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【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第236話 主人公とダブルヒロイン、覚悟の夜

螺旋モール上層階の展望レストラン"スカイ・セレステラ"──


全面ガラス張りの窓の向こうで、ルセリアの夜景が零れ落ちるように光っている。

煌びやかなシャンデリアと柔らかなピアノの生演奏。


……こんな場所、俺は前の人生では一度も来た事がなかった。


だけど、今は貸し切りだ。

俺たちフォルティア組と、召喚高校生たちの入学祝いパーティー。




(なんか……俺たち、最近パーティーばっかりしてない……?)




心の中でそう呟きながら、俺は盛り上がるメインテーブルを横目に見た。

全員が笑ってる。料理は豪華。飲み物も好き放題。

明らかに庶民の財布じゃ成立しない光景だ。


ヴァレンは「金の事なら心配すんな!」なんて笑ってたけど……

本当に大丈夫なの? 破産しない? 魔王って破産すんの?


まあ……皆が楽しそうなら、いいか。


それよりも──。




「……ヴァレンさぁ。マジで何してくれちゃってんの?」




俺は、騒がしいテーブル席から離れ、バーカウンターの高い椅子に腰を下ろした。

隣には、例の“元凶”がブランデーを揺らして座っている。


ヴァレンは琥珀色の液体を眺めながら、しれっとした声で言った。




「ん? 何の事だ? 相棒。」




こいつ…… 絶対分かってて惚けてるだろ。




「いや、昼間の編入生入学式の事だよ!!

"幻愛変相ミラージュ・ファンタズマ "のせいで、とんでもない騒ぎになったじゃん!!」




俺の声は思いのほか大きくなって、バーテンダーのお兄さんが一瞬こっちを見た。

……いや、気にしないでください。俺が悪いんじゃなくて、この魔王が悪いんです。


ヴァレンは、いつも通りの悪びれない笑顔で肩をすくめた。




「ああ、大丈夫だ! 皆の“ブリジットさんに関する誤解”は、俺が上手く解いておくさ。」



「いやっ! それは……まあ、大事だけども!!」




そこも大事だよ!?

ブリジットちゃんが「あの銀髪クソ野郎に手篭めにされた女の子……?」とか誤解されたら可哀想だ。

だけど俺が言いたいのはそこじゃない!




「俺もとんでもない“二股野郎”だって皆に誤解されたじゃん!!男子からの殺気が凄かったんだけど!? 本気で刺されるかと思ったよ!?」




声のボリュームは控えたつもりだが、殺気という言葉の重みで胸が痛くなる。

あれは笑えなかった。いや、ホントに笑えなかった。


するとヴァレンは、グラスを置き、こちらを横目で見る。

さっきまでの軽さが嘘のように、瞳が細められた。




「──“誤解”? 今、誤解って言ったか? 相棒。」




一瞬で空気が変わる。

まるで、酒場の空気が夜よりも深く沈んだような感覚。




「ククク……相棒ともあろうものが、何を寝ぼけた事を言ってるんだ?」




う……こいつがこういう落ち着いた口調になる時って、大体ろくでもない。




「えっ!? い、いや、だって……あんな……」




俺が言い返そうとすると、ヴァレンは指を一本立てて制した。




「俺の "幻愛変相ミラージュ・ファンタズマ" は、その者が真に愛する者の姿を映し出す鏡……。

つまり、理想の恋人像を“魔力”という純度100%の材料で抽出する魔術だ。」




……嫌な予感。




「相棒の魔力から現れたのは、ブリジットさんとリュナの二人。それは“相棒が二人を等しく愛している”という、何よりの証拠だ。」




ぐっ……胸の奥が絞られたように痛い。




「──さて、これは『誤解』なのか?」




何も言い返せなくなった。

心臓のど真ん中を、事実だけで刺されたみたいだ。


俺は――。




「……確かに、俺は。ブリジットちゃんとリュナちゃん、二人とも……好きだよ。でも……」




言いかけた瞬間、ヴァレンの顔が一気に前のめりになり、




「ちょ、ちょっと待った……!!! ……今のセリフ、もう一回ちゃんと言って? 録音したいから……」




え?

えっ?

こいつ息荒くしてる!? キモッ!!




「今そういうのいいから!!」




瞬時に拒否した。

ヴァレンは「あぁぁ……」と肩を落とし、魂が抜けたみたいな顔をした。

よかった、平常運転だ。いや、よくはないな。


だがすぐに真顔になり、低い声で聞き直してくる。




「──で、何だって? 相棒。」




何だよこのスイッチの速さ。怖いわ。




「だ、だから……確かに、“誤解”っていうのは違うかもだけど……でも、だからって大勢の前で

『二人同時に好きです!』なんてバラさなくても……!」




思い出しただけで胃が痛い。

あの会場の視線……特に男子の方。

『どうか、ラグナ王子ともども死んでくれませんか?』みたいな視線は、今思い出しても足が震える。




「俺はブリジットちゃんの隣に立つ男だってことを示すために"統覇戦"に挑むんだし……

あれじゃ逆に悪目立ちだよ……!」




しかしヴァレンは静かに言った。




「相棒、まだ分からないのか?」




カウンターの小さなランプが、ヴァレンの横顔を赤く照らす。

その表情は、さっきまでのコミカルさを全て脱ぎ捨てた“魔王の顔”だった。




「これからお前はルセリア中央大学に通い……

当然、ルセリアの街を歩く機会も増える。

ブリジットさんやリュナと一緒にな。」




俺は喉を鳴らした。それは、その通りだ。




「──ゆえに、あれは“必要な暴露”だったという事だ。」




必要……だった?

ど、どういう意味だよ……ヴァレン?


胸の奥に、まだ形にならない不安が泡のように浮かぶ。

俺はグラスを握りしめながら、ヴァレンの言葉の続きを待った。




 ◇◆◇




ヴァレンの言葉の意味をまだ全部飲み込めないまま、俺が眉間に指を当てて唸っていると――




「兄さーん! おつっすー!!」




突然、背中に柔らかい衝撃が走った。


次の瞬間には、俺の肩に温かい腕がガバッと回されている。

視界の端で、黒マスクと金茶のロングヘアーが揺れる。


これはもう絶対リュナちゃんだ。




「ヴァレンとなんか話してないで、あっちで皆で盛り上がりましょーよー!料理ヤバいっすよ!? あの肉、箸で切れるっすよ!!」




上機嫌そのものの声。

嬉しさが伝播してくるようで、思わず俺の頬も緩む。


……んだけど。


こんな距離近いの、分かっててやってんの……?

いや、リュナちゃんは前からこうか。

慣れてきたつもりなのに、やっぱり心臓の鼓動が跳ね上がる。

背中越しに伝わる体温が、やたらリアルなんだよな……。


ヴァレンがそれを見て、いつもの悪魔みたいな笑顔を浮かべた。




「ククッ……リュナのやつ、上機嫌なのも無理はない。相棒への "幻愛変相ミラージュ・ファンタズマ "で、自分とブリジットさんの姿が現れたって教えてやったからな。」



「な……っ!? てめー、ヴァレン!! バラすなし!!」




リュナちゃんの全体重が俺の背中にかかったまま、

彼女は片手を伸ばしてヴァレンの頭をパシッと小突く。


痛くはなさそうだが、気持ちのこもった一撃だった。


ヴァレンは眉の形ひとつ変えず、むしろ嬉しそうな顔でグラスを揺らし続けている。


ほんとこの魔王、どこまで人をからかえば気が済むんだ。


俺は小さく息を吐き、肩越しにリュナちゃんへ声をかけた。




「──リュナちゃんはさ、イヤじゃないの?」



「ん? 何がっすか?」




まだ俺の肩越しに抱きついたまま、柔らかく首を傾げる声。

マスク越しでも、彼女が目を細めているのが分かる。


俺は一拍置いてから、正直に言ってみた。




「いや……その。

俺の 理想の相手 が、自分だけじゃなくて……

ブリジットちゃんと二人だって事。

イヤだったりしないのかなーって……」




言い終えてみると、心臓が変に熱くなった。

こんな事、真正面から聞くのは不安すぎる。

リュナちゃんがどう思っていたのか、まだ知らなかったから。


リュナちゃんは一瞬キョトンとした沈黙を挟み――




「いやー、全然っすねー。」




……え?

あまりにも自然すぎる返答に、飲みかけのウーロン茶をこぼしそうになった。


横のヴァレンは、唇を吊り上げて小さく笑う。

本当に“分かった上で”仕掛けていたのがよく分かる。




「えっ、ぜ、全然なの……?」




俺が混乱していると、リュナちゃんは俺の背中に頬を寄せながら、

黒マスクの上の目を柔らかく細めた。




「あーし、兄さんも姉さんも、どっちも好きピなんで!むしろ、あーしだけ兄さんに選ばれちゃう方がNGっすね!」



「……え?」



「前に姉さんとも話したんすよ。姉さんも、ずっと3人で一緒にいたいって言ってくれてましたよ!」




……嘘だろ。

俺は思わず息を呑んだ。


そんな事、二人とも……。

そんな気持ちで、ずっと俺の側に……。


胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

嬉しくて、苦しくて、温かくて……。

どの感情を先に処理すればいいのか分からない。


ふと、ヴァレンが低い声で切り込んできた。




「──相棒。もしお前が、皆の前で

『自分はブリジットさんだけを想っている』

と宣言していたとしよう。」




ヴァレンの目は、珍しく真っ直ぐだった。

俺を試しているような、そんな光。




「その場合、街中では──

リュナはお前にこうして軽々しく触れられなくなる。」



「……え?」



「周囲から“浮気”だと思われるからな。」




言われて初めて理解した。

確かに……そうなる。


この世界では“公的に認められた関係性”が、想像以上に重い。

王都、貴族、学校……噂なんてあっという間に広がる。


俺の“立ち位置”が、二人の行動に直接影響する。


リュナちゃんはそれを聞き、少しだけ声を落とした。




「えっ……? あーし、兄さんにくっついちゃダメなの……?」




言いながら、なぜか抱きつく力が強くなった気がする。

可愛いけど胸が痛い……。


ヴァレンは俺へ向き直り、真剣な瞳で問いかけてきた。




「相棒。お前、リュナにこう言えるのか?」




一拍置いて、ヴァレンは口にした。




「──『二股だって誤解されるから、離れて』と。」




…………無理だ。


そんな事、言えるわけがない。

この子は俺の事を信じてくれて、支えてくれて、戦ってくれて……。

そんなリュナちゃんを、自分の体裁のために突き放すなんて。


ねぇよ、そんな未来。


理解した。


ヴァレンの言いたかった事全部が。


胸の奥で、固い覚悟の芯がゆっくり形を成す。




「──分かったよ。ヴァレンの言いたい事。」




俺は静かにため息を吐き、

リュナちゃんの手を一度だけ軽く握ってから、顔を上げた。




「俺は……二股野郎だ。

誤解でも何でもない。

ブリジットちゃんもリュナちゃんも、二人とも等しく大事に想ってる。」




この言葉を自分の声で言うのは、思ったより重かった。

でも──嘘じゃない。逃げでもない。


ヴァレンは嬉しさを隠そうともせず、ニッと笑った。


俺は続けた。




「だったら、皆の前で堂々とそれを示した上で……

実力でそれを納得させるしかない。

二人の女性を幸せにできるくらい、凄い男だってことを、“行動で”見せつけるしかない。

そういう事だろ?」



ヴァレンの瞳が、ふっと揺れた。


光を反射したその瞳は、

ほんのわずかに……本当にわずかに、潤んでいるようにも見えた。


そして次の瞬間――




「素晴らしい……ッ!!

素晴らしいぜ、相棒……!!

それでこそ“主人公たる器”……最高だ……!!」




立ち上がりかける勢いで、ヴァレンはグラスを掲げた。

その動作は誇張のようでいて、妙に真に迫っている。


店内の照明が琥珀色の酒に反射し、彼の横顔を煌めかせた。

胸の奥が、なぜか熱くなる。




「そうだ、相棒……!!」




ヴァレンの声は、もはや講堂でもないのに講堂並みの響きを持っていた。




「二人の女性を大事にするというなら、恥じてはならないッ!胸を張れ……堂々と言ってやれ……!!」




その“鼓舞”は、熱量だけなら炎の魔法より危険かもしれない。

でも──耳が拒否しない。

むしろ、この魔王の言葉だけは、不思議と胸に響いた。


そして、彼はさらに顔を近づけ、声を落としたかと思えば──

次の瞬間、魂の底から叫んだ。




「『アイツらは俺の女だ、文句あるか?』──と!!

それこそが、“雄力おすぢから”……

ハーレム主人公には欠かせぬ魂ッッ!!」




……いや、あの。


ここ高級レストランなんだけど。


反射的に周囲を見回すと、

隣のバーテンダーさんが、カランッ! と派手に氷を落としていた。


めっちゃ分かるよ、その気持ち。

俺でも落とす。


けど――


この魔王、言ってることの 本質 は外してないから困る。




「……ヴァレンさぁ。気持ちは分かるけど、叫ぶのやめて……」




俺が思わず額を押さえると、ヴァレンは口元だけで笑った。


その笑みは、

さっきのふざけた笑顔とは明らかに違う。


からかいでも、悪戯でもない。


どこか──誇らしげで、嬉しそうで。

そしてほんの少しだけ、寂しげに見えた。




「相棒……お前がそう言ってくれて、本当に嬉しいんだよ。」




ヴァレンはゆっくりと席に腰を下ろし、

手元のグラスを軽く揺らした。


琥珀色の液体の波紋が、天井の灯りを吞み込むように揺れた。




「二人を大事に想う気持ちを、誰に遠慮する必要もない。堂々と貫け。──それができる男だけが、二人を幸せにできる。」




静かな声。

その響きには、魔王としての威厳でも、悪戯な色気でもない“真心”だけがあった。


俺は思わず息をついた。




「……ありがとう、ヴァレン。」




素直に言うのは照れ臭かったが、

今だけは言っておかないといけない気がした。


ヴァレンは一度だけ、満足げに目を細めた。




「礼なんていらないさ。相棒が本当に“ラブコメ主人公”になっていくのを見るのが、俺は楽しくて仕方がないんだよ。」




その言葉に、心の奥がじんわりと温かくなった。


俺は軽くグラスを持ち上げ、ヴァレンのグラスにそっと合わせる。




「……じゃあ、その期待に応えられるよう、頑張るよ。」



「ククッ……期待してるぜ?──相棒。」




グラスが軽い音を立て、

その余韻がレストランの空気に溶けていく。


遠くでは、召喚高校生たちが笑い合っていて、

ブリジットちゃんとリュナちゃんの明るい声が混じって聞こえる。


ここから始まるんだ。

“二人を幸せにする”っていう、俺にしかできない物語が。


俺は深く息を吸い、そっと微笑んだ。




「……行くか。皆のところへ。」




ヴァレンは満足げに頷いた。


今夜、俺はひとつ覚悟を決めた。

そして、その覚悟を肯定してくれる仲間がひとり、確かに隣にいた。


──主人公の器なんて自分では分からないけど。

二人が笑っていられる未来だけは、何としても手に入れよう。


そんな風に思えた夜だった。


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