10話 王子と浄化師たちの絆
◇◇◇
その日の晩。
宿泊先として用意した屋敷の食堂には、アメリとロイ、リアム、ネモがそろっていた。
「先に、いただきましょうか」
重たい空気を和らげるように、ロイがアメリとリアムに笑いかける。
「そう……、ですね」
ちらりとアメリは食堂の扉を見た。
軽い脳震盪で倒れたマクシミリアンは、治療をして寝かせている。
傷を縫った時に使用した麻酔のせいか、すでに5時間が経過しているが、まだ目覚める気配はなかった。
「ぼくはともかく、リアムに時間通りご飯を食べさせてなかったら殿下に叱られる」
ロイが隣に座るリアムを見て目を細める。
席に着いた三人の前には、パンやスープ、鶏肉のソテー。それにちょっとしたサラダが添えられていた。
随行員として資料を渡された時、マクシミリアンたちは、食事の時間にうるさいと書かれていた。そして、三食絶対用意しろ、と。
なので、この非常時にどうだろうと思ったのだが、コックには「時間通り」と連絡して食堂に集まってもらったのだ。
さっきのロイの発言から考えるに、まだ十代前半のリアムに配慮したマクシミリアンの命令だったと知る。
「……じゃあ、ネモにも用意する」
しばらく迷っていたものの、リアムは椅子から立ち上がり、足元で寝そべっていたネモを連れて部屋の隅に移動した。そこに置いた麻袋を探ると、ネモが激しく尾を横に振っている。食事の時間だと気づいたのかもしれない。
「王妃のことですが」
ごはん、ごはん、と歌いたげに前脚をかちゃかちゃ言わせているネモを見るともなしに見ていたら、向かいからロイが話しかけて来た。
「はい」
なんとなく背筋を伸ばし、膝の上で丸めた拳を揃える。
「殿下が6歳の時でした。屍鬼化したため、頭部を破壊して永遠の眠りに……。そのため、遺骸を公開することができず、対外的には『伝染性の病で亡くなった』と公表しています」
昼間出会った屍鬼の話を信じるならば、その頭部を破壊して永遠の眠りを与えたのはマクシミリアンということになる。
「殿下が行った《《処置》》については、陛下もご存じです」
なんと言えばいいのか、とためらっていたら、ロイがさらりと告げた。
「あの日、寝室には王妃と殿下がいらっしゃいました。そこに赤毛の屍鬼がやってきて、王妃を屍鬼化したのです。詳細については、我々も知りません。当時、わたしは殿下の護衛官ではなかった。それに」
ロイはテーブルに両肘をつき、指を組み合わせて小さく肩をすくめた。
「わずか6歳の子にそれを聞くのは酷というものでしょう」
その子は自らの手で母であったものを弑したのだ。
アメリは唇を引き絞り、奥歯を噛み締める。
「殿下は一番正しいと思われる行動をとりました。それは、王室を守り、王妃の矜持も守ったのです。それは陛下もご存じです。ですが、納得するかどうかはまた別の問題なのでしょう」
吐息交じりにロイは言う。
「陛下は殿下を遠ざけました。王妃を大層愛しておられましたし、なにより、殿下は成長するにつれ、非常に王妃に似て来たので……」
見ていると辛い、ということだろうか。
「陛下と殿下の間に、ほぼ交流はありません。側妃との間にできた第2王子アンドレアス様を陛下は溺愛され、アンドレアス王子と側妃は、殿下を邪険に扱うばかりか、根も葉もないうわさを流して……」
疎まれた王子。
浄化師たちと国内を遊び回り、無理難題を役人や侍従に押し付ける傍若無人ぶり。
アメリだってそれを信じていた。
宮廷に勤めていながら、マクシミリアンの姿はほぼ見たことがない。アンドレアス王子は側妃とともに政務に携わっているというのに、第1王子マクシミリアン様は、お気に入りの浄化師たちを引き連れてふらふらと宮廷を出て自由にしている。
そう、信じていた。
「マテ、だよ」
リアムが木の器に入れた乾燥フードを持ってネモに待機を命じていた。ちらりとアメリはそれを見、小さく息を漏らした。
「王子は、王妃を屍鬼化したあの……、赤毛の屍鬼を探すためにこのようなふるまいを?」
「復讐の場を探しておられるのでしょう。それは、わたしや、そしてリアムも同じです」
「え?」
目をまたたかせて向かいのロイを見る。彼はやわらかく微笑んだ。
「実はね、わたしもリアムも正規の浄化師ではないのです。これは、王子が特権を利用してわたしたちに与えてくれました」
上着に着けた徽章を少し引っ張って見せた。
「わたしもリアムも同じなんです、ただ、屍鬼に復讐がしたかっただけ」
ふふ、とロイは笑うと、背を椅子にもたせかけた。
「怒りに任せて屍鬼を殺しまくっていた。そして捕まり、投獄されました。わたしのやり方は、確かに……。残酷でした」
自嘲的な笑みをこぼす。そんな温厚な彼からは想像がつかない。ぽかん、とアメリは彼を見つめた。
屍鬼化したとはいえ、元は人間だ。
頭部を破壊して動きを止めるとしても、やり方というものがある。浄化師は、できるだけ尊厳に配慮した屠り方を行う。それは明確に義務付けられた行為だ。
「わたしは婚約者を屍鬼化されたんです。リアムは、兄を屍鬼化され、村が焼かれた。わたしは当時王国北限にいましたし、リアムの村も王国西南に位置します」
「浄化師が……、間に合わなかったんですね」
アメリの語尾に、リアムの「食べてよし」という声がかぶさった。
よく言われることだ。
浄化師が間に合わない、と。
今回だってそうだ。教会から王都に報告が行き、浄化師が派遣されるまで3日かかっている。結界内に閉じ込めておくことが可能であればいいが、そんな事態ばかりではない。
逃げ出した、あるいは放浪する屍鬼が人を襲うことはよくあることだ。
そんなとき、浄化師以外の人間が屍鬼を退治することは認められている。正当防衛の範囲内だ。だからこそ、マクシミリアンは罰せられていない。
そして、話の内容から察するに、ロイは「尊厳を無視した」殺害方法で、かつ、「偶然巡り合う」という条件を無視して、自ら屍鬼を捜し歩いていたのだろう。
だから、投獄された。
「わたしとリアムと。それから殿下の共通項です」
ロイは腕を組み、椅子に深くもたれたまま、愛犬が食事をする様子を眺めているリアムに視線を送った。
「愛する者を、自らの手で殺した」
アメリは唐突に思い出す。
自分たちは、血縁以上の絆がある。そう言い切ったマクシミリアン。
「殿下は、そんな我々に、公に復讐の場を与えてくれたんです」
ロイが呟いた時、リアムがこちらを振り返った。
「ネモのご飯、おわり! ぼくらも食べよっか!」
大きな目を細め、にぱりと笑う。その足元では、「うまかった」とばかりに尾を振るネモがいた。
「そうだな。さあ、席について」
ロイがリアムの椅子を引き、穏やかに微笑んだ。




