
「あなたはもう摂政なんだから知ってもいいと思うから、この際言うわ。女王と私しか知らないヒミツがあるの」
ルリアは執務椅子にちょこんと座って言う。
「あの2階の部屋には、秘密の通路があるのよ。最上級の人しか泊まらない部屋だから外国の最上級のヒミツがあそこに集うの。それを盗み見るための覗き穴と出入り口があるのよ。本当は王族に代々伝えられているんだけど、
私の母は王族が嫌いだったから、乳母を通じて私だけに知らせたの」
ルリアは腕を組んで言った。
「そ、それを先に言ってくだされ」
胸をなでおろし力が抜けたラズリオがそこにいた。
「さて、ラズリオ。ホーリーレムレシア帝国構成諸国の出席者らに『普段からお世話になっているお礼』として全員出席の会を催すから、そなたが今から行って手紙を盗み見てくるのよ」
「え…私がですか。え…」
ラズリオの顔がまた青くなる。
「それもそうでしょ、あなたしか居ないの。今この事件と部屋の秘密を両方知ってるのはあなた以外だと私しかいないの。ねぇ私にやらせるの?」
「や、やらせていただきます。今すぐ!」
ルリアはちょっと意地悪したなと思ったが、これ以外に方法が無いのも事実だった。
ラズリオもそこは承知で混乱しつつも覚悟を決めようと独り言をぶつぶつと言って立ち去った。
王城のメインホールではホーリーレムレシア帝国の版図に含まれる諸国の出席者にルリアがお礼を言うというサプライズパーティが開かれた。
帝国の各国とノーランドは他の国より良くも悪くも緊密な関係があったので、特別扱いしておくのは納得できることだし事あるごとにそうしていた。
ホーリーレムレシアはノーランドより先進地域で構成国はそれぞれ小さいものの軍隊は強く、無視できない存在なのだ。
一方ラズリオは指示通り暗い地下室の錆びついた扉をこじ開けて螺旋階段を登って2階の裏舞台に到着した。登る最中に蜘蛛の巣や煤、埃にまみれ薄汚い老人に変貌していた。
出発前にルリアはラズリオにこう付け加えていた。「話には聞いてるけど女王も私も入ったことないし、私の父のグラクフ王は存在すら知らなかったのよ。いつ最後に人が入ったか分からないから、化け物でも巣食ってるかもしれないわ。食べられないようにね」
ランプひとつで狭い階段を上り下り。頭をぶつけ、尖った岩壁で手を切った。
ぶつぶつ呟きながら登っていくと、一筋の光が薄らと見えた。ちょいと指で押しあけてみると穴が隠されている。
ランプを消し、呟きを消し、ひっそりと冷や水垂らしながら穴を覗く。全員出席と言ったからジクセン王族は居ない。
15メートルほどあるんだろうか、すごく広い部屋だ。当然のごとく使用人らの部屋は別になっているので、留守役の使用人が居たとしても扉がしまっている限りはばれない。
もっとも物音は聞こえるので、少しでも大きな音を出したらジクセン使用人は真っ黒の薄汚い老人と面会することになるだろう。
ラズリオは壁に耳を当ててみる。奥の使用人の部屋からカードゲームをしている声がくぐもって聞こえる。
壁に手を当ててみる。いきなりごりっという音と共に、少し岩の回転扉が開いた。
ラズリオは慌ててすべての動作を停止する。
隙間からもれる光が不気味な一直線を描き、しーんとした部屋が恐怖を誘う。
ゆっくり扉を押す。
ごりっとごりっという音と自分の吐息の音が混じって詰まるような緊張の音が包む。
10cmほど開いたころ、使用人の扉のほうからドン!という音が聞こえた。ラズリオはびっくりして後ずさりして転びそうになった。
危うい態勢で踏ん張りつつ耳を凝らすと使用人がカードに負けて机をたたく音だと分かった。
かがむようにしてさらに開ける。3分の1ほど開けたところで身を潜らせて部屋に入る。
部屋は3つのシャンデリアにろうそくが煌々ときらめき、目がくらんだ。這うようにしてラズリオは目星を付けておいた手紙がありそうな場所を探る。
手紙用の机や書類入れ、無い、無い、どこも無い。もし使用人の部屋にあったらお終いだと、今更ながら思い返した。
抜き足差し足で部屋を動き回り、扉の向こうで使用人が音を立てる度にびっくりして心臓が飛び出そうになる。
2分ほど探して封をする前の手紙の束から、それらしきものを見つけた。
明らかに文章が意味不明になもので、暗号に違いなかった。2~3通あったのでそれらを全て写すことにした。
「あっ」
ラズリオは急いで持ってきた紙とペンを取り出し、書き写そうとしたその時、勢い余って書類の束がドドっと崩れ落ちた。
使用人の部屋の扉が開く。同時にラズリオは手紙を抱きかかえるようにして机の影に隠れた。
「おい、書類が崩れたみたいだぞ」
そう言いつつひとりの使用人がこちらに向かってくる音が聞こえる。
ばれたらどうなるだろう。その場で殺害か、証人として逮捕されて国際問題に祭り上げられるか。
しかも入って来た秘密の扉が半開きになっている。外側からしか開かない仕組みなので一度閉めると戻れない。隠すためとは言えなんて不便な仕組みなのだ。
「まて!手紙に触るな。俺らが下手に触るとお咎めをくらう重要な書類もある。触らないほうがいい」
「そうだな」
使用人ふたりはそういうと使用人の部屋の向こうへ消えていった。
崩れた書類と手紙の束に注目したのか、半開きになっている秘密の扉には目が行かなかったらしい。
ラズリオは胸をなでおろし、震える手で文字を書き写す。
内容はまったく頭に入らなかったが、しみついた事務仕事の適正のおかげで何も考えていなくても文字を書き写せた。
最後まで写すと崩れた書類に暗号の手紙を投げ、そのままにそそくさと暖炉横にある半開きになっている柱―扉―に直行した。
扉を慎重に締め、また暗い通路を逆走する。しかし来たときと違って安堵感と達成感に老人は少年心に戻り、叫びたい気持ちに駆られた。
蜘蛛の巣や埃の雪崩すら気持ちよく感じるほどに。
ラズリオはそのまま暗号解読を担当している部署に直行し、解読作業に当たらせた。この部署は機密情報を扱うため、人員も部屋も特別仕様。外部に漏れる心配はない。
しかしさすがに真っ黒で服も破れ血で汚れた老人がいきなり部屋に来たので、警備担当者は飛びあがって刃を向けた。
「わしじゃ!宮内大臣ラズリオだ!」
怪訝そうな顔でなめまわすように見る警備要員。それでもラズリオと分からなかった。
ラズリオは指輪になっている印、証書、サインを提出しつつ、親しい部署長に確認してもらいようやく事なきを得た。
敵に捕らわれるより先に味方に殺されるところだ。
安堵の瞬間が全くないラズリオは着替えて治療を受けたあと、女王執務室に向かった。もう午後1時をまわっていて、ルリアはホーリーレムレシア帝国の人々との食事を終えて戻ってきたばかりだった。
「さっき王族の紹介である人物と謁見していたわ。あっ、ラズリオ、もう私と一対一の時は跪かないで、面倒だから」
ラズリオは入ってルリアの声を聴くと同時にはっと跪いて閉まる扉に頭をぶつけていたのだった。
「ははっ。では失礼して…それである人物とは?」
ラズリオは腰を落ち着けながら聞く。
「シュヴァイツという貴族の錬金術師なんだけど、ホーリーレムレシアのある国出身のドーリク人で、母国で異端視されて逃げて来たと聞いたわ。シュヴァイツは研究狂だけど実績はあるの。だから私が水素の作り方を教えたの」
「水素とな…それはどういうものなのですか」
ラズリオは不思議そうに聞いた。それもそうだ。ラズリオ含め、たぶんこの世界の人は水素の存在を知らない。
ルリアはうまれる前に、現代を生きる男だった頃に中学で習った当たり前のことだった。
「スズとか鉄に強力な酸をぶつけると水素というものが出てきて、それは空気より軽くて、それを沢山詰めると空が飛べるのよ。この城には実験に使える大きなプールもあるし…天気や空気に詳しい王室狩場の管理人に風向きがどうなるか、どうなっているのか報告するよう指示したわ。それから、それからね空気を通さない革のようなもので大きな球体を作るようにも…あと…」
「ルリア殿下…なんと私にはまったく理解できない知らない単語が出てまいりまして、錬金術師どもの言葉は理解ができませぬ…一体どういうことなのですか」
「空を飛ぶ道具を作るの!作っておけば何かあった時に馬より早くどこか行けるでしょ。これからの勝負は情報の早さになるから」
ルリアがそう言ってもラズリオには今しがた理解できないでいた。空を飛ぶなんてことできるはずがない。
ついに姫は国家の危機に頭がおかしくなってしまわれたのかと。
この世界では科学というものはアヤシイもので一部の奇人変人がやるものだと思われているからそう思うのも当然だ。
それから何も実りもなく、何もできない時間が過ぎる。
午後3時ごろ、ジクセンの伝令隊は慌ただしく王城を飛び出してジクセン王国がある西側に向けて駆けて行った。と報告があった。
午後4時、ジクセン王族らが馬車を仕立ててゆっくりと王城を出て帰国の途につく。
そして…
一日が過ぎ次の日の夜、9時ごろ。ついに女王執務室に暗号解読の一報が入る。
「だ、大臣!ジクセンの陰謀は明らかです!」
暗号解読の部署長がラズリオの元に飛び込んできた。
つづく




