表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

235/252

第233話 ブリジット・ノエリアという少女は

ブリジットちゃんが、ラグナ王子に呼ばれた瞬間──


講堂の空気が、ほんのわずかに軋んだ気がした。


彼女はゆっくり立ち上がる。

その背中はいつも通りまっすぐなんだけど……どこか、迷いがあるようにも見えた。

いや、当然だ。理由も分からないまま、皆の前で呼び出されるんだから。


背後から、ザキさんが俺の耳元で低く唸るように言った。




「……なんや、あの王子。ブリジットさん呼びつけて、何するつもりや?」




俺だって同意見だ。どういうつもりだ……?

ラグナ・ゼタ・エルディナス……

だけど、俺はどうにも判断がつかず、手が動かない。


動こうと思えば動ける。でも、動いた瞬間……彼女の気持ちを踏みにじってしまうような、そんな気がして躊躇していた。


隣の長身お姉さんも、険しい顔でブリジットちゃんの後ろ姿を見つめている。

この人がこんな顔をするのは初めて見た。


ブリジットちゃんは階段を上り、ステージへと向かう。

ゆっくり、ゆっくり……まるで自分の足運びのひとつひとつを確かめるように。


そしてラグナ王子の目の前へ辿り着くと──




「──まずは復学おめでとう、ブリジット・ノエリア嬢。」




満面の笑みで、ラグナ王子は恭しく一礼した。


……が、その一礼は俺にはやけにわざとらしく映った。

礼儀として完璧すぎる。

角度も、動きも、声の抑揚も。


そう、“完璧すぎる”んだ。


そこに心が宿っていない。

あくまで『そう振る舞うべきだと計算している』人間の所作だ。


ブリジットちゃんは、ぎこちないながらも笑顔を作る。

でもその笑顔は、口元だけが上がっていて、目はどこか不安げに揺れていた。


……大丈夫かな。


気づけば俺の手は膝の上で無意識に握られていた。


ラグナ王子は会場を見渡し、声を張り上げる。




「皆も知っての通り、彼女……ブリジット・ノエリアはかつて、"ハズレスキル"を授かり、この大学を去った。」




その瞬間。


ブリジットちゃんの肩がビクリと震えた。

隣のセドリックさんが、心底苦しげに顔を歪めたのが見えた。


おい……お前……何を言い出すんだよ。


この短い一言だけで、彼女をどれだけ傷つけるか、分からないのか?


ラグナは続ける。




「ノエリア公爵家からも、一度は見放され……家族からも友人からも距離を置かれ……“可哀想な”彼女は、たった一人でフォルティア荒野へ送られた。」




……その言い方はないだろう。


悪気がないのは分かる。

分かるけど……だからこそ、余計にタチが悪い。


ブリジットちゃんの指先が震えている。

彼女の視線は必死に前を向こうとしてるけど、僅かに下がっている。




「それでも彼女は、苦境にめげず、フォルティア荒野の開拓を継続した。

邪悪な魔竜ザグリュナと戦い、傷を負わされても……再び立ち上がった!

今や前人未到の開拓を果たし、フォルティアに街まで建設している!

その姿に……僕は深く感動した!」




会場がどよめく。

賞賛の声もある。

「あの少女が……」「信じられない……」「本当に……?」

そんな囁きがそこかしこであがる。


だが俺の耳には、そんな声は届いてこない。


俺はただ一点──ブリジットちゃんの表情だけを見ていた。


俯きそうになる顔を、必死に持ち上げている。

その笑顔は……痛々しいほど無理をしている。

彼女の中で過去の記憶が、ざくざくと抉られているのが見えるようだ。


なのに。


ラグナ王子は──何の悪意もなく、ただ“可哀想なヒロイン”を強調し続ける。




「そんな彼女こそ、この国の……いや、僕の“ヒロイン”に相応しい!」




胸の奥がキッと痛んだ。


待て。

お前は……いま……彼女を何だと思ってる?


そして、極めつけの一言を言い放つ。




「故に、僕はここに誓おう!僕が此度の“統覇戦(ドミナンス・カップ)”に勝利した暁には、彼女を……ブリジット・ノエリアを、『不幸な人生』から解き放ってみせる!」




会場が静まり返った。


ブリジットちゃんの目が大きく見開かれる。


ゆっくりと、ゆっくりと、顔が青ざめていくように見えた。


ラグナは一歩近づき、柔らかい声で告げた。




「君を……僕の妻に迎える。」




……っっ!!!


俺の頭の中で何かが、バキッと音を立てて折れた気がした。


彼女の人生を“可哀想”だと決めつけて、

“救ってやる”という勝手な役割を押しつけて、

“ヒロイン”だの

“妻にする”だの──


全部、全部……何も分かっていない。


俺が知っているブリジットちゃんは──

そんな弱い生き方なんてしてない。


誰かに救われたいなんて言ってない。


ブリジットちゃんの拳が震える。

指先がぎゅっと握られている。

その手は、血が滲むほど力を込めていた。


俺は立ち上がりかけて、踏みとどまった。


今、割って入るべきなのか──

それとも、彼女の意思を信じて待つべきなのか。


心が千切れそうだった。


俺は息を呑み、彼女の答えを待つしかなかった。




 ◇◆◇




ブリジットちゃんは、ラグナの台詞を聞き終えたあと──

まるで壊れそうなガラス細工みたいな笑みを浮かべて、じっと動かずに立っていた。


その笑顔は……笑顔とは呼べない。

形だけ、口元を上げているだけだ。

目元はうっすら潤んで、焦点がどこにも合っていない。


そして、俺は気づいてしまった。


彼女の手が、震えながら──

血が滲むほどに、ギュッと握られていることに。


……っ。


胸がひどく痛んだ。


ラグナの言っていることは、言葉の内容だけを並べれば間違ってはいない。

でも──


こいつは、ブリジットちゃんの“心”を見ていない。


いや……

最初から見ようとしていない。


彼女の人生を勝手に“可哀想”だと断じて、

その“可哀想なヒロイン”を救う“主人公の俺”でいたいだけだ。


それが、透けて見える。


俺が知っているブリジットちゃんは、

自分を“可哀想”だなんて思ってないし、誰かに救われるだけの存在でもない。


確かに、俺や皆が力を貸したことはある。

でも──それを掴み取ったのはブリジットちゃん自身だ。


彼女は、人に寄りかかって生きていく子じゃない。


だからこそ。


俺は今この場で、勝手に彼女の前に飛び出すことができなかった。


助けたい。

守りたい。

ラグナのエゴから引き剥がしたい。


でも……それは俺のエゴじゃないのか?

彼女は、それを望んでいるのか?


──そんな答えのない迷いが、俺の足を縛り付けていた。


だが次の瞬間。


壇上のブリジットちゃんが、小さく息を吐いた。


フーッと──震える呼吸を整えるみたいに。


そして、顔を上げた。

さっきまでとは違う、覚悟の宿った目で。


その目はまっすぐラグナを見据えている。


笑顔をつくって──

その声は驚くほど澄んでいた。




「身に余るお言葉です、殿下。」




講堂全体が静まり返る。

そして続けた。




「──ですが、殿下の願いは、恐らく叶わないと思います。」




セドリックさんが「──え……?」と顔色を変えた。

ラグナは目を丸くして、直後「──なっ……!?」と声を漏らす。


まさか自分が差し伸べた“救いの手”を、堂々と振り払われるとは夢にも思っていない顔だ。


俺も思わず息を呑んだ。


ブリジットちゃん……何を言うつもりなんだ?


ブリジットちゃんは、真っ直ぐラグナを見つめたまま言い放った。




「何故なら、“統覇戦”を勝ち抜くのは、貴方ではなく……」


「私と、私が最も信頼する、パートナーだからです。」




ラグナの顔が……

青ざめ、次に真っ赤に染まり──歪んでいく。


怒り。

混乱。

屈辱。

理解不能。


全部が混ざって暴れていた。


俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。


彼女は……俺を、

“自分が信じるパートナー”と……言ったんだ。


その想いが、身体の奥まで響く。


しかしブリジットちゃんはさらに続ける。




「それに……ありがたいお話ですけど……

ラグナ殿下の妻に、というお話も、お断りさせていただきたく思います。」




声は震えていない。

まるで“真実”をただ宣言するみたいに、静かで強かった。




「私、好きな人がいるんです。きっとその人が、わたしと一緒に、“統覇戦”の勝利を掴み取ってくれるから。」




講堂が一瞬にしてざわめきに飲まれる。


ラグナの表情が、驚愕から……

ゆっくりと怒りへ……

怒りから、さらに歪んだ“嫉妬の顔”へ変わっていく。


俺は心臓がドクンと鳴った。


ブリジットちゃん……

どこまで真っ直ぐで、どこまで俺のことを信じてくれるんだ……。


そのとき。


隣の長身お姉さんが、ポンと俺の肩を叩いた。




「……ひゃっ」




驚いて振り向くと──

お姉さんはまるで俺の内心を全て知ってるみたいに微笑んでいた。




「──アナタは、誰よりも強い力を持っている。それは事実よ。」




え……?




「だからアナタは"遠慮"しているのよね? 誰よりも強い自分が手を貸すのは、“フェアじゃあない”って。」




……図星すぎて、言葉が出なかった。


そうだ。

俺は本当は今すぐ飛び出したかった。

でも、“真祖竜の力”を振りかざして彼女を守ることが、本当に正しいのか迷っていた。


それを、お姉さんは──いや、"彼女"は、全部わかっていたみたいだ。


"彼女"は俺の背中にぐいっと手を置き、言う。




「──アナタは強くて、優しい。倒さなきゃいけない相手のことすら思いやってしまう程に。それは分かってる。でもね……ッ!!」




そして、キッと眉を上げて──


パァン!!!


背中を叩いた。

文字通り、人間なら壁まで吹っ飛ぶパワーで。




「強ェも弱ェも関係無ェッ!! 惚れた女を助けるのに、ゴチャゴチャ理由考える(ヤツ)があるかよッッ!!」




講堂中の音が一瞬止まったように感じた。


俺はその一言に、胸の奥で何かが弾けるような感覚を覚えた。


ああ……

そうだよ。

そんなもの、どうだっていいんだ。


俺はブリジットちゃんを助けたい。

守りたい。

彼女の側に立ちたい。


それだけでいい。




「──ありがとう。頭スッキリしたよ。……ジュラ姉(・・・・)。」




そう言って笑うと、

お姉さん──いや、ジュラ姉は顔を真っ赤にして




「……やっぱり、アルドきゅんの目は誤魔化せなかったのねッ!」




と照れながら視線をそらす。


可愛いな、この人。

正体が巨大ティラノサウルスとは思えない。


俺は笑ってジュラ姉に軽く手を振り、

再び壇上のラグナとブリジットちゃんに視線を向けた。


次に何が起きるのかは……

たぶん、もう決まっている。


俺が、あそこに立つ番だ。




────────────────────




壇上の中央。

強烈なスポットライトに照らされながら、ブリジットは一歩も動かずに立っていた。


正面で怒りに顔を歪めるラグナ第六王子を、

その瞳は、静かに──しかし確かに見つめ返している。


胸の奥では、きっと恐怖もある。

けれど、それ以上に確かなものがあった。




(……多分、この人は、あたしのことが好きなんだろう)




ブリジットは自覚していた。

いくら鈍くても、あれだけ露骨なら嫌でも分かる。


だが──その感情は、愛情とは違う。


彼は“ブリジット・ノエリア”を好きなのではなく、

“可哀想な少女を救う自分”が好きなのだ。


そこには“相手”がいない。

いるのは“救われるべき役”と、“救う主人公であるべき自分”。




(でも……あたし、もう“可哀想な自分”でいるつもりはないの)




少し前なら、ひょっとしたら受け入れてしまっていたかもしれない。

けれど、今は違う。

今の自分は、強くなりたくて、強くなれて、そして……信じられる人がいる。


だからブリジットは、深く息を吸い、ラグナを正面から見つめた。


ラグナの背後で、セドリックが震える声で名を呼ぶ。




「ぶ……ブリジット……!」




彼女の言葉の意味を理解しながらも、止めることができない。

それほどまでに、ラグナの顔は怒りで赤黒く染まっていた。


怒りを押し殺す震えた声で、ラグナが呟く。




「──好きな人がいる、だと? ……僕以外に?」




その響きは、講堂の空気を瞬間的に張り詰めさせた。




「しかも……そいつが……僕を倒して、統覇戦(ドミナンス・カップ)を勝ち抜く……だと!?」




次の瞬間。


バチィンッ!!


空気の膜が破れたような音と共に、ラグナの身体から黄金の魔力が噴き出す。

それは炎のようで、雷のようで、王権そのものの傲慢を具現化した光だった。




「う、おいっ……!」


「ラグナ王子が……ブリジット嬢にフラれて……キレたッ!?」


「こ……これ、魔力暴走してるんじゃ……!?」




編入生も在学生も、一斉に後ずさる。


召喚高校生組も立ち上がり、一条は青ざめた表情で言った。




「こ……この魔力……これは笑い事では済まないぞ!」




鬼塚は舌打ちし、肩を回しながら言う。




「入学式で何やってんだよあの王子!? フラれたくらいで暴走すんじゃねぇ!!」




佐川も身構え、剣に魔力を込め始める。




「玲司、いざとなったら俺らで止めるぞ!」




ザキは剣の柄を握りしめ、額に汗を浮かべながら呻いた。




(くっ……! この魔力量……冗談抜きでヤバいヤツやん……!この場のドサクサで……やるしかないか? 大勢の目ぇはあるが……やむを得ん、“奥の手”を使ってでも──)




ザキは決意を固めかけ、壇上奥で腰を抜かしている学長へ叫ぶ。




「なぁ! 学長さん!!この学園、王家の威光なんて通用せん“実力主義”なんやろ!? 殿下のこの暴走、アカンのとちゃうの!?」




学長は蒼白のまま震えた声を返す。




「か……完全実力主義だからこそ……ラグナ殿下を止められる者は……この学園には、おらぬのだ……!」




ザキは苛立ちに舌打ちした。




(ほな俺が……!!)




だが──その瞬間。


黄金の魔力の中心で、ブリジットだけは一歩も退かずにラグナを見つめていた。


恐怖の色が、どこにもない。


ただ、静かに、凛として。


その視線が余計にラグナの怒りを煽った。




「──見ろよッ、この魔力を……!」




黄金の光が爆ぜ、床の石畳を浮かせる。




「“主人公”である僕の、この力……

誰が止められるって言うんだ!? ああ!?」




しかし、ブリジットは微動だにしなかった。




「や……やめろ……ブリジット……!」




セドリックが顔面蒼白で呟く。


ラグナの背後では、リゼリアとルシアがセドリックの影に隠れていた。


講堂の空気は重く、熱く、息ができないほどに圧迫されている。


だが──ブリジットだけは、穏やかにラグナを見つめ続けていた。


ラグナはその視線に、はっきりと怯えた。




(な……何故だ……

何故、また“シナリオ通り”にならない!?

僕が“救ってやる”と言っているのに……!)




胸中が混乱し、怒りが膨れ上がる。




(どうしてだ……どうしてこんな大勢の前で……

僕が恥をかかなきゃならない……!?

どうしてこんな……ッ!)




そして、口をついて出たのは──嫉妬に染まった叫び。




「“誰”が……ッ!?

“誰”が僕より優れてるって!?

“誰”が僕の代わりに、お前を守って、隣にいるってんだ!?ああァッ!!?」




大気が震え、黄金の魔力がブリジットへと押し寄せる。


だが──その瞬間。


ブリジットの目の前で、

黄金の奔流が“弾かれた”。




衝突した色は──銀。




眩い銀色の魔力が、黄金の魔力を押し返し、

空間の中心に風穴のような静寂をつくり出す。


ブリジットの胸が温かく満たされていく。


自分の隣で、銀の魔力が優しく渦を巻いている。


息を吸って──ゆっくりと笑顔になった。




「あたしの隣に立つ人は……

立って欲しいって、思う人は……」




ブリジットは、穏やかに横を向く。


そこに──彼がいた。


銀の魔力を纏い、静かにブリジットの隣に立つ少年。


アルド。


彼はまるで初めからそこに立っていたかのように自然に、ラグナへと視線を向けて言った。




「──俺だよ。」




ラグナの顔が怒りで歪み、絶叫が響く。




「やっぱり……お前かァ!!

──アルド・ラクシズゥッッ!!」




ラグナの黄金の魔力と、アルドの銀色の魔力が爆発的にぶつかり合い、壇上全体が“光”と“衝撃”に飲み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ