弓の素材を集めよう その四
「ゲェェェェ!!」
ボスである羽鹿の初手は、少し意外なことに【風魔術】の風槍だった。てっきりがむしゃらに突っ込んで来ると思っていたのだが。
「キュアア!」
対するカルは【火魔術】の火壁で防御する。ちゃんとシオを守るという目的を果たしているのは素晴らしい。
「ケブャァァァァ!」
魔術では埒が空かないと見るや否や、羽鹿は角を前方へ向けて駆け出した。奴は【角】と【突撃】の能力を持っている。それを活かした突撃力は、恐らく現在の私でも無視出来ないダメージを受けるだろう。
「キュオオオオオ!」
これに対し、カルもまた四枚の翼を羽ばたかせて突撃する。右腕を振り被っているという事は、正面から力比べをするつもりか?結構負けん気が強いのかもしれない。
ゴッキィィッ!!!
羽鹿の角とカルの爪が激突し、鈍く重い音がエリア中に響き渡った。
「キュアアッ!」
「ゲェッ!?」
力比べの勝者はカルであった。正直、この結果は予想通りである。いや、思い出して欲しい。カルは風魔狼を一対一で倒せるパワーがあるということを。
普通の鹿から一段階進化した程度の魔物なら、たとえ相手がボス化によってステータスが上がっていても余裕で勝てるのだ。残念だったな!
「ここっす!」
そうして出来た隙に、シオが矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐに飛んで行き、羽鹿の左後ろ足の付け根に突き刺さった。
当然、これにも私の【付与術】が掛かっている。その効果もあって、普通の矢とは比較にならないダメージを叩き出した。しかも、与えたのはダメージだけでは無かったらしい。
「ケェェ…ッ!」
羽鹿は矢が深々と刺さった左の後ろ足をとても気にしている。その様子を見て、シオは不敵に笑った。
「ルビーから聞いてた通りっすね。部位へのダメージは蓄積するみたいっす。なら、刺さったら抜け難いかえしのついた鏃は効果覿面っすよね?」
シオが弓兵を選んだのにはそんな狙いもあったのか。部位破壊と言われて思い出すのは鼠男王戦でひたすら膝を攻めた時の事だな。ルビーはその話をシオにしていたのだろう。
確かに弓矢は当てにくいのが欠点とされているが、当たるのなら突き刺さった鏃によって行動を阻害させられるかもしれない。その為には同じ部分に連続して当てられる腕前が必要になるが、その自信と技量があるなら弓矢はかなりの強武器カテゴリーなのかもしれん。
「カル君、この調子で行くっすよ!」
「キュキュー!」
◆◇◆◇◆◇
カルが突撃を防御し、その隙にシオが矢を放つ。即席の連携とは思えない、鮮やかな手並みであった。但し、火力そのものが低いので時間が掛かっている。戦闘が長引いたせいで私の【付与術】の効果が切れてしまったからだ。
私が付与を掛け直せばいいのだろうが、シオはここからは自分たちだけでやってみると言うので任せている。なので高レベルの三人はいつでも助けに行けるように待機しつつ、観戦モードを継続していた。
「…ここっす!」
「ゲェッ!?」
啖呵を切っただけの事はあって、シオは冷静かつ正確に矢を放ち続けていた。彼女は無理な体勢の時は撃とうとせず、しっかりと同じ部分に当てる事を意識しているようだ。それを実践出来ているのだから凄まじい集中力と腕前である。
「ゲェェェ…」
地道な攻撃の効果はあったらしい。今では羽鹿は左足を引き摺っているからだ。どうやら、もうまともに走る事すら出来ないようだな!
「今が攻め時っす!カル君!」
「キュオー!」
シオはカルに攻撃を指示し、カルはそれに応えて突撃を敢行する。ここからは一気呵成に攻めようと言うのだろう。
「ゲェェェ!」
「キュッ!?」
「マジっすか!?」
追い詰められたかに見えた羽鹿だったが、なんと空中へ駆け上がったではないか!
そう言えば奴には【空歩】という能力があった。その効果に違いない。空中に逃げられたせいでカルの爪は回避され、更に頭上という有利な位置を敵にとられてしまった。
「ゲギャァァァ!」
「うわっと!」
「キュゥゥ!」
空中に浮かんだままの羽鹿は、頭を何度も振って【風魔術】を連射してくる。【突撃】が出来なくなったことで遠距離戦に切り替えたのだろう。
「止まってちゃ、いい的っすよ!」
「ゲァァ!?」
だが、足を止めていたのは悪手だったな。シオの射撃精度はとても高い。空中に浮かんでいるからと言って、動きを止めてはただの的でしかない。
シオが放った矢は、羽鹿の胸元に突き立った。おおっ、奴の体力がゴリッと減ったぞ?どこか内臓にでも刺さったか?
「ゲッ…ゲキャァァァァ!!」
羽鹿の体力は残り僅か。だからこそ奴は乾坤一擲の勝負に出た。なんと、左足の痛みを無視して走り出したではないか!しかもかなり速い!瀕死になって火事場の馬鹿力が出たってことか!?
奴の狙いは明らかにシオだった。致命傷を負わせたのだから当然か。カルを避けるように大回りで空を駆けると、速度を維持したまま角を前に向けて【突撃】して来る。仕方無い、私が防御魔術を…
「それはもう見たっす、よ!」
…使う前にシオは横に跳びながら矢を放った。これでは当たらないのでは?と思ったが、シオは既に使っている弓のクセを把握していたらしい。動きながらでも彼女の放った矢は真っ直ぐに羽鹿へと飛び…
「ゲェッ…!?」
その眼球から脳まで貫通した。
「ゲッ、ゲェァァ…」
ただでさえ瀕死であったのに、即死級の一撃を食らった羽鹿は弱々しく鳴いてからとうとう力尽きた。
――――――――――
戦闘に勝利しました。
フィールドボス、羽鹿を撃破しました。
フィールドボス、羽鹿の初攻略パーティーです。
特別報酬と6SPが贈られます。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
――――――――――
ヒヤリとする場面も少しだけあったが、シオとカルのコンビは羽鹿に勝利した。しかし、なんの手出しもしていないのにSPを貰ってしまったのはなんだか申し訳ない気持ちになるな。
「ふぅ。面倒な相手だったけど、それだけっすね!」
「いやはや、中々の戦いっぷりだったな」
「しーちゃん、格好良かったよ!」
私は素直に称賛する。ジゴロウのような派手さは無いが、堅実で淡々と冷静に矢を放ち続ける姿は私の目には頼もしく映ったぞ。
「キュー!」
「おお、カルもよくやったな。お前も負けないくらいに格好良かったぞ」
誉めて誉めてと私の胸に飛び込んできたカルを受け止め、私は優しく撫でながら誉め称える。実際、一人で突っ込まずにシオとの連携を優先していたことは偉かった。
それにしても、カルはやはり前に出たがる傾向があるらしい。やはり、龍とは好戦的な生き物なのか?
なら、ジゴロウと源十郎に近接戦闘のイロハを叩き込んで貰おう。何、私たちだって最低限の護身術を覚えられたのだ。カルならもっと高みを目指せるさ。
「剥ぎ取っておきましたよ。多分、これで必要な素材は集まったと思います」
おお、アイリスは気が利くな。そしてはしゃいでいてごめんなさい。心の中で謝りつつ、剥ぎ取ったアイテムと報酬を確認しようか。
――――――――――
羽鹿の角 品質:良 レア度:R
風を操る羽鹿の角。
うっすらと風属性をまとっている。
加工すれば武器にもなるが、装飾品の材料としても人気。
羽鹿の皮 品質:良 レア度:C
羽毛に被われた羽鹿の皮。
うっすらと風属性をまとっている。
優れた皮革素材であり、羽毛は矢羽根に用いられる。
――――――――――
ほほう、なるほどな。握りに使える皮と装飾品になる角でお使いは終了、ということか。それにしても難しいお使いだったなぁ。シオのゲームの腕前が相当なものだということはわかったが、それでも我々が同行していなければ何度も死に戻っていたのではないか?
フィールド攻略のチュートリアルだ、と言うのならば確かに死に戻る事を体験させるのは重要なのだろう。…私は一度も死んだ事は無いが。
「兎に角、だ。これで目的の物は全て揃ったと考えていいんだな?」
「はい。そうなりますね」
「よし、じゃあ帰るか」
私が気軽に切り上げを告げると、シオは複雑そうな声を出した。
「あー、あの絶壁を上らなきゃダメなんすか…?」
ああ、そうか。雛鳥人である彼女はまだ飛ぶ事が出来ない。だから自力で帰らねばならないと思っているのだろう。
ふっふっふ!だが、その心配は無用だ。何故なら、私には【時空魔術】があるのだからな!
「いや、大丈夫だ。全員、私の近くに来てくれ」
「ん?何かあるんすか?」
「その通りだ…拠点転移!」
私が呪文を唱えると同時に、我々全員の視界が一瞬にして切り替わる。するとあっという間に我々の家に帰って来ていた。私がいればこの通り、お手軽に拠点まで帰る事が出来るのだよ。
「おお!テレポートなんて使えるんすか!?どうやれば使えるんすか!?教えて欲しいっす!」
「うおっ、どうした?」
なんだ、急に!シオが私に鬼気迫る様子で詰め寄って来る!えぇ?何この子!ちょっと怖いんだけど!?
「魔術?魔術っすよね?でも初期選択の魔術にあんなの無かったっす!」
「や、止めろ!教える!教えるから!」
「はっ!ごめんなさいっす…」
我を忘れていたシオだったが、何とか落ち着いたらしい。それにしても、何だったんだ今のは?
「しーちゃん、悪い癖が出ちゃったねぇ」
「うぅ~…」
ポヨン、と跳ねたルビーがシオの頭の上に乗っかる。悪い癖、と言っていたが度々こんな事をする娘なのか?意外だな。
「しーちゃんはね、気になる事とかどうしても欲しい物があったらちょっと興奮しちゃうんだ」
「ちょっと…?」
「うっ!」
あれをちょっとと言い張る勇気は私には無いですね…。本人も自覚しているのか、顔を強張らせている。反省しているようだし、これ以上突っ込む事はしないでおこう。
しかし、ルビーの言葉通りならシオはどうしてもテレポートが使えるようになりたいと言う事になるな。そりゃまたどうしてだ?
「…射撃や狙撃って位置取りとか、移動とか結構重要なんすよ。飛べるだけじゃなくてそれが楽になるテレポートが使えたら便利なんてものじゃ無いんす」
そう言えば何かの本か映画かで見たな、そんな話を。狙撃に適した位置を陣とったとしても、実際に発砲したら位置がバレる。そうなったら素早く別の地点に移動しなければならないとかなんとか。
現実とゲームの乖離が少ないVRSだと、その辺りもほぼ同じになってくるのだろう。それを幾つものタイトルで実感しているからこそ、シオは転移が使えるようになっておきたいのだろうな。
仲間内で隠しておく事ではないし、どうせ掲示板にも上がるだろうからさっさと教えてしまおう。
「転移が使えるようになるのは、【時空魔術】だ。これは【光魔術】と【闇魔術】を両方進化させると取得出来るようになる。最初は短転移…視界が通る場所へ一瞬で移動する呪文を覚え、5レベルまで上げるとさっき私が使った拠点転移…リスポーン地点に設定した位置にパーティー毎帰還する呪文を覚える。これが私の知る【時空魔術】の全てだ」
「ほぇー、そうなんすか!じゃあ早速、【光魔術】と【闇魔術】を取得するっす!」
おおぅ、即断即決だな!だったらこれも教えておかねばなるまい。
「あと、SPは温存しておけよ?【光魔術】と【闇魔術】の進化にはそれぞれSPが6必要だし、【時空魔術】の取得に至ってはSPが30も必要だからな」
【光魔術】と【闇魔術】の取得と合わせてじつにSPが44も必要になるからな。レベル換算で22レベル分だ。ボスの撃破や隠しエリアの発見などを積極的に行わなければ賄うのは難しいだろう。
「結構重いんすねぇ~。効果を考えれば妥当っすけど」
「そ、そんな暢気な…」
「あれ?ひょっとして知らないんすか?第二陣以降、レベル20まではレベルアップで手に入るSPが2ずつになるんすよ」
「な、何だと…!?」
私は衝撃を受ける。と言うことはレベル10になる頃にはSPが最低でも40も集まると言うことじゃないか!う、羨ましい…!
「なんでも、PVに使われたイベントの帳尻合わせらしいっす。あのイベント、凄くSPを稼げたんすよね?」
あー、それを言われるとその通りだな。我々ボスを演じたプレイヤーもボス情報を提供したプレイヤーもSPを稼いだはずだ。ならば不公平とは言えないか。
「それよりも、早く弓を作りに行きましょう!」
珍しくアイリスが我々を急かしてくる。一刻も早く弓の製法を知りたいのだろう。私は苦笑しながら、三人と共に家の外へと出るのだった。
SPの帳尻会わせは前々から考えていました。いい落とし所ではないでしょうか?




