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地下迷宮の残酷な現実

 通路の奥から、ざわめきが聞える。

 まるで人間のようなケタケタ笑う甲高い声も。

 何かが焼ける匂い。

 小鬼の獣臭い体臭。

 この暗闇の先に小鬼たちの拠点があるらしい。

 大きな呻き声がして、それがブツンと途切れた。

 反転型地下迷宮には『特異点』と呼ばれる、異界と世界との境が極端に薄い地点があり、そこから異界生物が侵入してきているのだ。

 魔導師で編成された地下迷宮探査隊は、こうした特異点に結界を張り、迎撃のための拠点を築く。

 もぐら叩きの様に、異界生物が境を潜ると同時に撃滅するのだ。

 異界生物の供給を絶つことで、地下迷宮探査を容易にするのは基本的な技法だった。

 それを、レマ・サバクタニは一人でやろうとしている。

「国が言う事を鵜呑みにしてんじゃねぇよ、この世間知らずのガキめ。完全に塞ぐのは簡単なんだよ。あえてそれをしないのは、異界生物自身に価値があるからだ。この業界じゃ常識だぜ」

 地下迷宮は国家の管理下にある。

 探索は国家事業だ。

 レマ・サバクタニが言うところの「業界」とは、盗掘業者たちのことだろう。

 ビジネスとして成り立ち、情報交換までしているとは知らなかった。

 たしかに、私は研究室と寮を往復するだけの世間知らずだ。

 世間の裏側を全く知らない。

 知る必要がなかった。

「俺の前に出るな。俺から離れるな。それと、これを鼻の下に塗っておけ」

 小声でレマ・サバクタニが言う。

 じれったいほど慎重に五分ほどジワジワと前進した後の事だ。

 早口で小鬼が私には理解できない言語でしゃべっているのが聞える。

 彼らの拠点は近い。

 レマ・サバクタニが指で掬い取り、掌に馴染ませて口の周りに塗っているのは、クローブを思わせる匂いがする軟膏だった。

 私も言われるままに、鼻の下に塗る。

 かすかにユーカリの匂いもした。

 鼻が詰まって辛い時に胸に塗って、体温で揮発する嗅ぎ薬みたいな感じだった。

 これは、腐乱臭などの悪臭で意識を失わないための措置らしい。

「皆殺しにする。一匹も逃さん。俺は、最深部に行かないといけないんだ」

 まるで、自分に言い聞かせているかのような、レマ・サバクタニのつぶやき。

 焚火と燐光苔で薄明るい小鬼の拠点を睨みながら。

 その眼には、暗い炎が灯っているように見えて、胴震いが走る。

 小鬼より、私は今のレマ・サバクタニの方が怖かった。

「遅れずについてこい。それが出来なければ、死ぬぞ」

 そう言い捨てて、レマ・サバクタニが物陰から走り出る。

 私は必死になってそのあとについて駆けた。

 小鬼たちの叫びが聞こえる。

 レマ・サバクタニが雄叫びを上げた。

 肉塊を串に刺して焼いていた小鬼が、何か信じられない物でも目撃したかのように、ハンマーを振りかぶったレマ・サバクタニをポカンと見ている。

 唸りを上げて、ハンマーが走る。

 小鬼の頭頂から、不可視の装甲被膜を破って鉄槌の先端のヒヒイロカネが食い込み、その重みとレマ・サバクタニの膂力で頭部が熟柿のように潰れた。

 骨組みと布で出来た簡易テントから、ニタニタ笑いながら出てきた小鬼が、その光景を見て固まる。

 ダンと一歩、その小鬼の方向に一歩足を踏み込むと、レマ・サバクタニが横殴りにハンマーを振るう。

 まともに側頭部へ鉄槌の直撃を受けた小鬼は、半ば首が千切れながら吹っ飛んで壁に激突した。

 小鬼が無意識に掴んだか、小屋の布が引かれてビリビリと裂ける。

 中には、柵が作ってあり、家畜が鎖でつながっていた。

 いや、違う。

 あれは、全裸に剥かれた人間だ。


「小鬼に娘がさらわれた」


「悪鬼討伐に向かった民間軍事組織が、行方不明になった」


 そんなニュースが流れることがある。

 暗がりに運ばれてゆく、女性魔導師を私は目撃した。

 彼ら彼女らがその後どうなったか、何も報道されない。

 私は、救助隊が見る風景を見ていた。

「呆けるな、バカ!」

 レマ・サバクタニの拳がゴツンと私の頭を殴る。

 目の前に星が散り、気が付いたら地面に倒れていた。

 ビュンと視界を横切ったのは、矢。

 その矢は、私をぶん殴った手の手甲に当たって甲高い音を立て、折れ飛んだ。

「立って、走れ!」

 足に力が入らず、猿の様に四つん這いになって走る。

 誰かが悲鳴を上げていると思ったが、それは私の悲鳴だった。

 矢を躱させてくれたのは感謝するけど「殴ってどかす」って何?


 『嫌な奴! 野蛮人! ガサツ男!』


 腹が立ったら、吐き気も眩暈も霧散した。

 人が鎖でつながれていた光景も、怒りへと変換する。

 ここは、なんて場所なのだろう。最低だ。


 やっと、普通に走れるようになった。

 頭にはたんこぶが出来ているみたい。

 ズキズキと痛む。

「潮時だ! 後退する! 遅れるな!」

 血まみれのハンマーを担いで、レマ・サバクタニが反転する。

 必死になってその跡を追う。

 奇襲を受けた小鬼だが、最初のパニックが収まると組織立てて反撃を始めたのだ。

 走る。必死で走る。

 だけど、みるみるレマ・サバクタニの背中が小さくなってゆく。

 それと比例して、背後から聞こえる小鬼の声は大きくなっていた。


 ―― 置いて行かれた


 小鬼は私を捕獲するだろう。

 それで足止めになる。

 私は、あのクソ野蛮人の捨て駒にされたのだ。

「死んでやるもんか! 死んでやるもんか!」

 生き延びてやる! そしてレマ・サバクタニに唾をはきかけてやるんだ!

 萎えかけた私の心に生存本能が叫ぶ。

 その瞬間、私は何かに躓いて、派手に転倒してしまった。

 見ると、脛の高さに縄が張ってあるのが見える。


「あ……」


 確実に捨て駒になるように、あの男は仕掛けを施しておいたのだろう。

 行きには気が付かなかったが、先に逃げたあの男が何かやったに違いない。

 十匹ほどの集団が私に追いつく。

 底なしの憎悪に満ちた目が、私を見下ろしてくる。

 もう、それだけで、さっきまでの私の昂ぶった精神は、凍結魔導にでもかかったように冷えてしまった。

「た……たす……」

 命乞いの言葉も出ない。

 そもそも、命乞いなどしたって無駄な相手なのだ。


「そのまま、地面に伏せてろ」


 どこからか、レマ・サバクタニの声。

 思考が停止していた私は、無意識にその言葉に従い地面に伏せた。


 爆発は突然だった。

 私は死角に入っていたようだけど、爆風で飛ばされてきた小石がビシビシと当たってきて、痣らだけになる。

 爆音に鼓膜がおかしくなり、耳鳴り以外の音声は絶えた。

 爆風に飲み込まれた十匹は悲惨だった。

 装甲被膜があるので爆風に傷はつかないが、圧力はモロに受けていた。

 この世の法則に縛られないとされているが、重力や質量はある。

 従って、爆圧の影響は受けるのだ。

 彼らの側面で爆発した『地雷』は、十匹を反対側の壁に叩きつけ、その瞬間に反対側の壁に設置された『地雷』の爆発にもう一度飛ばされる。

 小鬼たちは、表皮は無事でも内臓や骨はタダでは済まなかっただろう。

 私の鉄兜もひしゃげてどこかに飛んで行ってしまった。

 瓦礫と土埃に埋もれた私を、レマ・サバクタニが引きずり出す。

 片手で持ち上げて、私を立たせると、そのままぼーっと立っている私の体の埃をパンパンと払ってくれる。

 見ると口がパクパクと動いているから、何かしゃべっているみたいだけど、私は耳鳴りしか聞こえない。

 だが、ようやく理解は出来た。

 彼は私を捨て駒にしたのではなく、囮にしたのだ。

 確実に敵を爆弾を仕掛けた死地に導くために。

「う……う……うぅ……」

 唸り声が思わず漏れた。

 あまりの仕打ちに怒りが湧き、同時に助かったという安堵感もあって、感情が爆発していた。

 涙が流れ、鼻水まで出ているのが分かったが、構わずレマ・サバクタニを殴る。殴り続けた。

 甲冑に当たって拳が痛いだけだけど、止まらなかった。

 彼は、殴られるままになっていた。

 声は聞こえなかったけど、唇は


 『悪かったよ』


 と、動いた様な気がした。



 遭遇戦と拠点への奇襲、待ち伏せの罠で、小鬼の主力はほぼ壊滅したようで、続く殲滅戦は比較的楽だった。

 小鬼にも個体差があるのが、驚きだった。

「手強いのは、異界から渡ってきた個体で、これは『アルファ』と呼ばれて、群れを率いるリーダーになる。現地で増殖した個体は『ベータ』と呼ばれて、アルファに仕える下位の存在。群れを作る小型の異界生物は、だいたいこんな生態だな」

 やっと聴力が回復した私に、レマ・サバクタニが説明する。

 私は、まだ囮にされたことを怒っていて、ロクに返事をしなかったが話は聞いていた。

「お前は、負傷をなかったことに出来るんだろ? だから大丈夫だと思ったんだよ」

 だからって、私に相談なしに囮にしていい理由にはならない。

「見捨てられるかもと思ったから必死に走ったんだろ? 必死に走らなかったら、勘が良い個体だと罠だとバレちまう。もう、やらねぇから、機嫌直せ」

 まだ生きている小鬼に留を刺しながら、レマ・サバクタニが面倒臭そうに言う。

 この野蛮人は、そういう態度が私のムカムカを助長するって、気が付かないのだろうか?

「私の能力『再起動リセット』は、自分自身には適用しないんです! それに、遡れるのは三百六十五秒までなんです! ロクに私の能力を知らないくせに、アテにしないでくださいっ!」

 思わず、そう怒鳴ってしまって、あわてて口を噤む。

 魔導師の能力は守秘義務の対象。また、口を滑らせてしまった。

「くそっ! そんなに時間が短いのか……」

 人間が家畜の様に繋がれていた場所に足を向けたレマ・サバクタニが毒づく。

「仕方ないでしょ。そういう能力なのだから」

 彼の言い方が気に入らなくて、思わず返す言葉もキツくなる。

 レマ・サバクタニが、ため息をついた。

「救えると思ったのだが……な」

 彼が引きはがした布の中には柵があって、そこに全裸の女性が五人繋がれていた。

 小鬼に捕獲された探査団の女性隊員だった。

「なんで、小鬼や悪鬼が娘をさらうのか? 理由がこれだ」

 彼女らの体には、無数の引掻き傷があり、体中にべっとりと体液が付着している。

 私たちの姿を見ても反応は薄く、中にはケタケタと笑う者もいた。

「異界からこっちに侵入した『アルファ』は、この世界に順応した個体を作ろうとする。それが『ベータ』だ。メスの個体を持たないコイツらは、異種族混交で増殖する。人間の子宮を使って仲間を増やす。遺伝は完全優性遺伝。人間の特性は一切なく、ひたすら小鬼や悪鬼を生むことになる。妊娠期間はわずか一ヶ月。数匹を同時に出産する。理性や思考は邪魔なので、排除される」

 聞いた事がある。

 彼らの体液は、強力な麻薬成分が含まれていて、「食べる」「寝る」「生殖」の三つしか脳に残らなくなるということだ。

 恐ろしいのは、これは異界の毒素であり、解毒剤が存在しないということだ。

 そもそも成分が分からない。これを希釈したものが非合法麻薬として流通しているという噂もある。

 異界生物に科学や物理は通用しない。

 なるほど、物事を無かったことにする『再起動』なら、どんな毒でも関係ない。

 レマ・サバクタニは、それなら女性を救えるのではないか? と考えたのだろう。


「眠らせてやろう。もう、それしかない」


 指をしゃぶって眠っている者、ケタケタと笑う者、意味不明の呻きを漏らしながら私たちに手を差し伸べる者、もう彼女らは救えない。


「俺がやる。耳をふさげ、目をつぶれ、エリ・エリ」


 五度、ハンマーの火薬が爆ぜる。

 私は歯を食いしばり、地面を睨んでいた。

 報道されない地下迷宮の現実。

 それが重く私にのしかかっていた。

 

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