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第一話:そうだ、ドイツへ行こう


「おめでとう求道者(エクスプローラー)。此処が君たちの目的地である始まりの部屋だよ」

「……そりゃどうも管理人。あんたが言うと労いも嫌味にしか聞こえないな」

潔癖なまでに白い光に包まれた部屋の中で、どこか色あせて見える白いスーツ姿の管理人が発した労いの言葉に、まさに満身創痍と言えるほどボロボロな姿の求道者は、何処か疲れ切った老人の様な雰囲気を醸し出しながら言葉を返した。

「ふむ、そう聞こえてしまうか。まぁそれが私だからね、今さらどうにもしようがないさ。まぁ私の事はどうでもよいのだよ。問題は君さ。君は何を求めて此処に来たんだい?」

 両肩を僅かに上げておどけた様子を見せながら管理人はそう言うと、懐から誰がどう見ても年代物だと判別できそうな懐中時計を取り出して、時刻の確認を行いながら目の前の求道者へ向けて問いかけた。

「残念ながら、もう余り時間が無いようだ。君という求道者がこの部屋に来た事によりこの部屋の、いやこの回廊の役割自体が終わろうとしている。勿論、回廊であり部屋である私の時間もあと少しで終わりを迎えるだろう。だから手短に、けれどハッキリと告げてくれ、君は何を求め、何を望み、何を手に入れる為に此処に来たんだい?」

 その問いかけと共に部屋の発する光に強弱が付き始める。ある場所は薄暗くなり完全な暗闇になり、そして急に光が戻りあっという間に目が潰れる程眩しくなる。ある場所は日の上り下りの様にゆっくりと、ある場所は点滅するストロボの様に早く、そのテンポは場所により差異はあったものの部屋のいたる場所でその様な現象が発生していた。

「私はね、気が付けば私であった。この回廊であり部屋であり、そして妨げであり試練である悪魔とも言える、この回廊の管理人であった。求道者の望むモノ、求めるモノ、手に入れたいモノの願いを叶える為の存在。それが私であった。」

 光に合わせるかのように部屋自体が軋みを上げる。暗い場所が縮小したように見えれば、明るい場所は膨張した様に見える。また、部屋の縮小と膨張の繰り返しが激しく、部屋の構造物自体に罅や孔が空き始めていた。

「長い年月、いや最早年月という枠組みでは数える事が出来ない程、私は此処で、私の役割を果たしてきた。この回廊の管理人という役割をね。だが何時頃だろうか、私はある疑問を抱くようになったのだ」

 求道者は部屋の様子を傍目に眺めながら管理人の呟きをただ無言で聞いていた。そこには先ほどまでの疲れ切った老人の様な雰囲気は既になく、まるで死にゆく者の遺言を聞く年老いた戦士の様な雰囲気が感じ取れた。

「何故求道者らはあんなに必死になるのだろうか、とね。私は管理人故か求道者が望むモノが直感的に解るのだよ。だがそのどれもが代替がきくモノや、年月を費やせば成せるモノが多いのだ。残念ながら私には求道者たちが何を望んでいるのしか解らない。望むモノに対する彼らの感情や考えは解らないのだよ」

 部屋全体の光がストロボの様な点滅に代わり、縮小と膨張の激しさが更に増加する。もはや部屋の中は先ほどまでとは異なり、今すぐにでも崩壊しそうなほど不安定であった。

「だから教えてくれ、私にたどり着いた最初で最後の求道者よ。君らは何を望み、何を求め、何を手に入れる為に此処に来たんだい?」

 光の点滅によりもはやシルエットでしか視認する事の出来なくなった管理人の問いかけに、求道者は少しだけ考えを整理すると自らの望むモノを、そして、回廊で出会い別れていった同じ求道者たちの望みを言葉に出来ない思いと共に、出来うるだけ短く、そしてハッキリと管理人へ告げる為に口を開いた。

「――――――――だよ。少なくとも、俺はそう考えている」

 求道者は掠れるような声でそう呟いた。呟くと同時に、彼らの視界は白と黒の闇に塗り潰されるかの様にかき消され、まるでそこには何も存在しないかの様に何も無くなった。




 それはゴールデンウィークの十日前、ある懐かしい夢を見た日の事である。

「そうだ、ドイツに行こう」

 その思いつきにはこれと言って理由は無く、強いて言えばゴールデンウィークが暇である事、新聞の広告に海外旅行の宣伝が記載されているのを読んだ事、テレビのドキュメンタリー番組でドイツ特集が放送されているのを見た事、以上の三つが理由として挙げられる位だろうか。

 まぁ理由など関係なく、兎に角その時は無性にドイツ旅行に行きたくなったのだ。

 幸いというか何というべきか、あまり客の来ない骨董屋を営んでいる身としては、更に客の来なくなる可能性が高いゴールデンウィークに店を閉めたとしても、今月の売り上げにあまり影響しないので海外旅行ぐらいならば普通に行けるのである。

「よし準備をしよう」

 思い立ったが吉日を今年の目標にしているので、行くと決めたからにはすぐさま準備に取り掛かった。

 まずは今度の連休は店を閉める事を常連客連中に伝え、友人や知り合いに連休中は旅行に出る事を伝えた。友人連中からは案の定、何かしら高価そうなお土産を強請られたが、まぁ気が向いたら買うことにしよう。

 次にドイツへの航空チケットを購入し、向こうでの宿泊施設の予約を済ませた。生憎、連休中のツアーガイド付きの旅行プランは満員だそうで、単独での旅行になるが余り気にすることではない。それよりも問題なのは宿泊施設の方だ。宿泊施設はそれなりに立派なホテルを予約しようとしたのだが、そのどれもがもう予約が一杯で泊まることができなかった。やはりホテルの大半はツアー客や団体客に予約されてしまい、個人が止まるような客室は残ってはいなかったのだ。仕方がなく他の宿泊施設を探してみるも大半がもう予約済みであり、最終的には郊外に存在するビジネスホテル並みの安宿しか予約する事が出来なかった。海外ではホテルでも物取りが侵入してくると聞いたことがあるが、大丈夫だろうか。

「まぁその時はその時か」

 その後も準備に奔走するも色々と想定通りはいかず、何とか準備が整ったのはドイツ行きの飛行機が飛ぶ前日であり、何とか無事にドイツへと飛び立つ事ができたのであった。


 そして日付と場所が変わりゴールデンウィーク一日目の午後六時前後、ドイツ首都ベルリンの郊外に存在する何処かの路地裏。

「……ここは何処だろうか?」

 両側を壁に囲まれている影響か、路地裏は嫌に静かで薄暗く、その上放置されたゴミから立ち上る汚臭が鼻を衝いて不快感が増すその場所で、使い古しの黒いボストンバックを肩にかけて片手に空港の売店で購入した地図を広げた状態で、思わずポツリとそう呟いた。

 結論から言うならば、完全に迷子になっていた。

 その原因は少し過去を思い出すだけで簡単に解った。空港に到着し、そのまま観光に行き、主要な観光名所を巡った後、郊外のホテルへ向かう為に少しばかり近道をしようとこの路地裏に入ってしまったのが、迷子になってしまった原因だろう。

「慣れない土地で近道しようなんて考えたのがいけなかったか」

 誰ともなくそう呟いた後、その場に立ち止まって周囲を見渡す。何か路地裏から脱せられそうな目印が無いかどうかを探してみるが、今いる場所はそれなりに狭い路地裏である。路地を形成する建造物に邪魔をされ、目印を探すどころか空を眺める事も難しかった。

 かろうじて収穫と言える様な物があるとすれば、それは進行方向より僅かに喧噪が聞こえてきた事位だろうか。

「さて、どうするか」

 素直に喧噪の元へ行く、という選択肢は存在しない。なぜなら此処は路地裏で、しかも海外なのである。必ずしも出会う人が善人であるとは限らないし、何より路地裏で喧噪を起こすような人物が善人である事自体が薄いだろう。

 それに犯罪に巻き込まれる可能性もある。マフィア、非合法組織、秘密結社などなど様々な組織が海外では普通に存在し、活動している。それにドイツと言えばナチスだ。未だ旧ナチスの残党が活動している等の噂が流れている程であり、もしかすればこんな路地裏でも遭遇する可能性が無いとは言い切れないし、それにこのご時世だ、実在していてもおかしくは無いだろう。

「だが、人がいるという事もまた事実なんだよなぁ」

 おそらくだが、単独でこの路地裏を抜け出すのには相当な時間が掛かるだろう。迷子になったと自覚した時には直ぐに来た道を引き返したのだが、何時間進んでも表通りに帰りつけず、気が付けば此処にいたのだ。それに時刻も遅く夕暮れ時だ。多分、日が沈んでもこの路地裏から脱出する事は出来そうにない。光源となりそうな物を持っていない身としては、街頭の無いこの路地裏で一晩を過ごす事は何としても避けたいのだ。

 故に、どうするか。危険を承知で喧噪の元へ向かうか、それとも危険を避けて来た道を戻るか。

「うぅん、どうしようか」

 出来うるだけ早く決めなければならない事は解るのだが、どうしても悩んでしまう。いや、別に荒事自体は大丈夫なのだ。客の来ない暇な骨董屋を営んでいるとはいえ、これでも親戚の営む道場では剣術を指南する位の腕前は持っているのだ。軍隊規模の練度と人数が来ない限りは負ける気はしないし、勝てなくとも逃げ切れる自信はある。だが、何故旅行に来てまでその様な苦労や危険を負わなければならないのだ、とも考えてしまうのだ。

「でもなぁ、ホテルにたどり着かなくてはいけないし、でも危険はちょっとなぁ」

 うだうだと考え込んでいると、微かに聞こえていた喧噪が少しずつであるが、時間の経過と共にハッキリと鮮明に聞き取れる様になっていく。どうやら喧噪自体がこちらに向かって移動している様で、喧噪に混じり複数の革靴の足音が聞こえてきた。足音からして、喧噪の主たちはこちらに向けて走ってきている様で、ぼんやりとではあるが複数の人影を視認する事が出来た。遅くとも十分前後、それくらいの時間で人影と鉢合わせる事が予想できた。

「あぁもう、仕方がねぇ。悪人だった時はその時だ」

 覚悟を決め、目前にまで迫る人影たちに道を尋ねようと息を飲んだその時、ガラッンという陶器が割れる様な音が頭上で鳴り響いた。

「え?」

 思わず間の抜けた声をあげながら反射的に頭上を見上げると、そこには小柄な何かが現在進行形で落下していた。夕暮れであり路地裏特有の薄暗さで良く見えないが、それでも何故か薄らと輝いて見える銀色の髪と、何処か人形のような美しさを感じる無表情な容姿は、例え夕暮れの逆光や路地裏の薄暗さの中からであろうとも印象深く見て取れた。

 この状況を一言で表すとしたら、そう、空から天使が降ってきた、とでもいうべきか。



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