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教会支援部屍鬼対策課アメリ・パルツァーの手紙  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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4話 ベッケル夫人の話

「概要は」

 マクシミリアンから唐突に言葉をぶつけられ、アメリは急いで、胸に抱えた書類をめくりながら説明をした。


「6月7日の午前中のことです。当該女性であるベッケル夫人は、頭痛と眩しさを訴えました。その後、ひとりでは歩くことができず、メイドに支えられて寝室に入ります。そのまま様子を見たのですが、頭痛とめまいは収まらず、さらにひどい状況となり、夜間、往診に来た医師が顔色を見ようと手燭てしょくを近づけたところ、錯乱。光に怯えて大声を上げたかと思うと、そのまま絶命しました」


 アメリは、ぱらり、とページをめくり、マクシミリアンたちに見えるように広げた。


「医師の所見です。死因は脳溢血のういっけつ。亡くなる直前にベッケル夫人を診たところ、脳が障害を受けた時に現れる、特徴的な『より目』があった、と。感覚過敏や、頭痛、運動機能障害を合わせて、脳溢血ではないか、とのことでした」


「なるほど」

 マクシミリアンは頷き、先を促す。


「その後、遺体を寝室に寝かせたまま、家族は1階のリビングに移動します」

「寝室は2階だった、ってこと?」


 リアムが尋ねる。そうです、とアメリは頷いた。


「家族は司祭に連絡をし、『そうだ、親族にも葬儀の相談をしなければ』と話し合っていたころ」




 二階から、物音が聞こえたのだという。




 最初は、みしり、という床が軋む音だったそうだ。

 風でも吹いたのか、と、家人たちは口を閉じ、窓を見た。


 カーテンを引いているので、外の様子を窺うことはできないが、それでも庭木が揺れている様子も、窓ガラスが震えることもない。



 みしり、と。



 だが、その音は続く。


 みし  、  みし  、  みし  、  みし。


 次第に誰もが天井を見上げた。天井からぶら下げた照明器具が、音に合わせてゆらゆらと揺れる。軋みに合わせて舞う埃がちらちらと光る。


 音は、二階から聞こえ続ける。


 みし、みし、みし、みし、みし。


 それは。

 移動している。


 家人たちは顔を見合わせた。

 全員がそろっている。


 では。

 誰が。



 二階で歩いている、というのか。



 みし 、 と。


 軋みが止まる。


 場所的には扉だ。


 寝室の扉。


 その前で。



 みしり、と。



 音は止まる。

 家人たちは息を飲む。




 だん、だんっ! だんっ!! だだだだだあんっ!!



 次に、屋敷内に響き渡ったのは、怒涛の破壊音だった。



「どうやら、屍鬼化したベッケル夫人はドアノブの回し方を忘れたようで、体当たりでぶちやぶ……。あれ、どうされました」


 アメリはきょとんと、リアムとマクシミリアンを見た。

 いつの間にかリアムがマクシミリアンに抱き着き、マクシミリアンも黙ってされるがままになっている。


「……うるさい……。お、お前の……、語りが恐ろしすぎて……」

「どうしよう、王子。夜、トイレに行きたくなったら、どうしたらいい?」

「屍鬼化したんですか?」


 ロイが苦笑いで尋ねた。


「家人たちは破壊音に恐れをなして屋敷を飛び出すのですが、そのとき、二階から自分たちを追って来るベッケル夫人を見た、と。まるで鬼のような形相だったとか」


「被害者は? 出なかったのか」

「夜間担当のメイドがひとり行方不明とのことです」


 ふうん、とマクシミリアンが呟く。アメリは続けた。


「ベッケル夫人は、脳に障害を受けてからの絶命。その後、覚醒しました。報告を受けた教会は、これを屍鬼化した、と判断いたしました」


「やだなぁ。外に出ちゃったんじゃない?」


 うひい、と変な声を漏らした後、リアムが尋ねた。今度は、ネモに抱き着いている。こんなのが本当に浄化師なのか、とアメリは不思議だ。


「いえ。葬儀の打ち合わせのためにやってきた司祭が寸前のところで結界を張り、屋敷に閉じ込めているそうです」


「それが、6月7日夜」


 落ち着きを取り戻したマクシミリアンが独り言ちる。


「そうです。3日前の話ですね」


 王都に連絡が来るや否や、アメリは早馬を用意され、鞍に座らされた。駅舎ごとに馬を交代させて昨日、ヘーベル領に入り、役人たちと共に王子一行を迎えるべく準備を整えたところだった。


「なるほど、それでは向かうとするか」


 マクシミリアンは椅子から立ち上がる。

 ロイは背筋を伸ばし、リアムは指でアイコンを出した。するり、とネモが四つ足で立ち、飼い主を見上げる。


「は? え? あの、どちらに」

 おもわずアメリが尋ねた。


 マクシミリアンたちは、つい一時間ほど前にこの屋敷に到着したのだ。


 彼らの随行員には、細かなマニュアルが渡される。それに沿って夕食や風呂、隅々まで手入れをした寝室を用意していたのだが。


「浄化師が行くところと言えば、ひとつしかなかろう」

 マクシミリアンは眉を跳ね上げた。


「屍鬼のいるところに案内しろ」


 命じられ、アメリは慌てて頭を下げた。



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