毒炎亀龍 その一
我々はバシャバシャと音を立てつつ、毒炎亀龍の座す中洲へと足を運ぶ。あ、私とカルは飛んでいるよ?濡れるのは面倒だし。
「ん?何だこりゃ?採取ポイントじゃねェか」
飛べないので川を歩いていたジゴロウが採取ポイントを見付けたらしい。この川底、何かアイテムが取れるのか?
「…骨じゃな」
ジゴロウは踏んづけた物を川底から引っ張り出して我々に見せる。それは紛れもなく骨だった。だが、かなり大きい。人間の大腿骨位はあるぞ?
「見せてくれ。【鑑定】してみる」
「わかったぜ。ほらよ」
私はジゴロウが放り投げた骨をキャッチする。どれ程の期間を水中で過ごしたのかは不明だが、骨はほとんど劣化していないように見える。一体、何の骨なのだろうか?早速、【鑑定】だ!
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劣火龍の骨 品質:可 レア度:S
最下級の火龍の骨。龍と火の力を秘める。
未熟とは言え、真なる龍の素材は優れた武具となるだろう。
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「り、龍の骨だと!?」
私は思わず大きな声を出してしまう。それほどの衝撃だったのだ。現にジゴロウと源十郎も私が持つ骨を食い入るように見ていた。
劣火龍…おそらくは劣火龍とでも読むのだろう。素晴らしい素材ではないか!アイリスがいれば狂喜乱舞して根こそぎ回収したがるだろう。
しかし、その骨が無造作に転がっているのは非常に気になる。これはどう考えても私が身体に取り込んだ劣小蛇龍の骨よりも上の素材だ。なのに敵を倒すのではなく拾って得るなど、普通は考えられない。
「イザームよ、こっちにもあったぞい」
「ああ、ありがとう。貸してくれ…ん?」
今度は源十郎が別の骨を見付けたらしい。それを受け取った時に、私は一つの違和感を感じた。
「何だ?かなり軽いぞ?」
源十郎が見付けた骨は、ジゴロウの見付けたそれとほぼ大きさは変わらなかった。なのに重さが全く違うのだ。それはこちらが劣化しているから、ではない。状態で言えばほとんど同じ位にキレイなのだから。
良くわからないが、【鑑定】してみよう。きっとそれで色々と明らかになるハズだ。
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飛龍の骨 品質:可 レア度:S
大空を翔る飛龍の骨。龍と風の力を秘める。
龍の眷族の素材は、優れた武具の素材となるだろう。
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飛龍…だと?また別の龍の名前が出てきた。もう訳がわからん。
ただ、一つだけ解ることは毒炎亀龍と関係があるということだけだ。近付いて見て解ったが、毒炎亀龍のいる中洲には幾つもの骨が埋まっているのだ。
恐らくだが、毒炎亀龍は劣火龍や飛龍から【龍の因子】を得たのだろう。その方法はわからないが、そう考えるのが一番あり得そうだ。
「グルルルルルル…」
「マズい!早く中洲に上がろう!」
うっ!ボスに近付いておきながら悠長に会話したり採取と考察するなど何て愚かなんだ!さっさと行かねば!
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フィールドボスエリアに侵入しました。
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「ゴオァァァァァ!!!」
私たちが小走りで中洲に上がると同時に、毒炎亀龍は甲羅の中から遂にその身体を顕した。
その姿は一言で言えば、異形であった。頭部には無数の小さな棘がびっしりと生えていおり、さらに瞳孔が縦に割れた四つの眼球と口の中には二重に生えた牙がゾロリと並んでいる。森獣亀とは比較にすらならない凶悪さだ。
六本の脚はとてつもなく太く、大樹を彷彿とさせる。あの巨体を支えられる事からも、その力強さは見せかけではあるまい。また、表面は見るからに固そうな体毛で覆われている。切断するのは難しいと言わざるを得ない。
そして尻尾だが、かなり長い。それこそ、奴自身の身体を一周させられる位の長さがある。表面はワニのようにゴツゴツしており、先端には鈍器のような瘤が付いていた。恐竜にこんな奴がいたような気がする。名前は忘れたが。
「どこから攻めるよ、兄弟?」
「さて、どこから攻めればいいんだろうな?」
ジゴロウが私に尋ねてくるが、そんなものは私が知りたいくらいだ。何だよアレ。まるで動く要塞じゃないか!
「おいおい。リーダーのお前がそれじゃあ、ってうおおっ!?」
ジゴロウが軽口を叩こうとした時、毒炎亀龍が動いたようだ。何故『ようだ』と表現したのかと言えば、私には動きがまるで見えなかったからである。
しかし、何があったのかの予想はつく。何故なら、先程までジゴロウが居た場所に毒炎亀龍の尻尾がめり込んでいるからだ。
おそらく、毒炎亀龍が尻尾によってジゴロウを殴り付けたのだろう。私の目には全く映らなかったがな!
動体視力が追い付かないって、実質避けるのは不可能と考えるべきだ。なら、私は奴の尻尾の間合いに入らないように気を付けねばならないだろう。あの尻尾は明らかに打撃属性だろうし、即死する未来しか見えないからな!
「ッぶねェなァおい!」
私には全く見えなかった攻撃、それも完全な不意討ちだったにもかかわらず、ジゴロウは何とか回避に成功していた。流石である。
そして危ない場面だったのに、彼はとても楽しそうに笑っている。いつもの獰猛な笑みだ。闘争心に火が着いたらしい。強敵だと肌で理解したのだろう。
「皆、まずはあの尻尾をどうにかするぞ!ジゴロウは頭を狙って牽制!源十郎、やれるか?」
「愚問じゃ!やってみせるわい!」
源十郎は言葉少なくとも私の意図を汲んでくれたらしい。いつの間にか槍を納めて大太刀と打刀と脇差しの三刀流となっている。
ここまで言えば誰でも解るだろうが、私の狙いは尻尾の切断である。鼠男王の時は膝を破壊して動きを封じた。ならば今回は尻尾を斬り飛ばして戦いを有利に運ぼうという寸法だ。
我々の中で『斬る』事に関して源十郎の右に出る者はいない。それこそ、全プレイヤーの中でも最上位に位置すると思われる。なら、我々は徹底的に源十郎が尻尾を切断するのをサポートしよう。
「任せる!カルはジゴロウと共に牽制!無理はするなよ?」
「キュオオッ!」
彼からすれば、初めてとなる龍の眷族との戦闘だ。自分と近い魔物との戦いに興奮しているのか、普段よりもヤル気に満ち溢れている。空回りだけはしてくれるなよ?
「私は徹底的に援護する!光鎧!」
私は自分を含めた全員に光輝く魔力の鎧を纏わせる。囮役を勤めるジゴロウとカルには呪文調整によって強化して防御力を上げている。取り敢えずはこれで即死することは無いハズだ。
「次は付与だな…」
次にジゴロウとカルには防御力強化を五重に、源十郎には大太刀に雷属性付与を施し、器用値強化と筋力強化をそれぞれ二重に掛ける。
武器への付与とステータス強化は両方とも【付与術】なので付与の枠を食い合うのでこれで五重付与扱いだ。源十郎には一刻も早く尻尾の切断を成功させて欲しいので、彼に付与するのは攻撃の威力を上げる筋力強化とクリティカル率等に影響があるらしい器用値強化である。防御に関しては私が受け持つぞ!
「オラオラ、こっちだぜェ!」
「キュルルルルル!!」
「ガアアッ!」
ジゴロウとカルは毒炎亀龍の気を引くべく、大声を上げながら正面から突撃する。それに対して当然、毒炎亀龍は迎撃に尻尾を繰り出すが、一人と一匹は左右に分かれて回避する。
「シャァァァ!」
「キュオオッ!」
ジゴロウが奴の右側から、カルが左側から接近し、その顔面に拳と爪を叩き付ける。ジゴロウの拳は毒炎亀龍の頭部に生える棘を何本か纏めて圧し折る事に成功していたが、カルの爪では棘に傷を付けるだけに終わった。やはり、地力が違うという訳か。
「キュオォ…」
「落ち込むなよ、坊主!手を休めンな!」
まともなダメージを与えられなかった事に歯噛みするカルをジゴロウが叱咤する。実際、ジゴロウの言は正しい。ダメージが無かったとしても、顔の回りを飛び回られるだけでも十分な牽制になるのだから。
「ガァァァァ!!」
自身の棘を折られてご立腹な毒炎亀龍が、ジゴロウに噛み付こうと口を開く。ジゴロウを丸呑み出来そうな大きさの口の中に並ぶ二重の牙に食らい付かれれば、彼と言えども部位欠損するか即死するかしてしまうだろう。
「っとォ!今だ!」
「キュッ!」
ジゴロウは身を捩って躱すと、カルに鋭く指示を出す。それに応えるようにカルは毒炎亀龍の頭上まで飛び上がり、頭頂部に思い切り尻尾を叩き付けた。
「グガァァァ!!」
空中で宙返りのように身体を縦回転させて威力を増した尻尾の一撃は、噛み付きを空振った毒炎亀龍の頭を強打する。カルの尻尾の先端が鋭い事もあって、頭頂部に生えていた棘が数本切断されていた。全身を使った攻撃ならば通用するようだな!流石はカルだ!
「キュウウウッ!」
気を持ち直したカルは、顔の周囲を飛び回りながら小刻みに攻撃し始めた。自分の渾身の一撃が通用するからと言って、それを連打するような愚を犯すカルではない。全力の一撃を叩き込む為の準備として敵の隙を作る事の重要性を知っているのだ。
これは前衛を勤める者の心得としてジゴロウと源十郎が模擬戦を見せながら私がいない間に教えたそうな。勝手な事を、とは思ったが今は感謝の念で一杯だ。
「セイヤァァァ!!!」
「ガッ!?」
ジゴロウとカルが気を引いている間に、源十郎は背後に回り込むと裂帛の気合いと共に大太刀を尻尾の付け根に向けて振り下ろす。敵の弱点を付与してある大太刀は確かに尻尾を斬ったものの、切断するには至らない。分厚く硬い表皮と強靭の筋肉に阻まれたのだ。刃が骨に届いてすらいないだろう。
「まだじゃよ!」
しかし、源十郎の攻撃はそれで止まる事は無い。何故なら彼は三本の刀を握っているのだから。
彼は大太刀によって作られた傷口へと打刀を鋭く振るう。これも骨には到達していないようだが、それでも傷をより深くすることに成功した。
「もう一丁!」
ガギッ!
「手応えアリじゃ」
更に脇差しを突き出して傷口を抉る。その時、何か硬質なもの同士がぶつかり合う鈍い音が私の耳にも聞こえて来た。同時に、源十郎がニヤリと笑った気がする。
どうやら源十郎の刃が遂に骨まで届いたらしい。正確に同じ箇所を攻撃出来るだけの技量があればこそ、ここまで早く切断の見込みが出てきたのだろう。このリアルチートめ!ありがとう!
「グギャアアアアアアア!!!」
尻尾を切断されかけて何も反応しない訳がない。毒炎亀龍は怒りの咆哮と共に尻尾の先を源十郎へと振り下ろす。源十郎は懐深くに飛び込んでいるので、どうあっても回避は不可能だ。
「魔法陣遠隔起動、聖盾」
だが!そんな事は織り込み済みだ。私はいつでも使えるように準備していた聖盾を源十郎と毒炎亀龍の尻尾の間に構築する。
パリィィィン!
悲しい事に毒炎亀龍の尻尾によって私の聖盾は一撃の元に破壊された。聖なる盾が砕け散る甲高い音が木霊する。
しかし、どんな攻撃も一度だけは防ぎ切るという特性によって毒炎亀龍の致死の一撃から源十郎を守る事には成功した。その間に彼は後ろに下がって距離を取り、彼にとっての安全圏まで後退する事が出来たようだ。狙い通りである。
「助かったわい!」
源十郎が大声を張り上げて私に感謝の言葉を告げる。何とも律儀な御仁だ。
「余所見してんじゃねェぞ!」
「キュルルゥッ!」
尻尾を斬られては堪らないとばかりに毒炎亀龍は身体の向きを変えて源十郎を正面に据えようとするが、それをジゴロウとカルが妨害する。ジゴロウの剛脚が顎を下から蹴り上げ、カルの尻尾が頭頂部に打ち降ろされた。
「ッッッ!?」
上下から挟むように打撃を喰らった毒炎亀龍は、その衝撃によってスタンしている。あの巨体であっても、ああやって衝撃が逃げないようにしてやれば脳震盪を起こさせる事は可能なんだな。知らなかった。
「今じゃ、行くぞ!」
スタンしていると言っても、相手はボスである。その状態も数秒と保たないだろう。この絶好の機会を逃すものかと、源十郎は大太刀を振りかざして猛然と突撃しようとした。
「…ん?あれは?」
だが、距離があった私だけは毒炎亀龍の異変に気付く事が出来た。その異変とは、奴の甲羅から吹き上がっている煙の量が増えていることである。
どう考えても何かの前兆である。そして私は奴の持つ能力の一つを思い出し、直感に従って叫んだ!
「全員、伏せろぉぉ!!!」
次の瞬間、耳をつんざく轟音と共に毒炎亀龍の甲羅が爆ぜるのだった。




