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教会支援部屍鬼対策課アメリ・パルツァーの手紙  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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12/13

12話 ずっと最前線だよ

「誤解といえば、おれもそうだな」

 しばらくの沈黙の後、マクシミリアンは愉快気に笑った。


「お前は莫迦ばかなんだと思っていたが……。あの、試験管は効いたな」


 屈託なく笑う姿に、アメリはほっとしつつも、意識して不機嫌そうな顔を作って見せる。


「莫迦だけは余計ですよ」

「〝すぐ死ぬ要員〟だと思っていた」


「勝手に人を殺さないでください。私は弟にお土産を買って帰る、って約束したんですから」

「そのことだっての」

 

 声を立てて笑ったものの、肋骨に響いたらしい。「いてて」と顔をしかめつつも、アメリを見上げた。


「ロイとは、にんにくや玉ねぎに含まれているなんらかの共通成分が屍鬼に有効なんだろう、とは話してたんだ。じゃなきゃ、こんなにちまたに広まらないからな。お前、どうやってあの試験管の水を作ったんだ?」


「いろんなものを水蒸気蒸留したんですが……。途中、やっぱり匂い系は揮発きはつしちゃうんで……。精油とかも考えてみたんですけどね」


 腕を組み、当時のことを振り返る。事務所内に悪臭を立ち込めたことで指導官にしこたま叱られた話をすると、マクシミリアンはまた、腹を抱えて笑った。


「教会支援部のやつらなんて、宿泊準備しかできない無能だと思っていたが……」


 うっすらと目元に涙を浮かべてマクシミリアンはアメリを見た。泣くほど笑うことか、と、むっと来たのだけど。


「今回は助かった。ありがとう」


 そういって微笑む顔は、目を瞠るほど美しい。

 声を失い、吸い寄せられるように彼を見つめていたアメリだったが。


「失礼します。殿下」


 ノックの後、扉が開いてロイが入室してきたことによって、ようやく我に返った。


(やばい、やばい! なに見惚れてんのよ!)


 両頬を手で包み、なんとなく顔を伏せる。


「廊下まで声が聞こえていたので……。もう大丈夫ですか?」

「ああ。どうした。まだ交代時間じゃないんだろう?」


「ええ。さっき、急使が」


 ロイが足早にマクシミリアンに近づき、封筒を手渡した。アメリも両頬を掌で隠したまま、ちらりと封筒を見た。


 教会の封蝋。


 マクシミリアンは無言で封を開き、便箋を取り出した。さっきまでアメリが使っていたランプを近づけ、ロイはマクシミリアンの手元を照らす。


「サムソン領か」

 ぽつり、とマクシミリアンは呟く。


「王都への帰り道でもありますし、この領から近いために連絡が来たのでしょう」

「赤毛が関与している可能性も無きにしもあらずだな」


「結局、屍鬼を手に入れてませんからね」

 主従は顔を見合わせると、無言で首肯し合った。


「このままサムソン領に向かおう。返事を」

「承知しました」


「え。次の任務ですか?」

 アメリが尋ねると、ロイが目元をやわらげた。


「そうだね。サムソン領に屍鬼が出たらしい」

「じゃあ、新たな担当者が現場にいるでしょうから……」


 明日の朝、お役御免、ということだろう。


 ほっとしつつも。

 なんだか、このままマクシミリアンたちと離れるのも寂しい気がするから不思議だ。特に、大型犬のネモは可愛かった。守ってもくれたし。


 そんな風にしみじみと考えていると。


「なにを言っている。お前も同行しろ」

 きっぱりと命じられて、アメリは目を丸くした。


「いやあの……。そう言われましても、サムソン領にはもう、新たに屍鬼対策課職員が入っていると思いますが……」


「断れ。帰らせろ」


 マクシミリアンは便箋を封筒に戻すと、ロイに突き出した。


「うちはアメリでいい」

「いやいやいやいやいやいや!」


 ぶんぶんと首と手を横に振り、アメリは拒否した。


「とりあえず、一旦家に帰らせてください! 弟も心配だしっ」

「だったら、誰かこいつの家に行って、弟の様子を見てこい、と命じておけ」


 マクシミリアンは立ち上がり、手を天井に突き上げてゆっくりと伸びをする。


「おれはアメリがいい」

 ロイはそんな彼を見て、深々と頭を下げた。


「かしこまりました」

「ロイさん、かしこまらないで!」


 泣きそうになりながらアメリは訴えるが、ロイに、くすりと笑われた。


「随分、殿下のお気に入りになったんですね。焼けちゃうなあ」

「まったく焼けません! 焼けたくもない!」


 必死に否定していると、右手首を不意に握られた。


 なんだ、と思った時には、ぐい、と引き寄せられ、気づけばすぐ間近にマクシミリアンの端正な顔があった。


「お前、いま自分がどこにいるのか、わかっていないな?」


 右手首を握られ、腰に腕を回された状態で、アメリは微動だにできず、マクシミリアンの顔を見つめた。


 青い瞳が近づく。きれいに三日月をかたどる唇がゆっくりと開いた。淡く、紅茶の香りがする呼気がアメリの頬を撫で、顔が熱くなる。


「ど……、どこって……」


 つい意味もない言葉を吐いた。

 マクシミリアンが意地悪気に、片頬をゆがめて嗤う。


「まだ、最前線だよ。おれといる限り、ずっと最前線だ」


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