森の奥地へ
空を飛べる二人と一匹でジゴロウを支えつつ、バーディパーチのある岩山から地面へと降りた我々は、早速来た道を辿りながら南進を開始した。
「でよォ、森のボスって何だと思うよ?」
「…またその話か」
「あん?また?」
「ああ、実はな…」
ジゴロウの何気なく切り出した話題に、私はデジャヴュを覚えた。それは当然、シオに付き合って『オークの森』のボスが何であるのかを予想しあった事に由来する。
私は二人にその時の会話をかいつまんで聞かせると、顔を見合わせて苦笑している。何だかんだで皆気になる事は同じなのだろう。
「しかし、久しぶりの格上との連戦になる。油断は…しないよな」
「強ェ奴とヤリ合うのは挑むところだからな!」
「うむ」
二人は見るからにウキウキしている。彼らはスリルのある戦いでなければ満足出来ないのだろう。理解は出来ても共感は出来んな。だって私なら『如何に楽してリスク無く敵を倒せるか』を考えてしまうからだ。
戦いそのものを求める二人と、戦いによって得られるアイテムや経験値を求める私では価値観が根本的に異なるのだ。価値観は人それぞれだし、そう言う個性だと思えば気にならないがね。
「よし、森に到着したぞ」
「なら、肩慣らししながらボスまで行こうぜ!」
「そうじゃな。戦いの勘を研ぎ澄ませておきたいしの」
「キュキュー!」
…これは見敵必殺のパターンじゃな?そして諫められる者は誰一人としていない、と。ああ、経験値は美味しいかもしれないが、サポートが大変な予感がするなぁ…。
◆◇◆◇◆◇
――――――――――
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
【杖】レベルが上昇しました。
【鎌術】レベルが上昇しました。
【鎌術】の武技、回転斬りを修得しました。
【暗黒魔術】レベルが上昇しました。
新たに暗黒眼の呪文を習得しました。
【呪術】レベルが上昇しました。
新たに混乱と反転の呪文を習得しました。
【降霊術】レベルが上昇しました。
新たに獄獣召喚の呪文を習得しました。
――――――――――
うーん、連戦に次ぐ連戦だ。他にも色々レベルは上がっているが、通知をレベル5毎にしているおかげで随分と回数が減ってくれた。ありがたい。
「ゴガァァァ!」
「ハハハハァ!」
新たな武技と呪文を確認して行こう。先ずは【鎌術】の回転斬りだが、これは回転しながら斬り付ける事で全方位を攻撃する武技だ。
囲まれた時に最も効果を発揮するが、私が囲まれる事態って既に詰んでいるのでは…?ジゴロウ達と模擬戦をさせられた時、後ろに回り込まれたら使うくらいしか活かせないだろう。
「ふん!」
「ゴゲッ!?」
次は【暗黒魔術】の暗黒眼だ。これは魔力で出来た人間の頭部ほどもある眼球を作り出す術である。この眼球に睨まれると、自分よりもレベルが低い相手は動けなくなってしまう。ジゴロウの【咆哮】の効果を長時間に渡って維持するようなものだ。
欠点としては眼球を維持には魔力を消費する点が挙げられる。まあ、弱いもの苛め専用魔術なので我々のプレイスタイルでは使い所が余り無いだろうが。
「キュォッ!」
「ゲハッ!?」
お次は【呪術】の混乱と反転だ。混乱は魔物やNPCなら同士討ちをし初め、プレイヤーならパーティーメンバーを攻撃、もしいなければ自傷行為をし初める。まさしく混乱状態に陥るわけだ。
もう一つの反転だが、これは掛けられた者の動きが前後左右上下全てが反転するのである。知っていれば対応可能かもしれないが、初見だと間違いなく困惑必至な呪文だ。
「短転移、大斬撃」
「グガァァァァ…」
そして最後は【降霊術】の獄獣召喚だ。これは地獄の猛獣を呼び出して敵を攻撃させる術である。一度の召喚に応えてくれるのは一頭のみだが、これまでの亡者や餓鬼とは比べ物にならない強さを持つらしい。
また、召喚される獣はランダムで、低確率で恐ろしく強い化け物を呼び出せるようだ。説明文にはそう書いてあるが、いかほどの強さなのかは不明だ。
「ふぃ~。単眼鬼ってのは弱かねェが、動きが単調過ぎんぜ」
「うむ。緑風魔狼の方が手応えを感じるわい」
「おい、三人と一匹じゃ群れが相手だと流石に厳しくなるって話をしただろ?」
「キュ?」
と、これまでの戦闘の成果を確認しつつ我々は至極あっさりと単眼鬼を撃破した。ジゴロウの指摘通り、単眼鬼はとても攻撃の筋が素直なので私でも捌ける位に動きを読みやすい。
なら試してみるか、と言われても不慮の事故で即死するのが目に見えているのでやらないが。打撃属性である奴等の拳やら棍棒やらが当たって生きていられる訳がないだろう。
だが、それでは物足りないのが二人もいる。あの、本当に勘弁して貰えませんか?私は囲まれれば風魔狼にも殺られかねないんですよ?
「その鬱憤はボスにぶつけろ。同じ事を言うのはこれでもう五度目だぞ」
「わかっちゃいるんだけどよ…」
「むむ?二人とも、何やら水の音がきこえんか?」
私がジゴロウに説教をしていると、源十郎がそんなことを言う。気になったのでしばし口を閉ざして耳を澄ませると、確かに水が流れるような音が聞こえてくるではないか。
「近くに水場があるのか。なら行ってみよう。もしかしたら別の魔物がいるかもしれないからな」
「おう!」
「うむ」
「キュッ!」
◆◇◆◇◆◇
私達は水の音を頼りに進んで行く。途中で単眼鬼と一度遭遇戦になったものの、それ以外は順調に歩を進める事が出来た。
「おおー、思ったよりもデカイ川だな!」
ジゴロウが感嘆したように、意外と広い幅の川が流れているではないか。川の源流は北に戻らないとわからないが、今からこの川沿いを進む事にする。新たな魔物は出てきてくれるだろうか?
「川の中で泳いでおるのは…巨大魔魚じゃなぁ。目新しさは無いのぅ」
「キュウー!キュキュッ!」
「…いや、カルが見つけたようだぞ」
我々から少し離れた場所で水中から現れたのは、巨大な亀だった。その口には巨大魔魚が咥えられている。見た目も突起が多く、カミツキガメを彷彿とさせる攻撃的なフォルムをしていた。
「ガアァァァ…」
相手も此方に気付いたか。油断なく睨み付けながら低い威嚇の声を出している。
大きさや存在感からしてかなり強そうだ。だからこそ疼いている者がいるので戦闘は避けられまい。なら【鑑定】だな。
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種族:森獣亀 Lv41
職業:狩人 Lv1
能力:【牙】
【甲羅】
【水氷魔術】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【精神強化】
【奇襲】
【忍び足】
【水棲】
【物理耐性】
【毒耐性】
【水属性耐性】
【雷属性脆弱】
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カッチカチやぞ!身体の大きさから確実にタフであることはわかっていたが、明らかに防御向きである【甲羅】に加え【体力強化】、【筋力強化】、【防御力強化】でステータスを底上げ。さらに【物理耐性】によって前衛の攻撃の効果を殺いでいる。ならば魔術はどうか、と問われれば【精神強化】で最低限の対策はとってある。
まさに、動く要塞のようだ。幸いにして動きは鈍いので、逃げようと思えば楽に逃げられるだろう。逃げるという選択肢を仲間が取らせてくれないのだが。
「【物理耐性】はあるが、【雷属性脆弱】もあるから問題ない。まずは付与を掛けるぞ」
「俺にゃ必要ねェな」
「儂は頼もうかの」
「キュッ!」
炎雷狂大鬼であるジゴロウは、自分の魔力を用いて帯電の魔術と似た状態になる事が可能だ。なので今回は私の付与は不要である。…ギャグじゃないよ?
だが、雷属性に関する能力を持たない源十郎とカルには付与が必要だ。私は雷属性を源十郎の槍と大太刀、そしてカルの爪と尻尾の先に付与する。これでダメージが通り易くなったハズだ。
「オッラァ!」
「シッ!チェァッ!」
「キュオオッ!」
因みに源十郎にとって、様々な武器の組み合わせで戦うのが最近のトレンドらしい。今回は槍と大太刀のようだ。扱いがかなり難しそうだが、しっかり戦えている辺りは流石としか言い様が無い。
「ガァァッ!?」
森獣亀は咄嗟に甲羅に閉じ籠ったが、ジゴロウの拳打が甲羅にヒビを入れ、源十郎の大太刀が甲羅ごと身体を斬り裂き、その隙間にカルの爪と尻尾が食い込んだ。彼らの攻撃は確実にダメージを与えている。
ステータスを強化していないのだが、十分に火力は出るらしいな。如何に強固な甲羅を持っていようと、その性能に頼っていてはそれ以上の性能を誇る武器を使いこなす二人には通用しない。
もしこのまま何の工夫も無く終われば楽なのだが…絶対にそんなウマイ話はないだろう。きっと奥の手を持っているハズだ。
「ガアァァァ!!」
ギュルギュルギュルギュル!!!
そう思っていた矢先に、森獣亀は甲羅に閉じ籠ったままで高速回転し初めた!大昔に見た特撮映画のようだ!
それにしても、どうやって回っているのだろう?某特撮映画の巨大亀怪獣のように、引っ込めた手足のあった部分から火を吹いている訳でもない。一番あり得そうなのは能力である【甲羅】の武技という線か?
閑話休題。確かに、回転すればゴツゴツした甲羅の形状も相まって敵の攻撃を弾きつつ、無理に触れようとすれば忽ち大根のようにすりおろされるだろう。回転による攻防一体の守り。これこそが奥の手なのか!
「うおぁっ!冷たてェッ!?」
「むぅっ!?」
「キュゥゥッ!?」
いや、訂正しよう。奴の奥の手は私の予想の一歩先を行っていた。回転していても攻撃の手を緩めなかった三人だったが、その籠手や槍の先が凍り付いている。これは魔術によるものだ。
奴の能力である【水氷魔術】。【水魔術】を進化させたこの魔術で最初に覚える氷手を使っているに違いない。
これは接触した相手を凍り付かせる呪文なので、私は全くと言って良いほど使った事はない。しかし、森獣亀はその特性を巧く利用しているらしい。回転に加えて触れたら凍り付くとは…徹底的に物理攻撃への対策を取っているのだな。
「皆、下がってくれ。魔法陣遠隔起動、地変」
「!?」
ならば、魔術師たる私の出番だろう?まず私は【大地魔術】の地変によって森獣亀の足元の地面の質を変化させる。すると川原を覆っていた丸石が溶けるように砂へと変貌していく。
そう。私が変質させた先は砂だったのだ。森獣亀は自重と回転によってドリルのように自分からどんどん沈んでいく。砂の抵抗を受けて回転速度は目に見えて落ちて行き、終いには止まってしまった。
「呪文調整、砂嵐」
「~ッ!!!」
更に追い討ちを掛けるべく、私は森獣亀の全身を包み込むようにして【砂塵魔術】の砂嵐を呪文調整によって範囲を拡大した状態で発動。砂になった石をも巻き込んだ砂嵐が発生した。
中に囚われた森獣亀は、成す術も無く動きを止めている。そう、動きが止まっているのだ。
「星魔陣起動、呪文調整、雷雲!」
砂嵐の真上に分厚い黒雲が発生する。それはゴロゴロと腹の底を震わせる音を立てていた。
「落ちろ!」
次の瞬間、黒い雷雲の中で暴れていたエネルギーが一気に解放される。そして無数の雷が豪雨のように降り注ぎ、森獣亀に連続して突き刺さった。
おおっ、雷雲ってこうなるのか!何だかんだで使ったことが無かったから知らなかったが、かなり格好いいエフェクトじゃないか!
「グギャァァァァァ…」
森獣亀は只でさえ弱点である雷を無数に浴びて、そのまま絶命した。やはり、弱点を突くと楽だな。
だが、同時に素材の品質が劣化しているかもしれない。私はそうでなければいいのにな、と思いながら剥ぎ取りをするのだった。
書き貯めがあと10話前後しか残っておりません…ついにストックが切れる日が目前に迫っております。
この章の終わりまでは既に書ききっているので大丈夫ですが、その後は安定しなくなると思います。ご了承下さい。




