弓の素材を集めよう その三
矢については後々考えるとして、今は素材集めに専念しよう。取り敢えず、十本ほどの矢に付与を施しておいた。次とその次の戦闘位までは効果が持続するのではないだろうか。
我々に必要なのは弓に使う弦と握り、そして装飾になるアイテムだったな。二体目の魔樹・楢からドロップしたのも十個のドングリだった。これは装飾には使えないだろうなぁ。
まず、弦に関してだがシオが受けた説明によると植物でもいいし生物由来の物でもいいらしい。生物由来ってなんだよ、と思ったがここはゲームだ。弦に使える長さと強度の糸を使う生物が存在してもおかしくない。実際、源十郎はそんな糸を吐けるしな。
なら、ここには源十郎と同じ虫人幼虫などが出現するのだろうか。それともまた別の…
「ん?あれ、魔物っすよね?」
「え…あ、ホントだ!」
シオが指差した方を良く見ると、かなり遠いが人間大の蜘蛛の魔物がいるではないか。ルビーの探知範囲内に入る前に見つけたのか?凄いな!
ううむ、巨大な蜘蛛とは結構気持ち悪いものだな。色合いも毒々しいし。まあ、それよりも【鑑定】だ。
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種族:大毒蜘蛛 Lv10
職業:なし
能力:【牙】
【糸】
【捕獲】
【麻痺毒】
【隠密】
【奇襲】
【火属性脆弱】
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おっ?これは弦の素材に使えそうな魔物じゃないか。そしてレベルは10と来た。これはシオに単独撃破を狙って貰うとしようか。
「シオ、チャンスだ」
「わかってるっす。だから、少しだけパーティーを抜けるっす」
『下剋上』の称号を得るためにはレベルの離れた敵を単独撃破する必要がある。なのでパーティーを組んでいてはならないのだ。
「敵は【糸】と【捕獲】で捕まえようとしてくるだろう。当たるなよ?」
「了解っす!…速射!」
シオは【弓術】の武技を使ってまだ此方に気付いていない大毒蜘蛛に矢を射掛ける。これも火属性が付与されているので、【火属性脆弱】を持つ大毒蜘蛛には有効だ。
ダメージは…三割ってところか?やはりレベルの差と進化しているかどうかの壁は大きいようだ。
「キシキシ!」
格下の相手による【奇襲】を食らって頭に来たのか、大毒蜘蛛は牙を擦り合わせて威嚇するように音を立てる。そして腹の部分を持ち上げると、その先端をシオに向けて糸を噴射した。
「よっと!当たらないっす…よ!」
射出された糸をシオは前回り受け身の要領で華麗に回避すると、そのまま膝立ちになって次の矢を放った。一連の動きには全く無駄が無い。これはVRSで磨かれた技術なんだろう。
「単発でしか撃てないのは!ちょっと物足りないっす、ね!」
シオは糸を悉く回避し、余裕を見せながら確実に矢を大毒蜘蛛に当てて行く。ジゴロウや源十郎のような派手さは無いが、確実に敵を追い詰める手腕は相当なものだ。やはり、魔境とも言われるVRSでランカーだった実力は伊達ではないのだろう。
「これで、最後っす!」
「キシャァァ…」
胸と腹の付け根に刺さった矢が大毒蜘蛛の体力を完全に削りきる。こうして、シオは自分の倍のレベルの敵を倒すに至ったのであった。
「おおっ!出たっすよ、『下剋上』!」
「良かったね!それ、本当に便利なんだから!」
ルビーはシオの成果を我が事のように喜んでいる。戦闘大好きな者が二名ほどいるので、格上と戦う事が多い我々にとって『下剋上』は必須レベルの称号だ。早い段階で取っておいて損は無い。
「ドロップは…多分、目的の物ですね」
「ほう?」
二人が盛り上がっている間にアイリスは剥ぎ取りを済ませてくれたようだ。で、蜘蛛が落とす目的の物なら思い当たるのは一つだけだな。
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大毒蜘蛛の縦糸 品質:良 レア度:R
強靭かつしなやか、そして粘り気を持たない大毒蜘蛛の縦糸。
弓の弦や高級衣服の材料として利用される。
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おお、しっかりと弓の素材だと書かれているぞ。弦は蜘蛛の狩ればいいわけだ。アイリスが弓職人から作り方を聞いた後に作りたくなるだろうから多目に狩るとしよう。
あとは握りと装飾だが…握りと言えばやはり何かの皮だろうか?知識が無いからわからんが、取り敢えずここの魔物を狩ってみれば手に入るはずだ。このまま探索を続けよう。
◆◇◆◇◆◇
大毒蜘蛛をシオが単独撃破してからすぐにパーティーを組み直した我々は、森の奥へと歩を進めた。あれから幾度か魔樹・楢と大毒蜘蛛を何体か倒したのだが、両方ともその時に興味深いアイテムをドロップしてくれた。こんな感じだ。
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魔樹の樹皮 品質:可 レア度:C
普通の樹木よりもかなり丈夫な魔樹の樹皮。
魔力を通し易く、繊維や錬金術の材料となる。
魔樹の原木 品質:良 レア度:R
硬さと粘りに優れた魔樹の原木。
魔力を通し易く、弓や杖、高級家具や高級住宅など幅広く用いられる。
大毒蜘蛛の横糸 品質:劣 レア度:C
強靭かつしなやか、そして粘り気を持つ大毒蜘蛛の横糸。
粘性を持つため、使い道が限られる。
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どれも面白い素材だな。まず魔樹の樹皮だが、私にとっては【錬金術】の素材としての価値しか無い。しかし、アイリスからすると繊維を採取出来るのはとても重要なんだとか。
今、彼女は我々の防具を新調しているのだが、その過程で丈夫な繊維が必要になっているらしい。大毒蜘蛛の縦糸も使えるのだが、色々と試したい事があるのでこのドロップはとても有難いのだとか。
私達はそのお世話になるのだから、他人事ではない。どんな装備に仕上がるのか、今から楽しみだな!
次の魔樹の原木だが、これも興味深い。アイリス曰く、どんな木材でも一応は杖になるらしいが、杖になる魔物の素材は珍しいそうだ。
私には専用の杖があるから問題ないが、この事が広まればきっとプレイヤーによる魔樹の乱獲が始まるだろう。それだけの価値がある素材だからな。
そして高級家具や住宅の材料か。恐らく、それ以外の使用法もあるのだろう。いつか魔樹をふんだんに用いた建物を所有したいものだ。
最後の大毒蜘蛛の横糸であるが、どうやら最初に取れた縦糸の方がレアドロップだったらしい。あれから横糸は二桁を超える収穫があった一方、縦糸は僅か三束しか落ちなかった。
説明文には『使い道が限られる』とあるが、私は【錬金術】によってこれを活かす方法を知っている。帰ったらすぐに作ってみよう。どんなものが出来るのか、今から楽しみだ!
「うーん、結構奥まで来たっすけど…」
「握りになりそうなアイテムが出ないねぇ…」
そうなのだ。今のところ、握りになりそうなアイテムは出ていない。と言うのも、この森でここまで遭遇したのは魔樹・楢と大毒蜘蛛を除くと鹿や猪などの普通の獣であったからだ。
いや、普通の獣の素材がダメな訳じゃない。掲示板によると、NPCの大半は獣の素材で出来たものを日用品として用いるので常に需要があるそうだ。ただ、同じく掲示板情報だが、同じレベル帯では獣の素材よりも魔物の素材の方が武具にすると性能が高くなるんだそうだ。
10レベルの獣と10レベルの魔物の素材では、魔物の方が確実に優れている、という事だな。弓の職人に弓を作って貰うのだから、この森で得られる最高の素材を揃えておきたい。なので私達は探索を続けているのだった。
「っと、あれは…猪だね」
「お肉も皮も牙も沢山あるから放置でいいっすよね?」
肉は私以外のメンバーの食事になるし、牙や皮を加工した生産物は鳥人が取引してくれる。だから無駄ではないが、もう十分な量は集まっている。それにFSWには生態系の概念があるので、狩り過ぎはご法度だ。
「他に倒して無い敵と言えば…フィールドボス位か?」
これだけ探索したのに一匹もそれらしい魔物を見付けられなかった。なら、後残っているのはボス位なものだ。
「あり得る話っね。一つのフィールドを完全攻略する流れを学ばせるクエストなのかもしれないっす」
フィールドを攻略するまでの流れ、か。シオの予想が正鵠を射ている可能性が高いな。どうせ森の奥深くまで来ているのだ。このままボスエリアに踏み込んでしまおう。
「この森のボスはなんだと思う?」
私はふと気になった事を三人に尋ねてみた。ここの難易度はファースの隣接地帯に近い。ならばボスのレベルは10を超えた辺りだと思われるのだが、果たして何が現れることやら。
「やっぱり魔樹・楢の進化後の魔物では?」
「いやいや、それじゃあ握りの材料が出ないじゃないっすか。自分は熊だと思うっす!」
至極真っ当な予想をするアイリスに対し、自信に満ちた口調で己の意見を述べるシオ。だが、その予想は恐らく間違っているぞ?
「あ、しーちゃん、熊さんならファースの西の森でボスやってるよ?」
「ほ、ホントっすか!?」
ルビーの言う通りなのだ。そして私が最初に倒したフィールドボスでもあり、そこは私が『蒼月の試練』を受けた場所でもある。何かと私に縁のあった場所だ。
「じゃあ、イザームは何だと思うんです?」
「そうだな…魔物になった猪、とか?」
何となくだが、フィールドボスはそのフィールドで出て来た敵が進化した相手が多い気がするのだ。そう考えると、私の予想は妥当なのではないか?
「…イザームさんって、案外普通なんすね」
「あ、案外って…」
シオよ、君は私を何だと思っていたんだ?そして彼女が私へ妙なイメージを抱いた原因を作ったのは、確実にルビーだろう。
きっと有ること無いこと吹き込んだに違いない。私はじとっとした目をルビーに向けるが、このアバターには眼球が無いので私の意図は伝わらなかった。
「ううん?何だか開けた場所が見えるよ?多分、ボスエリアだ」
おや、もうそんな所まで来ていたのか。何が出てきてもレベル的に負けることは有り得ないが、出来ればシオとカルに多くの経験値を稼がせてやりたい。残りの三人はフォローに徹するべきだろうな。
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ボスエリアに侵入しました。
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こうしてボスエリアに踏み込んだ訳だが…鬼が出るか蛇が出るか。それなりに楽しみだぞ?
「ケキャァァァァァ!!!」
甲高く、耳障りな雄叫びを上げつつ空から大きな影が降りてくる。どうやらお出でなすったようだ。では、そのご尊顔を拝見させて貰おうか!
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種族:羽鹿 Lv11
職業:見習い魔術師 Lv1
能力:【角】
【突進】
【筋力強化】
【敏捷強化】
【知力強化】
【風魔術】
【空歩】
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「羽鹿…全員ハズレだったか」
ボスは鹿の魔物、羽鹿であった。見た目は立派な角を生やした大きな鹿で、全身を柔らかそうな羽毛が被っている。鹿に鳥の要素が加わった、そんな外見である。
保有する能力は一つを除いて既知のものばかりだ。しかし、その未知の一つが非常に気になる。この【空歩】という能力だ。これ、持っていると空中を走れると考えても良いのだろうか?
もしそうなら【飛行】以外にも空中を移動する方法がある事になる。習得方法が判明すれば、ジゴロウ辺りに訓練させよう。奴に立体的な機動力を与えると、もう源十郎以外に相手が務まる奴がいなくなりそうだが。
「敵は【風魔術】が使えて空を走れる以外は普通の鹿と変わらんようだ。だから、ここはシオとカルだけでやってみろ」
「え?いいんすか?」
「キュー!」
いや、だって正直なところ弱すぎて私達が手を出したら一瞬で終わりそうなんだもの。何となくだけど、【邪術】で即死が通りそうな気もするし…。
それならFSW初心者と生まれて間もない幼龍の実戦訓練に最適なハズ。危なくなったら助けに入れる者が三人もいるのだから、気楽にやればいいさ。
「わかったっす!ヤルっすよ、カルちゃん!」
「キュオオ!」
「ゲェェェェ!」
カルが前に出て、シオがその背後につく。一人と一匹が即席の陣形を敷いたところで羽鹿が汚い鳴き声と共に突撃して来た。さあ、思う存分に戦うがいい!




