毒炎亀龍 その三
先程までの毒炎亀龍を仮に『物理モード』と呼称するなら、今の奴は『毒炎モード』とでも言えばいいのか?甲羅から満遍なく毒と炎を撒き散らす姿は、当に毒炎亀龍という名前の通りである。
「おいおい!見るからに危なそうな見た目になりやがったな!」
ジゴロウの声には驚きと隠しきれない喜びの色があった。見るからに危険そうなのだが、それが良いという事なのだろう。この戦闘狂め!
「けどよォ、俺にゃあ毒も炎も大して効かねェぜ!?」
そうなのだ。実は、蛙人王子戦で奴の毒を幾度となく浴びては治してを繰り返した結果、ジゴロウは【毒耐性】という能力を獲得していたのである。
とは言え、まだレベルが低いので毒炎亀龍の【猛毒】を無制限で耐えきる事は出来ないだろう。精々【猛毒】状態になるまでの時間が少し長くなる程度に過ぎないと思われる。だが、性能が悪くともガスマスクを常時被っている状態に等しいジゴロウがこのモードでのメインアタッカーとなるハズだ。
「兄弟を中心に攻め…」
「ギャオオオオオン!!!」
うおお!?これまで積極的に動く事の無かった毒炎亀龍が、雄叫びを上げながら突進してくるではないか!
しかも案外速い!巨体故の歩幅の大きさと六本の脚を巧みに動かす事で見た目にそぐわぬ速度を実現しているようだ。なんと厄介な!
どうやら『毒炎モード』は攻撃モードでもあるようだ。明らかに凶暴化しているからな。
「とりあえず、魔法陣遠隔起動、呪文調整、地穴」
「ガアアアア!?」
私は毒炎亀龍の突撃を阻止すべく、進行方向に魔術で大きな落とし穴を作り出す。かなりの速度が出ていたので急には止まれなかった毒炎亀龍は、頭から穴に落ちてしまった。何ともマヌケな構図ではないか。
「ギャオオオオオ!!!」
しかし、そのまま楽に倒させてはくれないらしい。毒炎亀龍は森獣亀のように高速回転し、私が掘った穴から強引に脱出した。森獣亀と違って毒と炎を噴き出したまま回転していたので、その様はまるで炎の嵐のようである。
何あれ、カッコいい。魔術であんなのを再現出来ないのか?出来るようになりたいものだ。
「どうするよ、兄弟?足止めも難しいっぽいぜ?」
下らない妄想はさておき、ジゴロウの言う通り尋常な手段では足止めすら難しいだろう。ではどうするか?
パッと思い付いた選択肢は二つ。一つは後退しつつ遠距離攻撃でチマチマ削る戦法で、もう一つは逆に正面から仕掛けてガチンコ勝負を強いる戦法だ。我々ならどうするのが正解か。その答えは一つだろう。
「仕方がない。ガチンコ勝負と行こう」
「そう来なくっちゃなァ!」
「やれやれ、老骨にはこたえるわい」
正面対決と聞いてジゴロウは喜んでいるし、源十郎も言葉とは裏腹に声音は嬉しそうだ。こんな二人がいるのだ。チマチマ削るなどという消極的な戦法は厭がるに決まっている。
だったら二人の腕前を存分に奮って暴れさせた方がいい。私は援護に徹すればいいのだしな。
「ヒット&アウェイで行くぞ。私が【暴風魔術】で毒を散らすから、その隙に接近しろ」
「はいよ!」
「わかった」
「では…星魔陣遠隔起動、呪文調整、風柱」
私は範囲を広げた風柱を毒炎亀龍の直ぐ側に発生させ、撒き散らしている毒を全て巻き上げていく。ガスは常にに再放出されているが、風柱がある限りは吸い取って散らしてくれる。
まるで空気清浄機だな!最初からやればよかった。こうして毒に犯される心配は無くなったが、もう一つの問題である炎は未だに健在だ。盛大に噴き上げているので、【水氷魔術】では焼け石に水ならぬ焼け甲羅に水となるだろう。
「ハハハハハァ!スリルがあるねェ!」
「ほっほっほ!」
しかし、我らが誇る二人の戦闘狂の胆力を舐めて貰っては困る。二人は甲羅から噴き上がる炎の隙間を縫うように近付いて行く。ジゴロウもそうだが、【火属性脆弱】を持っているハズの源十郎は炎を食らうのが恐ろしいとは感じないのだろうか?
そうこうしている内に、二人はあっさりと毒炎亀龍の正面に躍り出た。そしてジゴロウは相変わらず顔面を、三刀流に戻した源十郎は右前足を狙って攻撃する。
「オオッラアァァァ!!!」
「ぬぅん!」
ジゴロウの拳がまたしても顔面に生える棘を殴り折り、源十郎の斬撃は硬い体毛の上から前足を切り裂く。どちらも致命傷には程遠いが、確実にダメージを蓄積させられたはずだ。
「ガガッ…ガアアアッ!!」
対する毒炎亀龍は当然反撃に出た。これまで主に長い尻尾を主軸にしていたが、それは既に源十郎によって斬り落とされている。なので攻撃手段は先程と同様の噛み付きと、前脚による引っ掻きであった。
毒炎亀龍には六本の脚があるので、後足と中脚とでも言うべき脚によって身体を支えれば両前脚を自由に動かす事が可能だ。現在のは積極的に攻撃してくる形態だからであろうか、奴は大木ほどもある逞しい前脚を縦横無尽に振り回していた。
「オラオラ!そんなモンか!?」
「ほれほれ、当たっとらんぞ?」
掠めただけでも私は逝ってしまうであろう暴力の最中にあっても、二人のペースは変わらない。前脚と噛み付きをしっかりと回避しつつ、むしろ挑発的な発言によって煽っている。
「グッ…グッガアアアアアア!!!」
基本的にFSWの魔物の知性は低いが、馬鹿にされた事に腹を立てる程度のAIは搭載されている。なので人間風に言えば顔を真っ赤に染めてムキになっているのが今の毒炎亀龍の状態だ。
「キュキュー!」
「「キーッ!」」
つまり、周囲が見えていないのである。そのせいでカルや召喚した空襲鷲が中距離から放つ魔術でチクチクと体力が削られていた。一発の威力では前衛二人に遠く及ばないものの、断続的に攻撃し続けているのだから総合的な与ダメージはずいぶんと多くなっているはずだ。
「…よし、付与の更新完了。やっと私も参加出来るな」
これまで私は高みの見物をしていた訳ではない。全員の付与が切れるタイミングを見計らって強化をかけ直していたのだ。
それが終わったからには戦闘に加わろう。カルの翼の恨み、絶対に晴らしてやる!
「では手始めに…魔法陣遠隔起動、呪文調整、地変」
私は地変の呪文によって毒炎亀龍の後脚と中脚の下の地質を弄る。中洲を形成する粒の大きな砂利や小さめの丸石を、サラサラの砂へと変えていく。
また、呪文調整によって効果範囲も広げる。ただし、範囲の広げ方は下方向にである。つまり、かなり深度まで地面が砂になったのだ。
「ガァ?」
しかしそれだけでは毒炎亀龍に何の痛痒も与えることは出来ない。それどころか毒炎亀龍の巨体と圧倒的な重量の前には、足元を砂に変えただけでは何の効果も無かった。
「からの、魔法陣遠隔起動、流砂。沈め!」
私は【大地魔術】の地変によって砂へ変わった地面に、【砂塵魔術】の流砂を使う事で即席の蟻地獄を作り出した。このコンボはずっと試してみたいと思っていたのだ。さて、効果はいかほどかな?
「ガアアアアアア!?」
おお、効果覿面じゃないか。毒炎亀龍は下へ下へと流れる砂に脚を取られて徐々に沈んで行く。奴の悲鳴からは困惑と混乱が伝わってくる。まさに、わからん殺し状態だ!
「よし、ダメ押しと行こう。」
更に私は【呪術】と【邪術】をガンガンかけていく。あ、どうせ毒は効かないと解っているし、即死系は万が一成功してしまうと二人に殺されそうだから使わない。
「グッ…グガガ…!!?」
よしよし、大体の術は掛かったようだ。地道なレベルアップと『髑髏の仮面』の効果が出ているのだろう。今、毒炎亀龍は幻覚や幻聴、幻痛に苛まれながら麻痺や病気に苦しんでいる。ははは!辛かろう?
「ヒッデェ…」
「…イザームが味方で良かったわい」
「キュキュキューッ!!」
ボスとは思えぬ醜態を見てしまった二人は、何故か化け物を見るような目で私を見る。おいおい、我ながら鬼畜の所業だと自覚しているが、仲間にそんな目を向けるのは止めないか?
しかし、カルだけは大興奮で喜んでいる。おお、カルよ。お前は私の凄さを解ってくれるのか。良い子だよ、本当に。
「ほら、今の内だ。さっさと攻撃しろ」
「釈然としねェが、了解だぜ」
「うむ!」
「キュウーッ!」
地中に飲み込まんとする流砂と状態異常のオンパレードによって何も出来なくなった毒炎亀龍に、ジゴロウと源十郎、そしてカルが襲い掛かる。では私は【呪術】と【邪術】で状態異常を維持しつつ、奴の体力調整に気を配るとしよう。
体力に注意を払うのは、勿論【龍の因子】を警戒しての事だ。自分が使った経験で知っているが、あれは本当にヤバい。発動した瞬間から追い込まれて覚醒した漫画の主人公ばりの逆転劇が始まるのだから。
作戦としては、毒炎亀龍の体力が一割を切るギリギリまで削ってから我々の最大火力をぶつけるつもりだ。これで削りきれるかどうかは微妙なラインだが、やるしかない。
まあ、【龍の因子】には常時回復効果があって、体力が一定まで回復したら強制的に解除される仕様がある。なので一番楽なのは体力が一割を切って【龍の因子】が発動した瞬間に全員で回復アイテムを投げ付けるのが最適解だと思う。私が一人なら、迷わずそうしていただろうな。
だが、そんな消極的な戦い方をジゴロウと源十郎は嫌うに決まっている。現実にはいない強者との戦いを求めてゲームをしている二人が、仕様を悪用するがごとき作戦を良しとするとは私には思えないのだ。
因みに、二人は魔術による遠距離攻撃や【呪術】や【邪術】による敵の弱体化、更には毒を仕込んだ武器の使用も卑怯とは言わない。それらは全て戦法の一つに過ぎないからだ。魔術師にとっての魔術が、呪術師にとっての呪術が、暗殺者にとっての毒針が、二人にとっての拳や刀と同じだと認めているのである。
それを聞いた時、何ともストイックな話だと思ったよ。そして同時に二人が仲間で良かったと心底思った。そしてそんな求道者然とした二人の信頼を裏切る事は私には出来ない。なればこそ、共に全身全霊を以て毒炎亀龍の最終形態を討ち倒すべきだろう。
「そろそろ、体力が一割だ!全員、最大の攻撃を準備!」
「待ってたぜェ!」
「承知!ハァァァァ!!」
「キュウウウウ!!」
そうこうしている内に、毒炎亀龍の体力がそろそろ一割だ。なので皆は全力の一撃の準備に入った。
ジゴロウは【神獣化】や【炎雷の化身】、更に迷宮イベントの報酬である『狂鬼之戦籠手』の能力、【破鎧之拳撃】の準備に入った。これは敵の甲殻や防具を確実に破壊しつつ、防御力を無視した打撃を二日に左右で一発ずつ叩き込める効果がある。無論、毒炎亀龍の甲羅も対象だ。今こそ、使い時だと言うことだろう。
源十郎が刀を握る力を強めると、三本の刀それぞれに変化が起きる。大太刀の刀身が漆黒に染まり、打刀と脇差しから禍々しい怨念めいたオーラが溢れ出した。
『蒼月の試煉』の報酬である大太刀、その銘は『大太刀・望月』と言う。切断に特化した能力を複数持つのだが、その中に【朔の刻】という能力がある。これを使用すると反動で丸一日はなまくらとなる代わりに、大太刀の性能を格段に引き上げる事が可能だ。
そして打刀と脇差しは『妖刀・無銘』というセット装備だ。あの劣小蛇龍がいた地底湖の底に沈んでいた武器だな。アイリスの丁寧な研ぎと修復によって使えるようになったこれらは、まさかの妖刀であった。
これに魔力を通すと【呪傷】という特殊な状態異常に陥り、解呪しない限りは傷口が癒えなくなる能力を持っている。強力な能力だが、セットにしなければ鞘から抜けなくなる上に刀が敵に当たる度に使用者の体力を削り取るリスクを負う。本人曰く一瞬触れただけでも馬鹿にならない量の体力が削られるので、ここぞと言う時にしか使えないのだ。今こそ、そのリスクを負ってでも攻める時だということだろう。
私も最後の一撃に向けて準備を開始しよう。この状況で出し惜しみなど一切無しだ。一気に叩き潰してみせる!それくらいの気合いを込めて魔術を構築していくのだった。




