第237話 "統覇戦"パーティ、結成!
螺旋モールの上層階──
展望レストラン "スカイ・セレステラ"。
全面ガラス張りの窓からは、ルセリアの夜景が宝石みたいに広がっていて、
シャンデリアの光が反射して、まるで天井ごと星空に変わったみたいだ。
そんな高級レストランを──
ヴァレンの一声で貸し切ってしまっている。
大丈夫なの? マジで。
いくら漫画が売れ始めたからって。
まあ、みんな楽しそうだから、いいか。
俺とヴァレン、そして後ろからべたっと密着してきているリュナちゃんの三人で、
賑やかなテーブル席へ向かう。
ワイワイ騒ぐ声。
肉料理やデザートの香り。
笑い声とシャンパングラスの音。
日常の中に戻ってきたようで、
こんな時間が少し、くすぐったい。
すると──
一番奥のパーティテーブルから、
ひときわ存在感のある長身美女が、にこっと笑って手招きした。
ふわっとした巻き毛。
今日の装いは、深いワインレッドのドレス。
やたらと吸い込まれそうな色気。
──ジュラ姉(人間モード)だ。
改めてみると、本当に美人だ。
リュナちゃんは、俺の肩に腕を回したまま顔をぐいっと近づけてきて、
「しっかしさー、ジュラっちもダイガク受けてたとはねー。マジびっくりなんだけど」
と笑う。
「ほんとだよ。編入試験のとき言ってくれればよかったのに!俺、全然気づかなかったよ!」
そりゃ気づかないよ。
だって俺、ティラノサウルスモードのときの声がやたら野太かったせいで、ジュラ姉の事、トランスジェンダーのティラノサウルスなのかと思ってたくらいなんだから。
自分で言っておいてあれだけど、何だよ『トランスジェンダーのティラノサウルス』って。そんな言葉無ぇよ。
本人に言うのは失礼すぎて死んでも言えないけど。
いつの間にか俺の隣に座っていたブリジットちゃんが、ふわっと微笑んで言った。
「本当だよ!ジュラ姉さん、人間の姿、綺麗でびっくりしちゃった!」
その言葉に、ジュラ姉は頬を染め、指先を胸元でもじもじさせながら──
「だ、だってぇ……アルドきゅんに、こんな貧相な身体を見られるの……はずかしくってッ……!」
と、顔を真っ赤にして目をそらした。
貧相って言うか……普通にモデルみたいなんだけど。
そら、ティラノサウルス形態に比べたら貧相かも知れないけども、別にそういう屈強さは求めてないから。
本人が気にしてるみたいなので何も言わないけど、
俺としては恐竜姿より“今の姿”の方が、刺激が強い。
テーブルの料理を囲みながら談笑していると、
ジュラ姉がストローを弄びながら言った。
「今回ね、召喚高校生のみんなが編入するにあたって……マイネお嬢が、学費とか当面の費用を全部負担してくれてるのよ」
「えっ……マイネさんが?」
思わず聞き返す。
ヴァレンが言っていた“極太のスポンサー”って、
マイネさんのことだったのか……!
でも、なんで?
するとジュラ姉は、ゆっくりワイングラスを揺らしながら続けた。
「前のスレヴェルドでの戦い……覚えてるでしょ?
街の人々を甦らせるためにアルドきゅんが渡した“爪”。あれを使って"金葬輪廻"を発動した時……
お嬢は、いずれその対価を払わなきゃいけない、って考えていたのよ」
なるほど……だから。
別にいいのに。爪切って渡しただけだし。
「あとベルちゃんに渡したカレーのレシピも、商品化したらお嬢の商会で超話題になったらしくて……
“マージン代わりにスポンサーになってやるわ”ってさ」
商魂逞しいね。っていうか、俺のカレー、商品化されてんの?
でも、なんだかマイネさんらしい律儀さだ。
ジュラ姉は続ける。
「鬼塚きゅん達とも、一度はバチバチに戦ったでしょ?でもあれはベルゼリアの策謀だし……
お嬢は鬼塚きゅんや影山きゅんの頑張りに報いる意味でも、支援を申し出たのよ」
その言葉に──
いつの間にか集まっていた鬼塚くんと影山くんが、
神妙な面持ちでうつむいた。
鬼塚くんは、ぎこちなく拳を握りしめながら言う。
「……強欲の魔王、マイネ・アグリッパ。
あれだけ迷惑かけた俺らを……
そんな気にかけてくれるなんてな……」
影山くんもゆっくり頷いていた。
彼らの顔は、少し照れくさくて、
でも誇らしげだった。
この世界で、
彼らの努力もちゃんと誰かに届いてるんだ。
それを見ているだけで、なんだか胸が熱くなる。
◇◆◇
ジュラ姉がワイングラスを傾けているのを眺めながら、ふと思っていた疑問をそのまま口にした。
「そういえばさ、ジュラ姉……。
なんでルセリア中央大学に編入してきたの?
わざわざ人間に返信して受験までして?」
テーブルのキャンドルが揺れて、
その光の中でジュラ姉の長い睫毛が影を作る。
次の瞬間──
彼女は椅子をきゅっと寄せ、
俺の隣へススス……と滑るように移動し、
肩に手を回してきた。
す、近い……!
その距離の詰め方、ティラノサウルス時代より速くない?
「アラァ……アルドきゅんってば……」
甘い声が耳元へ降りてくる。
「そんな野暮なこと、聞くのねッ……。
そんなの──決まってるじゃなァい?」
彼女の指が俺の肩を、
まるで“自分のもの”だと主張するみたいにきゅっと押さえた。
「アナタの力になるために、決まってるじゃないッ♡」
うおおおおお!?
正体知ってても普通にドキドキするんだけど!?
ティラノサウルスが何言ってんのってツッコミたいのに、今は完全に“人間美女”として成立してるのがズルい。
ジュラ姉は立ち上がり、
胸をバァァーンと張った。
「“統覇戦”のメンバーを探してるんでしょッ?
このギャタシが──ッ!
三人目のパーティメンバーとして、アルドきゅんを支えるわッ!!」
店内の空気が彼女の一声で華やぐ。
ブリジットちゃんは、ぱあっと顔を明るくして。
「わぁ!ジュラ姉さんが手伝ってくれるなら、あたしも心強いよ!」
手を叩いて喜んでくれた。
その横でリュナちゃんは、
スパークリングジュースのストローをくわえながら肩をすくめる。
「ま、ジュラっちならアリじゃね?
あーし程じゃないにしろ……なかなかツエーし?」
褒めてるのかディスってるのか分からないけど、
あれはたぶんリュナちゃんの最大級の承認だ。
すると──
足元でハッハッハッと息を弾ませる声が聞こえた。
「ジュラ姉さん!
アルドさんとブリジットさんのこと……よろしくお願いしますねっ!」
ミニチュアダックスモードのフレキくんだ。
小さな体で尻尾を全力で振ってる。
ジュラ姉はきゃああっと声を上げて、
フレキくんをひょいっと抱き上げ、自分の膝に乗せた。
「もちろんよッ、フレキきゅん♡
このギャタシが来たからには──百人力よッ!」
そして、俺に向けてウィンク。
店内の照明が反射して、
そのウィンクが妙に破壊力を持って見える。
「お、おう……頼もしいね……?」
言いかけたその瞬間。
──バリッ。
……え?
何を噛んだの?
俺の視線の先で、ジュラ姉は
スパークリングワインを飲み干したグラスを、
そのまま。
噛み砕いていた。
バリバリバリッッ……!!
そしてそのまま飲み込んだ。
えっ!?
また食器ごといってる!?
ティラノサウルスモードなら分かるよ!?
いや、分かんないけど!!まだ分かるって意味!
でも今その姿、長身巻き髪のお姉さんなんだけど!?
そのビジュアルで“食器を丸呑み”するの、心臓に悪いんだけど!?
俺は恐る恐る聞いた。
「じゅ、ジュラ姉……その……
グラスごと食べるやつ……大丈夫なの……?
ほら、体調とか……?」
ジュラ姉はまるで「何でそんな心配するの?」
みたいな顔で胸を張る。
「ふふっ、アルドきゅんったら、まだまだお子様なのねッ!」
いや、それは『大人になれば分かる行為』とかいうレベルじゃない奇行でしょ。
「こうして固いものを砕いて胃に入れておくことでね?胃の中の消化を促進できるのッ!
食べ物の吸収効率が上がるし──美容にも最高なのよッ!」
満面の笑みで言われても。
それ、恐竜が消化助ける為にやるヤツじゃない?
完全に“胃石”の説明なんですが。
ブリジットちゃんが「へぇー!」と目を輝かせる。
「初めて知ったよ!
ジュラ姉さん、物知りなんだね!」
いや、ブリジットちゃん……
それ本当に信じて良い情報じゃないと思うよ。
続いてリュナちゃんも、グラスをくるくる回しながら首をかしげる。
「ジュラっち、物知りっすねー。
あーしもやってみよっかなー」
やめて!?
絶対やめて!!
内臓破裂するから!!
俺は心の中で全力で叫んだが、
その声が彼女に届くことはなかった。
◇◆◇
ジュラ姉がグラスごとワインを飲み込んだ余韻で、
テーブル周りに笑いが波紋みたいに広がっていたころ──
その空気を切り裂くように、
鬼塚くんの声が、不意に俺の後ろから飛んできた。
「──アルドさん。」
振り返ると、鬼塚くんは拳をぎゅっと握ったまま立っていた。
真剣な顔だった。普段の軽口とは違う、本気のときの顔。
「さっき……“統覇戦のメンバー探してる”って言ってたよな?」
「ああ、うん。そうなんだよ。
もうすぐ始まるみたいでさ。ほら……学園内の、でっかいバトル大会の──」
「“統覇戦”って、個人戦じゃねぇんスか?」
鬼塚くんが眉をひそめる。
俺は肩をすくめて答えた。
「俺もそう思ってたんだけどね。
実は“4人パーティ必須”らしくてさぁ。
ジュラ姉が3人目に入ってくれたけど……あと一人探さなきゃなんだよねぇ。」
軽く言ったつもりだったのに──
ガタッ。
鬼塚くんが勢いよく立ち上がった。
「そ、それじゃあ──俺じゃダメっスか!?」
……え?
テーブルの空気が一斉に止まった。
彼の息遣いだけが、荒くテーブルに落ちていく。
「いや、その……俺なんかじゃ、アルドさんの足元にも及ばないっスけど……!」
俺は思わず両手を振った。
「ええっ!?お、鬼塚くん!?
いや、その気持ちはありがたいけどさ……!」
言いながら、胸の奥がざわついた。
鬼塚くんの瞳の奥にある“覚悟”が、あまりにも強すぎて。
「ラグナみたいな危ない相手と戦うことになるかもしれないし…… それに、君たち高校生組は、この世界に呼ばれてから望まない戦いを強いられてたわけで…… また戦いの場に立たせるわけにはいかないよ……!」
本音だった。
守りたいと思っている。
だけど──鬼塚くんは、一切揺れなかった。
「危ないなんて、そんなこと無いっスよ!」
その声は強く、迷いがなかった。
「俺や颯太、天野は冒険者登録して、普段から魔物狩りもしてますし!」
ぐっと自分の胸に手を当て、
少しだけ震える声で、続けた。
「それに……俺、アルドさんやブリジットさんに……
まだ何の恩返しも出来てねぇんス……!」
彼の肩が、小さく震えた。
「俺も……アンタの役に立ちたいんスよ……!」
胸が熱くなる。
鬼塚くん……
そんな風に思ってくれてたなんて……。
彼は勢いよく振り返り、ヴァレンへと向き直った。
「なぁ、ヴァレンさん!
特別編入枠の俺らでも、“統覇戦”のパーティに入れるんスか!?」
ヴァレンは少し眉を上げ、薄く笑って答えた。
「もちろん。
君たちも大学の生徒であることに違いはない。
エントリーに関するルール上の問題は、ないよ。」
「マジっスか……!」
鬼塚くんの顔が、ぱあっと明るく照らされたように輝いた。
それは、本当に救われた子どものような笑顔だった。
そして──彼はくるりと俺たちへ向き直る。
ブリジットちゃん。
リュナちゃん。
そして俺。
鬼塚くんは、テーブルの前で両手をつき──
深々と頭を下げた。
「お願いしますッ!!」
その声は、震えていたけど、強かった。
「足は引っ張らないっス!
俺を……4人目のパーティに入れてくださいッ!!」
テーブルの上のグラスが、小さく震えた。
それくらい、彼の気迫は本物だった。
沈黙を破ったのは、リュナちゃんだった。
「──いーんじゃないっすか?」
ストレートな軽い声。
でも、その瞳は優しかった。
「入れてやっても。玲司、なかなかやるヤツっすよ?」
続いてジュラ姉が、にっこり笑った。
「鬼塚きゅんの実力は、ギャタシも身をもって知ってるわよッ!ギャタシに異存は無くってよッ!」
ブリジットちゃんも小さく笑って、俺を見る。
「アルドくん……鬼塚くんなら信頼できるし……
お願いしてもいいんじゃないかな?」
視線を感じて振り向くと──
少し離れた席で、佐川くんと天野さんがこちらを見ていた。
天野さんは、静かに頷く。
佐川くんは、真剣な顔で言った。
「玲司の気持ち、汲んであげてください。
本当は俺も手伝いたいところですけど……
対人戦なら、俺より玲司の方が強いっすから。」
……そっか。
みんな、彼を信じてるんだ。
俺は長く息を吐き──
ゆっくり、鬼塚くんへと笑顔を向けた。
「分かったよ、鬼塚くん。」
その瞬間、彼の肩がビクリと震えた。
「“統覇戦”4人目のメンバーとして──
俺とブリジットちゃんを手伝ってくれる?」
鬼塚くんは泣きそうな顔で、けど必死に笑って。
「ッス!!」
床に届くほど深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!!
鬼塚玲司……命を賭けて頑張らせてもらいます!!」
いや、命は賭けないで。
本当に。君は本当にやりかねないから。
黄龍さんと戦ってる時も、マイネさん庇って石化したままビルから飛び降りてたし。
元々日本の高校生だったとは思えない覚悟の決まり具合!逆に怖い!
肩をすくめながら苦笑していると、
ヴァレンがワインを揺らし、低く笑った。
「ククク……なんにせよ、これで揃ったね。
“統覇戦”の──『ブリジット・パーティ』四名が。」
ジュラ姉がウインクしてくる。
リュナちゃんは腕を組んでニッと笑う。
ブリジットちゃんは柔らかく微笑む。
俺、ブリジットちゃん、ジュラ姉、鬼塚くん──
真祖竜、公爵令嬢、ティラノサウルス、変身ヤンキー。
めちゃくちゃな編成だけど……
きっと、最高の四人だ。
──この四人で、“統覇戦”を勝ち抜いてみせる。
胸の奥で、ぐっと何かが燃え上がった。




