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二十六.じゃんけんにヒントってあるの?

 空がほのかに赤らんで、空を飛ぶカラスが甲高く鳴き、そして、夕方の時刻を知らせるサイレンが空の彼方へと響き渡っていった。

 テレビすらもつまらなくなり、彼とあおいの二人はテーブルで向き合い、何をするでもなくただボーっとしていた。


「もう夕方だね~」

「もう夕方だな~」


 二人は覇気のない声で囁き合い、寂しそうな夕暮れ空を眺めるのだった。

 彼に至っては、今日一日やりたかったことがほとんど潰れてしまい、空しさすら感じさせる横顔を、朝っぱらからやってきた小悪魔に見せ付けていた。


「そーんな顔しちゃってー。しょうがないな、もう」


 あおいは呆れ顔をしながら、そろそろ・・・と口にして姿勢を正した。いよいよ帰るのか!?彼は期待と興奮に胸を高鳴らせる。


「よし、寂しがり屋のあんたのために、夕食をここで一緒に食べていってあげよう!」

「だから、どうしてそーなる!?」


 勝手な解釈で寂しがっていると決めつけるな!と、彼はあおいに苦言を呈するも、彼女から間髪入れず、一人ぼっちのお食事寂しくないのー?と尋ねられて、何も言い返すことのできない寂しがり屋さんの彼であった。


「コンビニに行って、お寿司買って来てよ。あたしはねー、ウニとイクラとカニでいいや」

「そんな高級なネタ、コンビニで売ってねーよ!おまえなんて、カッパ巻きで十分だ」


 彼に注文を付けられて、あおいは呆けたまま、カッパパー、カッパパー♪と、某日本酒メーカーのCMソングを歌うも、途中で悲しくなってしまったのか、せめて納豆巻きにして~と涙ながらに懇願するのだった。

 二人はいろいろと話し合いをした結果、彼のアパートの近所にある寿司チェーン店で、寿司の並を買ってくることで落ち着いた。そうと決まると、次にどちらが買い出しに行くか?という話となるだろう。

 彼とあおいは予想していた通り、お互いに”行ってこい”と命令口調で言い合うのだった。


「ほら、お店もさ、貧相な顔したあんたが注文に来たら、お寿司安くしてくれるよ、きっと」

「余計なお世話だよ!俺なんかより、おまえみたいなひもじい女の方がお寿司をサービスしてくれるぞ」


 部屋中に怒号が飛び交い、取り留めのない言い合いを繰り返している二人。

 このままではただの悪口合戦になってしまうと思い、あおいは彼に人差し指を突き付けて、正々堂々と、”じゃんけん”で勝負しようと申し出てきた。


「じゃ、じゃんけん・・・!?」


 彼の脳裏に忌々しい記憶が蘇ってくる。彼はこれまで、あおいとの”じゃんけん”勝負でまともに勝ったことがないのだ。


「さー、行くぞぉ、じゃーんけーん・・・」

「ま、待て、あおい!」


 ”じゃんけん”は勘弁してほしいとせがむ彼だったが、あおいはそれ以外に方法があるの?と口をタコのように尖らせる。


「それなら人生ゲームで決めるー?」

「・・・いや、どっぷり夜になってから夕飯になるのヤダ」


 紆余屈折はあったものの、他の決着方法のアイデアが浮かばない二人は、やむを得ず、”じゃんけん”勝負、しかも一回勝負で決めることになった。

 ここに来て、情けない表情をしている彼に、あおいはハンデを付けてあげると温情を示すのだった。


「それじゃあ、ヒント出してあげるよ」


 ”じゃんけん”にヒントなんて存在するのか?と、彼は険しい表情で頭を傾げていたが、ヒントがもらえるのはありがたいと、彼はあおいの言うがままに受け入れることにした。


「まず、ヒントその一」


 あおいは声高らかに宣言して、人差し指を天井に向けて突き立てる。彼は緊張のあまり、ゴクッと大きく息を飲みこむ。


「あたしが出すのはぁ・・・。グーか、チョキか、パーのどれかでーす」

「あたりめーだろーが!おまえはそれ以外に、サンカクとかシカクとか出すつもりか!?」


 まーまー、落ち着きなさいと彼を宥めるあおい。彼女は出血大サービスとばかりに、ヒントその二を聞き漏らさないよう忠告した。


「あたしが出すのはぁ・・・。グーとパーを掛けて、それにチョキを足した答えだよー」

「・・・ぜんぜんわからん。おまえ、最初からヒント出す気ねーだろ?」


 結局、まともにヒントももらえないままに、彼はあおいとの”じゃんけん”一発勝負に挑むことになった。

 彼はあおいの顔色を伺う。しかし、彼女のポケ~っとした顔つきから、どれを出すのかまったく読むことができない。こうなったらやぶれかぶれ、これで勝負!といった感じで、彼は固く拳を握り締める。


「じゃあ、行くよ~。じゃーんけーん・・・」

「ポン!!」


 この二人の一発勝負は、文字通り、あいこもなく一発で勝敗が決まった。

 敗者はエビのように背中を逸らせて悔しがり、お財布片手に、部屋から泣きわめきながら飛び出していくのだった。


「あおいのばか~!じゃんけんなんか、大っ嫌いだぁぁぁ~!!」


 こうして、部屋でお留守番をすることになったあおい。彼女はニヤニヤしながら、勝負に勝ったチョキを眺めていた。


「バカだね~、アイツ。グー(0)とパー(5)を掛けて、チョキ(2)足したら、答えはチョキ(2)って、よく考えればわかるのに~」


 ドアを開けっ放しで出ていった彼の後ろ姿を、あおいはピンク色のハンカチをひらひら振って見送っていた。



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