毒炎亀龍 その二
またまた寝落ちしてました…ダメダメです…
地面に伏せたままの私は、頭上を高速で何かが通り過ぎるのを肌で、と言うか骨で感じていた。どうやら私の判断は正しかったらしい。伏せていて正解だ。
「うぅ…み、皆!無事か!?」
私は爆音と共に巻き上がった紫色の砂埃の向こう側にいるであろう仲間達を呼ぶ。
どう考えてもあれは【猛毒】の能力で生み出されたガスだろう。中に居続けるのは危険極まりない。早く出てきてくれ!
「生きてるぜ!」
「儂も何とか、の!」
砂埃の中からジゴロウと源十郎が口を手で塞ぎながら飛び出しつつ、生存報告を返して来る。良かった。二人のどちらかが欠けた時点でボス攻略は諦めねばならないと思っていたので、一安心だな。
「キュゥゥゥ…」
「カル!?」
何て事だ!カルが遅れて出てきたかと思えば、四枚あった翼の内の一枚に大穴が空いているではないか!
カルは三枚の翼でも飛べるようだが、ふらついていて何とも頼りない。それに何よりも翼を失った姿はとても痛々しい。
「カルよ、これを飲みなさい」
「キュゥ~…」
私が差し出したポーションをカルは素直に飲み干す。体力バーはゆっくりと回復していくが、これだけでは部位欠損を治す事は出来ない。
と言うよりも部位欠損を治す方法を我々は有していない。掲示板によると、神官系の職業に就いている者だけが習得可能な【治癒術】には部位欠損を治す術があるらしい。しかしながら、我々の中には神官はいない。
ならば薬で治したいところだが、そうは問屋が卸さない。部位欠損を治療可能なポーションは、今使っている中級ポーションよりも二段階上の最上級ポーション、それも品質が『良』以上のそれが必要となるらしい。
そんなもの、入手手段すら知らんわ。つまり、現状ではカルの翼は元に戻せないと言う事だ。
「おい、二人とも…」
「ど、どうしたよ兄弟?」
ジゴロウの声が若干震えている気がする。だが、そんなことは二の次だ。今は兎に角…
「あの腐れ亀野郎をブッ殺すぞ…!!!」
「「お、おう!」」
私の従魔であり、仲間でもあるカルに重傷を負わせたのだ。治す薬を用意出来ない以上、毒炎亀龍には落とし前として命を差し出して貰うしかないよな?
「あ、あのよ、兄弟。一個だけ教えてくんねェか?」
「何だ?」
「アイツ、さっきは何をしたんだ?俺ァお前の声を聞いて反射的に伏せただけだからサッパリだぜ」
「ああ、その話か。あれを見ろ」
私は川に突き刺さった焦げ茶色の棒状の物を指差す。それを見たジゴロウは驚きに目を見開きながら呟いた。
「ありゃあ…棘、なのか?」
毒炎亀龍が引き起こした爆発とは一体何だったのか。それは奴の持つ能力の一つである【射出】を使ったのだ。奴が背負う甲羅に生えている突撃槍のような棘を全方位に向かって【射出】したのである。
【射出】によって大質量の棘を大量に飛ばすと同時に紫色の煙が大量に吹き出している。それは砂埃と混ざって未だに濛々と立ち込めており、毒炎亀龍の姿を隠していた。
「奴が棘を【射出】するとき、棘の付け根から出ている煙の量が増えていた。おそらく、それが予兆なのだろう」
「ほーん、なるほどねェ」
「それと周囲の囲んだのも条件かもしれんのぅ」
そうだな。源十郎の予測は一理ある。あれは一種の切り札に相違あるまい。
「とりあえず、邪魔な煙を払うぞ。星魔陣、呪文調整、風球」
私は威力を少しだけ増した風球を五発放つ事によって毒々しい色の砂埃を吹き飛ばす。そして改めて姿を見せた毒炎亀龍は、今正に棘を新たに生やしている所であった。
「次弾の装填中ってか?」
「今ならもう一度尻尾を狙えるかの?」
「いや、待て」
二人はこれをチャンスだと思っているようだが、私は違う。何故なら棘を伸ばしている最中という隙を晒しているはずなのに、毒炎亀龍からは何処と無く余裕を感じるからだ。
【猛毒】のガスは吹き散らされ、自身は動きを止めているのに焦りは無い。確実に誘っている。そうとしか考えられなかった。
「攻撃を再開するのは、奴が棘を伸ばし終わってからだ。それまでは此方も態勢を整えるぞ。兄弟、カル抜きで奴を牽制し続けられるか?」
「…無理じゃねェが、かなり厳しいぜ。逃げるだけで精一杯だろうよ」
ジゴロウは強がる事なくそう言った。毒炎亀龍は身体が大きいので、一つ一つの攻撃は大振りだが同時に範囲も広い。ジゴロウでも余裕綽々で戦える相手ではないのだろう。
「わかった。ならばカルの足が必要だな。召喚、魔狼、敏捷強化、敏捷強化、敏捷強化、敏捷強化、敏捷強化」
私は【召喚術】で狼系の魔物であるレベル20の魔狼を喚び出し、さらに【付与術】によって敏捷を可能な限り強化する。本当ならスピード特化の不死なら【死霊魔術】で更なる強化を図れるのだが、生憎と今は昼間なので我慢である。
「カル、お前はコレに乗るといい。兄弟、コレへの指示は任せる」
「オッケー、任された!」
「源十郎、何か要望はあるか?」
カルの足は確保出来た。次は源十郎の番である。尻尾を狙うのは継続として、何か私が気付いていない援護が必要な事があるかもしれないからな。
「そうじゃな…空中から牽制出来んか?奴の注意を反らす対象がもっと多いと助かるのじゃが」
「わかった。召喚、空襲鷲、雷、敏捷強化、敏捷強化、敏捷強化、知力強化」
私は源十郎の要望通り、二羽の空襲鷲を召喚する。山での戦いによって条件を満たしたことによって、鷲系の魔物も【召喚術】で喚ぶ事が可能となったのだ。それを二段階進化させた上で雷属性を付与、更に速度を上げつつ属性攻撃力を上げるべく知力も強化している。
まあ、毒炎亀龍の体力と防御力の前には弱点属性を持っていても大したダメージは期待出来ない。あくまでも二羽は牽制に専念させるための下僕である。
「これでいいか?」
「バッチリじゃよ」
「お二人さんよォ、そろそろ奴さんも動き出しそうだぜ?」
我々が態勢を立て直し終わるのとほぼ同時に、毒炎亀龍も棘を伸ばし終わったようだ。お互いに準備が整った所で第二ラウンドと行こう。一刻も早く引導を渡してやる。
「ゴガアアアァァァァァ!」
「ッシャァ、行くぞオラァ!」
「キュキューッ!」
毒炎亀龍の雄叫びを合図に、ジゴロウと魔狼に乗ったカルが正面から再突撃を敢行する。対する毒炎亀龍は、尻尾によって迎撃する。根元を深々と切り裂かれているとは思わせない力強さであったが、ジゴロウ達はしっかりと回避しつつ前方からの牽制を再開した。
「どれ、儂も行くとするか」
わざと前に出るタイミングをずらした源十郎が、背後へと回り込もうと走り出す。それと同時に、私の頭上を旋回していた空襲鷲達も毒炎亀龍に向かって飛んで行った。
「グオオオオ!」
だが、毒炎亀龍も馬鹿ではない。自分の尻尾が狙われていることを既に学習済みなので、それを斬ろうとする源十郎に向き直ろうとした。
「無視してんじゃねェ…ぞ!」
「キュウウッ!」
「ガッ、ガアアアァァァッ!」
しかし、振り返ろうとした所でジゴロウの拳とカルの【闇魔術】が顔に飛んでくる。カルはともかく、ジゴロウの打撃は無視出来なかったらしい。鬱陶しそうにしながら振り向くのを中断すると、苛立った唸り声と共にジゴロウに噛み付いた。
「へっ!当たるかっての!」
「キュキュッ!」
巨大な顎が迫って来ても、ジゴロウは難なく回避してみせた。そしてその隙に魔狼の背中から飛び上がったカルが、その尻尾を毒炎亀龍の横っ面に叩き込む。渾身の一撃が頭部を揺らし、一瞬だけだが動きを止めた。
「そこじゃあァァァァ!」
この好機を逃す源十郎ではない。雄叫びを上げながら、大太刀を振りかざして突撃する。今度こそ尻尾を斬り落としてやると言う気概がひしひしと伝わってくるぞ!
「グオオオオオオ!」
「ぬおおっ!?」
源十郎の刃が届くと思われた刹那、毒炎亀龍は咆哮と共に尻尾の付け根の辺りから紫色のガスを噴射したではないか!源十郎の悲鳴が聞こえたが、無事か!?
「ゲホゲホ!とんだ目に会ったわい!」
源十郎は噎せながらもガスの中から生還した。ギリギリで攻撃の兆候に気が付いて後退したために直撃は免れたようだ。
だが、無傷ではない。彼の外骨格には所々に焦げ跡がついていたのだ。どうやらさっきのガスは高温であったらしい。火属性が弱点である源十郎には辛い攻撃だろう。
「回復薬は?」
「もう使ったわい。解毒薬もな。それにしても、臭いわ!」
「臭い?」
翅を使って跳躍の距離を伸ばした源十郎が、私の側まで戻ってきてから吐き捨てるように言う。唐突に何を言い出すんだ?
「あれは屁じゃぞ!あの亀め、儂に屁をかましよった!」
源十郎は憤慨していた。オナラを掛けられたのだから当然の反応だろう。それにしても、火属性と毒を含むオナラか…想像を絶する魔物のようだ。
「絶対に尻尾を斬ってくれる!」
「なら、これを持っていけ」
怒りで熱くなっている源十郎だが、何の対策もしなければさっきと同じ結末が待っているだけだ。それを打開するべく、私は数枚の札を差し出した。
「む?これは?」
「風壁の札だ。これを使えばあのガスを防げるだろう」
「ほほう、助かるわい!」
「ただし、まだ私の【符術】レベルが低いせいで札に込められた魔術の効果は弱い。全部使って何とか一度だけガスを防げる、と思ってくれ」
【符術】のレベルは積極的に上げているものの、まだまだ他の能力に比べればかなり低い。【符術】の仕様もあって、源十郎に与えられるチャンスは一度だけになる。
「頼りないリーダーですまんな」
「いやさ、十分じゃよ。要は一度で決めればいいのじゃ」
そう言うと源十郎は打刀と脇差をインベントリに収納すると、大太刀を札を持っていない三本の腕で握りしめる。何をするつもりだ?
「お主らに剣術のなんたるかを見せてやろうぞ!」
そう言うと源十郎は再度翅を開いて跳躍し、一気に毒炎亀龍へと高速で接近する。そしてそのまま背後へと回り込んだ。
「グオオオオン!!」
「効かぬわ!」
ジゴロウとカルの牽制によって振り向けない毒炎亀龍は、先程と同様に紫色のガスを噴射する。源十郎はそれに合わせて私が渡した札を使った。
毒々しい色のガスは風の壁に阻まれて源十郎を包み込む事は無かった。迎撃に失敗したとは知らない毒炎亀龍は、今も尻尾をジゴロウとカルを仕留める為に使っている。つまり、源十郎の邪魔をするものは何一つ無いのである。
「シャッ!」
源十郎は大太刀を大上段に構えると、三度斬り付けた傷口へと一気に振り下ろす。
「グガアアアァァァ!?」
四本の腕によってしっかりと握られた大太刀は、いとも容易く毒炎亀龍の尻尾の骨を切断した。
「オマケじゃ!」
更に返す刀で斬り上げる事で、辛うじて繋がっていた筋肉と皮を断ち切る。これで毒炎亀龍の尻尾は完全に斬り落とされた。
「ハッハァ!尻尾が無けりゃ、余裕だぜ!」
「キュオオオオッ!!」
縦横無尽に振り回していた尻尾が無くなった事で、毒炎亀龍は大振りな攻撃しか出来なくなってしまった。そうなるとジゴロウの独壇場である。彼は俊敏に動き回り、毒炎亀龍を翻弄しつつ隙を見て強力な打撃を加えている。
攻撃しているのは何もジゴロウだけではない。私は援護の合間に奴の弱点である【雷撃魔術】の雷矢を撃っているし、カルも魔術を近距離から放って目眩ましに徹している。召喚した空襲鷲も空中から雷矢で注意を引いているし、尻尾を斬り落とした源十郎に至っては三刀流に戻して毒炎亀龍の足を斬り付けていた。
「グウウウゥゥゥ…」
前後と上空からやりたい放題に攻撃されている毒炎亀龍は忌々しげに低く唸る。そしてまたもや甲羅から漏れ出る煙が増え始めるのが見えた。
「アレが来るぞ!全員、注意!」
「あいよ!」
「わかったぞい!」
「キュッ!」
「グオアアァァァ!!!」
私が注意換気した直後、雄叫びと共に毒炎亀龍は棘を【射出】する。しかし、一度それを見ている我々は慌てる事なく姿勢を低くしてこれをやり過ごした。
無数の棘が撒き散らされると同時に奴の周囲に毒のガスが充満する。これでまた仕切り直しの第三ラウンド…にはさせない!
「魔法陣遠隔起動、呪文調整、風柱」
私は風柱の呪文を毒炎亀龍の周囲に発生させる事によってガスを巻き上げ、上空へと逃がす。これでガスを使って身を守ることは出来ないぞ?
「よし、今…」
「グルルルル…ゴアアアァァァァァ!!!」
やはり近付くのは危険だと判断した私が遠距離攻撃で削って行こうと思った時、毒炎亀龍が吼えた。前の時のような余裕を感じさせない本気の咆哮である。
すると、棘が生えていた部分に出来た窪みから紫色の煙と共に真っ赤な炎が吹き出し始めたではないか!ま、まさか…
「モードチェンジだと!?」
私の魂の叫びがボスエリアに木霊するのだった。




