たのもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!
ある日の朝早く。わしの瞳場に、威勢のいい声が響き渡っ、
「たのもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
こんな朝早くから一体何の用なん、
「たのもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
無駄によく通った声に、わしの額に青筋が浮かん、
「たのもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「うるせぇぇぇええええええええええええええっ!」
わしは白生地に赤いイチゴ模様が入った寝巻のまま、荒々しく瞳場の扉を開けた。そこにいたのは癖がある桃色の短髪を持った、幼い顔立ちの男性。目が大きく、ドングリみたいな形をしておる。
「朝っぱらから何の用じゃぁぁぁっ!? こちとら惰眠を貪りたいってのに」
「たのもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「お前の目ん玉は正面が見れんのかぁぁぁっ!?」
ようやく気付いたのか、このわしをじっと見てきた彼。
「…………」
「…………」
先ほどまでの騒音が嘘であったかのような、静寂が流れる。
えっ、何? なんでわしをじっと見てくる訳? やっぱりこのパジャマとやら、わしには似合わんかった?
「……たのもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「目の前ぇぇぇええええええええええええええっ!」
何で間を置いて再開したんじゃこやつは。理解の範疇を超えそう。
「朝っぱらから、一体何の騒ぎですかせんせー?」
遂にはアヲイの奴が起きてきた。群青色の寝巻に身を包んで寝ぼけ眼をこすりつつ、不機嫌さを隠しもしておらん。いや、あの、そんな目で見られても。
「ここの瞳場の方ですかッ!? 朝早くから失礼しますッ! おれ、スバル=べルセッティと言いますッ! 月華瞳法を習いに来ましたッ!」
アヲイを見た男性、スバルが直角に近い角度まで頭を下げる。
「えっ? あっ、うん。一応ここの瞳場の所属だけど。あたしはせんせーじゃなくて、門下生だよ」
「先輩ッ! よろしくお願いしますッ!」
「何? せんせー、この子いつから入門することになったの?」
「わしだって聞いておらんわそんなことぉぉぉっ!」
「はい? この女の子が、先生?」
スバルが驚いたように顔を上げた。
「そうじゃ、悪いか?」
「失礼いたしましたァァァッ!」
露骨に無視された不満を顔に出してみると、スバルが即座に土下座の態勢に入った。
「本当に申し訳ございませんでしたッ! 瞳場の先生とは露知らず、ご無礼を働くなんてベルセッティ家の恥ッ! 今ここで、腹を切って詫びますッ!」
「おい待てどっから出したそのナイフぁぁぁっ!?」
どこからともなく取り出した短刀を抜き、自分の服をまくり上げて腹へと突き立てようとするスバル。わしが慌てて止めに入らなかったら、間違いなく鮮血沙汰じゃった。
「離してくださいッ! おれは、おれは何ということをッ!」
「そこまで思いつめんでも良いからっ! 気にしてないからっ! ちょっと不満げにして、こっちこそごめんなさいじゃぁぁぁっ!」
「なんなんですかー、これ?」
埒が明かないので。わしは落ち着かせたこのスバルという男性を連れて、瞳場の中へと案内した。
こちらの自己紹介も終えて、改めて話を聞く。ちなみにわしがロリになったことを聞いた彼は「流石は月華瞳法ですッ!」と声を上げておった。そこ?
「習いに来たのは良いんじゃが。聖族の名門、ベルセッティ家の方ならわざわざ街の瞳場に来なくても、専属の師とかおらんのか?」
「おれはゼロ歳の時に拾われたんです。ベルセッティの名は貰いましたが、家庭教師をつけてもらうような厚かましい真似はできません。だから街の瞳場に来たんですッ!」
威勢の割には謙虚な子じゃのう。
「で、何でここに来たんですかー? こんな寂れた瞳場に来るなんてー」
アヲイが心なしか面白くなさそうに、口を尖らせておる。つーかアオイの紹介とはいえ、お前だってそんなとこに来たんじゃろうが。
「はいッ! 家の人に紹介してもらったからですッ! ほら、この紙ですッ!」
勢いよく突きつけられたメモを、アヲイと二人して書いてある内容を確認してみると。
「せんせー、あたしの目が間違ってるんですかねー。この住所、四丁目って書いてませんかー?」
「わしにもそう見える。ここ一丁目じゃぞ」
どっからどう見ても、住所を間違えておるとしか思えん。つーか、四と一を見間違えるとかあるの?
「それに先生も先輩も凄いですねッ! こんなに大きい数字、おれ初めて見ましたッ!」
「「はい?」」
スバルが元気よく答えた内容に、わしとアヲイは揃って首を傾げた。
「確かにあたしは天才ですけどー。せんせーはそこまで大したこともなくないですかー?」
「えっ? カナメさんって、六、四、三、四、ですよね。これって凄い人じゃないんですか?」
「「はあっ!?」」
きょとんとした顔をしておるスバルに向かって、わしらは目を見開いた。彼の言っておることが、信じられなかったから。
「あれ、違いますか?」
「い、いや。合っておるんじゃが」
「いやいやいやいやッ!」
勢いよく手を横に振っているアヲイに、わしも同じ気持ちじゃ。功片、六。守片、四。射片、三。創片、四。これが以前計測してもらった、わしの華片の段階じゃ。スバルが口にした数値と全く同じであり、間違いはない。
問題なのは、あのエイヴェですら見抜けなんだ、わしの功片の数値を見抜きおったことじゃ。咲者の実力を正確に見抜く究片は、至っておる段階以下の能力しか見抜くことができん。と言うことは。
「究片、測定不能。私以上の使い手とは。誰ですか、その子?」
わしの想像を裏付けるかのような言葉を投げてきたのは、件の尖り耳を持った華徒、エイヴェであった。長い髪の毛から垣間見える瞳に、好奇の色が宿っておる。
「いやあの、今日ここに間違って来た入門希望者なんじゃが」
「入門希望者? 冗談言わないでください。では、私の華片は分かりますか?」
「え、えーっと、貴方は?」
「エイヴェリー。エイヴェで構いません。さあ、早く見なさい」
「は、はい。おれはスバルです、よろしくお願いしますッ! えーっと、五、五、五、五。す、凄いッ! 全部が五だなんて、初めて見ましたッ!」
「華片の種類は?」
「か、華片ってなんですか?」
「……本当に知らないんですね。しかし、段階は正確に見極めています。これは凄い」
「あ、あたしはッ!?」
感心したかのような声を漏らしているエイヴェの横で、スバルはアヲイの華片についても正確に言い当ててみせる。四、三、四、四。功片、射片、創片、奪片じゃったかの、彼女は。言い当てられたアヲイが、信じられないといった調子で座り込む。
「お、おいスバル。お前、一体いつからこれが見えておるのじゃっ!?」
「い、いつから、ですか? 昔からずっと咲者に憧れてて、じーっと見ていたらいつの間にか数字が見えるようになってて」
月華瞳法の目覚め、咲者になる原理は未だに分かっておらぬ。生まれつきの奴もおれば、スバルのように突如として目覚める者もおる。血統的に出やすいはあるらしいがの。
とは言え。誰にも教わらぬまま憧れだけでもって、長年研究を重ねておるエイヴェ以上の究片を持っておるとは。
「せんせー。この子を入門させるの、やめませんかー?」
「な、なんじゃ、急に?」
天才。そう思った矢先、アヲイから拒否の提案がきた。研究モードに入って質問攻めにしているエイヴェと困った顔のスバルを横目に、わしらは顔を寄せ合う。
「こんな才能の塊、せんせーが教えるのはもったいないですよー。それに拾われたとはいえ、名門ベルセッティ家の人。事情を話して、もっと良い師匠をつけてあげる方が、絶対この子の為ですってー。そもそも間違えて来てますしー」
鍛え上げたら、一体何処まで成長するのか。そんな子を育ててみたい気はあるが、一歩間違ったら彼の才能を潰すことにもなりかねん。才気溢れる若者が活躍できるように良い場を提供してやるのも、先達の務めの一つか。
「ま、まあ、それもそうじゃな。とは言え、下手な瞳場は軍人崩れ等のならず者の集まりじゃし。ちゃんとした所を」
「えっ、良いんですか?」
するとエイヴェの奴が振り返ってきた。なんじゃその顔は。
「カナメさんの事故の原因に、おそらくは伍華以上の干渉があったことが分かりました。この国で伍華以上となれば、神の所業。つまり、女神アマテラス以外に考えられません。せっかく聖族のベルセッティ家の子が来てくれたんですから、女神と謁見できないかお願いしてみれば良いと思うのですが」
「なんでそれを早く言わんのじゃお前はぁぁぁっ!」
この状況下で急に暴露された、希望の道。何それ聞いてないんじゃけど。
「だって聞かれなかったですし」
「いつ聞いても進捗はありませんとか抜かしておった癖に、たまに聞かなかったらこれか。そーかそーか、お前はそういう奴じゃったなあ、忘れておったわ昇女拳っ!」
「ぐはァァァッ!?」
長髪華徒に跳び上がりながらのアッパーカットを見舞った後で、わしはスバルの両肩に勢いよく手を置いた。
「ようこそわしの瞳場へ。歓迎するぞ」
「本当ですかッ!? これからよろしくお願いします、師匠ッ!」
「うわー。完ッ全に自分の都合だけで決めちゃったよ、このせんせー」
アヲイの奴が何か言っておったが、まあ誤差じゃ。ピサロに貰った大金で調子に乗り過ぎて最近金欠気味じゃったし、ここで月謝が増えるのもありがたい。更には、遂にわしのロリ化の原因が掴めそうなんじゃ。こんなチャンス、逃して堪るかい。
こうしてわしの瞳場に門下生が一人増えた。




