魔導人形
お、落ち着け!字面がヤバい能力が増えたが、それだけだ!それだけのハズだ!
大丈夫だよな?確認しておくか…何々?まずは【死と混沌の魔眼】だが、『死と混沌の使者』になった時点で貰える能力のようだ。効果としては見つめ続けた相手に深淵系魔術が掛かり易くなるそうな。レベル0の今は10秒見つめて1%上昇で、上昇の上限は10%だそうだ。
レベルが上昇すると共に上昇値と上限もあがっていくみたいだな。積極的に使うとしよう。
もう一つの【神力降ろし】だが、これは『死と混沌の女神』イーファ様の力の一部を我が身に降臨させられる能力だ。効果はあらゆるステータスの上昇と深淵系魔術の効果増大だという。【龍の因子】の効果を少しだけマイルドにしたものなのだが、こちらは死にかけていなくとも任意で使える。こちらの方が融通が利くのが大きなメリットだろう。
まあ、この手の強力な能力には当然のように制約がある。それは一度使用すると次に使えるようになるまでリアルタイムで一日、ゲーム内なら四日のクールタイムがあるのだ。流石に乱発はさせてくれないらしいな。
「うーむ、目的は別にあったんだが…まあいいか。どれ、【治癒術】は…?」
あれ?取得可能な能力の一覧に【治癒術】が無いではないか!ど、どうなっているんだ?転職前、『死と混沌の使者』は神官系の最後尾にあったのに!
ひょっとして、【治癒術】は不死だと取得が困難というパターンか?【光魔術】の時のような。もしそうだったらこの転職は大失敗ということに…
「いや、これか…?」
だが、私は魔術の一覧の中に妙な物を見つけてしまった。それはとんでもなく胡散臭いが、おそらくは【治癒術】の系統だと思われる能力だった。
「【魂術】…?」
馴染みの無い響きに困惑しつつも、私は能力の詳細に目を通す。それによると肉体のダメージは同時に魂も傷付けており、【魂術】はその魂の部分を癒す術なのだとか。
肉体ではなく魂を癒すので、体力を一瞬で回復させる【治癒術】とは違い、じわりじわりと徐々に回復していくようだ。その代わり回復の総量は此方が上で、状態異常を治す手段にも富むらしい。一長一短、という奴か。
「ふむ、これなら私のイメージを損なわないな!」
あくまでも私は『魔術師』で居たかったのだが、回復手段の必要に迫られて神官系の職業を選んだ。選んだ職業そのものも神官っぽくない字面なのだが、その上に回復手段も【魂術】という多くの邪悪な術に精通している私にぴったりの呪文だ。必要なSPは10と中々重いが、取得しない理由が無いな!
――――――――――
SPを消費して【魂術】を取得しました。
新たに小魂癒と毒癒の呪文を習得しました。
――――――――――
小魂癒と毒癒ね。体力回復と状態異常治療の基礎、という事だろうか。確かに毒を持った魔物は多いので、様々な場面で活躍する事だろう。
さて、骨体改造と進化と転職と新たな能力の確認がようやく終わった。色々と想定外な事が起きたが、私にとってプラスの方向に事が運んだので良しとしよう。
よし、そろそろ皆が戻ってくる頃だ。誰かが戻って来たら、私も一旦休憩を取らせてもらおう。色々とあったから、なんだかんだで気疲れしてしまった。頭の中を整理する意味でもログアウトは必要だ。
◆◇◆◇◆◇
ログインしました。休憩したことで茹だった頭が落ち着いてくれたな。それにしても、今回の進化と転職はイレギュラーとしか言いようが無いな。これからは他の職種に浮気せず、元々のプレイ方針通りに深淵魔術師系に戻るつもりである。
「おっ!戻ったか、兄弟」
「ああ」
ログインした私を迎えたのはジゴロウだった。既に他の面々も戻っているようだったが、アイリスはカルを愛でており、ルビーは源十郎と軽い模擬戦形式で稽古をつけてもらっていた。あれ?ルビーもひょっとしてそっち側なのか?
「あっ、イザームだ」
「では、稽古は御仕舞いじゃな」
私が戻ったのを見て、二人は稽古を中断する。なんだか邪魔したみたいで悪いな。
「私も戻ったことだし、出発するぞ。…アイリス?」
「あっ!はい!」
「グルルゥ…」
私が戻った事に最後まで気付かずにカルを愛でていたアイリスは、私の声に慌てて振り返る。カルを可愛がるのに夢中だったらしい。
彼女は無数に生える触手で撫でるだけではなく、いつの間にか作っていたらしいブラシをカルにかけていた。カルも気持ち良かったらしく、アイリスの触手とブラシが離れて残念そうにしている。私が知らない所で仲間と従魔が驚くほど親密になっている事に少しだけ動揺しつつ、我々は探索を開始するのだった。
◆◇◆◇◆◇
地下に降りる階段…ではなく、動かなくなったエスカレーターを徒歩で下っていく。我々が乗った時点で動き出すかとも思ったのだが、そんなことは無かった。どうやら、この遺跡の動力は死んでいるようだ。
いや、むしろ動き続けていた『古代の移動塔』や『古の泉』の転移装置の方がおかしいのだ。同じ文明の遺産なのだろうが、あちらは保存状態を保つための特殊な加工が施されていたのかもしれないな。
地下に続くエスカレーターを歩いて降りた先には、予想通りに地下街が広がっていた。ただし、保存状態は最悪に近い。どの店舗もボロボロで、看板が剥がれ落ちているなど当たり前。中には入り口や天井が崩れてしまって内部には入れないところも多々あった。
「ん!皆、なんか来るよ」
周囲の惨状を観察していると、ルビーが早速近付いて来る何かを感知した。さて、地下街一発目は何が現れるん…
「ろ、ロボット?」
通路の角から姿を表したのは、一本の円筒だった。正確に言うと高さ一メートル半程の円筒がスーっと床を走っていたのである。それが何故すぐにロボットだとわかったかと言えば、表面装甲の一部が剥がれ落ちて精密な機械が詰まった中身が見えていたからだ。色々と予想外の展開である。
そのロボットは我々の方に向き直ると、上の方に並んでいたセンサーとそれに対応しているらしいランプをチカチカと点滅させた。しばらくするとランプの色は赤で固定されてしまう。…なんだか嫌な予感がするぞ?
「ガガッ…魔物ノ反応ヲ確認。排除開始」
「!?」
無機質な機械音声が響いたかと思えば、円筒型ロボットの上底部が音もなく展開する。するとそこから小型の銃が出てきたではないか!嫌な予感は得てして当たるものなのか!?
「ま、魔法陣展開、聖盾!」
カカカカカカカカカカカッ!!!
私が慌てて張った聖盾に銃弾が弾かれる音が響く。よ、よし!どうやら聖盾を破壊出来る程の威力は無いようで一安心だ。
「グオオオオッ!!」
銃弾の威力が大したことはないと判断したのか、カルは怒りの雄叫びと共にロボットに向けて突貫した。私は大丈夫なのか、と思ったがその心配は杞憂に終わる。なぜなら、カルの堅固な鱗は銃弾を豆鉄砲か何かのように弾き返したからだ。
「ガアアアア!」
カルは突貫の勢いを乗せてその腕を振る。短目のナイフの如き爪は、ロボットの装甲を易々と切り裂くだけに留まらず、本体を吹き飛ばしてしまった。
ロボットは火花を散らしながら空中を三回ほど回転しつつ壁に叩き付けられた。それとおいおい、劣龍になって戦い方が荒っぽくなったんじゃないか?
「グルルルル♪」
ロボットを破壊したカルは、上機嫌で此方に戻って来た。そして甘えるような唸り声を出しながら私に頭を擦り付ける。
「ははは、やっぱり甘えん坊なのに変わりは無いな」
「みたいですねぇ」
私は甘えるカルの頭を優しく撫でてやる。するとカルは目を細めて気持ち良さそうにしていた。おお、よしよし。
「甘やかすのも良いけどさ、先に剥ぎ取りを済ませたら?」
「む?それもそうか」
おお、いかんいかん!このままではいつまでもカルを愛でてしまう所だった。ルビーの言う通り、さっさと剥ぎ取りをしてしまおう。
損傷した部分から未だにバチバチと火花を断続的に垂れ流しているロボットに近付くと、私は剥ぎ取りナイフを突き立てた。だが、その手応えは予想外のものだった。
「んん?刺さらない、だと?」
剥ぎ取りナイフは倒した敵に突き刺すことでその死体をドロップアイテムに変えるプレイヤーにとっての必須アイテムだ。直接的な攻撃力は皆無だが、破壊不可能でどんな魔物の死体にも刺さるすぐれ物である。そんな剥ぎ取りナイフが刺さらないとは、一体何が起こっているんだ?
「ならば…【鑑定】だ」
そこで私は【鑑定】を試してみる事にした。普段は戦闘前にやっているのだが、カルが先走ったことでやり忘れたことを思い出したのである。
――――――――――
警備用魔導人形α型 品質:屑 レア度:C
治安の維持を目的に開発された量産型の魔導人形。大きく破損しており、このままでは動くことは無い。
――――――――――
魔導人形か!剣と魔法の世界観ならば定番ではあるが、この【鑑定】結果を見た私は魔導人形があるという事実への興奮を打ち消す程に驚愕していた。
「これは…もしかしてロボット、いや魔導人形はアイテム扱いなのか!?」
以前、なんとなく魔物の死体を【鑑定】したことがあるが、その時は生きている時と同じように魔物の種族と職業、そして能力が表示されていた。しかし、このロボット改め『警備用魔導人形α型』の【鑑定】結果はアイテムのそれと同じである。
つまり、『警備用魔導人形α型』は魔物ではないのだ。そして説明文の記述と品質の欄が『屑』になっていることから、『警備用魔導人形α型』は最初からアイテムのようなオブジェクト扱いであり、だから剥ぎ取れないのではないかと予想した。
「いや、人造の人形なのだから魔物扱いの方がおかしいのか。それよりも…我々でも作成可能なのか?」
そしてこの事実は私の好奇心を刺激した。魔導人形が人工物だと言うのなら、我々の手で作り出すことが出来るに違いない。そしてこの都市では地下街の警備に使う程に魔導人形が一般的だったらしい。ならば、その作成方法に関するヒントが眠っている可能性は低くないだろう。
魔導人形の作成方法を探す。これを今後の探索における一つの目標としよう!
「イザーム、どうしたんです?」
「ああ、実は面白い発見が…」
ピピッ…ガガッ…ビーッ!ビーッ!ビーッ!
私が【鑑定】の結果とそこから導き出せる予測をアイリスに語ろうとした時、どこかで聞いた事があるような警告音が鳴り始めた。天井から聞こえるので、きっと地下街のスピーカーから流れているのだろう。
『魔物、ガガガガ、シシシ侵入シマシマママ…繰リ返シママススススス…』
更に警告音に合わせてロボットが発した物と酷似した機械音声が聞こえて来る。こちらも経年劣化によって故障しているようだが、言いたい事はわかる。どうやら、我々を脅威として判断したようだ。
『ククククク繰リ返シママス…魔物ガ侵ンンンンン入ウウ…ガガガッ……レ…ト…避難………トマ…ゲ………』
最後に避難指示らしきものを残して警告音とアナウンスは途切れてしまった。やはり、経年劣化が激しかったのだろう。一度の放送を満足に流せない程に。
「しかし、参ったな。この放送が流れたという事は…」
「あぁ…来るぜ兄弟!」
楽しげなジゴロウの声に応えるように、地下通路の奥からタイヤのようなものが転がる音がいくつも聞こえてきた。放送にあった通り、侵入した魔物である我々を排除するための戦力が差し向けられたのだろう。
「やれやれ、地上だろうと地下だろうと戦いから逃れられんらしいな」
「ほっほっほ!良いではないか!良いではないか!」
「お、お祖父ちゃんが悪代官みたいなこと言ってる…」
「ハッハァー!楽しく暴れようぜェ!」
「が、頑張りましょう!」
「グルオオオオオオオオオ!!!」
なんだかんだ言いながらも、敵の接近に合わせて即座に戦闘態勢を整える。こうして我々は地下街に入って早々に魔導人形の軍団と戦うこととなるのだった。
転職に関しては色々とご意見はあるでしょうが、今後の展開に必須なのでこのままで。
それに歴史上、ジャンヌ・ダルクみたいに元々は聖職者じゃないのに神の啓示を得て活躍し、紆余曲折あったにせよ後に聖人になった前例もありますし問題ないかなと。
次回以降の転職は必ず魔術師に戻るので、ご安心下さい。
次話は8月14日に投稿します。




