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【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第250話 side.ラグナ・チーム③ ──歪んだ復讐心──

セドリックは、剣と盾を構えたまま、ゆっくりと呼吸を整えていた。


迷宮の大部屋には、戦闘の余韻がまだ色濃く残っている。砕け散ったネームプレートの光の残滓が、床や壁に淡く漂い、空気そのものが熱を帯びていた。


だが、その熱の中心は──ここではない。


セドリックは、ほんの一瞬だけ視線を横に走らせた。


少し離れた場所で、ルシアが糸を指先に巻き直している。無表情のまま、人形を回収するその姿は、まるで作業の後片付けをしているだけのようだった。つい先ほどまで、七人を一瞬で消し飛ばした張本人だとは思えない。


反対側では、リゼリアが軽く裾を整えながら、ぴょんと小さく跳ねていた。砕け散った敵の跡すら意に介さず、いつもの柔らかな微笑みを浮かべている。だが、その足運びと視線の鋭さは、まだ戦場から意識を切らしていない証だった。




(問題ないな……)




セドリックは内心でそう判断する。

三人は分断されているが、決して孤立してはいない。それぞれが、それぞれの役割を果たしている。ならば、自分が集中すべき相手は──。


セドリックは正面へ視線を戻した。


そこに立つのは、二人。


一人は、すでに顔を晒している金髪縦ロールの少女。気品ある立ち姿と、張りついたような冷たい笑み。

もう一人は、フードとドミノマスクで素顔を隠した大柄な男。腕を組み、まるで見世物でも眺めるかのようにこちらを見下ろしている。


空気が、静かに張り詰める。


セドリックは、盾をわずかに前へ出し、剣の角度を調整した。その所作は無駄がなく、同時に相手を刺激しない距離感を保っている。


そして、穏やかな声で口を開いた。




「──やはり、貴女(あなた)も」




イライザ・ディーンベルクの瞳が、微かに揺れた。




「”統覇戦(ドミナンス・カップ)“に、エントリーされていたのですね。イライザ嬢」




責める色も、皮肉もない。

ただの確認。事実を口にしただけの声音だった。

だが、それが逆に、イライザの神経を逆撫でした。


彼女は、ふっと口角を上げる。

笑っているはずなのに、その瞳には冷たい光しか宿っていない。




「そうですわね……」




イライザは、羽毛のついた扇子を閉じたまま、指先でくるりと回した。




「どうしても、叶えたい願いがありますの」




一歩、前へ。

床を踏みしめる音が、やけに大きく響く。


セドリックは微動だにしない。ただ、視線を逸らさず、彼女を見据えている。

イライザは、わざとらしく首を傾げ、言葉を続けた。




「……いえ」




一瞬、声が低くなる。




「どうしても、復讐したい人達(・・・・・・・)がいる、と言った方が正しいかしら?」




その言葉と同時に、扇子がぴたりと止まる。

羽毛が、空気を撫でるように揺れ、微細な魔力の気配が滲んだ。




(……やはり)




セドリックは内心で警戒を強める。

イライザは、感情に溺れるだけの少女ではない。怒りすら、力に変えるタイプの魔導士だ。


彼は、あくまで冷静に問いを重ねた。




「──私は、貴女と直接お話ししたのは、数回ほどだったと思いますが?」




その瞬間だった。

イライザの目が、かっと見開かれる。




「……そうですわねぇ!」




声が鋭くなる。先ほどまでの冷笑が、怒気に塗り替えられる。




貴方と(・・・)は、確かにそうですわ。セドリック様」




一歩、また一歩と詰め寄りながら、言葉を畳みかける。




「ですが……!」




扇子が、勢いよくセドリックを指した。




「『キミは悪役令嬢だから』などという、訳の分からない理由で!」




声が震える。




「私との婚約を一方的に破棄した、ラグナ第六王子殿下の側近で!」




さらに一歩、イライザがセドリックへ詰める。




「そのラグナ殿下が……私を捨ててまでご執心の!」




声が跳ね上がる。




「“悲劇の令嬢”ブリジット・ノエリアの兄である貴方……!」




息を荒げながら、薄く笑った。




「矛先が向くのも、仕方ない事とは思いませんこと?」




その笑みは、歪んでいた。

怒りと嫉妬と屈辱が、無理やり形を成したような笑みだった。

セドリックは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。

深く息を吸い、吐く。そして、顔を上げた。




「──確かに」




声は、驚くほど落ち着いている。




「婚約破棄を言い出したのは、ラグナ殿下です。その点において、殿下にも非はあるでしょう」




イライザの眉が、ぴくりと動いた。




「ですが」




セドリックは言葉を区切り、淡々と続ける。




「貴女が公爵家の立場を利用し、実力主義であるはずのルセ大内において、権力を振り翳していた事実も、また理由の一つです」




感情を挟まない。

ただ、事実を並べる。




「目に余る行為があった。看過できないと判断された。それだけの話です」




イライザの唇が、わななく。

セドリックは、さらに続けた。




「それから……妹、ブリジットに関してですが」




一瞬だけ、間を置く。




「ラグナ殿下が、勝手に気にかけているだけです。彼女は、この件に何の関係もありません」




言い切りだった。

正論。だが、それは──イライザの感情を、完全に切り捨てる言葉でもあった。


イライザの顔が、見る見るうちに怒りに染まる。




「……お黙りなさいッ!!」




扇子が、ばっと開かれる。

口元を隠す仕草とは裏腹に、声は抑えきれずに響いた。




「私の怒り……!」


「ここで貴方がたを倒し!」


「ラグナ殿下のチームを脱落させでもしなければ……!」




イライザの瞳が、燃える。




「収まりがつきませんわッ!!」




怒号が、迷宮に反響する。

セドリックは、心の中で小さくため息を吐いた。




(……やれやれ)




理屈は通じない。

だが、それでも──。


彼は、盾を構え直し、視線を逸らさない。

イライザ・ディーンベルクは、感情に飲まれているが、決して侮れる相手ではない。


イライザは、扇子を開いたまま、しばし荒い呼吸を繰り返していた。


怒りで紅潮した頬。

吊り上がった瞳。

だが、その奥には──冷静な計算が、まだ確かに残っている。




「……ふふ」




やがて、彼女は小さく笑った。

それは、先ほどまでの激情とは違う。

勝利を確信した者の、静かな笑みだった。




「流石ですわね、セドリック様」




扇子の影から、視線が鋭く突き刺さる。




「貴方の言うこと……理屈としては、正しいのでしょう」




一歩、引く。

まるで舞踏会で距離を取るかのような、優雅な所作。




「ですが――」




声が、低くなる。




「正しさだけで、心が救われると思って?」




その問いには、痛みが滲んでいた。

誇りを踏みにじられた者にしか持ち得ない、深い亀裂。




「私は……今日この日のために」




扇子を、ゆっくりと畳む。




「入念に、準備をしてまいりましたのよ」




その瞬間、セドリックの背筋に、ぞくりとした悪寒が走った。

イライザの魔力が、はっきりと膨れ上がる。

だが、それは彼女自身の力ではない。

横に立つ、フードとドミノマスクの男──そこから、異質な圧が漏れ出していた。

イライザは、扇子の先で、その男を指し示す。




「私は、今日この日のために──強力な“助っ人”を、用意しておりましたの」




声が、はっきりと響き、ぱちん、と扇子が閉じられた。




「さぁ……思う存分、暴れておしまいなさい」




一拍、間を置いて──




「グレゴール・ゲイン!」




その名が響いた瞬間、フードの男が、ゆっくりと前へ出た。


重い足音。床が、わずかに軋む。

周囲の空気が、目に見えて押しのけられていく。

男は、無言のままフードに手を掛けた。


バサリ、と布が落ちる。

続いて、金属製のドミノマスクが、外される。


現れたのは──


岩のような体躯。

無数の古傷が走る、ゴツゴツとした顔。

首から肩、腕に至るまで、鍛え抜かれた筋肉が鎧の下からでも分かるほどだった。

その男は、口角を吊り上げる。




「……久しぶりだなァ……セドリック・ノエリア」




低く、唸るような声。

その声を聞いた瞬間。

セドリックは、目を見開いた。




「……!」




一瞬、言葉を失う。

その表情を見て、イライザは満足そうに微笑んだ。




(……やはり、動揺しましたわね)




だが──次の瞬間。

セドリックは、首を、ゆっくりと傾けた。

そして、心底困惑したような顔で、口を開く。




「……誰だ、キミは?」




静寂。

完璧なまでの、沈黙。

イライザの表情が、固まった。

ルシアとリゼリアの方でさえ、一瞬、動きが止まる。


男──グレゴールの顔が、みるみるうちに歪んでいった。




「…………は?」




低い声。

だが、その奥に、確かな怒りが滲む。

セドリックは慌てた様子もなく、真剣な顔のまま言葉を重ねる。




「すまない。本当に、心当たりがない。

どこかでお会いしたのだろうか?」




本気だった。

煽りでも、皮肉でもない。

だからこそ──


グレゴールの額に、青筋が浮かび上がる。




「……この、俺を……覚えてねェってのか……!?」




声が、跳ね上がった。

セドリックは、はっとして、少しだけ姿勢を正す。




「……あ。いや、それは……」




困ったように、視線を泳がせる。




「もし、過去に何か失礼があったのなら、謝罪しようだが……本当に、全くもって、1ミリたりとも、キミの事を覚えていないんだ。本当に……すまないと思う。」




そして──

心底申し訳なさそうに、頭を下げた。

その瞬間。ブチッ、と、何かが切れる音が、確かに聞こえた。




「……っっ」




グレゴールの顔に、血管が浮き上がる。

歯を剥き、肩を震わせ、低く唸る。




「……嬉しいぜ……!お前が……相変わらず、ムカつくやつでいてくれてよォ……!!」




 ◇◆◇




グレゴールは、その巨体からは想像もつかない速さで踏み込んだ。


床を蹴る音が遅れて聞こえるほどの初速。片手剣が風を裂き、真上からセドリックへと叩き落とされる。




「──覚えてねェとは言わせねェ!セドリック・ノエリアァ!!」




歪んだ憎悪を孕んだ叫び。




「去年の“神聖騎士団(セイクリッド・ナイト)”入団試験!!俺様はテメェに敗れて、入団を逃したんだァ!!」




振り下ろされる剣は、あまりにも軽やかだった。

巨漢が振るっているとは思えないほど、鋭く、速い。


セドリックは眉を僅かに寄せながら、反射的にラウンドシールドを構える。




「“神聖騎士団(セイクリッド・ナイト)”入団試験……?」




疑問を口にした、その瞬間だった。

剣が、盾に触れた刹那──


ズンッ!!


空気が、沈んだ。

盾越しに伝わる衝撃が、質量の概念を裏切っていた。まるで、数トンの鉄塊を叩きつけられたかのような重圧。




(──!? 重い……ッ!?)




セドリックは即座に判断を切り替える。

正面で受け切るのは危険。盾の角度を僅かに傾け、剣撃の軌道を斜めへと流す。


同時に、グリーブの底に仕込まれた車輪が唸りを上げて回転する。

重心を低く、体勢を崩さぬよう滑るように後退する。


ガギィィン……ッ!!


受け流された剣は、そのまま地面へと叩き込まれた。

信じられない音が響く。石床が抉れ、亀裂が走り、剣は半ばまで深々と突き刺さっている。




(……なるほど)




セドリックの脳裏で、点が線に繋がった。

剣を見つめ、そして男の顔を見上げる。

憎悪に歪んだその表情に、確かな既視感があった。




「──思い出した」




セドリックは、はっとしたように声を上げる。




「君は……去年の“神聖騎士団”入団試験で私と戦った……」


「“武器の質量操作”のスキルを持つ、グレゴール・ゲイン……!」




その名を告げた瞬間、グレゴールの顔がさらに歪んだ。




「だから、そうだっつってんだろうがァ!!」




怒号が炸裂する。




「テメェ……俺様のこと、完璧に忘れてやがったなァ!?!」




怒りと屈辱が、剥き出しの刃となって噴き出す。

セドリックは、一瞬言葉を失った後、思わず視線を伏せた。




「……す、すまない」




そして、深くはないが、確かに頭を下げる。




「本当に、覚えていなかった。悪意はなかったんだ」




あまりにも素直な謝罪だった。

それが、逆に火に油を注いだ。




「……ッ!!」




グレゴールの額に、青筋が浮かび上がる。

背後から、呆れたような声が飛ぶ。




「主人が主人なら、側近も側近ですわ」




イライザが扇子で口元を隠し、冷ややかに言い放つ。




「本当に……失礼な連中ですこと」




グレゴールは歯噛みしながら剣を引き抜き、再び構える。

今度は、剣が軽く見えた。実際、振る速度は先ほどよりもさらに速い。




「俺様はなァ!!」




斬撃が、雨のように降り注ぐ。




「入団試験で華々しく“神聖騎士団”としてデビューするはずだったんだ!!」


「エルディナ王国の盾……最強の五騎士の一人に名を連ねる予定だったんだよォ!!」




振る時は、軽い。

受け止めようとした瞬間、重くなる。

質量が跳ね上がるタイミングは、ヒットの瞬間のみ。

理不尽極まりない強力なスキル。


セドリックは、キィィンと高音を立てて回転するチェーンブレードを振るい、剣の回転そのもので衝撃を散らす。

真正面から受けず、流し、逸らし、滑らせる。




「だがなァ!!」




グレゴールは吼える。




「そんな俺様の人生設計を、テメェが!!」


「全部!!めちゃくちゃにしたんだァ!!セドリック・ノエリアァ!!」




憎悪の奔流。

それでも、セドリックの表情は崩れなかった。

一撃を受け流し、距離を保ちながら、静かに言葉を返す。




「それは、逆恨みというものだ」




冷静な声。




「君の夢を妨げる結果になったのは、確かに申し訳ない」


「だが、私にも私のなすべき事がある。譲れぬ戦いがあった」




その言葉が、届くことはなかった。

割って入るように、甲高い声が響く。




「隙ありですわッ!!」




イライザが扇子を振り上げる。




「”桃色竜巻ロダキニー・トルネード”!!」




次の瞬間。

セドリックの足元から、花の香りを伴った竜巻が噴き上がった。

甘美で、しかし凶悪な魔力。

渦巻く風が、横殴りに身体を叩きつける。




「しまっ──!」




一瞬、体勢が崩れた。

それで、十分だった。




「隙アリだァ!!」




グレゴールが踏み込む。




「”大質量斬(ヘヴィ・スラッシュ)”!!」




剣が、横薙ぎに振るわれる。

その瞬間、剣の質量が跳ね上がる。

数トンに達する圧倒的な重み。


ドォンッ!!


セドリックはラウンドシールドを正面に構え、辛うじて受け止めた。

衝撃が全身を貫く。


だが、盾は耐えた。

身体も、無傷だ。

しかし──




「──これは……強力だな」




セドリックは低く呟きながら、ズザァァァッと床を滑って後退する。

車輪が火花を散らし、数メートル先でようやく停止した。


ダメージは、ない。

だが、この男は、確かに“強敵”だった。


そして同時に、セドリックの中で何かが、確実に積み重なり始めていた。




 ◇◆◇




「セドリックさ〜ん! こっち終わりましたし、お手伝いしましょうかぁ〜?」




少し離れた位置から、間の抜けた、それでいて戦場とは思えないほど明るい声が飛んできた。

リゼリアが片手を振り、軽やかに笑っている。その足元には、既に砕け散ったネームプレートの残滓が淡く光っていた。


セドリックは、視線をそちらへ向けることすらせず、ただ前を見据えたまま静かに答える。




「いや、問題無い。リゼリアとルシアは、引き続き周囲を警戒しておいてくれ」




それは命令というより、信頼を前提にした判断だった。

背後を任せても問題ない、そう確信しているからこその口調。


そのやり取りを見て、イライザがくすりと笑う。

扇子で口元を隠しながら、余裕を滲ませた声を響かせた。




「──あら、私は構いませんのよ? 三対二でも」




扇の奥から覗く瞳は、冷たく、嘲るように細められている。




「どうせ、そちらの御二方にも……貴方の後に消えていただくつもりですもの」




その言葉に呼応するように、グレゴールが下卑た笑みを浮かべて肩を揺らした。




「そうだぜェ! 入団試験じゃ遅れを取ったがなァ、あんなもんは何かの間違いだ!」




片手剣を肩に担ぎ、吐き捨てるように続ける。




「お前みたいなヒョロっこいヤツに、俺様が負ける訳なんか無ェんだよ!!」




自信ではなく、自己暗示に近い怒鳴り声だった。

セドリックは、その叫びを正面から受け止めながら、内心で小さく息を吐いた。




(……無茶苦茶な理屈だ)




視線を逸らさず、心の中で淡々と結論づける。




(勝利とは、体格によってのみ決まるものではない。培った技術、積み重ねた経験、身につけたスキル……それらが勝敗を分ける)




言葉にすれば火に油を注ぐだけだと分かっている。

だからこそ、彼は語らない。ただ、静かに構える。

イライザは、その沈黙を「劣勢」と解釈したのか、満足げに頷いた。




「この男……グレゴール・ゲインは」




扇子を軽く振り、舞台の役者を紹介するかのように語る。




「貴方に敗れて“神聖騎士団”入りを逃した後、冒険者として身を立てましたの。今や、Aランク。実力は折り紙付きですわ」




誇らしげな声音。




「今回の“統覇戦”で、貴方への雪辱を晴らす舞台を整える代わりに……ルセ大に編入し、私の配下になる契約を結びましたのよ」




グレゴールが胸を張る。




「そういう事だ。それに……」




舌なめずりをするような笑み。




「勝ち上がれば、お楽しみも待ってるしなァ……!」




その言い方に、セドリックは僅かに眉を顰めた。




「お楽しみ? 何の事だ?」




問いは静かだったが、その一言が、決定的な一線を越えさせた。

グレゴールは、にたりと口角を吊り上げる。




「セドリック・ノエリア……」




わざとらしく間を置き、低く囁く。




「お前の妹……ブリジットっつったか? あれは、いい女だよなァ?」




その名が出た瞬間。

空気が、変わった。


セドリックの背筋に、鋭いものが走る。

ほんの一瞬の変化。だが、それを見逃すほど、グレゴールは鈍くなかった。




「──お嬢」




グレゴールはイライザへと視線を投げる。




「俺がコイツらをやっちまって、アンタの願いを叶えたら……あのブリジットって娘、好きにしてもいいって話だったよなァ?」




イライザは、扇子を閉じ、鼻で笑った。




「ええ」




冷酷な即答。




「ラグナ殿下に色目を使うような泥棒猫……少し痛い目を見るくらいで、丁度よくてよ」




フン、と息を吐く。




「相手は一応、公爵家の御令嬢だろォ? 本当にいいのかよ?」




グレゴールの言葉に、イライザは微笑を深めた。




「構いませんわ。ディーンベルク公爵家の力をもってすれば……その程度の些事、揉み消すのは訳ありませんもの」




そして、扇子の隙間から、侮蔑を込めた視線をセドリックへ向ける。




「それに……今のノエリア公爵家には、以前のような力はありませんでしょう?」




吐き捨てるように告げた。




「“落ち目の公爵家”である、ノエリア家は……!」




その瞬間だった。

それまで、ただ静かに二人の会話を聞いていたセドリックが、ゆっくりと口を開いた。




「──なるほど」




声は低く、驚くほど落ち着いている。




「よく、わかった」




ラウンドシールドを構えたまま、まっすぐに二人を見る。




「我がノエリア家への侮辱的な言葉……」




セドリックは静かに一歩、踏み出す。




「妹ブリジットへの、看過できぬ暴言……」




そして、ギン、と鋭く睨み据えた。




「──つまり君たちは……私を怒らせたいのだな?」




その視線には、感情の爆発はない。

だが、確かな“怒り”が、研ぎ澄まされて宿っていた。


次の瞬間。


セドリックの左手首のブレスレットが、淡く光り始める。

魔力が渦を巻くように集束し、キィィィン……と澄んだ高音を響かせながら、光の輪へと変化していく。


遠くで、それを見たリゼリアの顔が引きつった。




「──えっ!? せ、セドリックさん……!?」




声が裏返る。




「ま、まさか……アレをやるつもりなんですかぁ〜……? ここ、室内なんですけどぉ〜……」




位置を確認し、青ざめる。




「この距離だと……リゼリア達も、危ないんじゃ……」




隣で、ルシアが首を傾げる。




「?」




不思議そうな表情のまま、ぽつりと呟いた。




「……これは、凄い魔力」




一方、正面の二人は明確に動揺していた。




「な、何だァ!?」


「こ、この尋常ならざる気配は……!?」




グレゴールとイライザが、思わず一歩引く。

セドリックは答えない。

ただ、左手にラウンドシールドを持ち、そのまま天へ掲げた。


光の輪が、ゆっくりと半径を広げていく。

ラウンドシールドと同じ大きさまで拡大した光輪は、その縁にぴたりと嵌まり込んだ。


次の瞬間。


ラウンドシールドは、実体を超えた“光の円盤”へと変貌する。


キィィィィン!!


甲高い回転音。

まるで運命そのものが回り始めたかのような、圧倒的存在感。


高速回転する光の盾を正面に構え、セドリックは宣告するように叫んだ。




「"神器解放"……」




声が、戦場を震わせる。




「“運命ノ光輪フォイール・オブ・フォーチュン”……!!」




その瞬間、空気が、完全に塗り替えられた。

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