一眼巨人 討伐
巨漢レマ・サバクタニが背負う樽の中で、私は足を突っ張って体を固定し、爆裂矢を射出する連射ボウガンを撃っている。
まともに運動などしたことのない私の両手の筋肉は悲鳴を上げ、多分、筋肉組織に乳酸が蓄積されている。
それでも撃つのはやめない。ひたすらリールを回し続けている。
カジキマグロと洋上で死闘を繰り広げるウッメの様に。
雄叫びは自然と湧き出ている。
遭難当初みたいに、恐怖ゆえというわけではない。
全く怖くないわけではないけど、「死んでたまるか!」という一種の闘志みたいな色合いが強い。
そして今、実験室と自室をトボトボと往復していた頃の自分からは、想像できないほど大きな声で叫んでいる。
思えば私は声が小さく細く、よく「え?」と聞き返されていたっけ。
聞き返されるとなんだか萎縮してしまって「あ、いえ、なんでもないです、はい」などと、モゴモゴと口ごもって曖昧な笑みを浮かべていたものだ。
それが、この野蛮人と旅するようになって、怒鳴り返したり、『一級地下迷宮探索技能士試験合格者』でも避けて通るような危険な敵と戦っている。
いじめでもからかいでもなくガチで私の事を「誰だっけ?」って言った同級生ども。
見ろ! まだ私は生きているぞ! 生きて戦っているぞ!
ガチンと、二十本の爆裂矢が収まっているマガジンを嵌め込む。
「最後のマガジンです、セクハラタヌキ!」
次々と人間の頭大の鍾乳石を投げてくる一眼巨人。
軽く投げているみたいだけど、当たれば致命傷間違いなしだ。
それを、右に左に器用に避けながらレマ・サバクタニがじわじわと距離を詰めてゆく。
「くそ! あの岩投げが厄介だ! 仕方ねェ、多少無理するか」
そんな恐ろしい事を、この筋肉ダルマが言っている。
「もう、矢が無いんですけど!」
「だからだよ……って、何がセクハラだ、貧乳!」
キイィィィまた貧乳って言った!
しかも貧乳のルビがエリエリとか酷過ぎる。私は貧乳の代名詞じゃないもん!
ヒステリックフェミニストのヨーコ・タジーマに言いつけてやる!
プンスカ怒りながら、私は一眼巨人の腕を狙っている。
脚の鎖を解かせないため。そして投球を阻害するため。
装甲被膜の作用で受傷させることは出来ないけど、邪魔することは出来ていたのだ。
左右の動きを混ぜていたレマ・サバクタニが一転、真っ直ぐ一眼巨人に向かって走る。
唸りを上げて、鍾乳石が飛んでくる。
伝説の三塁手シッゲばりに一眼巨人が投球後の手をピロピロとさせているのがキモい。
レマ・サバクタニは避けもしない。
「お前の『リセット』、頼りにしているからな」
鍾乳石が、激突する。
同時に火薬の爆発音。
私が入っている樽のすぐ横で、板状の火薬が爆発した。
燃焼した火薬のカスがポトンと私のつむじに落ちる。
「あっつぇ! って、リセット!」
わぁ! また能力名を叫んじゃった。週刊少年チャンプじゃあるまいし。
肘打ちをレマ・サバクタニの後頭部にぶちかます。恥ずかしさにちょっと力が入ったのか「いて」と筋肉ダルマが言っていた。
それにしても「あっつぇ」って何?
でも「いや~ん、あつ~い」とか言う女、ほんとは熱く感じてないから。『可哀想な私』を演出している腹黒女だから。本当に熱いと「あっつぇ」なんだから。
また、レマ・サバクタニの肋骨が折れていて、それを『リセット』でなかった事にしたみたい。
肋骨程度の受傷なんておかしい。
肋骨どころか脊髄損傷してもおかしくないほどの衝突エネルギーだったはず。
「距離、詰めたぜ。でかした貧乳」
だから、ルビやめろ、セクハラタヌキ。
一眼巨人に肉薄する。
彼奴の皮膚で共生している苔の一種の青臭い臭い。
一眼巨人の荒い息遣いが、鼻が曲がりそうなほどの悪臭だ。ちゃんと歯を磨きなさいよね。
「一撃必殺!」
ダンッとレマ・サバクタニが足を踏みしめる。
振りかぶった、石器時代の打撃武器みたいな鉄槌を支える腕の筋肉がうねった。
ひときわ大きな薬莢……たしか『雲曳』とかいうギミックを作動させるつもりだろう。
そのために、ここまで接近したのだ。
一眼巨人が拳を固めて叩きつけてくる。
もう、レマ・サバクタニは回避しない。
受けて立つ気だ。
「いけえええええ!」
樽の中で足を踏ん張りながら、叫ぶ。
レマ・サバクタニが粉砕される時は、私も粉砕されている。
運命共同体なのだ。
なんとなく、私は某有名機動戦士のパイロットにでもなった気分だった。
操縦桿とかないけど。姿勢を丸めただけですけど。背負われているだけですけど。
鉄槌の尖った先端の謎金属『ヒヒイロカネ』と一眼巨人の拳とが激突する。
その衝撃のなんとすざまじきこと。
体を丸めて対衝撃体勢をとっていなければ、頸椎捻挫するところだ。
無事だった首を少し傾けて、肩越しに背後を見る。
バンバンと、鉄槌の裏の薬莢が弾けて、一眼巨人の腕を縦に裂いてゆくのが見えた。
また、樽の脇にある板状の火薬が弾ける。
これで、わかった。
レマ・サバクタニは、背中の火薬を推進剤として使っているのだ。
もう一つ分かった。
『爆発反応装甲』
これが、二度にわたり致命的な一眼巨人の打撃を軽減した秘密だろう。
敵の打撃のインパクトの瞬間、加えられる力のベクトルと正対する方向に火薬を爆発させ、打撃を軽減させる仕組みだ。甲冑に嵌めた鉄板は、火薬を仕込んでいたというわけね。
ただ、これだけだと、レマ・サバクタニは後方に吹っ飛んでしまうので、背面の火薬を爆発させ、発生した運動エネルギーを相殺させている。
私が定期購読している『楽しい物理学』の「旧世界で研究されていた珍兵器」特集で『爆発反応装甲』の事を読んだ記憶がある。なかなか面白い特集で『パンチャンドラム』とか、お馬鹿すぎて最高だった。
こうした珍兵器の知識を知っていたのかどうかわからないけど、レマ・サバクタニはそれを活用した。
爆発反応装甲は、着火の仕組みが難しいのだけど、彼の静電気「パチパチ君」なら解決できる。
これは、たった一人で大物と戦うための仕組み。
レマ・サバクタニはずっと単独で戦ってきたのだ。
樽の脇の推進剤が爆発する。これは、彼の「踏み込み」だ。
一眼巨人の腕は裂け、胸に鉄槌が押し付けられている。
せわしなく一眼巨人の眼球が動いていて、悲鳴らしき咆哮が上がっていた。
鉄槌中央の『雲曳』が作動する。
爆発。
閃光。
轟音。
スポンジにナイフが刺さるかのように、装甲被膜を突き破って一眼巨人の背まで尖った先端が突き抜ける。
レマ・サバクタニの巨体をもってしても鉄槌の勢いを殺すことが出来ず、まるでハンマー投げのアスリートのムロフーシ(ゲイ疑惑のあの人)みたいに、彼は回転する。靴底と地面が擦れて、ギャリギャリと音を立てていた。
私はまた、樽の中でシェイクされて、たんこぶだらけに。
鼻をぶつけたらしく、鼻血まで出している。美少女(自称)台無しだ。
視界にヒヨコ再登場で、今度はオクラホマミキサー踊ってるし。
ズズンと地響きを立てて、一眼巨人が倒れる。
ヒヨコを透かして、ごっそり胸をえぐられた一眼巨人が見える。
―― 倒した?
まさか、『一級地下迷宮探索技能士試験合格者』五名以上で、攻撃型甲種魔導師がいないと交戦を避けるべしと交戦規定で定められている危険な相手を?
「両肩と両肘が外れたんで、直してもらえませんかね?」
だれんと両腕を下げて硝煙が上がるハンマーを取り落したレマ・サバクタニが言う。
小型の大砲並みの爆発を生身の両手で支えたのだ。無事ではすむまい。
だけど、私の『リセット』があれば、大丈夫。
そんな事なかった状態まで巻き戻せる。
「やるじゃん!」
ヒヨコをすかして、レマ・サバクタニの頭頂に狙いを澄ましたチョップをお見舞いする。
地面がぐるぐる回っていたけど、私は「最高にハイ」ってやつになっていた。
ズタズタになった彼の両腕が、『リセット』で巻き戻る。
元の状態に戻ったか確かめるように、レマ・サバクタニが手を握ったり開いたりしている。
「不思議だな。こんな能力初めて見たぜ。似た様な能力は見たことがあるがね」
ようやく、マイムマイムを踊っているヒヨコが消えつつある私の耳に、そんな声が届く。
「似た様な能力って?」
地面のハンマーを拾い上げて、肩に担ぎレマ・サバクタニが一眼巨人に近づく。
「時間を『巻き戻す』んじゃなくて、『固定』する能力だよ。ソイツは、『大特異点』を固定し続けているらしいぜ」
硝煙漂う樽型背負い子をレマ・サバクタニが下ろす。
私はそこから這い出た。
袖口で鼻血を拭う。
「ヘッドギア作った方がよさそうだな」
私を見て、レマ・サバクタニが水筒とボロ布を投げてよこした。袖じゃなくて、これで鼻血をこれで拭きなさいということらしい。
受け取り損ねて地面に落ちる。私の運動音痴を甘く見てはいけない。
「大特異点って、あんたが探しているっていう……」
「そうだよ。俺は何としてでも、大特異点を潜らんといかんのだ」
そう言って、レマ・サバクタニが腰の短刀を抜く。
先端がとがってきゅっと湾曲した短刀。武器というよりは、獲物を捌く狩猟ナイフみたいな代物だ。
それで、一眼巨人の腹部を裂く。
「何やっているの?」
グロいんですけど。
「決まってるだろ、採取だよ。コイツは異界から侵入した個体しかないから、大量に魔導結晶が採取できるんだよ」
異界生物の腎臓にあたる部分に出来る結晶が『魔導結晶』。
魔導技術との相性がよく、媒体として様々に利用される物質だ。
希少な物質ではないけど、その加工技術が秘伝とされ、国家の独占となっている。
この魔導結晶がないと、大好きなウッメの釣り番組も、鯉軍団が大活躍して連戦連勝する(……といいなぁ)ナイター中継も見ることが出来ない。
でも、無許可で採取って犯罪じゃない? と思ったけど、レマ・サバクタニは違法に魔導結晶を採掘する犯罪者だったっけ。
ちなみに、『国家反逆罪』級の重罪です。懲役二十年以上、場合によっては死刑もありえるほどの。
「大きな結晶発見。これで、黒字だぜ」
血でぬらぬらと光った手を一眼巨人の腎臓から引き抜く。掌には、赤子の頭部ほどの結晶が掴まれていた。
レマ・サバクタニの悪相がにんまりと笑う。
怖い……




