第1話 社畜、卵から出たらドラゴンでした
ブラック企業勤めは、RPGで言えば常時【毒】【睡眠不足】【混乱】のデバフを食らいながら、毎ターン残業でHPが削られるクソゲーである。
そのクソゲーの主人公だった俺、橘 隆也、28歳、独身、恋人無し。趣味は深夜のラーメンと寝落ち。
ある日の深夜、仕事帰りに会社の階段を踏み外して——人生を途中退場してしまった。
死んだ時の記憶はぼんやりしてる。階段から落ちて、背中に激痛走って、ふっと気を失ったその次の瞬間には——
真っ暗な空間で、空気すらない世界に漂っていた。
◇◆◇
(……なんだここ。俺、生きてるの? 死んでるの? これは、もしかして——)
──転生フラグ?
暗闇の中で、意識だけが浮かんでいるような感覚。何も見えないのに、俺の“存在”だけが確かにここにある。あまりに王道展開すぎて、転生の女神とか出てきそうな予感すらあった。
でも、誰の声も聞こえない。
ただ——自分の中の“何か”が、ぐにゃりと、変わっていく。
……あれ? 俺の身体……無い?
いや、あるにはある。感覚はある。でもそれは、今までの“人間の身体”じゃない。
皮膚の感触も、手足の重さも、なにか違う。もっと硬くて、重くて……冷たいような、熱いような、不思議な感覚。
そして何より、自分の中心が、変質していくのがわかる。
魂そのものが、別の構造に書き換えられているような感覚。
最初は怖かった。でも、痛みも苦しみもなかった。
むしろ心地よい。どこまでも深く沈んでいくような、あったかい液体に包まれているみたいな。
——ああ、これ、俺は“人間じゃなくなっていく”んだ。
そして、意識が光に包まれる。
次に気づいた時、俺は——柔らかくてあたたかい液体に浸かっていた。
ぐるん、と身体が回る。狭い。小さい。でも、なぜか安心する。
手も足もまだうまく動かないけど……確かにある。
——あ、これ、俺……卵の中にいるな?
これ、そういう転生だったの? 赤ん坊っていうか、未孵化?
というか、俺は何に生まれ変わるんだろう。殻のある卵だから、鳥類か爬虫類だろうか。
視界の端に、ほんの少しだけ、殻の隙間から光が漏れ始めている。
新しい人生(?)の幕開け。
だけどその始まりは、俺が人間じゃなくなったっていう、どう考えてもツッコミどころ満載な地点からだった——。
◇◆◇
パキ……。
小さく乾いた音がした。
視界の端で、光の筋が一筋、俺の世界を裂いた。
殻に……ヒビが入った。
それに気づいた瞬間、なぜか俺の中で“生まれるべき”という感覚が込み上げてきた。
そして——俺は、本能に従って、全力で頭をぶつけた。
ガンッ!!
いてぇ!!
なんだこの殻!? 鋼鉄か!? 絶対防御の卵ってなに!?
孵化ってもっとこう……ポンって割れるイメージだったんだけど!!
が、それでも数度のヘッドアタックを繰り返すうちに、ついに殻が砕けた。
まぶしい光が、一気に視界を包む。
生まれたての俺の目にはちょっと強すぎたけど、それでもなんとか目を開けて——
「……うわ、空、広っ」
それがこの世界での、俺の第一声だった。
いや、待て。喋れたの!?
さっきまで卵の中にいた生まれたての俺が、孵化したらもう喋れるの?
言語スキル、標準搭載なのか。どんな生き物だよ、俺。
それよりも、目の前の光景がヤバかった。
……でっっっっっか!!!!
俺を囲んでいるのは、山よりデカい竜たちだった。
スケール感バグってんのよ。
お台場で見たユ◯コーンでもこんなにデカくなかったよ。何ならダイバー◯ティのビルそのものよりデカい。
蒼い鱗、黒曜石のような翼、瞳に星が浮かぶような、幻想的で……そして、どこか恐ろしい存在感。
そんな“神話的存在”たちが、俺を覗き込んでいた。
《目覚めたか……"アルドラクス"よ》
その声は、言葉じゃなく、頭に直接響いてきた。念話的なやつだ。あなたの脳に直接話しかけています、みたいな。
その声の主——目の前の一番でかい竜が、俺の親らしい。どこか優しげな瞳で俺を見つめていた。
《汝は、真祖竜の血を継ぎし者……古の契約により生まれし、運命の器である》
ええ…なんか急に重いこと言い出したな。
俺、階段から落ちて死んだだけのサラリーマンなんだけど。
前世の死に様からすると、運命値大分低いと思うんだけど、運命の器なんかにしちゃって大丈夫?メジャーリーガーとかを転生させた方が良かったんじゃない?
しかも、その言葉を聞いた周囲の竜たちが「ほう……」「これは……」「新たなる調律の兆しか」って一斉に唸り始めてて、正直怖い。
「えっと……初めまして。アルドラクス……?……です。新参者ではございますが、何卒よろしくお願いします」
俺はとりあえず、卵のカケラに前足を乗せてぺこっとお辞儀した。
まさか生まれて初めての挨拶が、神話級ドラゴンたちへの自己紹介になるとは思わなかった。
《ふむ……すでに言葉を話すか。我が子ながら興味深い。》
《これは魂に刻まれた記憶によるものか?》
《あるいは、魂の特異性か……》
竜達……恐らくは、今世の俺のパパンやママン達(誰がオスで誰がメスなのか見分け付かないけど)は、フレッシュさのかけらもない挨拶をした生まれたての俺の事を何やら分析し始める。
しまった、竜だからって、生まれた瞬間に喋るのは流石に不自然だったのか。大人しくバブーとハーイとチャーンくらいしか喋れないふりをするべきだったかもしれない。
でも、そんな戸惑いの中でも、俺は自分の体が、確かに“とんでもないポテンシャル”を持っているのを感じていた。
心臓の奥に燃えるような力の渦。
呼吸するだけで空間が震えるような感覚。
筋肉の一つ一つに力が満ちていて……軽くジャンプするだけで、空を飛べそうな気がした。
(……これが、真祖竜の力……)
はっきり言って、間違いなく強い。
何より、社畜時代では考えられない程、体調がすこぶる良い。どこも痛くない身体なんて、いつぶりだろうか。自分で言ってて悲しくなるけど。
でも、何より驚いたのは——
その後に始まった“竜社会の儀式”が、俺にとって最大のカルチャーショックとなる。
その話は、また次のシーンで詳しく語るとしよう——
とにもかくにも、俺は今——
真祖の竜として、新しい人生、もとい竜生をスタートさせたのだった。
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