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【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第248話 side.ラグナ・チーム① ──接触、そして開戦──

ダンジョンの一室に、無機質な声が淡々と響いた。




『落下トラップ、クリア。ラグナ・チーム、50ポイント獲得。』


『モンスター、5体討伐。10×5=50ポイント獲得。』




そのアナウンスが終わると同時に、広い石造りの部屋に、ほんの一瞬だけ静寂が落ちる。

砕け散った魔物の残骸は、淡い光となって霧散し、床には戦闘の痕跡だけが残っていた。


その中心で、ラグナは満足そうに小さく肩をすくめた。




「──ね? 僕の言った通りだったろ?」




振り返り、穏やかな笑みを浮かべて仲間たちを見る。




「開幕の落下トラップ、からの最初のフロアで魔物五体との戦闘。ここまでは、全チーム共通のセットなんだよ」




まるで既に答えを知っていたクイズの解説をするような、軽やかな口調だった。




「まぁ……!」




リゼリアが両手を胸の前で組み、感嘆の声を上げる。




「そんな事まで分かってしまうなんてぇ〜。さっすがは殿下ですぅ〜!」




大げさなくらいに感動した様子で、きらきらとした視線をラグナに向ける。

その仕草一つ一つがあざとく計算されたようでありながら、どこか素直な敬慕(けいぼ)も滲んでいた。


一方で、ルシアはといえば、感情の波をほとんど見せないまま、ぽつんと立っている。

彼女の視線は仲間でも魔物の残骸でもなく、天井の一部──先ほど自分たちが落ちてきた、暗い縦穴に向けられていた。


ぼんやりと、何かを考えているのか。

あるいは、何も考えていないのか。


セドリックは剣を収めながら、ラグナに向かって一礼する。




「素晴らしいご決断の速さでした、殿下」




その声音は、いつも通りの忠誠に満ちたものだった。

だが、その胸の内では、別の思考が渦を巻いていた。




(まただ……)




セドリックは、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。




(また、殿下の言う通りの事が起こった)




落下トラップの存在。

魔物の数と配置。

それら全てを、ラグナは事前に知っていたかのように、迷いなく判断し、最適解を選び続けている。




(まるで……)



(まるで殿下には、『これから何が起こるか』が分かっていたかの様に……)




その考えは、不敬に近いものだった。

だが、近年ずっと抱えてきた否定しきれない違和感として、確かに胸の奥に残る。


ラグナはそんなセドリックの内心など知る由もなく、軽く手を打った。




「さて、と」




場の空気を切り替えるように、朗らかに言う。




「当初の予定通りだ。僕は“深度ボーナス”狙いで、深い階層まで単身潜ろうと思う」




その言葉に、空気がわずかに張り詰める。




「キミたち三人は、浅い階層でポイントを稼いでくれたまえ」




あまりにも当然のように語られた作戦。

だが、それは同時に、ラグナが一人で危険な深層へ向かうという宣言でもあった。




「で、でもぉ……!」




真っ先に声を上げたのは、リゼリアだった。




「やっぱり危険なのではありませんかぁ〜? いくらラグナ殿下がお強いと言っても、お一人でダンジョンの深層まで潜るなんてぇ〜……」




不安を隠そうとしない声音。

その表情には、打算ではない、純粋な心配が浮かんでいた。




「──やはり」




セドリックも一歩前に出る。




「私だけでも護衛に着いた方が……」




だが、その言葉は、ラグナの柔らかな笑みで遮られた。




「心配してくれて、ありがとう」




そう言って、ラグナはセドリックをまっすぐに見る。




「だけどね、セディ。キミの防御力と機動力は、低階層でのポイント稼ぎには必須だ」




責任を押し付けるような口調ではない。

むしろ、信頼を前提とした言い方だった。




「キミはリゼリアとルシアと協力して、ポイントを稼ぎつつ、二人を守ってやってくれたまえ」




その言葉に、セドリックは一瞬、目を見開く。




(……やはり。)




胸の奥が、静かに揺れた。




(最近の殿下は、少し表情が穏やかになられた)




命令ではなく、役割を託す言葉。

仲間としての信頼を、はっきりと示す態度。




(──まるで、“以前の殿下”の様に……)




まだ幼かった頃。

王子である前に、一人の少年だった頃のラグナ。

その面影が、ふと重なる。


セドリックは、無意識のうちに小さく息を吐き、口元を緩めていた。




(……これも、佐川くんのお陰、という事か)




胸に浮かぶのは、嬉しさと──ほんの僅かな、寂しさ。


殿下が変わっていくことは、喜ばしい。

だが同時に、それを成し遂げたのが、幼い頃より共に過ごした自分ではない誰かである事への寂しさ、そんな感覚も否定できなかった。


それでも。

セドリックは顔を上げ、静かに剣の柄を握り直す。




「……承知しました、殿下」




その声には、揺るぎない覚悟が宿っていた。

ラグナは満足そうに頷き、くるりと身を翻す。


ラグナは、ゆっくりと視線を巡らせた。


石造りの壁、天井に刻まれた幾何学模様のような紋様、どこからともなく漂う微かな魔力の流れ。

その全てを楽しむように眺めながら、彼は静かに口を開く。




「──マリーダ教授の"迷宮組曲(ラビュリントス)"で作られたダンジョンは、普通のダンジョンじゃない」




その声は落ち着いていて、どこか講義のようでもあった。




「“ダンジョン”という仕組みそのものを阻害する魔法は、この中では使用出来ないんだ」




ラグナは指先で空をなぞるようにしながら続ける。




「例えば、地面のトラップを全て無意味にしてしまう“飛翔(フライト)”や、迷宮の階層構造を丸裸にする“地図作成(マッピング)”の魔法。ああいうのはね、"迷宮の醍醐味を失わせる魔法"と判断されて、発動すら出来ない」




リゼリアは「へぇ〜……」と小さく声を漏らし、ルシアは相変わらず無言のまま、僅かに眉を動かした。




「──だが」




ラグナはそこで言葉を切り、口角を上げる。




「どんなルールにも、抜け道というものがある」




ニッとした笑み。

その表情には、王子としての威厳よりも、謎解きを前にした少年のような好奇心が色濃く滲んでいた。




「とにかく、僕の方は心配無用さ」




そう言って、軽く肩をすくめる。




「どちらかというと、注意すべきは……セディ達の方かな?」



「──殿下?」




セドリックが思わず問い返す。




「それは、一体……」




だが、その疑問は最後まで口にされることはなかった。

不意に、広間に反響する荒い声。




「いたぞ! こっちだ!」




複数人の足音と、装備が擦れる音が、壁面の通路の奥から一気に近づいてくる。

空気が一瞬で張り詰め、セドリックは反射的に盾に手を掛けた。


ラグナはその気配を感じ取ると、少し楽しそうに目を細める。




「おっと……これ以上ここにいると、無駄な時間を喰ってしまうな」




そう言って、仲間たちを振り返る。




「それじゃ、任せたよ。セディ、リゼリア、それに、ルシア」




軽い口調だが、その言葉には確かな信頼が込められていた。




「……あ」




付け足すように、ラグナは指を立てる。




「いざと言う時は、“神器”の解放も許可する。好きに戦って、思う存分ポイントを稼いでおいてくれたまえよ!」


「えっ、よ、よろしいんですかぁ〜!?」




リゼリアが驚いたように声を上げるが、その答えを聞く前に、ラグナは既に動いていた。

彼の足元に、風が渦を巻く。


それは“飛翔”ではない。

あくまで、風魔法による瞬間的な浮遊と加速。




「じゃあね」




その一言と共に、ラグナの身体がふっと宙に浮かび上がり、


ビュンッ!


という風切り音を残して、人の気配のない通路へと飛び込む。


一瞬。

本当に、瞬きするほどの間に。




「──あっ!? で、殿下……!」




セドリックが手を伸ばした時には、もう遅かった。

ラグナの姿は、闇の奥へと溶けるように消え去っていた。

残された三人の前には、迫り来る足音と、通路の影。


そして、王子のいない戦場が、静かに口を開こうとしていた。




 ◇◆◇




次の瞬間だった。


石造りの大部屋に通じる、複数の通路の影が一斉に揺らぎ、

そこから――ぞろぞろと、人影が溢れ出した。


剣。魔導銃。

槍、斧、鎖、短剣。


武器の種類も装備の系統もばらばらな、男女混成の集団。

ざっと数えて、二十名ほどだ。


彼らは無言のまま、しかし迷いなく動き、あっという間にセドリック、リゼリア、ルシアの三人を中心に円を描くように展開した。


完全な包囲網。


セドリックは即座に一歩前へ出る。

腰に提げていた異形の片手剣を引き抜いた瞬間、ガシャリ、と歯車が噛み合う重い音が鳴った。


歯車が幾重にも組み合わさった、機械仕掛けの刃。

チェーンソーのような構造を持つそれは、鈍く、しかし確実に殺気を放っている。


反対の手には、真円形のラウンドシールド。

飾り気のない盾だが、使い込まれた痕が、その信頼性を雄弁に物語っていた。




「は、はわわわ……」




リゼリアは一瞬だけ慌てたように声を上げる。




「な、何ですかぁ〜? 貴方達はぁ〜?」




両手を胸元に寄せた、いかにも困惑した仕草。

だが、その足運びは正確で、いつの間にかセドリックの背後へと半歩下がっている。


ルシアは──相変わらず、ぼんやりとした目をしていた。


だが、その視線は確実に周囲を捉えている。

人数、武器の種類、間合い。


一瞬で把握すると、彼女は静かに位置をずらし、

セドリックとリゼリアと、ぴたりと背中合わせになるように立った。


三人で、三方向。


沈黙を破ったのは、包囲する側の一人だった。




「……ラグナ殿下みたいな化け物」




低く、噛みしめるような声。




「本戦で正面から戦っても、勝てる訳がない」




別の男が、続ける。




「だが、この予選会なら……!」




さらに声が重なる。




「四人中三人が落ちれば……!」


「プレートを奪いさえすれば、チームごと脱落という、このルールなら……!」




ざわり、と空気が揺れる。




「都合よくラグナ殿下が単独行動をされている今──」


「ラグナ殿下以外の、君達三名を落とせば……我々にも、勝機はある!」




最後に、一人の男が、覚悟を込めて言い切った。




「我々にも、どうしても叶えたい願いがある」


「悪いが……“勅命権”のためだ」


「ラグナ・チームには――ここで消えてもらうっ!」




一斉に、武器が構えられる。

刃が鳴り、魔導銃の魔力炉が低く唸り、

二十名分の殺気が、三人へと向けられた。


その中心で、セドリックは──小さく、息を吐いた。




「……なるほどな」




落ち着いた声。

まるで状況を整理するように、淡々と。




「そういう事か」




彼は盾を構えたまま、相手を見渡し、続ける。




「ラグナ殿下の不在を攻める戦略。悪くない」


「君達のように戦局を見ることの出来る人材が、我がエルディナ王国にいる事――」




ほんの一瞬、セドリックの口角が上がる。




「喜ばしく思うよ」




その余裕ある口調に、包囲する側がわずかにざわめいた。何人かは、思わず足を止める。

その隙を逃さず、セドリックは言葉を重ねた。




「──だが」




空気が、張り詰める。




「君達は、大きな勘違いをしている」




盾が、前に出る。

剣が、わずかに唸る。




「ラグナ殿下を欠いた我ら三人であれば……」


「たった二十人足らずで制圧できる、と考えたのなら──」




セドリックの視線が、鋭く光った。




「それは、間違いだ」




次の瞬間。

セドリック、リゼリア、ルシアの三人が、同時に周囲を睨む。




「我ら三名は――」


「ラグナ殿下をお守りする“盾”であり……」




セドリックの剣が、正面を向く。




「ラグナ殿下の敵を討つ“矛”でもある」




リゼリアは、太もものガーターに指を掛けた。

クルリ、と軽やかな動きで、二本の黒い金属筒──"メイド式万能武装"を引き抜く。

チアバトンのようにくるくると回しながら、楽しげに微笑む。




「その力はですねぇ〜」




最後に、ルシア。

フード付きマントの下から、すぅっと両手が現れる。


その指先には、デッサン人形のような小さな人形が、細い糸で繋がれていた。




「……たかだか二十名で」




セドリックが、静かに締めくくる。




「折れる程、容易くは無い……!」




張り詰めた緊張が、場を支配する。

セドリックは、横目で二人を見た。




「リゼリア、ルシア。一人あたり、七人がノルマだ。いけるな?」



「はぁ〜い♪」




リゼリアの軽やかな返事。




「……さっさと終わらせる」




ルシアの眠そうな声。

セドリックは、剣と盾を正面に構え、低く告げた。




「──では、行くぞ」




次の瞬間、

三人と二十人の間に広がる空間が、一気に──殺意で満たされた。

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