VS魔導人形軍団戦 その三
「グオオオオオン!」
魔術師イザームの従魔、カルナグトゥールは劣龍に相応しい雄々しき咆哮と共に駆け出した。向かう先は己と似た、されどどこか貧相な見た目の敵である。
カルはまだ子供であり、敵の正体が本物の龍ではなく、龍型魔導人形であることを理解出来ていないだろう。しかし、敵が何者であるのかは彼にとって重要な事ではない。大切なのは、自分が大好きな主人からあの敵を倒せと言われたことである。
『排除』
龍型魔導人形は口を開くと、その奥から炎を吐いてきた。喉元に搭載された、魔術師魔導人形の杖と同じ機巧の成せる業である。
「グルアアアア!」
妨害領域の効果を理解していたイザーム達ならば、魔術師魔導人形が使って見せた時のように驚いたかもしれない。しかし、身体は大きくともまだ子供であるカルは理解していなかった。
だからこそ、炎を浴びながらでも怯む事なく前に進み続けることが出来る。本物の【龍息吹】ならともかく、機械が生み出す程度の炎ではカルの歩みを止める事は出来ない。彼我の距離は数秒でなくなり、彼は勢いを乗せた体当たりをお見舞いした。
「グオオオオッ!」
『排除』
体当たりをした後、龍型魔導人形にのし掛かったカルは奴の首に噛み付いた。そして頸椎を折ってやろうと首を思い切り左右に振る。肉食獣などが狩りでよく行う動きであった。
「???」
だが、彼は困惑を禁じ得なかった。まず噛み付いた時の感触。これがおかしい。どう考えてもこれまで食べてきた獲物の、生き物の表皮では決してない。舌に当たって感じる味も妙であり、最も近いのは先程イザームに褒めて貰おうと咥えて持っていった雑魚の表面だろうか。外見から自分の同族だと思っていたカルにとって、この感触は奇妙でしかなかった。
そして首を振った時の手応えもおかしい。何故なら、この同族のような何かの首からは芯となる物、即ち骨があるように思えなかったからだ。生き物とは異なる表皮と骨が無い異常な体内。自分が戦っているのは、一体何なのだろうか?
『排除』
「グガッ!」
困惑を越えて混乱し始めたカルだったが、魔導人形は遠慮も容赦もなく攻撃を加えてくる。首に噛み付いたまま呆けているカルの胴体を、鋭い爪によって引っ掻いたのだ。
龍型魔導人形の爪は表面装甲と同じ、即ち騎士魔導人形や盾戦士魔導人形の鎧や盾と同じ素材で作られている。故にカルの堅固な鱗を砕き、内側の肉を斬り裂く事に成功したのだ。
「グルルルルルル!」
ただし、カルはダメージを負っただけで口を離してしまうような軟弱者では無い。それに【高速治癒】の能力によってただの軽傷は無視出来る。むしろカルは怒りのままに自前の爪で反撃を繰り出した。
だが、龍の膂力と鋭い爪を以てしても魔導人形の装甲を斬り裂くには至らない。ジゴロウの拳や源十郎の剣でもほぼ無傷であったのだから、まだ未成熟な龍であるカルではまだ力不足である。
「グルウウウウウ!」
それでもカルは諦めたりはしない。むしろ上手く行かない事への怒りを原動力に暴れ続ける。噛み付く力は一切緩めず、首を様々な方向に振り回し、爪で何度も斬り付けた。
『排除』
龍型魔導人形もやられてばかりでは無い。爪での反撃は続けているし、カルの顎から逃れようと身を捩ってもいる。痛みも何も感じない魔導人形は、繰り返し同じ音声を吐き出しながら淡々と抵抗していた。
「グルァッ!」
取っ組み合いはしばらく続いたが、ついに転機が訪れる。カルは首の力だけで魔導人形を持ち上げると、そのまま力任せに投げたのである。
魔導人形は背中から地面に叩き付けられた。もしこれが本物の龍であったなら、肺から空気が抜けて呼吸困難になっていたに違いない。だが、相手は人工物である魔導人形だ。この程度で動けなくなることは無く、未だに喉元の噛み続けるカルの顎から逃れようともがいていた。
「ペッ!」
ここで意外にもカルは口を離してしまった。これまでは何をされても離す兆候すら見せなかったのに、何故かあっさりと拘束を解いたのである。
どうしてこのタイミングで離してしまうのか。勘の良い戦い慣れた魔物であれば無様に這ってでもその場から離れようとしただろう。だが、相手は魔導人形である。臨機応変な判断など出来る知能は無く、それ故にその場で起き上がると言う最悪の選択をしてしまった。
「グルオアアアアアア!!!」
カルは口を離した直後、その場でジャンプすると空中で前転し、その勢いと体重を乗せた尻尾を叩き付けたのである。まだ幼龍だった時でも毒炎亀龍を怯ませた尻尾による渾身の一撃は、劣龍になった事でより凶悪さを増している。カルの刃物のような先端を持つ尻尾は龍型魔導人形の背中に直撃した。
メキョベギギッ!!
龍型魔導人形が耳をつんざくような金属音が広場に響き渡った。如何に硬い装甲であっても、カルが繰り出せる最大の物理攻撃を耐えきる事は出来なかったらしい。カルの尻尾を叩き付けられた翼の付け根には、尻尾が深々とめり込んでいる。
『ハ…ハイ…』
余りにも重たい一撃で内部の回路が故障した龍型魔導人形は、ルビーが戦った双剣使い魔導人形と同じように痙攣しながらノイズまみれの声を出している。それを不快に感じたカルはもう一度ジャンプすると、先程と同じように尻尾を無慈悲に叩き付けた。それも今度は背中ではなく、頭部にである。
ビキキッ…ボン!
カルの尻尾は龍型魔導人形の頭部から首の半ばまでをプレス機に掛けたかのように押し潰した。すると、その部分が爆発したではないか。原因は頭部に仕込まれていた妨害領域の中で炎を産み出す機巧が破壊されたことである。
「グオオオオオオオン!!!」
そんなことは知らないカルは勝利の雄叫びを上げる。敵は大して強く無かったが、大好きな主人の命令をこなしたことが誇らしかったらしい。興奮が落ち着くまでの数分間、カルは龍型魔導人形の残骸を踏みつけたまま雄叫びを上げ続けるのだった。
◆◇◆◇◆◇
「げっ!カルも終わったのか!」
「み、皆早すぎですよっ!」
カルの勝利の雄叫びを聞きながら、私とアイリスはヒイヒイ言いながら残り六体まで減らした警備用魔導人形…と思われるモノ達と戦っていた。
見た目と攻撃方法はα型とβ型の警備用魔導人形と同じであるのに、何故私が『思われる』と言ったのか。それにはきちんとした理由がある。
「うぐぐ!やはり硬すぎるぞ、こいつら!」
背後から近付いていたβ型の表面を、私の鎌が浅く傷付けるだけで滑っていく。そう、その理由とは装甲の固さが余りにも異なる事である。
ここまでの警備用魔導人形は私が鎌を振るえば簡単に破壊出来る程度の、言い換えれば単なる鉄の、それもボロボロになった装甲しか張られていなかった。だが、こいつらは違う。経年劣化していない事からもただの鉄じゃないとはわかっていたが、それどころじゃない!明らかに特殊な金属で出来ているぞ!?
「杖ッ!札ァ!からの…ぬあぁ!」
私は鎌によって傷付けたβ型を杖で殴打して墜落させ、さらに数枚の札を投げつけてから、尻尾の先端で突き刺す。こちらならどうにか魔導人形の装甲を貫けるのだ。
武器である鎌で無理な事が、どうして尻尾に可能であるのか。それは尻尾の、というより尻尾の先端に使った毒炎亀龍の棘芯のお陰だった。毒炎亀龍はこの棘芯を使って棘を何度も再生しており、この特性を引き継いだことで私も魔力を消費すれば尻尾の先端から毒炎亀龍の棘に酷似したモノを伸ばす事が可能なのだ。
そうやって増やした質量で以て、強引に魔導人形の装甲を破壊しているのである。しかし、これには大きな問題があった。
「お、重いぃぃ!」
魔導人形の装甲を破れる質量、と簡単に言ったがそれは必然的にかなりの重量となる。私の筋力だとギリギリ持ち上がる重さだ。なので尻尾を振るう一回一回が大変なのである。
「うおお、もう剥がれるか!」
私は急いで新しい札を自分に使う。使ったのは光鎧が籠められた札である。ん?どうして防御魔術を使っているのかって?そりゃあ今、私は銃弾の嵐の中にいるからだよ!
『『『排除』』』
魔導人形達もやられてばかりではない。今も私とアイリス目掛けて銃弾を雨霰のように撃ちまくっている。硬い細胞壁を持つ彼女はともかく、貧弱な私では骨に当たれば無視できないダメージを食らってしまうだろう。
だが、間断無く降り注ぐ銃弾を回避することなど私には不可能である。なので光鎧の札をガンガン使いながら戦っているのだ。
「えぇい!」
一方のアイリスは木槌と鉈によって魔導人形をタコ殴りにしている。彼女はそこそこの重量がある武器を使っているので、私ほど苦戦はしていないようだ。今も一体のα型を破壊したようだな!
「残り、四体!ふぬぅあああ!」
私は気合いを入れて尻尾を持ち上げ、最も近くにいたα型魔導人形を横殴りにして吹き飛ばす。尻尾の先から装甲がひしゃげて、内部が潰れた感触が伝わって来る。っと、また後ろからβ型が迫っているな?もうその手は食わんぞ!
「ふん!」
私は振り向き様に鎌を掬い上げるように振り上げ、β型を打ち上げる。やはり装甲を切断することは出来なかったが、衝撃によって空中で錐揉み回転しながらいつの間にか最後の一体になっていたα型にぶつかった。
「これで…」
「終わりです!」
私の尻尾とアイリスの鉈が、ほぼ同時に振り下ろされる。私の尻尾はβ型を貫通してα型の半ばまで突き刺さり、アイリスの鉈はα型を両断してβ型のウイングにめり込んでいた。最後の二体が沈黙した、と言うことは…
「はぁ…よ、ようやく終わった…」
「疲れましたぁ…」
私はその場で膝を付いて息を吐いた。ゲーム的な話をすれば、私のような不死に疲労は無い。しかし、精神的な疲れはどうしても溜まる。中身は生身の人間なのだからしょうがないだろう。
「おう、お疲れさん」
そう言って近付いて来たのは、何かの棒を抱えたジゴロウだった。どうやら妨害領域を展開していた装置を破壊してくれたようだ。
「些か力任せな戦いじゃったのぅ」
「…鎌では文字通り刃が立たなかったんだから仕方がないだろう」
源十郎よ、開口一番に総評を述べるのは止めて欲しい。そもそも、私は接近戦が苦手なのだ。それに種族と職業にも問題がある。どうやら私の【鎌術】レベルの上昇に必要な経験値は、普通に比べて多いようなのだ。魔術師なのだから当然か?
「それにしても、妙に硬かったのは事実。何か秘密があるんだろう。【鑑定】するか」
私は一番近くに転がっていたβ型魔導人形をひょいとつまみ上げる。そしてそれに対して【鑑定】を使ってみた。
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殲滅用魔導人形β型 品質:屑 レア度:C
侵入した魔物、又は武装したテロリストの殲滅を目的に開発された量産型の魔導人形。警備用よりもあらゆる面で高いスペックを有する。
大きく破損しており、このままでは動くことは無い。
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せ、殲滅用ですか。そりゃあ強いわな。殺意がたっぷりで涙がちょちょ切れる思いだよ。
冗談はさておき、調べてみるとα型も警備用ではなく殲滅用となっていた。γ型も同じく殲滅用なのかと思ったが、少し違っていた。
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殲滅用魔導人形γ型(騎士タイプ) 品質:屑 レア度:R
侵入した魔物、又は武装したテロリストの殲滅を目的に開発された魔導人形。量産型よりもあらゆる面で高いスペックを有する。
通常はオブジェに擬態しており、施設が高い脅威に晒された場合にのみ起動する。
内部が大きく破損しており、このままでは動くことは無い。
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…もしかして、ここから先のオブジェはγ型の魔導人形だと思った方がいいのか?気が抜けない冒険になりそうだ。
次回は8月29日に投稿余程です。




