第五話 報告、そしてグラーチア大陸へ
俺達は、グラーチア大陸へと渡る前にリオントへと訪れていた。
「空間転移も大分慣れてきたな」
「うんうん。これなら、ヴィオレットさんやアメリアお姉ちゃんの負担も減るって感じだねぇ」
空間操作は、俺にもできる。だが、空間転移は、まだまだヴィオレットやアメリアほどどこへでも転移できることはできなかった。
そもそも空間転移を使える魔道具一瞬でとべるくんがあるため、ちょっとだけ自信がなくなっていた。
でも、これからの戦いに向けてそんなことを言っている場合じゃない。
一つ一つが、とんでもない力なだけに完璧に扱えるようになったら戦いをもっと有利にすることができるんだ。挫けずに、頑張っていこう。
「おー! ここがヤミノの故郷? ってやつなんだね!」
「私、グラーチア大陸から出たのは今回が初めてなので、できれば観光していんですが……そんな時間はないですよねぇ、ははは」
転移先は、リオントから少し離れた北側に位置する草原。
そこから街の中へと入り、真っすぐマリアさんのところへ向かおうかと思っている。
「お? ヤミノじゃねぇか!」
「おや? 今日は、自慢の嫁さん達はいないようだね」
街の入口へと差し掛かると、顔見知りの兵士さん達が声をかけてきた。
「ええ。今日は別行動なんですよ」
「そうなのか。ところで、新顔が二人居るようだが……まさか、新しい嫁さんと娘さんか?」
俺達の事情は知っている初老の兵士さんが、笑顔で問いかけてくる。ちなみに、エルミーのことはすでに知っているので、この場合の新しい嫁と娘と言うのはもちろん……。
「わ、私ですか!? いやいや!! そんな!! 恐れ多いですよ!!」
兵士さんの視線に気づいたメーチェルは慌てて否定する。
「おや? そうなのか?」
「ははは。この人は、グラーチア大陸から来た客人なんですよ」
「おお! グラーチア大陸から? 珍しい客人だな」
「そりゃあ、失礼をした。申し訳ない」
「い、いえ。わかって頂ければ。……はあっ、この場にネネシア様が居なくてよかったぁ……」
なんだろう。メーチェルが、変に怯えているように見えるんだけど……教祖ネネシア、か。ちょっとした情報だけでも普通じゃないことはわかったけど、どんな人物なんだろうか?
「でも、娘は誤解じゃないですよ。ほら、ルビア。挨拶を」
「ルビアだよ! えっと、初めまして?」
「よし。よくできたな」
ちゃんと挨拶ができたことを俺は頭を撫でて褒める。すると、ルビアはどうだ! と胸を張った。
「むふん!」
「きゃわわ!? やば……ルビアちゃん、きゃわわ過ぎる……! はあ……はあ……!」
うん。エルミーは、やっぱりルビア愛が凄いな。とりあえずは、まだ自分をギリギリ保っているようだけど。あぁ……涎が。
「お、おお。そうか。よろしくね、ルビアちゃん」
「はあ、今回の子は……うん。ちゃんと娘って感じだな」
「ん?」
若い兵士さんの言葉にルビアは首を傾げる。あ、あはは……まあ、彼の言いたいことはわからなくもない。けどまあ……フレッカを見たらどういう反応をするんだろう。
なんだか知りたいような、そうじゃないような。
「それで? 今日は、実家に用があるのか?」
「いや、今日はマリアさんに用があって」
「マリアさんに?」
「うん。ミュレットと会ったんだ。そのことについて直接報告しようかなって」
「あー、なるほどね」
なんとなく察してくれたようで、そのまま兵士さん達は特に何も言わずに通してくれた。
「あの、ヤミノ様と聖女ミュレットは幼馴染、なんですよね」
街に入ってすぐメーチェルが問いかけてくる。
「うん」
「……もしかしてですけど、お二人はそういう関係だった、り? あー、いや! すみません! お答えしなくても良いです! はい!!」
「気にしなくてもいいよ。もう踏ん切りはついてるから」
「そ、そうですか」
「そうそう! 今のお父様には、あたし達は居るんだから! ほらほら、メーチェルもくらーい顔しないしない!!」
「元気だせー! メーチェルー!!!」
やってしまったー! と頭を抱えてしまうメーチェルだったが、すぐエルミーとルビアが持ち前の明るさで元気づける。
「は、はい! 元気出します!」
「声が小さいぞー!!」
「小さいぞー!!」
「元気出しまーす!!!」
「いえーい!!!」
「がおおおおっ!!!」
二人に元気づけられ、メーチェルも声を張り上げる。若干うるさいほどだが、三人で声を張り上げている姿が微笑ましい。
本当に元気がよく、ルビアの体から赤き炎が轟々と燃え上がっていた……ん?
「ルビア!? 炎が出てるぞっ!? 抑えて抑えて!!」
やはり、ルビアは感情が高まるとすぐ炎を灯してしまうようだ……。危うくボヤ騒ぎになりそうだったが、なんとか炎を抑え事なきを得た。
その後、予定通り真っすぐマリアさんのところへ。
今日は、仕事が休みで特に用事もないようだ。行くことも伝えてあるから、急な用事がない限り自宅に居るだろう。
「ねえ、ヤミノ」
「どうした? ルビア」
そろそろ目的地に到着しようというところでルビアが口を開く。
「どうして遠話魔法、だっけ。それで伝えないの? そっちの方が早く終わるじゃん」
確かに、ルビアの言う通りだ。直接会って話すよりも、そうした方が確実に早い。俺達は、グラーチア大陸へ行かなくてはならないので、尚更だ。
だけど。
「やっぱり、直接マリアさんと会って伝えたいんだ」
「あれ? 見て、お父様。マリアさんの家の前に誰か居るんだけど」
エルミーの言う通り、マリアさんの家の前に誰かが居た。
鎧を身に纏った男だ。
「トーリ、さん?」
マリアさんの夫トーマさんの弟であり、聖剣の使い手でもあるトーリさんだった。なんだかマリアさんと話をしているようだけど。
「あっ、帰って行きますね。なんだか、機嫌悪そうですが」
俺達には気づかず、トーリさんは険しい表情で去って行った。
「マリアさん」
なんだか困った表情でその場に居たマリアさん。なにが遭ったんだろうと心配しながら、俺は声をかけた。
「あっ、ヤミノくん。おかえりなさい。もう来たのね」
「はい。あの、さっきのトーリさんですよね」
「ええ。その……一緒に王都で暮らさないかって」
「にゃんと!? それって、夫婦としてってこと!?」
「そうなの。でも、断ったの」
「えー? なんでー?」
……それは、トーマさんが忘れられないから、かもしれない。
「ルビア」
「むー、気になるー」
「ごめんなさいね。それよりも、中に入って。これから寒いところに行くんでしょ?」
もちろんマリアさんにも、これからグラーチア大陸へ行くことを知らせている。俺達は、マリアさんの後に続き家の中へ入っていく。
前までは、よく家に遊びに行っていた。
依頼が終わった後。
依頼がない日。
何かの記念日の時。
久しぶりに家に入った俺は、マリアさんが淹れた紅茶を一口飲んでから口を開ける。
「―――そう。元気そうでよかった」
ザベラ砂漠でミュレットとの出来事を一通り話し終えた後、マリアさんはどこか安心したように笑みを浮かべた。
「王都から定期的に知らせは届いているけれど、あなたの口から聞くと凄く安心するわ。……本当はね。今でも、どうしてこうなっちゃったんだろうって考えちゃうの」
もちろん、俺とミュレットの今、だろう。俺だって、こんなことになるとは思ってもいなかった。思えば、ミュレットが聖女になった時から色々変わったのかもしれない。
「でも、二人ともそれでも幸せそうだったから……」
「マリアさん……」
「だから、私も前に進まないとって思っているんだけど。中々難しいわね」
ふふ、と笑うマリアさんを見て、俺は彼女の夫トーマさんのことを思い浮かべる。
「それって、再婚、とか?」
と、エルミーが聞くとマリアさんは視線を落としながら口を開く。
「まあ、そんなところかな」
「でしたら、先ほどのトーリさんという男性のお誘いを受ければよいのでは?」
あまり関りが薄いためか、ずっと沈黙していたメーチェルが言う。
「うーん。そうなんだけど」
「確か、王様直属の騎士団団長なんだっけ? てことは、かなーり稼ぎがいいと見た! 結婚すれば、お金には困らない!!」
「こら、エルミー」
「ふふ。確かに、そうかもね。でも、やっぱり再婚はまだ考えていないわ。別にトーリさんが嫌いってわけじゃないの。夫が亡くなった後、凄く気にかけてくれていたし」
その時、なぜか俺の脳裏に先ほどのトーリさんが思い浮かぶ。そして、とんでもないことを考えてしまった。証拠もないのに、なんてことを考えているんだ俺は。
……なんだか、最近変な方向に考えてしまうことが多い気がする。
「あの、ヤミノ様。そろそろ」
メーチェルからの耳打ちに、俺は静かに頷く。
「すみません、マリアさん。もっとお話しをしたいのですが」
「あっ、いいのよ。こっちこそすっかり話し込んじゃってごめんなさい。あなた達は、世界を救うために戦っているのに」
「いえ。話しをしたいと言ったのは俺の方ですから。……それじゃあ、行ってきます」
「ええ。いってらっしゃい」
さあ、行こう。青の闇の炎が待つグラーチア大陸へ。




