11話 屍鬼化の原因
◇◇◇◇
ランプの明かりで報告書を書いていたアメリは、寝台が軋む音に手を止めた。
椅子をずらして振り返ると、マクシミリアンが上半身を起こし、包帯の巻かれた額を不機嫌そうな顔で触っている。
「お目覚めになられましたか」
立ち上がり、側によるとサファイア色の瞳をすがめて見つめられた。
「ロイは?」
「交代で休んでいます。あと一時間後には、こちらに来る予定です」
時計は深夜1時を指している。ロイと交代した後、アメリは朝まで眠るつもりだった。
「リアムは」
「王子の決めた時間だから、と、ベッドに」
「ならいい」
ぶっきらぼうに返事をし、ベッドから足を下ろす。途端に身体が痛んだのだろう。柳眉が寄る。
「額の傷は三針縫っています。骨折はありませんが、ひょっとしたら肋骨にひびがはいっているかも、と医師が」
ぶん回されて壁に叩きつけられたのだ。これぐらいの傷で済んで御の字だろう、とアメリは思うが、本人は面白くないらしい。
「最悪だ。怪我はする、赤毛は取り逃がす」
ぶつぶつと言い、周囲に視線を彷徨わせている。
「なにか飲みますか? えっと」
「それはロイが用意したものか」
食い気味に尋ねられ、アメリは面食らったものの、サイドテーブルに歩み寄り、ふたつのゴブレットを持ち上げた。
「そうです。用意してくださいました。冷ましたお茶か、ワインがありますが」
「どっちでもいい」
ぶっきらぼうに言い放たれた。さて、どうしようとアメリは自分の両手を眺め、なんとなくお茶の入ったゴブレットの方を手渡した。
マクシミリアンは床に足を下ろすと、何も言わず、一息に中身を呷る。
「……あの」
はあ、と息を吐き、額に片手を当ててうつむくマクシミリアンに声をかけた。
「なんだ」
その姿勢のまま返事が来る。
「何も知らずに……。いろいろと無神経なことを言いました。本当に申し訳ありません」
アメリは頭を下げた。
「ロイさんからお聞きして……。その、王妃様のことや、みんなの境遇のことを……」
「なんだ」
アメリの話をぶつりと断ち、マクシミリアンは小さく笑った。そっと顔を上げると、彼は相変わらず姿勢を変えていない。
「お前が、莫迦みたいに屍鬼の罠に引っかかったことかと思った」
「そ……、それもあわせまして……」
脂汗をにじませながら詫びると、くすり、とまたマクシミリアンは笑った。
「そういえば、お前は、屍鬼になる前提として、脳の機能障害による心停止をあげていたな」
両手で包み持つゴブレットを覗き込むようにして、マクシミリアンは言う。
「ええ。そう……、ですね」
記録を読む限りでは、例外なくそうだ。頭痛や視覚異常を訴えて昏倒。心停止し、屍鬼化して覚醒する。
「飲み物に入っていることが多い」
ぽつり、と言われてアメリは目をまたたかせた。
「なにが、ですか」
「寄生虫だ」
ん。何の話だ、と戸惑うアメリの前で、マクシミリアンはうつむいたままだ。
「教会のやつらは認めないが……。屍鬼化する原因は、おそらく寄生虫」
「きせい……、ちゅう」
呟くアメリに、マクシミリアンはぞんざいに頷き、続ける。
「寄生虫は飲み水や傷口から体内に入り、血管に移動する。そのまま血流にのって脳に到達。そして、臓器の機能不全を起こさせ、宿主を意のままに操るんだ。寄生虫にとって、宿主の自由意思程、邪魔なものはない。だから、まず脳に住み着き、乗っとる。そして、肉体を操り、移動させる。あいつらが〝我が主〟と呼ぶ化け物のもとに。捕食させるために」
ゆっくりとマクシミリアンは顔を上げた。サファイアに似た瞳がアメリに向けられた。
「母上もそうだ。あの晩、赤毛のメイドがお茶を運んできた。母上はそれをお飲みになり、おれに聖書を読み聞かせようとした。寝る前、いつもそうするように。だが、その後」
ひとつ、息を吸い、小さくマクシミリアンは呟いた。
「屍鬼化した。殺したのはおれだ」
アメリは黙ったまま、奥歯を噛み締める。なんと言えばいいか分からない。ぽつぽつと語り続けるマクシミリアンを、ただただ、見つめるしかできなかった。
「寄生虫に気づいたのは、ロイだ。あいつは屍鬼化の原因を探っていた。なぜ、死体が移動するのか。なぜ、その動きを止めようとすると狂暴化するのか。原因は、脳だと気づいた。お前が言うように、屍鬼化した人間は、全員頭痛を訴えるからな」
マクシミリアンは両手でゴブレットを弄びながら、淡々と続けた。
「ロイは屍鬼の頭を割り、脳を徹底的に調べ続けた。結果、寄生虫を見つけたんだが」
ふふ、と端正な顔に苦笑いを浮かべた。
「狂人として捕縛され、一生投獄されるところだった。だが今、おれの力になってくれている。リアムも似たようなものだ。あいつは犬に特殊な訓練を施し、屍鬼をみつけてはその訓練の対象にして食い殺させていた」
マクシミリアンは目を細め、アメリを見上げた。
「お前が詫びるような人間じゃないんだ、おれたちは」
ふ、と彼の唇が緩む。
「同情されるような価値もない」
「同情なんかじゃありません。それに、あなたがたは酷い人でもない」
咄嗟に口から言葉が飛び出す。
「酷い目に遭った人たちだった。傷ついた人たちだった。それなのに、私も含めてみんな誤解していて……」
こぶしを握り締め、目元に力を込めた。何故だか泣きそうだ。
「一生懸命な人だったのに……」
宮廷での評判は散々だ。
こらえきれず、涙が頬を伝う。慌ててアメリは拳でぬぐうと、細かく震える唇を噛んだ。




