妨害領域
「ほーん、普通の【治癒術】よりゃ実戦向きじゃねェな」
【魂術】に関する私の説明を聞き終わったジゴロウの感想がそれだった。いや正直だな、おい。
まあ、確かにそれは私も思っていた事だ。回復に必要な魔力は回復の対象者のものを使う上、回復速度もゆっくりしたものである。戦闘の最中に使っても徒に味方を混乱させてしまうに違いない。
使用法としては小休止を取る時に全員をまとめて回復させつつ、【杖】の武技である集魔陣で全員の減少した魔力を補うのがいいだろう。なんだか思っていたのとは違うが、ポーションの節約になると思えばいいのさ。うん。
「イザーム、魔導人形の回収が終わりましたよ」
「ああ、ありがとう。それで…どうだ?いけそうか?」
私の質問の意図はもちろん、魔導人形の作成が可能か否かについてである。同じ物を作る事は無いと思うが、魔導人形の作成には是非とも挑戦したい。魔術師としては当然だろう?
「細かく分解してみないと何とも言えませんね。でも、可能だとは思います。専門書が手に入れば確実です」
「そうか…。この探索で見つかるといいんだがな」
「そうですね…」
アイリスも私も、魔導人形の作成方法を見つける事が今回の探索における主目的となりつつある。一応、ここのボスを倒すのが目標だったハズなんだが、新たな技術への興味をついつい優先してしまうのは仕方がないことだよな?
「とりあえず、こっちも見て下さい」
「おお、ドローンか。こっちは…β型と言うのか」
――――――――――
警備用魔導人形β型 品質:屑 レア度:C
治安の維持を目的に開発された量産型の魔導人形。飛行能力を持つ。
大きく破損しており、このままでは動くことは無い。
――――――――――
私が尻尾で貫いたドローンの【鑑定】結果である。飛行能力についての言及以外はα型と同じ文章だ。形状とか攻撃手段とかは全然違うんだが、これでいいのか?
「インベントリに入れるのは…可能だな」
「ええ。破壊されていればそのまま入れられますね。逆に動けない状態になってるだけで起動していると入れられないみたいです」
どうやら私が砂風でショートさせた三台の内、一台はインベントリに入れられなかったようだ。なんでもその一台は動けないものの完全に沈黙はしていなかったらしい。それが原因と思われる。
生き物を入れられないのは当然だが、動く魔導人形もアウトなんだな。いや、考えてみれば当たり前か。それがアリならば、インベントリに大量の魔導人形を入れておけば、お手軽に大戦力を携帯出来るんだからな。
「妥当だな。では、回収したら出発しよう」
「はい!」
◆◇◆◇◆◇
「ふむ…やはり都市の中央に聳えるビルは行政府なのか。そこへ行くには…ダメだ。地図の一部が読めなくなっている」
私たちのいるこの地下街は、どうやらかなり広いらしい。というのも探索中に見付けた地図の描かれた案内図によって判明したのである。
『古の廃都』は大きく分けて行政区、商業区、工業区、そして居住区という四つの区画がある。都市の中央が行政区で、残りの三つがその外周に位置しており、この地下街は商業区にあるようだ。
問題の広さであるが、なんとこの地下街は商業区のほぼ全域を網羅しているのである。つまり、都市の四分の一の広さを誇るのだ。これでは一朝一夕で探索し尽くす事など不可能である。
なので今回の探索では出来る限り寄り道を控え、本来の目的であるフィールドボスの撃破を最優先することにしよう。魔導人形の作成方法やそのヒントを探すのはまた今度だな。
以前に「ボスがいるのは一番高い所って相場は決まってンだ!」とジゴロウが熱弁していたので、取り敢えずの目標地点は都市の中央に聳え立つ最も高いビルの屋上にしよう。だが、道順を知るために案内板を読んでみても、何分古いものなので所々塗料が剥げてしまっており、わからない部分がある。楽に真っ直ぐ進む事は出来ないらしいな。
とは言え、途中まで判明したのは事実だ。それに分かれ道が無数にあるわけでも無いだろうし、そこからはいつも通りの手探りな冒険を始めればいいだけだから大した問題ではない。
「グオオオン!」
「しつこい、のぅ!」
問題なのは警備魔導人形が断続的に襲ってくる事だ。人面鳥と同じく数が多く、また襲撃の度に数が増えているのだが、奴らと違って弱いし楽に処理する方法があるので大して消耗することは無い。だが、ある一つの問題が我々の士気を殺いでいた。
「あぁ、もう!これだけやっても経験値にならないって、ホントに割りに合わないよ!」
今日一番の驚きだが、なんと魔導人形を破壊しても種族と職業の経験値は一切溜まらないのである。おそらく、それが成り立つと自分が作った魔導人形を延々倒しては修理してを繰り返してお手軽にレベルを上げられるからなのだろう。しかし、あと少しでレベルアップしそうなルビーは苛立ちを隠せないようだ。
「あはは…でも能力のレベルは上がるから…」
「そうだけどさぁ…」
唯一の救いは能力だけは使えば使うだけ経験値が溜まる仕様のお陰でレベルがちゃんと上がっているところだろう。それもなければ戦闘こそが至上の喜びであるジゴロウと源十郎以外は萎えていたに違いない。
「双魔陣遠隔起動、暗黒糸。解読中の援護、ありがとう」
「道はわかったみてェだな、っとォ!」
ジゴロウが私の魔術で捕らえた魔導人形を殴り壊しながら言う。ただ地図を読むだけなのに少し時間が掛かったのには理由がある。
それは書かれている文字は【言語学】がなければ読めない古代文字だったからだ。しかも案内図を見付けた時、パーティー内で【言語学】のレベルが最も高い私でなければ解読出来なかったのである。
私が解読を開始した時、運悪く魔導人形によって襲撃されたのだ。私も戦闘に参加しようとしたのだが、ジゴロウが解読に集中しろと言ったのだ。
この提案は魔導人形の弱さと脆さに物足りなさを感じていた彼が少しでも戦闘を楽しみたかったからに違いない。それならスクショを撮ってから解読すればいいんだからな。それを察していたからこそ、私は解読を続けていたのである。多少は空気が読める男なのさ。
私が動き出したことで地図を解読が終わったと知った皆の空気が弛緩する。まだ戦闘は終わっていないので油断するべきではないのだが、これは仕方がないだろう。それは私の使えるとある魔術のせいだった。
「さっさと終わらせるか。呪文調整、魔術妨害」
「ガガガッ…ガガ……」
「ガリリッ……」
「ピー…」
【虚無魔術】の一つである魔術妨害によって、私を中心として不可視の波動が広がって行く。それに触れた魔導人形は、型の違いに拘わらずあっさりと動きを止めてしまった。
アイリスが調べてみた所、魔導人形は魔道具の一種であるらしい。魔道具は魔石から抽出した魔力を動力として動くのだが、魔術妨害はこの働きを阻害するようだ。
生産系の掲示板で魔術妨害の魔道具に対する効果についての言及があったらしく、アイリスが試してみるように提案したのだ。それに従って実際に試してみると、効果は絶大であった。効果範囲内にいる魔導人形は悉く停止し、後は煮るなり焼くなり好きに出来るようになったのである。
「こういうの、しーちゃんがやってたSFっぽいVRSに出てきてたよ?ええと、何て言ったっけ?」
「ひょっとして、EMP…電磁パルス攻撃のこと?」
「あ!それそれ!アイリスは物知りだねぇ!」
電磁パルス攻撃…確かに魔道具に対する魔術妨害の働きは、電子機器に対する電磁パルス攻撃に近い効果がある。なら、私達が魔導人形を作成するときはこの魔術妨害対策を考慮しておかねばならないだろう。その魔導人形が戦闘用ではなかったとしても、な。
「よし、残骸を回収したら出発しよう。まずはここまで来た通路を直進して、二つ目の曲がり角で左折だ」
「はい!」
「へいへい」
ある者は溌剌とした、またある者はやる気の感じられない返事をしつつも回収作業を開始する。興味が無い者からすれば、ガラクタ集めに精を出すのは難しいだろう。だが、私やアイリスの研究のためだと思って頑張って欲しい。そう心の中で思いながら、無数に散らばる魔導人形の部品を拾い集めるのであった。
◆◇◆◇◆◇
それから警備用魔導人形二度の襲撃を退けつつ、廃墟と化した地下街を進む。食料品や日用品の集まる区画とレストランやブティックが集まる区画を通りすぎると、開けた場所に出る。案内図があった場所もそこそこ広かったが、ここは立派な人口池が中央に鎮座する広場であった。
「ほぉ?中々精巧な石像じゃな」
池は円形で、その中央に鎮座する石像を見た源十郎が感心したように呟いた。確かに、細部にまで緻密な細工を施された石像は、今にも動き出しそうな迫力がある。モチーフは五人の戦士と龍の戦いだ。
全身鎧を装着した人間の騎士、同じく人間でつばの広い三角帽子を被ったローブの魔術師、膝を付いて弓を構える森人、自分の身長よりも大きな大盾と大斧を持つ山人、そして牙を剥き出しにして威嚇する獣人の双剣使い。バランスのとれた、人類のみで構成されたパーティーである。
対するはカルよりも少しだけ身体の大きな龍である。二本の角を持つ蜥蜴を凶悪にしたような頭、短剣のような牙ズラリと生え揃った口、全身を隈無く覆う鱗、前脚と後脚の鋭い爪、蝙蝠のような翼膜を持つ一対二枚の翼。なんというか、カルよりもスッキリとした、オーソドックスな龍の姿だった。
「グルル?」
ピクリとも動かない同族を見て、カルは不思議そうに首をひねっている。カルよ、それは石像だから自動で動く事は無いんだぞ?だが、仕草がかわいいからよし!
その龍の石像だが、よく見ると喉の奥に何らかの管らしきものが見える。おそらく、ここから水を出して【龍息吹】をイメージした噴水の仕掛けがあったのだろう。まあ、水は一滴も残っていないのでただの想像だがね。
もしこの噴水がリアルで存在したら、ローマにあるトレヴィの泉のように観光地として有名になっていたかもしれない。金を払ってでも見たい芸術の域に達しているぞ。
だが、私の興味は余り石像に向かなかった。何故なら、ここから行政府に向かう道中には魔道具や錬金術関連の店舗が集まる区画であると地図に書いてあったからだ。今日はスルーする予定だが、どこにどんな店があって、その内お宝と言えそうな物がありそうなのはどの店なのかに当たりを付けておきたいところだ。
『侵入者発見。侵入者発見』
『排除シマス』
そんな時、またもや警備用魔導人形が襲撃してきた。私を含めた全員が反射的に武器を構えるが、すぐに力を抜く。これまでと変わらない、ただの雑魚ばかりだったからだ。
「…性懲りもなく、また来たのか。さっさと終わらせよう。呪文調整、魔術妨害」
私は当然のように魔術妨害を使う。広場全体に行き渡るように範囲を拡大する必要があるが、大した手間ではない。頭数を揃えた所で、魔術妨害さえあれば魔導人形など恐るるに足りん!
『魔術妨害ノ発動ヲ感知シマシタ。抵抗領域、展開』
…と思っていた時期が私にもありました。機械音声が聞こえたかと思うと、干上がった池の底から十本程の細い棒が伸びてくる。そしてその棒から魔術妨害に酷似した波動が広がり、私の放った波動とぶつかり…打ち消してしまったではないか!
「な、何っ!?」
『抵抗成功。続イテ妨害領域展開』
魔術妨害を無効化されて愕然としている私達を嘲笑うかのように、機械音声が不吉な言葉を出力する。妨害領域だと?嫌な予感しかしないんだが…?
『脅威度、レベル5。γ型、起動』
抑揚の無い機械音声が告げた瞬間、池に設置された石像の瞳に赤い光が宿るのを私達は見てしまうのだった。
トレヴィの泉、きれいですよね。時間があれば観光してみたいです。
魔法妨害をやっと活躍させられた…かと思えば無効化される悲しみ。
次回は8月20日に投稿予定です。




