ぷりーずふぉろーみー
年が明けた。
2014年である。
年が明けたからといって、別段代わり映えする生活などなく、新年だからといって、食べられるご馳走なんてないのである。
だから、いつものようにカップ麺をすすりながら、いつものようにサチの剥いたていねいにすじのとってあるみかんを一房ぶんどり、いつものようにぐうたら布団で過ごしたりしていた。
仕事のある日は基本きちんとした生活をおくるが、特にすることのない日まで気張ったりしない。
適当に生きている。
食費は無駄にかさむようになったが、まあその分ぼくが食べないので別に問題もない。
浮いた時間は自分で書いている物語の執筆に当てたりしながら、未だに初詣にも行かずだらけきった毎日を送っている犬神なのであった。
「先輩、Twitterはじめました!!」
と、あれからなんとなく居着いているこだまがよく分からない報告をしてきたのは、そんなぐうたらな昼前の、遅すぎる朝ごはんのおりであった。
「ふうん」
粉末のコーンスープをお湯でといてかきまわしながら、ぼくは適当に相槌を打った。
コーンスープというものは、粉にお湯を注いでからの数秒間が大事なのだ。完全にとけないで下の方にダマになって固まると、なんだかよく分からないウニョンとしたものが浮かんでいけない。
全身全霊を傾けて、ぼくはコーンスープを混ぜていたのである。
べつにこだまのTwitterの話を聞きたくない訳じゃない。
「先輩のアカウント、教えてほしいな、なんて」
「ん、ヤダ」
ようし。うまく混ぜれた。
さささ。いただきまー
「なっ、何でですかっ!!?」
スプーンをほくほくと手にとったぼくの目の前に、ずずい、と大きな目にたっぷりの涙をたたえたこだまの顔がアップになる。
「先輩、わ、私のこと、キライ……なんですか?」
男のような短髪だが、整った顔立ちで鼻すじもよく通っていて、隠さない好意でもって上目遣いに涙ぐんでくる。
普通の男だったらおそらく瞬殺どころじゃないんだろうな。
でも、悲しいかな、ぼくは犬神の空羅なのである。
食べることを阻害されたりすると、食べる気をなくす。
よって、スプーンをコトリとちゃぶ台において、のそのそと立ち上がって……。
布団に潜って寝た。
「って、待ってください先輩!!? いくらなんでも私の扱いが雑すぎませんか!!?」
ゆさゆさと掛け布団の上から悲痛な叫び声をあげるなんともやかましい後輩に、ぼくは寝返りをうって心底嫌そうな眼で優しく見つめ返してあげる。
「プライベートだから却下で。公私混同はしない主義なんだよねえ」
「私との付き合いは仕事なんですか!!?」
「まあ……望んではいない……からねえ」
「そんなところで微妙な優しさで口ごもらないで下さい……!!」
とうとうさめざめと泣きはじめる後輩が嗚咽するのどの音や、掛け布団に顔をうずめて泣いたりしている音が絶えないこんな正月早々、Twitterのフォローなんかできるわけがないだろうというのに。
実はその本音の部分が中々分かってもらえなくて、ぼくは困惑していたりいる。
別に好きとか嫌いとかじゃないんだよ。
むしろ、ぼくも一応、オトコノコなんだよねえ。
こんな状況で、目の前ではじまるかもしれないカオスなんかは、できる限り排除してしまうに限る。
草食は草食だけど、それは一応そうあろうと努めるぼくの芯なのだから、揺らぐことがないなんて言い切れないんだもん……。
ぐうすかと狸寝入りを決め込んでいると、「ぐ、む、うううう」と悔しそうな唸り声をあげて、こだまがばしんと布団を叩いて隣の部屋へ消えて行った。
「もういいです!! 先輩のッバーカバーカ!!」
「ほいほい……」
ぼくの扱いもあんまりだろうよ……。
と思わないでもなかったが、よく考えてみるといつものことである。この際気にしないことにして、都合よく今回は立ち消えになったが、いつも孕んでいるこの危険をうまく回避できてよかったなあ。
と、ぼくは布団の中で鼻歌まじりに執筆をするのだった。
それから数十分が経って。
『テロリーン』
お。誰かからフォローされた?
『テロリーン』
お……ダイレクトメールまで来た。
ーー『こだま』さんからフォローされました。
ーー『はじめまして。こだまと申します。ただいま大好きな先輩のお家にいます!! でも、でも、どうしてつれないのかなあ……私、寂しいなあ……≧∇≦)チラ』
「……ふうん」
リム、ブロ、っと。
ガッターン!!
おわ。襖が吹っ飛んだ……。
「な、ん、で、ですかああああああああ!!!」
真っ赤になって怒りながら掴みかかってくるこだまの狂乱の声に、びくりとサチが飛び上がる。
ぼっふー、と布団にダブルニードロップを叩き込んだこだまは、容赦のない愛の恐ろしさには気づいてくれていないご様子である。
「な、ん、で、わた、私のことを、そんなにも邪険にするんですか? なんで、一緒にいちゃダメなんですか!? なんで……ッ」
ボスボスと布団に拳を叩き込むこだま。
その目尻からは、またここ数日間と同じように、涙の筋が伝っていた。
届かないのは、何だってんですか……?
キモチ?
コトバ?
ココロ?
キョリ?
分かんないですよ。
……教えてくださいよ。
……こっち向いてくださいよ。
なんで……ッ!!
「なんでまたいつの間にか……居なくなってんですか……?」
穴だらけで羽の舞う布団の上で、空っぽの布に紛れて、こだまの言葉だけが消えずに残った。
犬神の姿は、そこにはもう無かった。
タブレットが欠けて割れて、さっきまであったハズのiPodはなかった。
息のきれたこだまに、酸素が回ってくることはなかった。
「あれ、ヌシサマお仕事行ったんだね〜」
「……え?」
サチがあげた、能天気な声に、反応できるようになるまでにも、こだまは数秒を要した。
行き場のない嗚咽を、飲み込むための数秒。
「んっとねー。ヌシサマがお仕事に行く時は、やっぱり急にいなくなるんだけど、でもホラ、新しい呪がかかってるの」
スン、とサチは空気の匂いを嗅ぐように、顔を少し持ち上げた。
「……?」
こだまもいぶかしげに顔をあげると、低く唸るような音が、残り、共鳴して、部屋中に新しくこびりついているのに気がついた。
〈我、犬神の名の下に命じ祈らん。このもの達を守り給え慈しみ給え。このものたちに縄張りの加護を与え給え〉
低く低く、力を持った言霊の鳴動。
そこにはいないのに、いるつもりもないのに、慈しむ言葉。
握りしめた拳に、熱がこもっては熱く胸の中を凍てつかせる。
「あんの……バカ犬……!!」
ギリ、と噛み鳴らした犬歯の軽い疼き。
青ざめる頬の火照り。
なんなんですか。
なんなんですか、本当。
なんで嫌いにさせてくれないんですか。
ギリギリと噛み殺した思いが、胸の内で爆ぜて痛い。
いいですよ。
ふんだ。そっちがその気ならいいんですよ。
こっちだって強硬手段にでるしかないんですからね!!
「……フン、分かりました。もういいです。サチちゃん、お出かけしよう。まだ初詣にも行ってないんでしょう?」
「え、おねーちゃん……? う、うん? い、いいけど……」
バサア、と黒いロングコートを男勝りに羽織り、送り犬の目には明るい闇の炎が煌めいて揺れた。
「うんと力の強い神様のとこ、いこっか」
「う、うん? な、なんで?」
「美味しいもの、今年はいっぱい食べれますようにってお祈りしにいかない?」
「ほっ、ほわああああ!! いく! 行きたい!!」
「フフ……じゃあ、一緒に行こっか!!」
「うん!!」
きゅ、と差し出された手をつないで、送り犬はある意味はじめての営利誘拐まがいの興奮を、高揚感に押し隠して玄関の外へ座敷童を連れて飛び出した。
この子は、先輩の子。
で、あのバカ犬に育児なんかできるわけないもん。
ひっ、必要、なんだもん。
これはたぶん、絶対、間違いないんだもん……!!
「お、おっ……お母さん、かぁ」
「ほえ?」
「ふあっ!!? な、なななななんでもないよ気にしないで!!?」
「う、うん……?」
たくさんのハテナマークを飛び散らかしながら、こだまは妖道を通って、とある神の社へ向かっていた。
そしてそれは、あの犬神の、こともあろうに直属の上位神で親でもある、木花咲耶姫神の元へ、向かって行ったのであった。
「ふっ、ふあっくし!!」
ズズー、とあれから何度目かのくしゃみをかましながら、その頃の犬神は仕事の制服に呑気に着替えていたりするのであった。
「な、なんか無性に嫌な予感がする……?」
ブルルル、と寒気のする肩を震わせて、裸の腕に袖を通す。
この勘がまさか当たるなんて、思ってもみないから、お気楽な犬神の安定の不安定さ、である。
2014年、犬神はやっぱり、草食なままなのであろうか 笑
つづく




