第239話 “金の超星”と“銀の新星”
学生課での手続きを終え、俺たち四人はようやく外へ出た。
開放感を味わう間もなく──五号館校舎の前には 妙な人だかり が出来ていた。
「……え、なにこれ?」
野次馬のざわめき。
黄色い声。
ひらひらと舞う紙吹雪の残骸みたいな何か。
こ、このバカみたいなキラキラエフェクトは……
そして、俺の予想通り、その中心には──
ラグナ第六王子と、生徒会役員パーティ がいた。
「キャーッ! ラグナ様こっち向いてー!」
「殿下〜〜っ!!」
「セドリック先輩!!」
「リゼリアさまぁぁ!!」
……え?
いや、えっ?
なんでアイドルの握手会みたいになってんの?
編入試験では醜態を晒したくせに、女子人気だけは異様に高いらしい。
いや、分かるけどね?顔が良いから。
『※ただし、イケメンに限る』は異世界でも通じるらしい。
ラグナは人混みの中心で女の子たちに満面の王子スマイルを振りまいていた。
しかし──
俺たちに気付いた瞬間。
さっきまでの光り輝くスマイルが、一転して 氷点下の氷鬼みたいな顔 に変わった。
「アルド・ラクシズ……!」
その目線は、まるで“害虫を見る”みたいな濁った敵意。
すげぇな……分かってたけど、蛇蝎の如く嫌われてるね、俺。
こんな分かりやすく表情変わる人、実際にいるんだ。
俺は条件反射でブリジットちゃんの前に半歩出た。
守らなきゃ、というより……この視線を直接浴びせたくない。
ラグナの背後からは、生徒会役員三人が並ぶように姿を見せる。
セドリック・ノエリアさん。ブリジットちゃんのお兄さん。
リゼリアさん。メイド姿の、例のあざと系女子。まあ、俺の偏見かも知れないけど。
そして、ルシアさん。相変わらず何考えてるか分からない表情でボーッと何処か虚空を見つめている。大丈夫?
順に視線が俺の方へ向けられる。
まずリゼリアさん。
彼女は両手でスカートをつまんで、
「あわわっ……! あ、アルド・ラクシズさんですぅ……!」
と、相変わらずあざとい声でラグナの背中に隠れながら俺を見る。
なにそのあざと可愛い感じ。
本物のメイドというより、メイドカフェの売れっ子キャストみたい。
次にルシアさん。
ウサ耳っぽいフードの下、眠そうな目をしているのに──視線だけが鋭く刺さる。
「……」
じぃぃぃ……と俺だけを見る。
え、なんで? 怖いんだけど?
意味ありげすぎるよ、その沈黙は。
そして最後にセドリックさん。
「…………」
うおお!?
めっっちゃ睨まれてる!!
すごい。視線が物理的に痛い。ヒリヒリする。
違うんです、セドリックさん!!
妹さんには、まだ手を出したりしてません!!
いや、あの、仲は良いけど!!
俺がそんな心の中で必死に土下座していると、
ラグナが低く吐き捨てるように俺の名を繰り返した。
「アルド・ラクシズ……!」
周囲のギャラリーからも声が上がる。
「お、おい……ラグナ王子と例の編入生だ……!」
「“金の超星”と“銀の新星”……噂通りバチバチじゃん!」
……そうだね。
もう完全に“対立構造が確立”しちゃったね。
“金の超星”と“銀の新星”って、ポケ⚪︎ンの2バージョンみたいな感じで並べられちゃってるし。
そうすると、俺がルギ⚪︎だね。いや、そんな事言ってる場合じゃない。
はぁ……。
ラグナは俺を睨んだ後、
今度は隣のブリジットちゃんを見つめる。
その目は、まるで“恋人に裏切られた”みたいな悲壮感を帯びて──
そして震える声で言った。
「ブリジット……
僕が必ず、その男の呪縛から解き放ってあげるからね……!」
いや、まだそんな事言ってんの?
俺、呪縛とかかけてないよ。
洗脳なんてしてないよ。
ブリジットちゃんの意思だよ。
どこまで現実見えてないんだこの王子。
ブリジットちゃんは、そんなラグナの視線を正面から受け止めて──
ふっと柔らかく微笑み、
しかしその声は芯が強かった。
「心配ありがとうございます。
ですが、何度も申し上げた通り──
私は私の意地で、アルドくんと一緒にいます。」
“意地”。
その言葉に、俺は胸が熱くなる。
そして彼女は続けて言い放つ。
「お互い、正々堂々、“統覇戦”で競い合いましょう。」
……強い。
本当に、強い子だ。
ラグナは言葉を失い、ぐっと押し黙った。
その横顔は、
完全に、論破された人の顔 だった。
勝者:ブリジット・ノエリア
敗者:ラグナ王子
この構図は、誰の目にも完全に明らか。
周囲のギャラリーも息を呑み、
ざわ……ざわ……と会話が波のように揺れる。
ラグナのプライドはまたまた粉々だ。
でも俺は──
そんなブリジットちゃんの強さに胸がいっぱいになっていた。
守りたいなんて思っていたけど、
本当は俺の方こそ、何度も救われてる。
なのに、セドリックさんは依然として鋭い目つきで俺を睨んでいるし、リゼリアさんはあざとく笑ってるし、ルシアさんは相変わらず無表情でこっち見てるけど……!
だけど、それでも──
ブリジットちゃんは、俺の隣を、自分の意思で選んでくれた。
その事実だけで、ラグナの冷たい視線なんてどうでもよかった。
◇◆◇
ラグナ王子がブリジットちゃんに言い負かされて沈黙した、その直後だった。
今度はラグナの視線が、ゆっくりと、俺の「左隣」へ向けられた。
そこには──
俺の肩にスタイリッシュに肘を置いて、モデルみたいなポーズを決めているジュラ姉がいた。
ジュラ姉の方が背が高いから、俺が肘置きになってる感じもする。
金髪がさらりと揺れ、涼しい顔をしている。
あの余裕、流石の女子力だ。
食器ごと食ってる人とは思えないね。
ラグナの表情が、みるみる険しくなる。
「編入試験三位……ジュラシエル・バーキン。
君はもっと聡明な女性かと思っていたが……」
声が低い。冷えている。
「残念だよ。
その男──アルド・ラクシズに取り込まれるなんてね……!」
いや、取り込んでないよ!?
どっちかというと、俺が“振り回されてる側”だよ!?
俺が心の中で全力否定していると、
ジュラ姉はまるで蚊の鳴くような雑音ぐらいの扱いで、軽く笑ってみせた。
「アラッ、誤解してるわよ殿下?」
ジュラ姉は俺の首にスッと手を回す。
細い指がうなじに触れる。
ひいっ……近い近い近い!!
「カレに取り込まれたんじゃなくてね……
ギャタシは元々──カレの力になる為に、この学園に来たのよッ!」
にこっ、と満面の笑顔。
なにこれ、破壊力高すぎる。
いや……正体ティラノサウルスだけど……
でも今は美女……いや、美女というより魅惑の捕食者……いやいやいや!!
思考がグチャグチャになる。
そんな俺の混乱を見ていたのか、反対側からブリジットちゃんがムッと頬を膨らませ──
「……むーっ!」
ギュッッッ!!!
俺の右腕に抱きついてきた。
うおおおお!!
柔らかいのが……その、近い!!
そして暖かい!
ああああ、幸せすぎて逆に心臓止まる……!
だけど、この状況は……
絶対に“ややこしい事になる”やつじゃん!?
案の定。
ラグナが青筋を浮かべた。
ビキ……ビキビキッ……!
瞳孔がキュッと細くなり、完全に“親の仇を見た目”だ。
「き、貴様……アルド・ラクシズ……!!
一体、何人の女性を囲い込めば気が済むんだ……!!この女誑しがッッ!!」
そんな怒りを俺に向けられても困るんだけど!?
あと、お前にだけは言われたくねぇ!!
さらに後ろのセドリックさんまで、妹を奪われたかのように地の底みたいな表情で俺を睨んでくる。
ご、誤解ですお兄さん!
二股、いや、三股とかじゃなくて……
この人、一見綺麗なお姉さんに見えるけど、実は……ティラノサウルスなんです!
ダメだ。こんな言い訳しても、あたおかだと思われるだけだ。
その時だった。
静かで、けれど妙な迫力のある声が、前へ出た。
「もういいんじゃねぇのか?」
鬼塚くんだ。
紫のロングコートを翻し、一歩前に出る。
その姿は、どこからどう見ても不良。
でも今の俺には、頼りになる仲間にしか見えない。
「校舎の前でくっちゃべってんなよ。
他の学生の迷惑だろ?」
ラグナは、なぜか鬼塚くんを見た瞬間──
「……ッ」
一歩後ろに引いた。
え?ラグナが……引いた?
「き、君は……特別編入生の……
そうか、ブリジットのチームメイトの四人目……」
ラグナの声が微妙に震えてる。
なんで?
俺は不思議に思っていると、ラグナが言った。
「悪いが……僕は“君みたいな人種”が一番苦手なんだ。……失礼するよ。」
言い残して、ラグナは踵を返し、5号館へと歩いていく。
セドリックさんとルシアさんも黙ってついていった。
鬼塚くんが首を傾げる。
「なんだぁ、アイツ。
あんな強ぇ魔力持ってるヤツが、俺なんかの一言にビビるか?普通」
そりゃそうだ。
ラグナの魔力量は規格外だ。
鬼塚くんも強いけど、威圧で動揺するタイプじゃないはずだ。
……ヤンキー苦手なのか、ラグナ王子。
遠ざかっていく背中を見ながら、
隣から小さな声が聞こえた。
「……お兄ちゃん……」
ブリジットちゃんが、去っていくセドリックさんを見つめていた。
“統覇戦”が始まれば──
彼女とセドリックさんは、敵同士になる。
兄妹として、色々思う所があるだろう。
胸が痛くなる。
そんな空気を破るように、
「はわわっ、待ってください、殿下〜!」
甲高い、あざとすぎる声が響いた。
リゼリアさんだ。
ラグナを追いかける素振りをしつつ、
その足は何故か俺の方へ向いてきて──
てってって、と小走り。
「え……?」
俺が戸惑う間に、リゼリアさんは俺の真横に立ち──
ついっと耳元へ口を寄せ、俺にしか聞こえない声で囁いた。
「……今度、個人的にお話ししましょ♡
──“ラグナ殿下を殴り倒した男”、アルド・ラクシズさん……♡」
耳が熱くなる。
声が甘い。
近すぎる。
やばい。
この人、知ってる……!
次の瞬間には、リゼリアさんは俺から離れ、
「殿下ぁ〜っ♡」
とまた小走りでラグナの後を追っていった。
その姿を見て、
「まッ!?
あの女子もアルドきゅんの魅力に気付いちゃったのかしらッ!?」
ジュラ姉が胸の前で腕を組み、わざとらしく驚いた声を上げる。
その一方で、ブリジットちゃんは頬をぷくっと膨らませ、
「……アルドくん。
今のメイドさん、なんて言ってたのっ?」
心配と不安と嫉妬が全部入り混じった表情。
愛おしいけど……これは言えない。
これ以上、ブリジットちゃんに余計な心配はかけられない。
俺はブリジットちゃんにだけ聞こえるように小声で言った。
「い……いやぁ……
な、なんでもないよ……!ホント!」
ブリジットちゃんはまだ心配そうだが、
「そ、そうなの?
だったらいいんだけど……」
と一応、納得してくれた。
──うん。
完全に……面倒になった。
俺の頭の中で、明確な警告音が鳴っていた。
ピンポンパンポン。
アルドの女難イベント、開幕です。
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学生課の奥。
白い光が差し込む窓辺に、四冊の名簿が広げられていた。
ラグナ・ゼタ・エルディナスは羽根ペンを滑らせながら、静かに息を吐く。
端正な横顔。けれどその瞳の奥には、つい先ほど校舎前で見た“あの光景”──
アルド・ラクシズを中心に、二人の少女が寄り添い、鬼塚が前に立つ姿が、焼き付いていた。
(……許せない。
あの男、どれだけ周囲を巻き込み……
どれだけブリジットを──惑わせれば気が済むんだ)
名前を書き終えると、ラグナはそばに立つ青年へ視線を送った。
「──セディ。これで僕達は、明確にブリジットと敵対する立場となった。」
呼ばれた青年、セドリック・ノエリアは背筋を伸ばしたまま静かに応じる。
その表情は、凛としていて、まるで彫像のように硬い。
ラグナは続ける。
「……キミは、実の妹と剣を交える覚悟は、出来ているかい?」
その問いは、優しさではない。
王として、リーダーとしての残酷な確認だった。
ほんの一瞬──ほんの刹那。
セドリックの睫毛がかすかに震えた。
しかし彼は、顔色ひとつ変えず、深く頭を下げて言った。
「──私は、殿下の盾。
貴方を御守りするのが、私の役割ですから。」
ラグナは柔らかく微笑む。
「ありがとう、セディ。
キミの“忠義”、ありがたく思っているよ。」
その言葉に、セドリックはまぶたを閉じた。
(……『忠義』、か。
やはり私は、今の殿下の『友』足り得ぬ身……)
胸の奥に、小さな棘が刺さったような痛みが走る。
だが彼は決して口にしない。ただ、役目を果たすのみだ。
ラグナは次に、くるりと視線を移し、メイド服の少女へと笑みを向ける。
「リゼリア。“統覇戦”の予選は……おそらく前回と同じ“ダンジョン・サバイバル”になるだろう。準備をよろしく頼むよ。」
リゼリア・ノワールはぱっと表情を輝かせ、
くるりとスカートを揺らしながら元気に返事をした。
「はぁいっ! リゼリアはラグナ殿下のために、精一杯がんばらせていただきますぅ!」
その声は甘く柔らかく、まるで砂糖菓子のようだった。
そんなリゼリアに、ラグナは自然と優しい笑みを返す。
「ありがとう、リゼリア。
キミは僕の理解者だ。感謝してるよ。」
「きゃっ……!うふふふっ♡」
リゼリアは嬉しそうに身を揺らした。
その姿は、誰が見ても“献身的なメイド”だったが──
その瞳の奥には、誰も知らない別の色が潜んでいることに気づく者は、まだいなかった。
最後にラグナの視線が向いたのは、
部屋の隅でぼんやりと立っていた少女──ルシア・グレモルド。
ウサ耳フードを深く被り、眠そうな表情のまま、どこか遠くを見ている。
ラグナは軽く咳払いした。
「──転校生。こうなったら、キミにもぼーっとばかりしていてもらっては困るよ。」
ルシアの目が、ゆっくりとラグナへ向く。
「……わたしは、『転校生』じゃない。ルシア。」
淡々とした声。感情の起伏がほとんどない。
ラグナは咳をして言い直す。
「すまない、ルシア。
どうだい?キミの目から見て……あの四人は?」
廊下の向こう、ブリジットたちが去っていった方向へとラグナは視線を送る。
ルシアは無表情のまま口を開いた。
「……アルド。アレは……“無理”。」
「……無理?」
ラグナの眉が動く。
「絶対に……勝てない。」
静かだが、はっきりとした断言。
その瞬間、部屋の空気がわずかに揺らいだ。
(……ルシア・グレモルド。
前々回編入試験トップ合格の“SSR級”編入者。こう見えても、現ルセ大においても、最高戦力の一人に数えられる実力者……そのルシアが、そこまで言うとは……!)
ラグナはわずかに息を呑む。
(やはり……アルド・ラクシズの相手は、僕が直接する他ないみたいだね──)
胸の奥に、静かな闘志が芽生える。
その続きとして、ラグナは尋ねた。
「……なら、ブリジットたち、他の三人はどうだい?」
ルシアは再びぼんやりとした目で天井を見上げる。
「……アルド以外の三人なら……
わたしなら、勝てると思う。たぶん。」
その言い方は淡白すぎるほど淡白だが、
逆にその無頓着な自信が、“力量そのもの”を物語っていた。
ラグナはゆっくりと笑みを深める。
「そうか。
頼りにしてるよ、ルシア。」
彼は視線を、廊下の向こうへもう一度向けた。
アルド・ラクシズと、ブリジット・ノエリア。
そして二人の仲間たち。
(……統覇戦で決着をつけようじゃないか。
アルド・ラクシズ……!)
ラグナの胸の奥で、静かだが鋭い炎が燃え上がった。




