弓の素材を集めよう その一
ルビーが連れて来た彼女の友人であるシオは、元気というか…体育会系の後輩としか言い表せない娘だった。ハキハキとした話し方や我々を無条件に目上として認識している感じは、まさにそれだ。私としてはもっとフランクでいいのだが。
「ルビーから聞いているかと思うが、私達は『夜行』というパーティーとして活動している。シオ君も加わるんだね?」
「はい!そうさせて欲しいっす、イザームさん!」
彼女はバッと音が聞こえそうな勢いで頭を下げる。いや、だからそこまで畏まらんでもいいのに。
「そうか、わかった」
そう言って私はパーティー申請を…って人数制限があったっけ。カルが一枠使っているから、このままじゃダメだな。なら早速、新機能を使うとするか!
「皆、これを機に我々でクランを立ち上げよう」
「あっ、そうか!パーティーのままだとシオちゃんが入れませんもんね」
「そう言うことだ。クラン名前はどうする?私としては『夜行』をそのまま使ってしまえばいいと思うのだが?」
その方が簡単でいいだろう。それに、ネーミングセンスの無さを自覚している私にとって、名付け作業は苦行でしかない。
「あの、一ついいっすか?」
そう言ってシオが勢い良く手を上げる。何か意見があるようだな。
「ん?どうした?」
「ルビーから聞いた時に思ったんすけど、英語とかのルビをふった方がカッコいいと思うんす。」
「ほう?」
表記は漢字だが、読みは横文字にする訳だな。FSWの種族と職業もそうだし、いいんじゃないか?
「それにこれから自分みたいな仲間が増えるかもしれないっすから、集団っぽさと強キャラ感を出すために『夜行衆』ってのはどうっすかね?」
『夜行衆』…。悪くない。いや、むしろしっくり来るな。
「私はシオの意見を支持するが、皆はどうだ?」
「いいですね!」
「いいんじゃねェか。強そうだしよ」
「悪党っぽいのがグッドじゃ」
うむ、他の仲間にも好評だな!
「しーちゃんはこういうの得意なんだ!」
「そんなこと無いっすよ~」
手放しに誉めるルビーに対し、シオは少し照れているようだ。
「よし、では我々は今日より『夜行衆』を名乗って活動するとしよう。クランを作成して…送信っと。皆、私からの加入要請に応えて欲しい」
メニュー画面からチョチョイと作ったクランに皆が参加した事を確認する。クラン、『夜行衆』はこの六名から始まる訳だな!
「では、今後の活動方針だが、我々第一陣組はやることをもう決めている。シオは何かやりたいことがあるか?遠征はしないから、暇な時に付き合うが?」
「いやぁ。自分、始めたばっかですし取り敢えずレベル上げに専念するっす!ログインした時に言われたんすけど、大人の鳥人が色々レクチャーしてくれるっぽいっす!」
ほう?同じ種族のプレイヤーなら、NPCが教導してくれるのか。羨ましいぞ!
「そうか?まあ、我々はしばらくここにいるし、頼みたい事や聞きたい事があれば気軽に聞いてくれ。早い内に取っておくと便利な称号とかもあるしな」
「そうなんすか?じゃあ困った時は遠慮無く聞くことにするっす!」
そう言ってシオは勢い良く頭を下げた。だからそんなに畏まらんでもいいのに…
◆◇◆◇◆◇
今更ながら、シオの種族は雛鳥人だ。見た目としてはモコモコした灰色の柔毛に包まれた、人類の子供くらいの大きさしかない鳥人である。
大人との違いは身体の大きさもそうだが、何よりも空を飛べない事が大きい。確かに雛の状態で飛べる鳥がいるのかどうかを寡聞にして知らないが、リアルではあるな。
空を飛べるのが最大の特徴である種族なのに初期は飛べない辺り、やはりFSWは甘くはないらしい。源十郎が最初はイモムシだった時の事を思い出すよ、うん。
これからシオはNPCの雛鳥人に混ざって教練を受けに行くそうな。そこでチュートリアルめいたものを施して貰った後、ルビーと一緒に狩りへ向かうつもりだそうだ。
まあ、レベル差が有りすぎるのでルビーはほぼ見学になるだろう。どれだけゲームに慣れていようと、レベル制であるからにはプレイ時間の差が大きすぎる。単眼鬼を単独で撃破出来る我々とプレイ開始から一時間も経っていないシオが同じ土俵で戦えるはずが無いからな。
目指すは一度目の進化だそうだ。それも最速を目指すのだとか。最速とはどれくらいにハードなのかはわからないが、応援はするぞ。なので、行く前に『下克上』の称号を得る為の条件を教えておいた。ルビーもいるし、何とかなるだろう。
それはそれとして、我々は脆弱克服の鍛練を始めよう。そのために私が【符術】で作り出したものがこれだ。
――――――――――
火球の札 品質:屑 レア度:C
火球が込められた札。
品質が低く、威力は高くない。
水球の札 品質:屑 レア度:C
水球が込められた札。
品質が低く、威力は高くない。
――――――――――
取り敢えず、【火属性脆弱】を持つアイリスと源十郎用に火球の札を、ジゴロウ用に水球の札を用意した。作成している間に【符術】のレベルがようやく上がったのは感無量である。設定のせいで通知は無かったがね。
札を作るのは紙と筆記具があれば事足りる。作り方だが、自分が使える魔術を思い浮かべると紙の上にうっすらと下書きのようなものが浮かび上がってくるので、それをなぞっていくだけ。簡単である。
因みに、【符術】レベルを上げないと高度な術は込められない。具体的に言うと、【符術】レベルが10に至っていなければ他の【火魔術】が10レベルになって覚える火炎放射などの札は作れないのである。
その仕様上、今は最下級の術の札しか作れない。また、【雷撃魔術】のような複合属性魔術は【符術】が10レベルになってからでないと作れない。なので、ルビーがシオと出掛けたのは全く問題なかったりする。
残っていても札が無いのだからな。私が付きっきりで呪文調整した術を使い続けることは出来るが、私は私で札を作る作業がある。なので取り敢えずは【符術】レベルを10に上げる事を目標にしようか。
「んで、この札はどうやって使うんだ?」
「相手に向かって投げるだけでいいそうだ」
【符術】で作った札は投げた瞬間に使用したことになる。なので投げるだけで込められた魔術を発動させられるのだ。
「そっか。じゃあ早速使ってみるぜ!行くぞ、爺さん!」
そう言ってジゴロウは源十郎目掛けて札を投げる。投げられた札は小さな火球と化して源十郎に着弾した。
「ヒュゥ~!予想以上に便利だな!」
「うむむ、わかってはいたが威力が低すぎるな…」
普段から魔術を使わないジゴロウにとっては、便利かつ新鮮な感じがして楽しいのだろう。しかし、私は不満である。私の【符術】レベルが低いので、威力はかなり控え目だったからだ。
く、悔しい!早くレベルを上げて十分な威力を出せるようになりたいものだ。
「ぐむぅ、低すぎる位で丁度良いわい」
「体力がそこそこ減ってますね。でも、ポーションですぐに治せるレベルです」
私からすれば不満だが、当初の食らった本人からすれば丁度いい威力だったようだな。うむうむ!これなら脆弱克服が出来るハズだ!
「ずっと籠って脆弱克服に努めるつもりは更々無いが、時間を見つけては小まめにやるようにしよう」
「地道なトレーニングは大事だもんな」
うんうん、と首を縦に降りつつジゴロウがそんな事を言う。単純作業は嫌いだが、それが強くなる試しならば積極的になるのだろう。子供のような奴だな!
「では、私はどんどん札を作るとしよう。三人はどうする?」
「私は鳥人からの依頼をこなしてから克服の訓練をしたいです」
「俺ァ爺さんとこのまま札の投げ合いだな」
「そうするかの」
よし、皆が皆、やることがあるのはいいことだ。土日に冒険へ出掛けないのは珍しいことだが、こんな週があっても良いだろう。別に最前線にいないと落ち着かない、という訳ではないのだからな。
◆◇◆◇◆◇
――――――――――
【符術】レベルが上昇しました。
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「ふぅ、ようやくレベル10か…」
あれから私は休憩を挟みながら、ゲーム内で丸一日掛けて目標である【符術】レベルが10に上がるまでひたすら札を作り続けた。作業の集中力を維持出来たのは、カルという精神安定剤があったからだ。本当にありがとう。これでルビーも脆弱克服訓練が出来るようになったな。
それに、札の品質も『屑』から『劣』にまで引き上げる事に成功している。威力が上がったことでジゴロウと源十郎は体力の減りが激しくなったと贅沢な文句を言って来たが。
「ただいま!」
「戻ったっす!」
おや?ルビーとシオが帰ってきたようだな。
「おかえり。教練はどうだった?」
「はい!凄く分かりやすかったっす!」
「ほう、それは良かったな」
チュートリアルは分かりやすかったようだな。これで最低限は戦えるようになったと言うことか。
「結構バシバシ的に当たってたんだよ!流石はVRS出身者だね!」
「けど、弓が悪過ぎだって教官に言われたっす…」
「なるほど…」
弓を使うシオだが、掲示板によるとFSWにおいて弓は『人気だが扱いの難しい武器』なんだとか。そんな評価を下されたのは、慣れないと当てることすらままならないからである。
これは弓の使用方法に原因がある。弓を装備して矢をつがえて構えると、視界に円が発生する。その円が照準の役割を果たすそうだ。そして放った矢は円の内部に着弾するのであるが、最初はその円がとても大きく、遠く離れた的に当てる事はほぼ不可能なのだと言う。
また、移動しながらだと照準の円は止まっている時と比べて1.5倍ほどの広さになるのだとか。走りながら撃つ、というのは相当な熟練者でも当たり難いらしい。
円を狭めるには質の良い弓を使うか、同じく質の良い矢を使うか、【弓術】のレベルを上げるしかない。地道な訓練を必要とする訳だ。
そしてシオが持っているのは初期装備である『初心者の弓』だけ。最低の装備である。これは弓を当たり前のように使っている鳥人から見るとゴミレベルの武器らしく、教官からはすぐに新しい一張りを調達しろ、と言われたらしい。
「金を払って新品を買ってこい、ということか」
「それが違うんだ。教官は折角良い腕前なんだから、自分で集めた素材で街の職人に作って貰えって言い出してさ」
「多分、イベントだと思うっす」
ほほう?さしずめ、初期装備の状態で教練にてある程度以上の成績を修めた者に起こるイベントというところか。
「それで、素材は何が要るんだ?」
「弓の本体は宿り木の端材をくれるみたいだけど、問題は弦と握り、あと装飾用のアイテムが必要なんだって」
「ちょうど良い敵が街を降りて十分位の北に使った場所にある森で手に入るって話っす!」
必要なアイテムをドロップする場所があるのか。それに距離も遠くない。パッと行ってドロップするまで粘ってから帰り、作っ貰うなら今日中に終わるだろう。
「あ、イザームって今は暇?だったら付いてきてよ!ジゴロウとお祖父ちゃんは…ね?」
ルビーが言いたいことは解るぞ。そこは教官がまだまだ未熟なシオに素材集めを薦める場所。なら、強い敵が出るとは思えない。ファースの街に隣接するエリアと大差ないのではなかろうか?そんな場所にあの二人が行きたがるとは思えないよな。
私は自分の作業も一段落ついているし、行くのは構わない。気分転換になるしな。だが、私が席を外している間に今も脆弱克服訓練を行っている二人に与えた札のストックは切れてしまうだろう。
「わかった。一緒に行こう。ただ、アイリスにその話をしてきてくれ。彼女も来るかもしれないからな」
「わかったよ!」
「了解っす!」
私の指示に従って、二人は勢いよく出ていった。さて、二人が戻って来るまでに札を作る作業を再開するとしよう。ただし、今まで作っていた火球と水球だけではなく、雷矢も作っておく。ルビーの訓練用だな。
【符術】レベルが上がったせいで呪文調整を使わないと威力が高くなり過ぎるのが厄介だが、能力の経験値的には美味しいので苦にはならないぞ。あとは今作れる呪文の札を一通り作っておこうか。我々が外出している間、ジゴロウ達には使用感を確かめてもらうとしよう。
やることは沢山あるが、まずはシオの弓作りを手伝おうか。どんな物が出来るのか、今から楽しみだな!
サブタイトルの内容が最後の最後にしか無いという事実。それ以外に思い付かなかったんです…




