表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

233/252

第231話 消えた『108番』

掲示板の前に立ち尽くした俺は、まるで世界の音が全部消えてしまったみたいな感覚に陥っていた。


だって。


だってさ──


無いんだもの。108番が。


張り出された白い紙の上に、黒いインクで並んだ番号の羅列。


76、84、89、96、101──そして最後に107。


その横に、確かに「合格」の文字が並んでいた。


……だけど。


108番だけが、どこにも、存在しない。




「……なんでだよ……」




頭の中で何度数え直しても、現実は変わらない。


落ちた?

俺が?

実技試験、一位だったのに……?


いや、でも……いやいや、待て待て。

理由はいくらでもある。


ラグナ王子の逆鱗に触れた。

筆記が案外悪かった。

数学でのアレが“カンニング扱い”された。

王族の圧力で捻じ曲げられた。


考えれば考えるほど、“落ちる理由”ばっかり思い浮かんでくる。


胸の奥がじわじわ冷えていく。

ブリジットちゃんに……なんて言えばいいんだ。あんなに応援してくれたのに。

落ちたって知ったら、どんな顔するんだろう。


喉がきゅっと詰まる。

情けなさで胃のあたりがしくしく痛む。


そんな俺の背後に──明るい声が飛んできた。




「おお、アルドくん。おったんかいな。」




振り向けば、ザキさんだった。




「……あ、ザキさん……」




声が死にかけてる自覚はある。

でも、今はもう、取り繕う気力すらない。


ザキさんは俺の表情なんてまるで気にしてない様子で、ケラケラ笑いながら言った。




「見たで、号外。なんやアルドくん、あの第六王子にえらいカマした事にされてるやん。」




……はい、それもあったんです。

地獄みたいなデマ記事が街角で配られてたやつね。


『ラグナ第六王子にライバル出現か!?』

とかいう見出しで、俺を完全に“対王子の反逆児”みたいに扱ってた号外。


その尻馬に乗って煽られておいて、実際は落ちてるとか──

死ぬほど恥ずかしい。

もう、お外歩けないよ、俺。




「そんな事よりアルドくん。結果どやった? ま、君ぃの場合、聞くまでもないか」




ザキさんは、当然のように“受かってる前提”で聞いてくる。


俺はもう……どうしていいか分からなくて、項垂れたまま小さく呟いた。




「そ……それは……」




ザキさんは俺の様子に気づくことなく、浮かれた調子で掲示板へ視線を移した。


ごめん、ザキさん……

俺……落ちたんだ……


ザキさんが受かってたら、一緒に大学生活送れるとか言ってたけど、そんな未来はもう──




「お、俺受かっとるわ。」




……ガビーン。


い、いや、それは全然良いんだよ。

むしろ嬉しいよ。嬉しいけど……

精神的ダメージが……追い打ちが……


でも、次の瞬間。




「おお、アルドくんも“受かっとる”やん。ま、そらそうやわな。」




……え?


…………んんんん?


俺、受かってる?




「えっ……俺が……?受かってる……?」




反射的にザキさんの横に駆け寄って、紙を見る。

何度も、何度も数字を追う。


101…………107。


無い。

無いじゃん!

108番、無いじゃん!!!!




「ざ、ザキさん……その冗談は、やっちゃいけない(たぐい)の冗談でしょ……」




震えながら言うと、ザキさんはキョトンとした。




「は?何言うてんの?あるやん、普通に。」




いやいやいやいやいや!!

どこにあるんだよ!?

この世界のどこに“108”があるんだよ!??




「無いじゃん!!俺の番号!!落ちてるじゃん!!」




俺が叫ぶと、ザキさんは逆に眉をひそめた。




「いやいやアルドくんこそ、どういう種類のジョークなん?それ。あるやん、普通に。」




え?

え、え?




「だ、だって……ホラ、俺って受験番号の一番最後だったでしょ?108番。煩悩と同じ……!」




ザキさんは呆れたように肩をすくめた。




「アルドくん、自分の番号も忘れてもうたん?

──君ぃの番号、108やなくて、107番やろ?」




…………は?


えっ、いやいや待って。

絶対108番だったよ。

自分の胸に手を当てて思い出せ、俺。


“煩悩の数と一緒じゃん”って一人でツッコんでた記憶、何度も何度も反芻したはずなんだ。


それが──“107”?


そんなはずない。




「いやいや!108番だって!間違いないよ!」




俺は必死に言うが、ザキさんは逆に本格的に心配しはじめていた。




「アルドくん……マジで言うてるの?受験ノイローゼいうやつ?少しおかしなってもうてるんやない?」




えぇぇぇぇ!?

いやいや、違うんだって!

絶対俺の記憶は間違ってないんだって!!


……そうだ。

受験票を見れば、一瞬で分かる。


震える手で懐から受験票を取り出す。

そこに印字された番号を確認する。



『受験番号 107番』



──呼吸が止まった。


ザキさんが俺の肩越しに覗き込む。




「ほら、107番やん。合格しとるやん。おめでとうさん!」




背中を叩かれる感触が、逆に遠い。


ど……

どういう事……?


俺の頭の中で、思考が渦巻く。


昨日まで“確かに存在したはずの108番”が

受験票から綺麗に消えて──


“107番だったこと”になっている。


受験票だけじゃない。掲示板も、ザキさんの記憶も。


俺だけが……覚えている?


いや──覚えてるどころか、

俺の記憶と現実が食い違っている。


ゾクリ──と、背骨の奥が冷たいものに触れられたように震えた。


番号自体が……“書き換わった”……?


そう思わざるを得ないほど、

“108番”は綺麗に消されていた。


何も分からない。

でも、確実に一つだけ分かることがある。


──これは、“ただの合格発表”じゃ終わらない。


胸の奥が妙にざわつく。

違和感が、静かに、しかし確実に膨らんでいく。


俺は笑顔を作ろうとしたが、引きつるばかりだった。




「……どうなってんだよ、これ……」




誰にも届かない小さな独り言が、

合格発表のざわめきに吸い込まれて消えていった。




 ◇◆◇




意味が、分からなかった。


いや、本当に。

前世と今世合わせても、ここまで説明がつかない現象を経験したことってなかったと思う。


だって──昨日、試験を受けた時、

俺の受験番号は間違いなく108番だった。


“煩悩の数と一緒じゃん”と、ゼッタイに忘れないくらい強烈に覚えていた。


だけど。


いま俺の手の中にある受験票には、

はっきりと、くっきりと、


『107番』


と書かれている。


書き換えられた──

そうとしか考えられなかった。


なのにザキさんは、その“変化”をまるで感じていない。




「107番やん。受かっとるやん。おめでとうさん!」




なんの違和感もなく、

まるで最初からそうだったかのように振る舞っている。


……なんだこれ。


胸の奥が、じんわり冷たくなってくる。


合格の嬉しさなんて欠片も湧かない。

それより、目の前で起きてる“現実の改変みたいな現象”のほうがよっぽど大問題だ。


ザキさんは貼り紙に目をやり、呑気な声を出した。




「お、あのパチキの姉ちゃんも受かってるやん。」




その瞬間、俺の頭の中で、カチッと何かが繋がった。


……頭突きのお姉さん──

彼女の番号、確か“025番”だった。


そうだ。あの時、ぼんやり考えてた。

「ザキさんの052とお姉さんの025、並び替えたら同じだなー」って。


なのに。




「ザキさん、ね、ね!ザキさんの番号って……何番だったっけ!?」




俺は声が裏返るのも気にせず、ザキさんに詰め寄った。


ザキさんは驚いた様子で、




「なんや急に。俺の番号? “051番” やで。

なんやアルドくん、冷たいな〜。俺の番号くらい、覚えといてや〜」




……来た。


完全に理解した。


1つズレてる。


昨日は“052”。

今日のザキさんの記憶では“051”。


──俺だけが覚えている番号から、

受験番号全体が“1つ分ずれた記憶”で統一されている。


俺はさらに聞いた。




「じゃ、じゃあさ……あの頭突きのお姉さんの番号って、何番だったか覚えてる?」



「?そりゃ覚えとるで。“024番” やろ?」




……やっぱり。


昨日は絶対025だった。

きれいに、全員が1つずつ“前に”詰まっている。


何だよ、それ……。


数字が間違ってるだけじゃない。

皆の──記憶ごと書き換わってる。


ザキさんの顔は真剣で、嘘をついてる気配なんて欠片もない。




「……やっぱりだ。」




俺の背筋を、薄い氷が這うような感覚が走った。


みんなの記憶がズレてる。

受験票もズレてる。

掲示板もズレてる。


じゃあ……俺の記憶のほうが間違ってるのか?


いや、違う。

どう考えても、そんなはずはない。


“真祖竜である俺の記憶が書き換えられる”より、

“俺以外の全員の記憶が改変される”ほうがまだあり得る。


あり得るってだけで、十分あり得ないんだけど。


思考を巡らせていると、ザキさんが俺の背中をパンと叩いた。




「とにかく、よかったやん。合格してて。

編入生の入学式は来週やんな?大学でも仲良うしてや。」




その気楽さが、今は逆につらい。

俺は無理に笑顔を作って応えた。




「……うん。大学でもよろしくね。」




でも、表面上の笑顔の裏で、

胸の奥では違和感がますます肥大していく。


この『番号のズレ』……

絶対、何かの“前兆”だ。


普通じゃない。

ただのミスなんかじゃない。


このルセリア中央大学編入試験に、とんでもない異変が静かに足を踏み入れてきている。


そんな気配が、確かにした。




───────────────────




ルセリア中央大学、南校舎5号館の三階──。

生徒会室の大きな窓からは、合格発表の掲示板がよく見えた。


その窓辺に立つ影が、ひとつ。


ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子。


陽光に照らされた金の髪が、感情の揺れを映すように微かに震えている。

彼の眼差しは、掲示板の前に立つ“銀色の少年”に釘付けになっていた。


アルド・ラクシズ──。




「……忌々しい。」




絞り出すような声が、生徒会室の静寂を割った。


ラグナのすぐ後ろ。

メイド服姿の少女──リゼリア・ノワールが、のほほんとした声で言う。




「やっぱり、合格してましたねぇ〜。あの 107番 の方。」




ラグナの眉がピクッと跳ねた。

ほんの少しの言葉だけで、火に油を注ぐタイプの部下である。


しかし、少し離れた壁際に立つ青年──

セドリック・ノエリアは、まったく動じず冷静な声を返す。




「当然だろう。筆記試験はトップクラス。

それに実技試験……殿下のデモンストレーションを除けば、歴代でも最高スコアだ。

むしろ落とす方が不自然だ。」




その横顔には、わずかながら微細な感情の揺れがあった。

誰にも悟られないよう隠されているが、




(──アルドくん。

君なら……“今の殿下”を止める事ができる。

……妹を救えるかもしれない。)




そんな微かな希望が、胸の奥に光っている。

もちろん、それを知る者はいない。


生徒会室の奥のソファーには、

アイマスクをつけた少女──ルシア・グレモルドが横になり、スピースピーと静かに寝息を立てている。


この場で唯一、空気を読まなくて済む存在だった。


ラグナは手元の新聞を握りしめ、次の瞬間、ビリビリと音を立てて床に叩きつけた。




「そもそも、何なんだ、この号外は……!?

銀の新星(シルバーノヴァ)』!? 『第六王子のライバル現る』!?ふざけるなッ!!」




リゼリアは肩をビクッと震わせて小さく悲鳴を漏らす。




「ひぃっ……!」




ラグナの怒りはさらに深まっていた。

その瞳に映るアルドの姿──。

たったそれだけで、胸の奥に燃えるような苛立ちが膨れ上がる。




「僕の……僕の“物語”に……

あんなモブ野郎が紛れ込んでくるなど……あり得ない。」




セドリックが一歩前に出る。




「殿下。少し落ち着きましょう。」




穏やかに、しかし確固たる声音で続ける。




「民衆はセンセーショナルな記事を好むものです。

殿下の圧倒的な力に対抗し得る存在が現れた……

そうした“物語”の方が、“統覇戦”の注目は高まるのでしょう。」




ラグナは鼻を鳴らし、しばらくの沈黙の後――

ふぅ、と大きな息を吐いた。




「……そうだね、セディ。

確かに、僕のワンマンショーより、

虚像でもライバルがいた方が“盛り上がる”。

……ありがとう。少し冷静になれたよ。」




その声にはわずかに落ち着きが戻り、

セドリックもホッと胸を撫で下ろす。


──が。


そこで、空気を読まない少女・リゼリアが、

のんびりと、しかし核心を突くような言葉を放つ。




「でもぉ〜……あの107番の方って、

殿下の"核撃魔光砲ニュークリア・ブラスター"、

実際に使ってましたよねぇ〜?」


「…………」




ラグナの肩がビクッと跳ね、喉が上下した。




「“殿下専用魔法”を使える魔導士の方なんて、

王国内でも見たことないですけどぉ〜?やっぱり、只者じゃないのは間違い無いのではぁ〜?」




ラグナの内心が、ざわり、と大きく揺れる。




(……確かに。主人公専用魔法を扱えるキャラなど見た事がない……。)


(あのモブ野郎……何者だ……!?)


(……いや、焦るな。

冷静になれ、ラグナ・ゼタ・エルディナス。

お前はこの世界の“主人公”だ。)


(あんなモブ程度に敗北するなど……あり得ない。)


(僕には、“あの三つのスキル”がある。

僕に勝てる“人間”など存在しない……!)




胸の奥で黒い自尊心が歪んだ光を放つ。


そして、窓の外──

視線の先に立つアルドへ向け、ラグナは唇を吊り上げた。




「……キミを、公衆の面前で……

ブリジットの前で叩き潰すのが、今から楽しみだよ……アルド・ラクシズ。」


「せいぜい、首を洗って待っていたまえ。」




その呟きを聞き、

セドリックはふぅ……と深い溜息をついた。


一方、リゼリアは──

ラグナに気づかれぬよう、こっそり口元を緩める。




(うふふっ……面白くなってきたぁ〜♡)




ラグナの暴走を愉しむような、

黒い笑みだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ