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【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第240話 大賢者と破邪勇者

ラグナは三人と別れ、ひとり静かにルセリア中央大学の構内を歩き出した。


昼下がりの風が、彼の金糸の髪を柔らかく撫でる。

太陽の光は王子の姿を照らし、まるで舞台照明のようにその存在を強調していた。


途端、通路脇にいた女学生達が「きゃっ……!」「ラグナ殿下だ……!」と声を震わせ、口元に手を当てて頬を染める。

男子学生達は一歩引き、ある者は尊敬の眼差しを、ある者は嫉妬と敵意を込めた視線を向け、またある者はただ畏れて目を逸らした。


ラグナはそれらすべてを、薄く微笑むだけで受け流す。


どれも彼にとっては、あまりに馴染み深い“反応”だった。




(僕は“主人公”なんだから、この程度の視線、当然だろう?)




表情は完璧な微笑を浮かべたまま。

しかし、その胸に宿るのは満足ではなく、むしろ乾いた確信だった。




(彼らは“キャラ”だ。僕の物語を彩るために存在する、背景……NPC……)




ラグナにとって、この世界の景色はどこまでも“ゲーム画面”の延長だった。

彼の歩く通路はフィールドマップであり、周囲で動く学生達はシナリオの演出に過ぎない。


彼がほほ笑むと、好感度が上がる。

睨めば、畏怖のパラメータが跳ね上がる。


それらはすべて、ラグナの中で「ゲームの仕様」として処理されていた。




(──確かに、セドリックは僕の昔からの“親友”だ。

リゼリアは、十五でスキルを授かったあの日から、ずっと僕に尽くしてくれる“可愛いメイド”だよ。)




そこまでは、まるで思い出を懐かしむかのような、柔らかな感情。


だが。




(でも、それも……『主人公ラグナにとって、そういう役割を与えられたキャラクター』だからだ。)




視線がふと遠くへ向いた。

芝生の広場を駆け回る学生達も、ベンチで楽しげに談笑する友人同士も、ラグナには薄い色彩の背景にしか見えない。




(この世界には、僕以外“人間”は存在しない。

僕以外は、すべて“キャラクター”だ。主人公の物語を構成するための、ピース……)




その確信は、ラグナを強くし、同時に孤独にし続けてきた。


足を運ぶたび、周囲はざわめき、黄色い声や歓声が舞い上がる。

だがそのすべてが"機能(システム)"として見えてしまうのだ。


人気というパラメータ。

恐怖というステータス異常。

嫉妬や羨望は対人関係のフラグ。


それらは彼を飾るエフェクトでしかない。




(──誰も、僕と真の意味で分かりあう事なんて、出来ないんだ。)




一瞬だけ。

本当に一瞬だけ、ラグナの青い瞳の奥に寂しげな光が宿った。


歩みがほんの少しだけ止まる。

だがすぐに、また凛とした微笑みが表情を整えた。


寂しさは、ラグナ自身すら気付かぬほど手早く心の奥へ押し込められた。




(……やはり、僕の心を癒せるのは……ブリジット。キミしかいない。)




ブリジットを思い浮かべたその瞬間、胸に灯る感情は先ほどの弱さではなく、強烈な執念へと姿を変える。


アルド・ラクシズの顔が脳裏に浮かぶ。


美しい色彩を汚す黒点のように。

 



(あの憎きモブ野郎……いや、バグ野郎(・・・・)

ヤツを倒し、排除し……消去して、僕はブリジットを取り戻す……!)




拳がじわりと握りしめられる。

指先に力が入り、白くなる。


周囲にいた学生達が、その気迫に当てられたように息を呑んだが、ラグナは気づきもしない。


その胸の奥で燃え上がる執念は、いつしか"恋慕"というより"執着"という名の炎に変わっていた。


だが、ラグナはまだ気付いていなかった。


自分が"ただのキャラクター"のはずのブリジットに、何故ここまで狂気染みた執念を抱いているのか──


その矛盾に目を向けることは、この時のラグナには、まだ出来なかった。


彼の歩みは、まるで運命へ向かうかのように、真っ直ぐに大学構内の奥へと続いていく。




 ◇◆◇




ラグナは構内を歩きながら、ふと先程のやり取り──特別異世界留学生たちの顔ぶれを思い返していた。


彼らの身体的特徴。

黒髪、茶髪、黒い瞳、やや控えめな佇まい。

そして、どこか"同じ文化圏"を共有する者特有の空気。




(……どう見ても、前世の僕と同じ"日本"の人間だ。)




名前も、顔立ちも、仕草も。




(間違いない。彼らは"このゲーム世界のキャラクター"ではない。僕と同じ……"外側"から来た存在だ。)




だからこそ──




(だからこそ、先程のアイツ……"鬼塚玲司"。

あの凄み、あれだけは……どうしても飲み込めなかったんだ……!)




脳裏に、鬼塚が鋭く睨みつけてきた瞬間の情景がフラッシュバックする。

それは、ただの威圧ではなかった。


"人間"の怒気だった。

スクリプト的な敵意ではなく、予定されたキャラの反応ではなく、あまりにも“現実”で、"生身"の視線。


胸のどこかが、わずかに震えた。

ラグナは眉根を寄せ、ブンッと首を振る。




(違う……!違う、違う……!

僕は……"あんなヤンキーごとき"にビビったりなんてしてない……!)




強く奥歯を噛みしめる。




(僕は“主人公”だ。この“世界”の……! 弱くて、一人ぼっちで、誰にも理解されなくて……自分の部屋に閉じこもるしかなかった“前世”とは違う……!)




一瞬、浮かびかけた前世の映像に、ラグナは胸の奥がざわつくのを感じた。


暗い部屋。

青白い光を放つモニター。

深夜に一人、黙々とゲームのレベル上げをする少年の背中。


だがそれらは、ラグナの意志によって即座に、まるで汚れを払うようにかき消された。




(僕は、ラグナ・ゼタ・エルディナス。

大賢者王子であり、この物語の主人公だ……!)




そう言い聞かせた瞬間──

前方から、特別異世界留学生の三人が歩いてくるのが視界に入った。


男女三人組。

名簿で顔と名前は確認してある。




(あ……佐川颯太、天野唯、そして……もう一人は……なんだっけ、ええと……地味な彼……)




──影山孝太郎である。


ラグナは少しだけ背筋を伸ばし、歩幅を整えた。

王族らしい威厳を保ちつつ、さりげなく距離を測る。




(……佐川颯太と天野唯。二人とも“神器使い”だったはずだ。それに──)




視線が自然と佐川へ向かう。




(──佐川颯太……“破邪勇者”。

『ラグヒス』シリーズ1〜5の主人公と同じ、“勇者”か……)




その単語が胸の奥の何かを刺激する。


憧れに似ていて、嫉妬にも似ていて、

そしてどこか、自分の“役割”と重なる不思議な感覚。




(勇者……主人公……)




ラグナは思わず息をのみ、視線を落としそうになった。

すぐに持ち直して、わずかに顎を上げる。




(でも、“この世界の主人公”は……僕だ。)




三人が近づいてくる。

すれ違う、その一瞬。


天野唯と影山は、ラグナを見たとたんビクリと肩を震わせた。

明らかに怯えの色を浮かべている。


だが──


佐川だけは違った。


まっすぐな目。

真正面から人を見る目をしていた。


その視線が触れた瞬間、ラグナは内側からガツンと殴られたような衝撃を受けた。




(な……!?)




次の瞬間、佐川はぱっと笑った。




「あっ、ラグナ王子殿下。こんちは!」




軽く片手を上げる。

まるで、同じクラスの友達に声をかけるように。


天野と影山は「えっ!?」「え、ちょ……!」と目を丸くし、慌ててラグナにペコペコと会釈する。


ラグナは一瞬、完全に固まった。




(な……なんだ!?こ、コイツ……!?

ブリジット達の仲間のはずだろ……!?

この前の編入式で、僕とアルド・ラクシズのやり取りを見ていたはずだ……!?なのに……僕を恐れないのか……!?)




動揺しながらも、外面は保つ。

王族としての絶対的な作法が身体に染みついている。




「……あ、ああ。こんにちは。」




引きつった笑顔。

自分でも分かるほど、頬の筋肉が固い。

すると佐川は



「あ、やっぱ気軽に声かけすぎた?」



と笑いながら頭をかく。




「王子様相手にさ、つい同級生みたいなノリ出しちゃったかも。わりぃ!」




否定せざるを得なかった。




「い、いや! ルセリア中央大学の構内では、立場は関係ない。か、構わないよ。」




返した瞬間、佐川はぱっと笑った。




「ならよかった!」




その笑顔は、底の底まで“善性”でできているようだった。

人と壁を作らず、上下も作らず、素直に他人を受け入れるような光。


ラグナは、ほんの一瞬だけ胸がざわついた。




(……どうして……どうしてだ……?)




三人が通り過ぎる。

天野と影山はそそくさと距離をとっていく。

だが佐川だけが、最後にもう一度ラグナを見た。


その視線は──

『ラグナを“人間”として見ている目』だった。

ラグナの足が、ほんのわずか止まる。




(……なんなんだ、コイツ……

本当に……僕が怖くないのか……?)




胸の奥で、何かがかすかに揺れた。




 ◇◆◇




三人の特別留学生とすれ違い、ほんの数歩進んだ瞬間だった。


佐川颯太が「あ、そだ」と思い出したように立ち止まり、後ろを振り返って天野と影山へ声をかけた。




「悪ぃ! ちょっと二人で先に学生課行っててくれね?俺、すぐ追いつくから!」



「えっ!?」「で、でも……颯太くん……」




天野と影山は揃って困惑の声をあげ、視線をラグナへ向ける。


王子と二人きりになるという意味が、どれほどの緊張を伴うか。

二人は本能で察しているようだった。


だが佐川は、そんな二人の不安を軽く笑い飛ばすように、




「だーいじょぶだいじょぶ!な?

ちょっと用事思い出しただけだからさ!」




と明るく手を振った。

その軽さは、優しさの形でもある。

天野と影山は顔を見合わせ、ぎこちなく頷くと──




「し、失礼します……!」


「じゃ、じゃあ、颯太くん……あとで……!」




ラグナにペコリと頭を下げてから、足早に学生課へ向かっていった。


残されたのは──

ラグナと佐川颯太、ふたり。


ラグナの笑顔の裏側では、

内心の警戒心が急激に膨れ上がっていた。




(な、何なんだコイツ……!?

どういうつもりだ……!?)




今しがたまで天野と影山の後ろにいたはずの「陽キャ」男子が、気づけば自分の前に真っ直ぐ立っている。




(ま、まさか……この場で、僕と“()る”つもりなのか……!?)




佐川は勇者のスキルを持つ。

それは確かに強い。

だが、ラグナの中では理屈が先に立つ。




(……いくら“勇者”とはいえ、僕に勝てるはずは……)




しかし、たった“はず”の一言の裏側で、

先ほど鬼塚に向けられた自分の弱い感情が蘇る。


気迫だけで心拍を乱された、あの瞬間。

あれを思い出す度、ラグナはどこか胸の奥がざわつく。




(……いや、違う。僕は……強い。僕は“主人公”だ。)




胸の内側で捻じ伏せるように思考を重ねたとき、

佐川がニッと笑い、気さくに歩み寄ってきた。




「せっかくだしさ。どっかでお茶でもしません?」




その瞬間だった。


佐川の右手が、ごく自然な動きでラグナの肩に触れた。




「……ッ!?」




ラグナの背筋がわずかに跳ねる。

王族として育てられた彼にとって、

“他者に突然触れられる”という体験は、限りなくイレギュラーだった。


そしてそのイレギュラーが、

“ヤンキーでもない”、

“陰キャでもない”、

“恐怖も威圧もない”、

“ただまっすぐな距離感”で行われることに──


ラグナは本能的に戦慄した。




(こ、コイツ……!

真の意味での『陽キャ』だ……!!)




ただのノリの良さでも、

スクールカースト上位という分類でもない。


誰にでも距離を縮められる。

上下関係を自然に無化する。

それが“彼”という人間の本質。


ラグナは、世界の理が狂ったような感覚を覚える。




(こんなの……こんなの、今まで会った誰とも違う……!)




驚愕の内心を押し隠し、

しかし興味は押し隠せなかった。


佐川颯太──“破邪勇者”。

アルドとは別種の「逸脱者」。

まるで、ゲームの過去作の主人公が、最新作にゲスト出演しているかの様な。

ゲームでは決して再現されなかった、予測不能の存在。


その本質を知りたいという欲求が、

ラグナの理性を上回った。




「そ、そうだね。

特別異世界留学生との親睦を深めるのも、生徒会長としての務め。ご一緒させてもらおうかな。」




笑顔で答えているつもりだが、

頬の筋肉がわずかに震えている。


佐川は迷いのない満面の笑顔で返した。




「マジっすか? やりぃ!!」




本当に嬉しそうなその笑顔に──

ラグナは、一瞬だけ自分の胸が軽くなるのを感じた。




(……ん?)




それが何故なのか。

自分のどの感情が反応したのか。

ラグナには、まだ判別できなかった。

すぐに王子としての仮面をかぶり直し、




「……ああ。それじゃ、どこで休もうか?」




と、穏やかな口調を作る。

佐川は「あー……」と少し困ったように頬を掻き、




「俺、まだこの大学の構内あんま分かってないんすよね。どこに何あるとか、全然覚えてなくて。」




そして、ふと顔を上げ、真正面からラグナへ言った。




「ラグナ殿下。構内に良いカフェとかありません?

知ってたら教えてもらいたいな、って!」




にこっ。


屈託のない笑顔。

その自然さに、ラグナは思わず──




「フッ……」




と、“素の笑み”を零してしまった。

自分でも驚くほど、自然に。




(……え……?)




王族である、主人公である自分が、

“素で笑う”ということは滅多にない。


それだけ、この少年の距離感は異質だった。


軽い戸惑いを胸に抱えながらも、

ラグナは指で奥の建物を示す。




「──ああ。この先の13号館の下に、

オープンテラスのカフェがあるんだ。

そこで話をしようじゃないか。」




佐川は即座に目を輝かせた。




「いっすね!そこ行きましょ!」




そして「あ!」と指を立てる。




「自己紹介まだだったっすね!

俺、佐川颯太。よろしくお願いしまっす!」




右手を上げ、軽く敬礼するその姿は、

勇者でありながら、どこまでも普通の少年だった。


ラグナも胸に手を当て、王族式の挨拶を返す。




「ラグナ・ゼタ・エルディナスだ。

よろしく頼むよ、佐川君。」




──そうして。


“破邪勇者”と“自称・物語の主人公”は、

並んで13号館へと歩き出した。


その距離感は、わずかにぎこちなく。

しかし確かに“並んで”いた。

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