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暗殺者と囚われの姫

思わぬ方向から転機はやってくる。


時には運命かと思うほど、すんなりと目的が達成されてしまうことがある。


そんな時、人は罠かと疑うものだ。


この男、シュバイツも例外ではない。先ほど受け取った手紙を見て、深く考え込んでいる。


ルリアから王城に「今人気の大道芸人」という触れ込みで入り込んで欲しいという手紙を受け取ったほんの数分後、ノーランド王城に住むという王族の「某」の使いという男から、手紙を受け取ったのだった。


===============


親愛なるシュバイツどの



私は王城に住む王族だ。私はあなたの素性も知っている。

高名な錬金術師ということも、グダンチア攻防戦で火を噴く道具を使って敵を追っ払ったこともだ。


私の名は明かせぬ。なぜならこれからあなたに頼むことは、名が知られてはまずいことだからだ。


ノーランドの王城は牢獄となり、女王のせいで我々ノーランドの王族は全てを失った。私、いや、王族全てが女王を憎んでいる。

ついてはあなたに女王とルリア姫の毒殺をお願いしたい。


王城に入る手はずは全て当方で用意する。

あなたが大道芸人として王城に自由に出入りできるよう、女王に提案し、許可を得ている。



これを読み終わったら速やかに焼くように。焼き終わるまで私の部下があなたの影に潜んでいる。実行すると誓うなら右手を挙げよ。私の部下があなたを王城へ案内する。


王城が正常になった暁には、そなたを王城直参の錬金術師とし、金銭的な褒美はいくらでも取らす。もし、やらぬとあれば、夜道に気をつけるが良い。



王族某より


===============


完全に脅しだった。


こうなった時に難を回避するため、わざわざゴロツキを雇ってまで、一座の偽団長を立てたのに、最初から素性がバレているようだ。


(やれやれ、俺はどうも冒険に引き込まれるタチらしい。あまりにもすんなりと事が進みすぎている。これは罠かもしれない、うーむ)


悩んだ挙句、シュバイツは手紙を焼くと右手を挙げた。


するとどこからともなく、平民の格好をした男が現れてひとつ頷くと、王城へ向けて歩き出した。付いてこいということなのだろう。


既に夕方だから、早くしろと言わんばかりにこちらをチラチラ見る。いけ好かないヤツだ。


シュバイツは団長の格好をさせたゴロツキに耳打ちして、大道芸一座を王城へ向かわせるよう指示した。


ゴロツキは「よし君たち、王城へ行こう」と最もらしい言葉を最もらしく胸を張って命令した。


もうシュバイツの身元は割れているが、町人や王城の人間全てに知られているわけではない。


これから命のやり取りをする、危険極まりない場所へ行くんだから、できる限り自分自身は目立たないようにしようとした。


シュバイツは一座の他のメンバーと同じ擦り切れた茶色いローブを羽織って、団長モドキの後ろに続いて王城へ向かった。


――


「ほう…そなたが街で話題の大道芸人か…」

ノーランド女王サンドラ2世は病気で顔が歪んだせいで、今は白い仮面をつけている。そのせいでくぐもるがはっきり堂々とした声だ。


手紙の「某」が何者か全く分からないが、ノーランド王国で権力を持っているのか、女王の謁見まで手続き無しで、しかも女王の他の予定をキャンセルまでして迎え入れた。


シュバイツにとって、城にどう取り入って入るかが一番の問題だったから幸運この上ないのだが、「王族某」の目的は女王とルリア姫の暗殺と、穏やかなものではないから気が抜けない。



今女王とやり取りしている大道芸人の代表はダミーで、シュバイツが雇った他の街のゴロツキだ。


シュバイツ自身は「王族某」に見抜かれているとはいえ、女王の前で目立つのは控えようと、団員の下っ端のフリをして後ろに控えて事の成り行きを見守った。第三者の視点というのは、話している当事者よりも物事が良く見えるものだ。


代表を装っているゴロツキにはシュバイツが事前に女王に提案する内容や日程などを紙に認めて渡しておいた。あとは読めば分かると、女王に提出してくれさえすればいいのだ。


シュバイツは型通りのやり取りをする偽代表と女王から思考を離し、今の状況を整理し、今後どうするかを考えた。


(…私は囚われのルリア姫と、ノーランドの王族と、両方から依頼を受けたことになる。ルリア姫もノーランド王族も、女王のくびきから逃れたがっているのは同じだが…ノーランド王族は女王とルリア姫の暗殺を頼んできた…ルリア姫にこの事を伝えるべきか、さてどうしたものやら)


女王暗殺を頼んだ「王族某」が事前に女王に上奏していたおかげで、びっくりするほど順調にシュバイツの提案は全面的に受け入れられた。


シュバイツ達に認められたのは、夜間も含む王城の特定区画以外の自由な出入り、王城の足場や設備の設置、必要道具の取り揃えにかかる経費の負担、王城の錬金術部屋の使用。そして作業のため50人の兵隊と錬金術師まで付けられた。


(ふむ、兵隊は私達の監視役で、錬金術師は技術を盗み取ろうという魂胆かもしれんな。バレないように行動せねば)


シュバイツはその日、とりあえず眠ることにして偽団長以下団員らと王城で一夜を明かした。


シュバイツはルリア姫に頼まれてかつて気球を作ったとき、王城を見て回っているから位置関係は一応分かる。しかし錬金術部屋も当時使っていたから、そこにいる錬金術師達はシュバイツの顔を知っているはずだ。これは気をつけねばならない。


そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りにつくのだった。



翌日、シュバイツはロケット発射に必要として王城裏に足場と設備を作り始めた。ロケット発射だけなら、本来筒だけあればいいくらいだが、女王含めだれもロケットの秘密を知らないし、火薬を使うから危険だとか言っておけば誰しも納得せざるを得ない、まさにシュバイツの独壇場だ。


王城裏、中庭に通じる前庭は目立たない上にルリア姫が軟禁されている塔の近くだ。


足場の一部を取り外せるようにして、ハシゴとして使えるよう加工させて置いておいた。これを使えば屋根の上に行けて、ルリア姫の塔、そして窓まで行ける。


(これでルリア姫に会うことができるが…やれやれまるで夜這いだな)


こうして綿密な秘密を混ぜた設備を作って3日が過ぎた夜。シュバイツはこっそり抜け出して例のハシゴを使って屋根へ上がり、ルリア姫の塔のバルコニーに飛び降りた。




コンコン


青白い光が差し込む窓辺、窓を叩く音、カーテン越しに黒い人影!


ルリアは冷や汗をかいた。ベルキス王子の自分自身に対する恋心を利用して、シュバイツに手紙を届けさせて5日ほど、返事でもきたのか、それともベルキス本人か?


ホーリーレムレシア帝国諸侯を招いた”戦勝祝賀会”は2週間も続く。まだ5日くらいしか経ってない。軟禁状態で毎日が退屈なパーティの日々だから、もう強盗だろうとなんだろうと、この状況に変化があればそれでいいとさえ思った。


ルリアはバルコニーの窓の鍵をおもむろに開ける。怖いとか、そういう気持はなぜか消えていた。操り人形のように手をかける。


窓を開けると夜の風が部屋に舞い込み、カーテンを撫でた。サァっと流れるようにたなびくカーテンの向こうにシュバイツが跪いているのが見える。


「お久しゅうございますルリア殿下。要請に応じて兵50を引き連れ馳せ参じてまいりました」


昔の騎士が王の要請に応える応答文句で、シュバイツは青い夜の中、騎士の儀礼通り片膝をついて頭をたれている。とても芝居くさい。


無論、目の前に兵50などいないし、単身だし、騎士の格好もしていないが、今のルリアにとってシュバイツは十分騎士にみえた。秘密を知る、唯一の味方とも言える。


「シュバイツ、面をあげなさい。それで、私に会いに来た目的はやっぱり“輝く錬金術”でしょう?」


「はい、殿下」


ルリアは少し、その言葉を聞いてがっかりした。やっぱり心から私を救う気はないのだと、目的はどうせ錬金術とロケット技術だろうと知ってはいたけどいざ言われると腹が立つ。


どうせこのいけ好かない男は、教えると約束した輝くロケット技術――花火――で女王の歓心でも買って、名声を得たいだけだろう。


とはいえ、このままタダで教えてハイさよならと行くルリアでもない。


「…まあいいわ、せっかく危険を侵してまで来たんですから、ロケットを輝かせる錬金術を教えましょう。でも、今から言う約束を守ってもらうからね」


「はい、なんなりと!で、どのような?」

とシュバイツ。


「いい?よく聞いてね。私いま囚われの状態なの分かるでしょ。それで外のことが全く分からないの。情勢を逐一知らせること、そして歴史とか政治に関する本を手に入れたら私に手渡しすること!」


「それくらいでしたらお安い御用です、で、その輝くロケットの技を…」


「…机の上、青い本の間にやり方を描いた紙を入れてあるわ。もっていきなさい」


「ありがたき幸せ!」

とシュバイツは目にも止まらぬ早さで本の間に挟まっていた輝くロケット―花火―のつくり方説明書を手にとった。


「ふむ、マグネシウム、銅、燃焼。なるほど金属によって光が変わることを利用しているのか。弾道を正して空中で安全に爆発させるには少し改良がいるか…」


ぶつぶつと手をあごにあてて呟くシュバイツにルリアは声をかける。


「…まだまだ、あなたの知らない”科学”を私は知っているわ。いい?私は今、なんの権力もないかもしれないけど、あなたを満足させられる知識を与えられるのは、この私をおいて他にはいないのよ」


「それに私は若い。女王を頼るのもいいけど、いずれは私の世になるのよ?そのところ、分かっておくように」


シュバイツはルリアを見た。青白い光に照らされて、妖艶な雰囲気の中だからなのか、そのセリフからか、ルリアが8歳には見えなかった。まるで、奸雄な政治家のよう。


(これは、ルリア姫に形だけでも忠誠を誓っておくのが得策だろう)

シュバイツにそう思わせるのには、十分な言葉だった。シュバイツにとって、科学の知識の発展が第一だ。例え女王に認められたところで、あの錬金術部屋と体たらくな錬金術師たちが与えられたところで、何の満足になろう。


「それではルリア殿下、さっそく私めの忠誠心をお見せいたしましょう」


「なによ」


「あなたの暗殺を依頼されました。正確にはあなたと女王陛下でございます。依頼主は、王族の誰かとしか分かりませんが。私がすんなり事を運べているのも、そのせいであります」


シュバイツのその言葉を聞いても、ルリアは身じろぎひとつしなかった。退屈しすぎた状況と、突飛もない告白で、頭にすぐに入ってこなかった。


しかし、しばらく沈黙を続けると、不思議と言葉が飲み込めて、恐怖が芽生える。同時にルリアの頭は対策を考え始めた。


「…で、シュバイツ。それが本当ならあなたに早速大きな仕事をやってもらいましょう。依頼主は誰か、真相を突き止めて」


「殿下、それは契約に入っていないのでは?」


「いいえ、私は外部の状況を教えてと言ったの。私の部屋の外のことは、全て教えて貰わないとならないのよ」


言ってから後付けだなと思ったが、なんとか押し通さねばならない。自分の”生前の東京の記憶”がなんなのか、この世界はなんなのか、それを知りたいがため、退屈しのぎにシュバイツに頼んだが、

暗殺されそうだというなら話はべつだ。これを防げなければ始まらない。


「いいでしょう。断ったところで、次に命を狙われるのはきっと私でしょうから、どのみち暗殺の依頼者を探さねばなりませんでした」


「シュバイツ、私に義理立てせず、別にこのまま闇夜に乗じて逃げれば逃げきれるわよ?」


「いえいえ殿下、私は殿下に忠誠を誓った身でございます!」

などとシュバイツは言っているが、たぶんロケット花火を成功させたい好奇心のほうが、暗殺される恐れより上回っているだけだろう。この男はそういう男だ。


契約はたった数分で更新された。外部の知識を得るのはひとまず置いておいて、暗殺者探しと身の安全を確保せねばならない。それはルリアはもちろんシュバイツにとっても同じだった。目的は合致した。


「それでは殿下、私はこれで。毎晩会議と報告のためにコウモリのごとく現れます」


シュバイツが去ろうとするときルリアは声をかけた。


「待って、ひとつ聞かせて!シュバイツ、あなたは私を殺そうと思ってきたの?花火が出まかせだったり、満足しないものだったら殺した?やろうと思えば今夜だってやれたはず。あなたなら証拠もなくやってのけるでしょう」


「さて、どうでしょう。少なくとも、今は殺そうなんて微塵も思いません!なにせ忠誠を…」


「いいわ、もう。あなたはそういう人間だったのを忘れてたわ。本音を言うわけないものね」


人生が全てネタかおちゃらけのようなシュバイツのことだ。真相なんて分かりはしないが、今、外部で唯一の味方だから、つい確かめたくもなる。


シュバイツは月夜に消え、再び窓辺に風だけが残された。


暗殺者は誰なのか、シュバイツとルリアは、今再び危機に立ち向かう。


つづく



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