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【32万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第229話 リュナ一行 vs. 謎の黒影

夕暮れのルセリア中央広場に、ひときわ不気味な“影”が立っていた。


日没の赤が差し込む中で、その存在は異様なほど黒く染まっている。まるで世界の色を奪われたように、輪郭の全てが塗りつぶされ、顔も体も黒い“穴”と化した人型。

ただ一つ──胸元の蛇の紋様だけが白く、脈動するたび、生き物のように蠢いていた。




「な、何ですかッ!? アイツは!? 都会ってのは、街中であんな化け物まで出るんですかッ!?」




グェルの声が裏返る。

覆面──猫マスクの奥で光る瞳は、フェンリルの本能そのものに怯えの色を帯びていた。


フレキはその足元で身を低くし、背筋をピンと伸ばして警戒している。

ミニチュアダックスの小さな体のまま、金色の瞳だけが鋭く敵を射抜いていた。




「どうかな……少なくとも、以前ボク達が来た時には、こんな魔物は出なかったけどね」




その声は震えてはいない。

だが、毛が少し逆立っているのがリュナには分かった。


蒼龍がゆっくりと扇を開く。

青髪が夕陽を反射し、ゆらめく炎のように揺れた。




「……今、人間が妖魔に変じたわよねぇ? コレって、『こっちの世界』じゃよくある事なのぉ?」




リュナは黒マスクを指で軽く押さえながら鼻を鳴らす。




「いーや?少なくとも、あーしはあんま見た事も聞いた事もねーかも」

 



気軽さを装っているが、目の奥は鋭い。

リュナの“野生”が、あの黒いモノを“ただの魔物”とは判断していなかった。


次の瞬間──




「……ッ」




黒い魔物が、ギギギ……と関節を逆に折るような動きをしながら、近くにいた逃げ遅れの猫耳亜人の子どもへと向かって歩き始めた。


不自然な足取り。

人間の歩行でも、獣の動きでもない。

まるで“別の何か”が、中から人形を操っているような──。


リュナは小さく舌打ちする。




(ここは王都ルセリアのど真ん中。エルディナ王国上層部には、あーしの事を狙ってるヤツもいるはず……あんま“咆哮”を乱発ブッパするのは、後々ちとメンディーな事になるかもな)




ならば──。


チラッと横目でグェルを見る。


瞬間、グェルの目が「ギラリ」と光った。

まるで主の心を読み取った忠犬のように。




「御意ですッ!! リュナ様!!」




地を蹴る音と同時に、彼の体が黒い影のように走り出す。

猫耳亜人の子どもの前にドンッと立ちはだかった。


しかし──




「ひっ……!!?」




守られたはずの子どもは、

目の前に現れた“猫マスクのむきむき男”に恐怖し、涙を浮かべてバタバタと逃げていく。


グェルは「えっ!?」と一瞬困惑したが、すぐに真剣な表情に戻る。


脚を左右に揺らす。

重心を低く、軽く、流動的に──ジークンドーの歩法、ペンデュラム・シャッフル。




「ボクが相手だッ!!」




右手右足を前に。

見事なオンガードの構え。


黒い人型は、ゆらりと頭を振り上げ──

そのまま全力の頭突きを繰り出してきた。


グェルは吠える。




「ワンォラッッ!!」




獣のような気迫と共に、右のショートアッパーを叩き込む。


──ズガァァアアアンッ!!


轟音が空気を裂いた。

足元の石畳がビキビキッと亀裂を走らせる。


グェルの背筋が一瞬で総毛立つ。




(な……なんだ、このパワーは……ッ!?)




リュナも、蒼龍も目を見開いた。




「嘘ぉ!? フェンリル王族のグェルちゃんが……パワー負けした!?」



「マジかよ……」




衝撃で弾き飛ばされ、グェルは地面を転がりながら受け身を取る。




「気をつけてくださいッ!!

コイツ……とんでもないパワーですッ……!

下手すると、リュナ様級の……!」




叫んだその時──


黒い魔物の腰元に、スーッ、と黒い日本刀のような“形”が現れた。

元の材質が分からない。

ただ“闇を切り取って刀の形にした”ような、そんな武器。


フレキの耳がぴんっと立った。




「グェル、危ないっ!!──『ワン』ッ!!」




フレキの吠え声が爆ぜ、音波がグェルの体を弾き飛ばす。

その瞬間──


シャキィィンッ!!


グェルが立っていた位置のすぐ後の街灯が、八連の斬撃を浴びたように細切れになり、金属片が空に散った。


グェルは背筋を凍らせながら呟く。




「い……居合い……!?な……なんだ、この異常な剣速……ッ!?」




黒い魔物は、まったく”踏み込み”のモーションがなかった。

間合いも、気配も、気迫も、何も感じない。

ただ、斬られていた。


リュナはそれを見て、黒マスクを親指で軽くずらす。




「こりゃ、あーしも観戦キメ込んでる場合じゃねーっぽいっすね」




目が笑っていない。

まるで“本能”が「狩れ」と告げていた。


リュナが一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。




 ◇◆◇




蒼く沈みゆく夕陽の残光が、ルセリアの広場を赤金に染める。

その光の中で、黒い人型の魔物はなおもギギギ……と、骨の軋みとも機械のノイズともつかない異音を立て続けていた。


リュナは足元のフレキが、何かを小声で呟きながら魔力を集め始めたのに気づいた。


その“息の整い方”──。

あのちっこい体でありながら、魔術式のリズムが完璧に揃っているのが分かる。




(さすがフレキっち。分かってるっすね。

なら、あーしも遠慮なく前に出れるわけだ)




黒マスクの下でギザ歯をチラリと見せ、リュナは蒼龍の肩を軽くひじで小突いた。




「蒼っち。あーしとグェルがフォワード出っから、援護よろ!」



「任せなさぁいっ!」




蒼龍は素早く扇を構え直し、袖を揺らして一歩下がった。

彼女の背から立ち上る魔力が夕焼けに溶け込み、夜の訪れをほんの少し早くする。


リュナの脚が地を蹴る。

ドンッと石畳が沈む音とともに、彼女の体がしなるように跳び上がった。


空気を切り裂きながら身体を捻る。

黒いミニスカボディコンが空気の流れに沿って張り付き、脚線美が弧を描く。




「ぉりゃあッ!!」




ローリングソバットの軌道が夕陽に煌めく。


──その一瞬。


黒い魔物はまったく違う方向を向いていたはずなのに、


“次の瞬間には”


頭を振り上げ、正確無比なタイミングで頭突きが飛んできていた。


ゴガァァン!!


蹴りと頭突きが衝突し、火花が散るように魔力が弾けた。

広場の石畳が一斉に振動し、周囲の影が波のように揺れる。


空中で体勢を整えながら、リュナは舌打ちする。




「このパワー……フツーじゃねーっしょ、明らかに」




竜の勘が、全身で警報を鳴らしていた。


黒い魔物はすぐに腰へと手を伸ばした。

そこには、さっきまで存在しなかった“黒い刀の形”。


リュナは眉をひそめる。




(またソレかよ……)




次の瞬間、背面の黒銀の紋様がうねり、

リュナの背中から“二本の黒竜腕”がズルッと伸び出た。


竜の鱗がきらりと光を跳ね返す。

その冷たい金属の光沢は、彼女の魔力が生む“第二の爪牙”。


リュナは体勢をひねり、二本の竜腕でガードを固めた。


同時に──


蒼龍の魔力がふわりと花開く。




宝貝(パオペエ)──"五火七風扇(ごかしっぷうせん)"!」




蒼龍は扇を、まるで舞うように振る。

その姿は戦場に咲く夜の花のようで、美しく、妖しく、そして強い。




「──“地烈の舞”っ!!」




バキバキバキィィッ!!


魔物の足元から、岩のスパイクが一斉に突き上がる。

黒い魔物はギギギ……と不自然に体を折り曲げ、それを避けようとして一瞬バランスを崩す。


しかし、そのままの姿勢で、居合い抜き。


シュバァァッ!!


見えない八連撃の刃が空間を裂き、

リュナの竜腕をほんの少し掠めた。


チャリッ……!


黒銀の鱗にかすかに傷が走り、光を反射する。


一瞬、リュナの瞳孔が収縮する。




(あーしの鱗に傷を付けた……!?

こりゃー、いよいよもってフツーの魔物じゃあないっすね……)




腹立たしさと同時に、警戒心が跳ね上がる。


グェルが叫ぶ。




「コイツ……強力ですが、攻撃は"頭突き"と"居合い抜き"の二パターンしか無いみたいですねッ!!」




その分析は正しい──

しかし、この魔物はただ“パターンが少ない”のではなく、一撃の質が異常に高すぎるのだ。


だからこそ、次の動きは最悪だった。


黒い魔物がリュナへ向けて、

ゆっくりと右手の“人差し指”を向けた。


カチリ。


関節の奥で何かがはまったような音。

次の瞬間、指先に魔力が収束し始めた。


キィィィィィィン……!!


空気が震える。

音というより“軋む光”。


リュナの表情がわずかに険しくなる。




「おっと……これは、ちとマジーかも……!?」




竜腕を前へ──

魔力を一点集中で流し込む。


蒼龍の声が震えた。




「やばっ……アレはマズいんじゃないのぉ──!?」




黒い魔物の指先から光が放たれた。


──核撃魔法。


ズドゴォォォォォオン!!


空が裂けるほどの光線が一直線にリュナへ襲いかかる。




「なッ!? こ、この魔力……リュナ様ッ!!」




グェルの悲鳴にも似た声が響く。


しかしリュナは、二本の竜腕を前に突き出し──

その前にいつの間にか、十二枚の札が円を描くように浮かんでいた。


蒼龍が叫ぶ。




「“落魂(らっこん)の舞”!!」




十二の光が札から放たれ、核撃魔法に衝突する。

青白い火花が幾重にも弾け、空気が震動し、

魔力の風圧が広場の木々を一斉に揺らした。


だが、相殺しきれない。


蒼龍の額に汗。

フレキの背が逆立つ。


リュナは口元で笑った。




「蒼っち、ナイスアシスト!」




そして、竜腕にさらに力を込める。




「よいしょおーーっ!!」




バレーのレシーブのように、

竜腕の下から光をすくい上げ──


ドゴォォォォォン!!


核撃魔法の光は真上へと弾き飛ばされ、

夜空に向かって一直線に消えていった。




「街中でそんな魔法ブッパするとか、アホかよ?」




黒マスクの下で、リュナの目は冷えていた。

その直後。

フレキが跳び上がって叫ぶ。




「“神獣結界”!!」




金色の光が、地面から天へと巨大なドーム状に広がり、広場全体を覆い尽くす。


空気の密度が変わる。

魔力が閉じ込められ、人払いの波動が街の喧騒を押し返す。


フレキは息をハッハッハッと弾ませながら振り返る。




「魔力遮断と人払いの結界を張りましたっ!

リュナさん、本気出しちゃって大丈夫ですっ!」




リュナは黒マスクの下でニッと笑う。




「流石、フレキっち!」




そして──

獲物を見据える獣のように、黒い魔物へ向き直る。




「兄さん達との待ち合わせまで時間ねーし、

悪ぃーけど、さっさとキメさせてもらうっすよ」




黒マスクの端についた“ギザ歯笑顔”のマークに、指で軽く触れる。


その声は、静かで、低くて、妙に落ち着いていて──




「“竜神器”、解放……」




空気が震えた。




 ◇◆◇




リュナの指先が黒マスクの端を撫でる。

その動きと同時に、空気が“沈む”ような圧が広場に広がった。




「──"黒縄叫喚竜姫(ゲヘナ・ドラグレス)"。」




その名を口にした瞬間、

黒マスクの縁から、黒銀の魔力が噴流のように噴き上がった。


バシュウゥッ!!


黒い稲光のように迸る魔力が彼女の全身を包み、

瞬きする間に装束が変わった。


黒銀の鎧──

レオタードのように密着しながらも、

竜の骨と鱗を思わせる流線形の装甲。

左右には前よりも太く、恐ろしくしなやかな“四本腕”。

鱗は鏡のように光を跳ね返し、黒銀のラインが彼女の肉体を妖しく縁取っていた。


蒼龍が思わず息を呑む。


グェルは喉を鳴らして、呟いた。




「こ……これが、リュナ様の、新たな……姿……ッ!」




その声には畏敬と興奮が混ざっている。


リュナは軽く肩を回し、

黒銀の鱗がシャラ……と柔らかい金属音を奏でるのを確かめてから、

普段通りの調子で言った。




「んじゃ、一気にキメっか」




黒い魔物へとスタスタ歩き出す。

その歩幅には余裕すら漂っていた。


魔物は動いた。

ギギギ……と不自然に軋むような音を立て、

腰の刀に手をかけ──


──居合い抜き、八連。


シュババババババババッ!!


空間が裂け、夕闇が断ち切られる。

斬撃は見えないはずなのに、耳が痛むほどの衝撃音が遅れて響く。


だが──


リュナの左側の二本の竜腕が広がった。


ギャギャギャギャギャッ!!


八連撃すべてを受け止める。

黒銀の鱗に火花が散り、魔物の刃の圧が竜腕を押す。しかしリュナは、指一本ぶれなかった。


右側の竜腕──

掌が魔物に向かって、パッと開かれた。


その掌には“口”がついていた。


ギザ歯がニイッと笑い、

ふたつの掌の口が、ちぐはぐに喋る。




『動くな〜』


『吹き飛べ〜』




指揮をとるかのような、軽い、しかし絶対の命令。


一瞬。


魔物の全身が“ピタ”と止まった。


次の瞬間──


ドンッ!!!!


街灯が揺れ、周囲の空気が爆ぜる。

黒い魔物は、巨大な衝撃波に殴られたように吹き飛んだ。

石畳が陥没し、舞い上がった粉塵が風に散る。


リュナは細く息を吐いた。




(なんだ? コイツの手応え……

“咆哮”の響きが悪ぃっすね。

まるで、“魂”が空っぽみたいな……)




何かが噛み合っていない。

何かが抜け落ちている。

そんな“欠落”の感触があった。


魔物は遠くで転がりながら立ち上がると、

またしても、人差し指をリュナへと向けた。


蒼龍が叫ぶ。




「リュナちゃん!気をつけて!!」




しかしリュナは、左手の一本を軽く上げて──

OKサイン。




「だーいじょぶ。問題ナッシング」




四本の腕が前へ伸びる。

黒銀の鱗が光を吸い込み、掌の口が同時に開いた。


魔物の指先が輝く。


キィィィィィィィィン!!


核撃魔法。

間違いなく、人間が扱ってはいけない魔力量。


蒼龍は思わず扇を握りしめ、

フレキは耳を伏せ、

グェルは唾を飲み込んだ。


リュナはただ、掌の口に力を込める。


黒い魔物が撃った光の奔流が、

一直線にリュナへ迫る。


ズドゴァァァァァアアアアア!!!


光が世界を塗りつぶす──瞬間。

四つの掌の口が、同時に囁いた。




『『散れ〜』』




音すらなかった。


核撃魔法の光は、触れた瞬間に粒子となり、

花びらが散るよりも静かに、

空気の中に霧散していった。


グェルは目を見開く。




「す……凄いッ……!!」




蒼龍も扇を振りながら叫ぶ。




「いっけぇぇーー!リュナちゃーん!!」




リュナは一歩。

もう一歩、と距離を詰める。


軽い歩幅なのに、距離が一瞬で消える。


四本の腕が広がる。

右上、右下、左上、左下──

十字を描くように完璧な軌道。


竜の咆哮にも似た魔力がほとばしる。




「"娑伽羅竜爪(しゃがらりゅうそう)"ッ!!」




ズバァァァァッ!!


黒い魔物の身体を、四本の刃が十字に裂いた。


黒い影が千切れ、形を保てなくなる。

魔物はヨロリと膝をつき、

胸元の“白い蛇の紋様”だけが、

生き物のように蠢いていた。


その白蛇はゆっくりと首をもたげ、

魔物の身体へと巻きつき──



ギュルルルルッ!!



渦を巻く。

黒い影の肉体がねじれ、細い紐状に圧縮されていく。そして──



フッ。



虚空に吸い込まれるように消滅した。




その瞬間。




リュナは目を瞬いた。






「……あれ?

あーし、なんで“竜神器”発動してんすか?」






蒼龍も扇を見て、首をかしげる。




「あ、あれぇ? アタシも……なんで“五火七風扇”解放してるのぉ?」




グェルは周囲をキョロキョロ。




「リ、リュナ様……?あれ?ボク、今、何して……?」




フレキは周囲を見渡し、




「ボクの結界……? な……なんでこんなもの、張ったんだろ……?」




四人とも“戦闘の記憶”そのものがごっそり抜け落ちている。


さっきまでの緊迫感も、魔物の咆哮も、

核撃魔法の光も──

まるで、最初から存在しなかったかのように。


リュナは首をコキッと鳴らし、手を叩いた。




「ま、いっか!

そろそろ兄さん達との待ち合わせの時間っしょ。

三人とも、急ぐっすよ!」




蒼龍はぽかんとしつつ、




「はぁーい……?」




グェルは慌てて荷物を拾い直し、




「り、リュナ様、蒼龍さん、待ってくださーい!!」




フレキもトコトコとその後を追う。


夕暮れの街に、

四人の足音だけが軽く響き──


さっきまでそこにいたはずの“異形の気配”だけが、

完全に消えていた。

面白いと思っていただけたら、

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