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【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第242話 育まれる友情、生まれる疑惑

オープンテラスのカフェに、穏やかな午後の陽射しが降り注いでいる。木漏れ日が木製のテーブルに斑模様を描き、紅茶の湯気がそれをやんわりと揺らす。


テラス席の一角、王子ラグナ・ゼタ・エルディナスは、柔らかな笑みを浮かべながら、その対面に座る青年と語らっていた。




「いや、だからね。『ラグヒス3』の最終決戦前のダンジョン、あのBGM。あれはもう、神だよ、神!」




ラグナが身を乗り出し、身振り手振りを交えて熱弁する。思わず手元の紅茶カップが傾ぎそうになるのを、慌てて颯太が制止した。




「わかる!俺も、あそこ入った瞬間、一回コントローラー置きましたもん。“覚悟”する時間が必要すぎて!」




颯太の笑い声が、木々の間を抜けて心地よく響く。ラグナも笑い、目元を細めながら頷いた。




「ふふ……キミ、なかなかやるじゃないか、佐川くん。そこまで『ラグヒス』を語れる人間には滅多に出会えないよ」




周囲の客席にいた女子生徒たちは、唖然としながらその光景を見守っていた。




「な、何の話か全然分からないけど……殿下、すごく……楽しそう……」


「表情が柔らかい……あんなナチュラルな笑顔、初めて見た……!」




それもそのはずだった。普段は皆にアイドル然とした"営業スマイル"を振り撒いているラグナが、いまや子どものように目を輝かせて談笑している。




(た……楽しいっ……!)




内心、ラグナは心の底から感動していた。

好きなものについて、遠慮なく語り合える相手。

それが、これほどまでに心を満たすものだったとは。




(……前世を合わせても、こんな気持ちは……初めてかもしれない……)




そんなラグナに向かって、颯太が笑いながら言った。




「いや〜、ラグナ殿下、めっちゃ熱いっすね!俺、自分の『ラグヒス』愛にはちょっと自信あったんすけど……正直、負けたっす!」



「ふふ……僕だって、これでも"聖典(バイブル)"と共に育った身だ。キミも相当なマニアじゃあないか。佐川くん」




その言葉に、颯太は肩をすくめて

「まあ、隠しきれないオタク気質ってやつっすね」

と笑った。


しばし沈黙が流れる。

ラグナが、ふと何かを思い出したかのように軽く咳払いをして、視線を颯太に向けた。




「──あー……その、何だ。佐川くん」



「はい?」



「僕達は、“ラグヒス”という共通の……つまり、“聖典(バイブル)“を持つ者同士、という訳だね」



「……え?あ、まあ、そうっすね」




颯太が軽く笑いながら頷くと、ラグナは少し視線を逸らして口元を手で隠しつつ、もぞもぞと続けた。




「だ、だったら……僕とキミは……その……アレだ。アレと言っても……差し支えないだろ?」




何の“アレ”なのか、意味不明な表現だが、颯太はすぐに察したらしく、口元にわずかな笑みを浮かべる。しかし、それを悟らせぬよう、惚けた声を返す。




「えっ?何の話っすか?ラグナ殿下」




ラグナは顔を赤らめ、急に髪をぐしゃぐしゃと掻いた。




「だ、だから……僕達は、同じ”聖典(バイブル)“を持つ……『友』と言っても、いいんじゃないか……という話さ……!」




その告白めいた言葉に、颯太はしばらく黙ってラグナの顔を見つめた。

ラグナが少し目を逸らす。

だが、すぐに颯太はニカッと笑い返した。




「いいんすか?俺が、王子殿下の友達なんてなっても」



「僕がいいと言ってるんだ、良いに決まってるさ」




ツンとした態度で返すラグナに、颯太は拳を軽く突き出す。




「なら、今日から俺らは友達って事っすね」



「だから──それも……敬語も、もう要らないぞ。佐川クン……いや、颯太」



「……ああ!そんじゃ、そうさせてもらうよ。ラグナ!」




そのあまりにも自然な呼び捨てに、ラグナは目を丸くした。




「随分、切り替えが早いな!」



「いやー、俺ももっと気軽に話したかったんだけど、流石に王子様相手じゃそうもいかないじゃん?ラグナから言い出してくれて助かったよ!」




颯太はそう言って、親しげにラグナの肩に手を回した。

ラグナは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに苦笑しながら肩を竦めた。




「いや、もう呼び捨てかよ」



「……あ、イヤだった?」




颯太が悪気なく聞き返す。ラグナは鼻で笑って言った。




「フッ……特別に許可しようじゃないか。感謝したまえよ」




周囲では、女子たちがまたもや興奮を抑えきれず、そっと涙を拭っていた。




「ラグナ殿下……!眼福……!その笑顔、宝物にしたい……!」


「小説化して……いや、舞台化して……!」




だが、そんな声はラグナの耳には届いていない。

彼の視線は、隣に座る青年──佐川颯太に向けられていた。




(──まさか、この僕が、今日初めて会っただけのこの男を『友』と認めることになるとはね……。佐川颯太、か……)




ふと、頭に浮かんだのは『ラグヒス』シリーズの名場面だった。

勇者が、出会った仲間たちに手を差し伸べ、共に旅立ったあの瞬間──。




(──『ラグヒス』の仲間たちも、こんな気持ちだったのかな……)




だが、すぐに我に返り、内心でブンブンと首を振る。




(ち、違う違う!この世界の主人公は、あくまで僕だ!僕が、この男を“友に選んであげた”んだ……!)




──それでも、笑顔を向けてくる颯太の顔を見ると、ラグナの表情は柔らかく緩む。




(ま、今だけは……誰が主人公かは、置いておくとしようか)




彼はそう思いながら、もう一口、冷めかけた紅茶を口に含んだ。




 ◇◆◇




ズシン。ズシン……。


風に運ばれた振動が、足元をわずかに揺らす。オープンテラスの優雅な雰囲気を壊すような音と地鳴りが、だんだんと確実に近づいてきていた。




「──た、大変だーっ!!」




悲鳴混じりの叫びが、カフェテラスから少し離れた校舎の方角から響いた。




「まただ……!また“ゴレ研”のゴーレムが暴走してるぞおお!!」




ドタバタと逃げてくる生徒たちの姿が遠くに見える。その向こうから、鉄塊のような巨躯が地面を踏み鳴らす音が近づいてくる。

颯太は咄嗟に椅子を蹴って立ち上がり、声の方へと顔を向けた。




「ん? なんだなんだ……?」




首を傾げる颯太の隣で、ラグナは小さくため息をついた。




「──そうだった。このカフェテラスで昼間にお茶をすると起こる“イベント(・・・・)”のことを、すっかり忘れていたよ」



「……イベント?」




颯太が疑問を口にする前に、ラグナは立ち上がり、自分たちの周囲を取り囲んでいた女子たちへと顔を向けた。気配を一変させ、きっぱりとした口調で言い放つ。




「みんな、聞いて! 今からここに、“ゴーレム研究会”が製作した試作型ゴーレムが現れる! 制御を失い暴走状態にある!──至急、この場を離れて避難したまえ!」




その言葉に、女子たちは「え?」「ええっ!?」と驚いた顔を浮かべたが、すぐに足早に逃げ出していく。


颯太は思わずラグナを見た。




(……ラグナ、今の騒ぎでそんな詳細分かるのか? 何で“暴走したゴーレム”なんてピンポイントで言えるんだよ……?)




不思議そうに眉を寄せていたその時。


──ズゥン。


ゴウッ!と空気を押しのけるような風圧。校舎の陰から、鈍い銀光を纏った2体の巨大な影が現れた。




「な……なんだ、ありゃ……!?」




颯太が絶句する。


全長10メートルはあろうかという金属の巨体。

鋼鉄と魔導合金で構成されたボディは、まるで近未来の兵器──そう、“巨大ロボット”そのものだった。


ラグナは顔色一つ変えず、彼の疑問に静かに答える。




「“ルセ大”の研究会のひとつ、“ゴーレム研究会”。通称“ゴレ研”。問題児の巣窟でね……たまに、こういう事が起こるんだ」




ラグナは顎を指で支えながら、あくまで冷静に言葉を続けた。




「彼らが開発した“魔導ミスリルゴーレム”。高純度ミスリル合金と魔導制御回路によって作られた自律型ゴーレム……なんだけど、完成度はまあ、お察しの通りさ」



「……いやいやいや!! お察しの通りとかいう域、超えてんだろコレ!!」




颯太は背中に背負っていた剣──“七星剣”の柄に手をかけながら叫んだ。


ミスリルゴーレムのうちの一体が、両腕を広げながら咆哮を上げる。




「ヴォォオオオオオーーーーッ!!」




地響きを立て、地面にひびを走らせながら、ゆっくりとこちらに歩み出す。


颯太は剣を引き抜き、構えた。




「いや、デカいって! こんなの大学構内で作るなよ!?」



「ルセ大はね、生徒の自主性をとても大切にしてるんだ」



「いや、それ自主性ってレベルか!? こんな兵器、ロボアニメの軍事施設内でしか見た事ねーよ!」



「でもほら、だからこそ僕がいるんだろう?」




ラグナはふっと微笑み、魔法の詠唱もなく、すっと宙に浮き上がった。足元には淡い魔法陣。飛翔魔法だ。




「最強の大賢者にして、生徒会長。ラグナ・ゼタ・エルディナス、参上ってね」




颯太はその姿を見上げて、にやりと笑った。




「おおっと、こりゃ頼もしい。……けど、」




颯太はそのまま一歩、前に出ると剣を構え直す。




「俺も、生徒会長殿のお手伝いといかせてもらうぜ。 一体は俺が引き受ける!」



「お、おい。これは僕の仕事だ。キミに手伝ってもらう道理は──」



「いーじゃん、友達を手伝うくらい。フツーだろ?」




あっけらかんと、でもまっすぐな笑顔で颯太は言った。どこまでも真っ直ぐで、裏表のない言葉。その一言に、ラグナは小さく目を見開き、そして笑った。




「……なら、一体は任せるとしよう。ただし──遅くなれば、そっちも僕が片付けるかも知れないけどね?」



「おお、そりゃ急がなきゃマズそうだな……ってことで!」




颯太は地を蹴って駆け出す。剣を構えた姿は、まるでゲームに登場する勇者そのものだった。


風が舞い、砂塵が巻き上がる。


ラグナは彼の背を見送りながら、ひとつだけ小さく呟く。




「まったく……見ているだけで、呆れるくらい眩しいな、君は」




──10メートル級の鋼の怪物と、ただの人間が真っ向から相対する構図。

そのあまりに現実離れした光景に、逃げ遅れた数人の女子生徒が、遠くからぽかんと見とれていた。




「え……ちょ……え……!?あの人、ラグナ殿下の隣にいた……佐川くん、だよね?」


「す、すごい……普通にゴーレムに突っ込んでってる……!何者!?」


「っていうか、ラグナ殿下のあの顔……初めて見た……やばい、尊い……ッ!」




少女たちの誰もが思った。


──これは、ただの事件ではない。

「伝説の始まり」を、彼女たちは見たのだと。




 ◇◆◇




「神器解放──」




颯太が低く呟くと同時に、風が一瞬だけ震えた。




「"破邪七星剣(グランシャリオ)"!」




鋭い一閃と共に、颯太の剣が眩い七色の輝きを放つ。次の瞬間、その剣から放たれた七つの星が、夜空に浮かぶ衛星のように滑らかに放たれ、ミスリルゴーレムの周囲を舞い始めた。


ラグナはその光景に目を細める。




(おお……これが、“破邪勇者(アンドレイオス)”の神器……!)




七つの星が織りなす鮮やかな軌道に目を奪われながら、彼はふと脇に立つ颯太へと視線を移した。




(──それに、僕を前に神器を晒すのに、一寸の躊躇(ためら)いもなかった……。本当に、僕を『友』だと思ってくれている……という事かな)




胸の奥が、ふわりと温かくなるのを感じた。だが、同時にラグナは冷静に己の役割を見つめる。




(……だが、颯太には悪いが、僕の“神器”はここで晒す訳にはいかないんだ。ここは“魔杖五指(フィンガー・ファイブ)”だけでカタを付けさせてもらうよ)




右手をそっと掲げ、五指の先端に魔力を灯す。親指から小指まで、それぞれが異なる色彩の輝きを宿し、蠢く魔力が静かに弾けるように振動を始めた。




「それじゃ、ちゃっちゃと片付けますか!」




颯太は軽く剣をくるりと回しながら構える。にっと笑うその表情には、緊張感と高揚が入り混じっていた。


ラグナも唇を片方だけ吊り上げて微笑む。




「そうだね。“サブイベント消化”といこうか。」




地鳴りのような重低音が響き、ミスリルゴーレムの拳が颯太目掛けて振り下ろされる。観戦していた生徒たちから悲鳴が上がる。




「危ないっ!!」




だが、颯太の姿がふっと掻き消えた。次の瞬間、ゴーレムの頭部付近に漂っていた星と彼の位置が、瞬時に入れ替わる。




「残念!そんなスピードじゃ、俺には当たらないね!」




空中で軽やかに旋回しながら、顎をクイッと上げ、剣を構えたまま笑う。その軽口とは裏腹に、目には真剣な光が宿っていた。


ラグナはその様子を見つめながら、満足げに頷く。




(──剣から飛ばした七つの星と、自分自身の位置を入れ替えての瞬間移動か……!汎用性の高い、良い能力だ。流石は“勇者”!)



「ラグナ殿下!!危ないっ!!」




別の声が飛ぶ。


ラグナが振り返ると、もう一体のゴーレムの拳が目前に迫っていた。




「……無駄だ。」




ラグナは微動だにせず、ただ右手の親指に込めた魔力を解放する。




「"第五の魔杖フィンガーケイン・フィフス"。」




光がハニカム状に展開され、黄金の六角構造が障壁となってラグナの前に広がった。

ゴーレムの拳がそれに激突し、鈍い衝撃音が響くも、障壁は一切たわむことなくその一撃を完全に受け止める。




「僕に、普通の物理攻撃は通らない。」




静かな声に、観客席から再び黄色い悲鳴が飛ぶ。




「ラグナ殿下素敵すぎますうぅぅ!!」


「あの障壁……殿下の堅固な意志そのもの……っ!」




空中の颯太も思わず「すっげ……!」と呻いた。


だが、彼の手は止まらない。七つの星を再び展開し、まるでドローンのように自在に操る。

星はゴーレムの関節部に照準を定め、各所に鋭いレーザーを照射。膝、肩、肘と順々に焼き切られ、巨体は徐々に制御を失っていく。




「"七星連斬(セプト・スラッシュ)"!」




颯太が叫び、彼自身と星々の位置を何度も瞬間移動で入れ替えながら斬撃を浴びせる。

目にも止まらぬ速さの七連撃がゴーレムの巨体を裂き、関節ごとに切断されていく。


細切れになったゴーレムが、地面に崩れ落ちた。




「やるね。」




ラグナは目を細める。




「それじゃ、颯太に免じて、僕も少しだけ力を見せるとしようかな」




そう呟くと、障壁で止まっていたもう一体のミスリルゴーレムの拳に、スタスタと近づいていく。

巨大な拳の表面に、彼は左手の五本指をそっと触れた。




「──"魔杖指・五行フィンガーケイン・フィフスエレメント"。」




五指に宿された五つの属性が、一斉に炸裂する。

ゴーレムの右手が内側から炎で焼き焦がされ、左手が凍てついた氷で割れ、右足が隆起する岩のスパイクに貫かれ、左足が突風に裂かれる。そして胴体には黒雷が落ち、内部から破壊が連鎖していった。


粉々になったミスリルゴーレムの破片が、キラキラと光を散らしながら宙を舞う。




「いかに魔法耐性の高いミスリルゴーレムだろうと……僕の魔杖指(フィンガーケイン)に砕けぬものはない。」




その静かな一言に、周囲がどよめく。

颯太は目を見開き、そしてふっと笑った。




(つ……強ぇ〜……!アルドさん程ではないにしろ……神器も使わずに、このレベルなら……紅龍やヴァレンさん級の強さなんじゃ……!?)




その驚きを隠すように、颯太は軽くステップを踏んでラグナに歩み寄り、右手を高く上げた。


ラグナはその動きに一瞬驚いた顔をする。だが次の瞬間、フッと少年のような笑みを浮かべて、自らも右手を上げる。


──パンッ!


二人の掌が軽快な音を立てて交差し、笑い合う。


その音は、ただの勝利の証ではない。互いの力を認め、友としての絆を刻む、確かな“信頼”の音だった。




 ◇◆◇




砕け散ったミスリルゴーレムの残骸を前に、大学職員たちが迅速に後処理に取り掛かっていた。

破片を魔導浮揚台に載せ、次々と回収していく職員の手際は慣れたものだ。

おそらく、これが初めてではないのだろう。


そのそばで、ゴーレム研究会──通称“ゴレ研”の面々が肩をすくめて並んでいた。

どの顔も青ざめ、反省しきった表情を浮かべている。中には泣きそうな男子学生もいた。




「次からは気をつけたまえよ」




その一言だけで、ゴレ研の学生たちは深く頭を下げた。言葉は短い。だが、冷たくも厳しくもなく、優しすぎる訳でもない。


淡々と、けれども確かに責任の所在を認識させる声だった。


その横顔を、颯太は無言で見つめていた。落ち着いた仕草、言葉の選び方、周囲への気配り──そして、あの戦いぶり。




(……ラグナ。お前、やっぱりすげぇよ)




感嘆にも近い想いが、胸の奥からじんわりと湧いてくる。

あんなゴーレムを一瞬で無力化し、後始末までスムーズに進行させる。

編入生入学式で見せた醜態がウソのような、自信に満ちた態度と、場を仕切る力。


あれが「大賢者」で「生徒会長」──納得しかなかった。


ラグナがこちらに振り返る。




「──サブクエスト『暴走!?ミスリルゴーレム』、消化完了だね。“懐かしい”だろ?」




ふっと、少年のような微笑を浮かべるラグナ。




「……ああ、そうだな」




颯太は自然に笑顔を返しながらも、内心にわずかな違和感が残った。




(……懐かしい(・・・・)?)




ラグナの言葉の意味を探るように、心の奥がざわめく。だが、それを表には出さず、颯太はそのまま応じる。


ラグナは続ける。




「──キミも知っての通り、ここは『ラグヒス6』の世界だ。イベントが起こるタイミングまで、ゲームの記憶通りなのさ。笑えるだろ?」



「──っ」




颯太の背筋を、汗が一筋すべり落ちた。


その言葉にこめられた意味──“この世界がゲームと同じ”だと確信をもって言い切るラグナの口ぶり。冗談ではない。明らかに本気の眼差しだった。




「……あ、ああ……ごめん、俺『6』はやったことなくてさ」




なんとか平静を装って返す。ラグナは目を丸くして驚いた。




「ええっ!?そうなのかい!?勿体ないなぁ……『6』こそ、シリーズ集大成とも言うべき名作なのに!」




嬉々とした様子で、少年のような表情を見せながら、ラグナは颯太の肩にポンと手をやる。




「──仕方ないな。今度、僕が“主人公”自ら『ラグヒス6』の素晴らしさについてレクチャーしてあげよう」



「……ああ。楽しみにしてるよ、ラグナ」




颯太は頷きながら微笑む。だがその裏で、心の底に小さな針のような不安が刺さっていた。




(──ラグヒス“6”……?)




ラグナは笑顔のまま去っていく。手には報告書の束。総務部へと足早に向かう彼の背を、颯太は目で追いながら、その場に静かに腰を下ろした。


──残されたカフェテラスのテーブル。吹き抜ける風。去り際のラグナの言葉が、心の奥で何度もこだまする。


しばらくすると、スタタタと軽い足音が近づいてきた。




「お、佐川!無事だったか!」




影山の声がかかる。




「学生課でいくら待っても颯太くん全然来ないから、心配で戻ってきちゃった」




天野唯も、息を切らしながら心配そうに駆け寄ってくる。




「悪い悪い!ラグナとの話が盛り上がっちゃってさー!」




颯太は気取らず明るく答えた。だが、影山は何かに驚いたように呟く。




「よ、呼び捨て……!?」



「……ああ、ダチになったからな!」



「え、えぇー……陽キャのコミュ力すげぇな……俺には真似できない……」




呆れる影山をよそに、天野だけが颯太の目をじっと見つめていた。




「──何か気になることでもあったの?颯太くん」




その声に、颯太の目がわずかに揺れた。




「……なあ、唯。ラグヒスって覚えてるか?」




唐突な問いに、天野はキョトンとした顔をする。




「もちろん覚えてるよ。颯太くんがよくやってたゲームだよね?私も影響されて全シリーズやったもん」



「……それでさ。ラグヒスシリーズのナンバリングタイトルって──幾つまで出てたんだっけ?」



「え?えっと……」




天野は首をかしげながら記憶をたぐる。




「──『ラグヒス5(・・・・・)』までだよね?5が出たところで、制作会社が買収されたか何かで、シリーズとしては最終作(・・・)になっちゃったんじゃなかったっけ?」



「──だよな」




その言葉を聞いた瞬間、颯太は確信した。




(──やっぱり、ラグヒスに『6』なんて存在しない)




静かに、けれど確かな衝撃が胸を打つ。

世界の表面にひびが入るような、奇妙な感覚。




(──ラグナ……お前、この世界を……一体『何』と重ねて見てるんだ……?)




笑顔で語る彼の言葉が、急に遠く思えた。


そしてその奥に、計り知れない“何か”が潜んでいる気がして──颯太は、小さく息を呑んだ。

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