第4話 変身魔法、習得してみた
俺が星降りの宝庫に入り浸る様になって、数十年の時が流れた。多分。
"多分"というのは、日数をカウントする手段が自分の脳内カウンターしか無いからだ。カレンダーとか時計とか何も無いからね。ここ。
気づけば、読んだ本は一万冊を超えていた。知識が増えるたびに、世界の解像度が上がっていくような感覚があった。
いつもの場所。
魔導書の山のど真ん中に寝そべって、俺はまたページをめくっていた。
「ふむ……“変身魔法”の本質は、魔力の“配列”と“質量制御”か……」
読み込むほどに、この魔法の理屈はシンプルだった。要は、自分の魔力を別の形へと“再構築”する、というだけの話。
だが、その“イメージ”が問題らしい。
『魔力構成における形態変異は、施術者の精神イメージに依存する』
……つまり、変身先の“ビジュアル”は自分のイメージで決まるということだ。
「つまり……“理想の自分像”を思い描いて、それに魔力を当てはめれば、なれるってわけだよな」
理屈は分かる。理屈は。
問題は、その“イメージ”があやふや過ぎることだ。
「俺、そもそも“人間の自分”って、どんな顔だったっけ……?」
前世の記憶はある。でも、それはもう曖昧で——会社のIDカードの写真ぐらいしか思い出せない。
そもそも、写真写りって基本微妙じゃない?鏡で見ても、朝の寝癖で盛られた頭とむくみ顔がセットになってたし。
「……ダメだ、俺の理想像が、週末のコンビニ行くときのジャージ姿しか出てこない」
さすがにそれじゃ夢がなさすぎる。“夢”を見てこその魔法だろ?人の夢は、終わらねェ!
「とりあえず、全力で“整ってる俺”を妄想してみるか……。」
どうせ人に化けるなら、イケメンになりたいって思うのが、人の性じゃない?
元の顔をベースに、鼻筋通ってて、目元シュッとしてて、髪はさらさらストレート。ちょっとした知性と冷静さを感じさせる雰囲気。
うん、これだ。絶対これ。
まあ、転生してから人間に会った事無いから、この世界でイケメンとされる顔がどんな感じなのか全く知らないんだけど、とりあえず自分好みのアバターに仕上げるのがネトゲのキャラクリの基本だもんね。ネトゲじゃないけど。
イメージを膨らませ、魔力を循環させる。身体の内側で、熱を帯びた魔力が渦巻きはじめる。
「……変身魔法、起動……いっけえええええええ!」
全身の鱗が、ふわっと光の粒になって消えていく。
骨の構造が変わる。筋肉が再構成される。目線が変わっていく——
そして——俺はその日、初めて人間の姿になった。
◇◆◇
「……おおおおお……!できた!?変身できた!?これ、成功してる!?」
反射的に近くの水鏡に駆け寄る。
水面に映ったのは、紛れもなく“人間の俺”。
「…………えっ、誰?」
そこに映っていたのは——
シャツ姿の、白銀色のサラサラヘアー、整った顔立ちの少年。中性的なアイドル級のイケメン少年。クラスにいたらそりゃモテるだろうな!というレベル。
容姿のパラメーターで言えば成長性A(超スゴイ)って感じだ。我ながら、ここからの成長が楽しみだ。
「いや、それはいいんだけど……なんか若くない?」
見た目、どう見ても15歳前後。下手したら中学生でも通りそうなあどけなさ。
これは竜としての成長段階が反映された結果か。
「そして、なんか……色白すぎるな。あと髪、サラサラだな……」
自分で言うのもなんだが、ちょっとだけ鼻につくタイプの“美少年”になってしまった気がする。
華奢だけど、身体つきはちゃんとバランスが取れてる。目元がやや鋭いせいか、どこか冷たく見えるが、整ってはいる。
「えーと、総評:非常に整ってるけど、理想より中性的すぎる……って感じか?」
まあ、悪くはない。悪くはないが……
「俺の“理想の自分”って、こんなだったかなぁ……?」
この変身魔法、やはりイメージと実態のギャップが強く出るらしい。
でも——
「……すごいぞ、これは。」
水面の中の自分が、瞬きをした。
俺も、瞬きを返す。まるで、知らなかった他人と初めて目が合ったような、不思議な感覚だった。
「本当に……“なれた”んだ」
人間に。前世ぶりの、人間の姿に。
この姿で、人間の世界へ行ける。
“動かない”この竜社会から、“動き続ける”外の世界へ——
「よし、次は……服だな!」
全裸で旅立つわけにはいかない。新たな課題を前に、俺はワクワクしながら宝物庫の衣装棚を目指して歩き出した。
◇◆◇
そんなわけで、星降りの宝庫の衣装棚を物色していた。
「……ここに“人間の装備品”もあるってことは、昔の竜は変身して外に出てたってことだよな……?」
竜社会では「人間に関わるな」が鉄の掟(※罰則は無い)のように扱われていたけど、その割にこの宝庫には人間由来と思われる品々が多すぎる。
つまり、昔は“そういう時代”があったのかもしれない。
過去の名残。それとも……捨てられた可能性のひとつ?
「いやいや、感傷に浸ってる場合じゃない。まずは服を——」
そう思って振り向いた瞬間、山積みにされた衣装棚に、ズザザッと崩れかけたコートの山が落ちてきた。
「うおっ!? っととと……! ……あ、これ……」
拾い上げたそれは、深い藍色の長コートだった。
しっかりした革と布地の混合素材で、内側には魔力を流すための術式の糸が縫い込まれている。軽くて動きやすそうな作りのくせに、防御力も高そうだ。この身体にこれ以上の防御力が必要なのか?という問題はさて置いて。
真祖竜の宝庫にあるお宝だ。恐らく何らかのマジックアイテムなのかも知れない。だが、そんな事より、俺はこのコートを気に入ってしまったのだ。
なにより——見た目がカッコいい。
転生ものの主人公の服装と言えば、ロングコートが基本だよね。あいつとか、あいつとか。
「……これ、ちょっと着てみるか」
宝庫の隅にあった、全身を映す古い鏡の前に立つ。
服を羽織り、前を締める。ブーツも近くにあったサイズの合いそうな黒革のものを履いた。
ベルトをひと巻き。腰には小さなポーチをいくつか。実用性重視の冒険者スタイルだ。
「……」
鏡に映った自分を、思わず見入ってしまった。
これは——
「……これ、“美少年主人公?”感あるな……」
自画自賛とかじゃなく、客観的に見て。
育ちの良さそうな感じすらある。内面は中身おっさんだけど。
でも今は、背筋を伸ばすと自然と“冒険に出る少年”の顔になれる気がした。
目の奥に燃えるのは、まだ見ぬ世界への好奇心。
このコートの背に、まだ名もなき旅の風が吹く。
「よし……これで行こう」
服を選ぶだけのはずが、不思議と胸の奥が熱くなっていた。
俺はもう、ただの“観測者”じゃない。
この足で、“動く側”になるんだ。
そして、この旅は——
何もかもが“初めて”で、“誰も知らない”ものになる。
鏡の中で、少年の瞳が静かに燃えていた。
「……じゃあ、行くか」
俺は、鏡に背を向け、コートの裾を軽く払って歩き出した。
星降りの宝庫の扉が、静かに、未来への音を立てて開いた。




