交渉
鳥人が日々の糧を得る手段は、狩猟と農耕(?)に分けられる。前者は言うまでもなく、巨木…彼らが『母なる宿り木』と呼ぶ大樹付近や岩山から降りた辺りの魔物を狩ることだ。
鳥系の魔物ばかりだったハズだが、むしろそれらは彼らの好物らしい。よくよく考えれば、現実の猛禽類だって主食が他の鳥類だったりするのだ。不思議でもなんでもないな。
むしろ『鳥の同族』呼ばわりは侮辱にあたるらしい。多分、人間を猿呼ばわりするのと同じ感覚なのだろう。文化の違いを見せ付けられたようだったぞ。
もう片方の農耕(?)だが…何故『?』が付くのか言うと鳥人は確かに植物の栽培も行っているのだが、それに土を用いていないのだ。
彼らが育てているのは主に宿り木に根を張り、蔓を伸ばして絡み付く寄生植物である。その葉や実が食卓に並ぶようだ。それを育ち過ぎない程度に管理することで、宿り木の世話と住民の食糧を調整しているそうな。
つまり、土を耕していないのである。いや、水耕栽培も耕してはいないから農耕と言っていいのか?よくわからんな。
そして鳥人の一般的な住宅だが、これは宿り木の枝を使った木造住宅だ。枝、と言っても人類の家屋に使われる木材ほどの大きさはある。なので鳥の巣のようなみすぼらしいものではなく、ログハウスに近い外観であった。
また、内装を見ると驚くほどに文化的な生活を送っているらしいことがわかる。幾つかの家を見たが、どの家庭も衣食住どころかボードゲームらしき遊びの余裕まで見てとれた。生活水準はかなり高いのだろう。
「見て回った成果はありましたか、イザーム?」
アイリスはハラハラした様子で私に訊ねる。慌てる気持ちはわかるぞ。
このバーディパーチは街の中と周辺で生活に必要なものは揃っているし、しかも娯楽が発達している程に生活のゆとりもある。未開の人々では決して無いのだ。
となると、よく物語にある『自分達の知識で魅了する』事は不可能と思った方がいい。むしろ、現実とは違って魔術という概念があるゲーム世界で、我々の知識が活かしきれるとも思えない。第一、そんな知識など我々五人の誰も持っていないのだがね。
「成果か…当然、あったさ」
「ええっ!?」
アイリスはそういう方面で解決するしか無いと思い込んでいたのかもしれないな。しかし、私は違った。最初に私がやるべき事がプレゼンテーション…より具体的には我々と仲良くしておく事にどれだけ価値があるのかについてのアピールだ。…なんだか就活みたいだな。
話を戻そう。アイリスの思っていた『魅力的な知識』は間違いなくアピールポイントだ。しかし、そんなものを持っている人は希少である。
ならば、もっと身近で食い付きたくなるもの…即ち、物理的な利益になるものを用意してやればいい。鳥人が欲しいのだが、中々手に入らないものを与えれば良いのだ。
そう。それを見定めることが見学の目的だった訳だ。アイリス以外の三人と一匹は純粋にファンタジーな世界での日常風景を楽しんでいたようだがね。…君達、頭脳労働を私に任せきりにしているのではないかね?
「ほーん。んで、何をするってんだ?」
「はっはっは!それは見てのお楽しみ、と言っておこう。会議が開かれるまで予想してみるといい。…おいで」
「キュー!」
ジゴロウの質問をサラリと流した私は、カルを呼んで腕に抱える。さて、会議が開かれるまではこうして癒されていようか。
◆◇◆◇◆◇
「おお、壮観だな」
時間になり、我々は鳥人の会議に出席する。参加しているのは百人以上の鳥人だ。プレイヤーの中で様々な鳥の特徴を持った鳥人の集まった光景を目にしたのは、間違いなく我々が最初に違いない。
そしてここにいる者達が、バーディパーチの主な戦力になる訳だな。レベル的にジゴロウよりも上の者も多そうだ。用心せねばなるまいよ。
彼らは彼らで、我々を興味深そうに観察している。外から自力でやってきた、今日の会議の原因であり特別に出席する部外者に何の意識も向けないような馬鹿はいないらしいな。
「皆の者、よく集まってくれた。では、これより緊急の集会を始める」
「議題は知っての通り、ここに来ておるイザーム殿とその仲間達がバーディパーチに滞在することの是非について、だ」
「皆の積極的な議論を…」
「ダメに決まっているだろう!」
長老衆が会議の挨拶を締め括ろうとしたのを遮るように、一人の鳥人の男性が怒鳴りながら立ち上がった。おいおい、積極的な議論とは他者の発言を遮って大声を出すことじゃないと思うぞ?
「母なる宿り木は我ら鳥人の聖地!我らの同胞以外は即座に立ち去るべきだ!」
「そうだ!」
「その通り!」
何人かの鳥人が追従する。ふむ、彼らは長老衆の敵対派閥と言うよりも、鳥人ではない者がここにいる事そのものが気にくわないのか。
軽い選民思想的なやつかもしれない。何となくだが、声の張りや顔つきから言って彼は若者だと思う。そういう青臭いのはどこにでもいる、という訳か。
「まあまあ、ここでは感情論を持ち出すのはいけませんよ」
年長者らしき鳥人が窘めようとする。しかし、その若者は黙って座るどころかヒートアップしていった。
「いや、私は多くの鳥人が感じていることを代弁しているのです!」
感じている事って、完全に感情論じゃないか。それから彼は異なる言葉で同じ意味の感情論を繰り返していく。これ、私が議員だったら帰りたくなるだろうな。
「しかし、彼らは真なる龍の幼子を連れておる。無下にはできまい?」
おっ、好意的な発言が来たじゃないか。カルがいる事そのものが影響力を発揮している。やはり龍神が座す大陸なだけあって、龍と共にある我々への好感度は高いのかもしれない。
「ふん、きっと龍の巣から拐かしたに決まっている!」
…おいおい。言うに事欠いて誘拐犯呼ばわりだと?証拠も何も無いのに、無茶苦茶だ。まるで大昔のドラマに出てくる最初から決め付けて捜査をする刑事のようである。
「そして…」
「黙れ」
何時まで続くのだろうなぁ、と他人事のように聞き流していた時、静かな、それなのにしっかりと響く声が若者の戯れ言を止める。その有無を言わせない雰囲気に、若者は押し黙った。
「長ったらしくゴチャゴチャと…大人が黙ってりゃいい気になりやがって。次にその口から下らねェ言葉を吐きやがったら、テメェは二度とウチの敷居を跨がせねェ。わかったな?」
「…ッ!」
おお、あのうるさい若者が押し黙ったではないか!口の悪い鳥人は体格は小柄だし、体格も細めだ。何となく強そうには見えない。
しかし、ここは進化した回数がものを言う社会だ。ならば直接的な戦闘力は関係の無い進化を遂げた鳥人なのかもしれないな。私のような後衛タイプなのだろうか。
さて、会議の場がようやく落ち着いたな。そろそろ、私が動くとするか。
「発言しても宜しいか?」
「なっ…!」
私は手を挙げて長老衆に確認をとる。若い鳥人は過剰に反応するが、さきほどの小柄な鳥人が睨み付けたので何も言えなかった。思わぬ援護射撃に感謝だな。本人にそんなつもりは無いのだろうが。
「当然です。どうぞ」
「ありがとうございます、長老殿。お集まりの皆様、先ずは自己紹介をば。私は混合深淵龍骨賢者のイザームと申します」
会議の場が少しざわめく。聞いた事の無い種族であるからだろう。
「さてご存知かとは思いますが、改めて私の口から目的を述べさせていただきましょう。我々は風来者です。よって活動する上でどこかしらの拠点を必要としております」
ここで一旦話すのを止めてわざとらしくため息をつく。
「実はここへ来る直前に人間の少女の命を救ったのですが、彼女を村へ送り届ける際に村人に怯えられましてね。少女から聞いた情報を元にここまで命懸けでやって来たのですよ」
私の言葉に納得するように頷く鳥人が何人かいるな。あれはきっと、『ああ、そりゃあビビるわな』と思っているのだろう。
「ようやく見付けた魔物の街がここなのです。どうか我々の滞在を認めてはもらえないでしょうか?」
会議に集まった者達の大勢は迷っているようだ。しかし、同時に嘲笑を漏らす者もいる。わざわざ発言したにもかかわらず、口から出たのは同情を誘う泣き言だけか、とでも思っているのだろう。
当然だが、そこまで私は馬鹿ではない。ここからが正念場だ!
「勿論、対価はお支払いしましょう」
「ほう?具体的に、何を払って下さるのかな?」
どこか楽しそうに私に尋ねたのは、独特の雰囲気を醸し出している鳥人だった。スラッとした体型で羽毛の色は白と黒の二色という比較的地味な色合いながら、目の回りは橙色で頭頂からは飾り羽が何本も立っている。
何と言うか…そう!インテリヤクザ的な感じなのだ!吐き出す言葉は慎重に選ばねばなるまいよ。
「具体的に、ですか。そうですね…」
私は少し熟考しているフリをする。そして徐に答えた。
「金属の現物が良いのでは?貴殿方は慢性的な金属製品不足に悩んでおいででしょう?」
「「「「なっ!?」」」」
会議に集まった鳥人のほとんどが驚きの余りに思わず声を出してしまっている。一瞬だが会議の場が物理的に揺れたほどであった。
「実はここに来る前に、鳥人の家を見せていただける機会に恵まれまして。皆様が下界に勝るとも劣らない文化を築いている事を知りました」
これは本当の事だ。掲示板などから得られる知識しかないが、少なくともファースの街と文化レベルは同等かそれ以上だと思った方がいい。
「しかし、一つだけ気になったことがありまして」
「…それは?」
「金属が使われているものがほとんど無い事、ですよ」
それが鳥人の街を見て思った感想だった。確かに農地では裁ち鋏が使われていたようだし、一般家庭にも包丁らしき刃物はあった。なので全く無い訳では無いのだろう。
しかし、どれもこれも年季の入ったものばかりだった。大切に使われている、と言うよりも滅多に手に入らないので細心の注意を払っている感じだな。包丁なんて研ぎ過ぎて金属部分が数センチしか残って無かったぞ。
これは樹上に街を作った弊害なのだろう。鍛冶仕事には火が伴い、それは火災の一因となる。火災を忌避しているが為に金属加工の技術そのものが発達しなかったに違いない。そもそも鉱石が近郊に無い可能性も否定出来ないがね。
「幸い、我々はそれなりの量の金属…それも道具類に適している鉄を保有しております。それに、ここにいるアイリスは加工を行えます。そうだね、アイリス?」
「ほぇっ?…あ、はい!金属の加工は得意です!」
突然引き合いに出されたアイリスだったが、話を聞いていなかった訳では無いらしい。頭を揺らして船を漕いでいるジゴロウは少しでも見習って欲しいものだ。
「いくらかの金属の提供と滞在中の加工。それを我々の滞在費とする、というのは如何でしょう?」
結局、これはビジネスだ。人類の社会なら金を払ってサービスを得る。我々はサービスを売って寝床を得る。そう言うことだ。
「ふふふふふ、いいですね。実にいい!」
静まり返った集会所に、インテリヤクザ風鳥人の声が木霊する。先程は楽しそうにしていたが、今はまるで決して逃してはならない獲物を見付けた猛獣のような眼光を放っていた。
「長老、私は彼らが滞在することに賛成いたします」
ほう?最初に名乗りを上げてくれたのはインテリヤクザか。やはり、金属の不足というのは鳥人の抱える問題だったようだ。
「つきましては、彼らが滞在する物件の用意は私に任せていただけませんか?」
…おいおい!まるで我々が滞在出来る事は決定事項のようではないか!
「待てよ、ヘイズ!抜け駆けしてんじゃねェ!長老!そのお役目はこの俺、サイチョウに任せな!」
若者を黙らせた鳥人が張り合いはじめた。ええ?何?私達はそっちのけで話が進んでるぞ?
「二人とも控えよ。客人の前じゃ」
「これは失礼しました」
「悪ィ、熱くなっちまった」
梟の長老が諌めると、二人とも素直に従った。サイチョウ氏とは違って、インテリヤクザ改めヘイズ氏はこれ以上騒ぐ事で我々からのイメージを下げないようにするためのようだが。
「あなた達の意気込みは評価するわ。彼らは街全体に恩恵をもたらしてくれるかもしれないのだから」
「しかし、これほど重要な案件となれば長老衆である我々が都合をつけるべきだろう」
「ほう?」
「なっ!?」
あ、諌めるどころか長老衆も争奪戦に参加しはじめた。さらに他の鳥人も我々の宿は誰が用意するのか、そしてどこにするのかについての議論に参加し出す。
「ヘイズ!テメェはウチに借りがあんだろ!」
「はて?何のことやら?」
「惚けるでない、ヘイズよ」
「おや?長老は先日、アレを片付けた私の肩を持って下さらないので?」
「…む?今、何か言ったか?」
「へっ!惚けてんのはどっちだ!耳が遠くなってんなら、長老なんぞ引退しろ!」
「ほっほっほっ!聞こえんのぉ!」
混沌の坩堝となった会議の場で、自分達についての扱いに関して蚊帳の外となった私は、ただ見守る事しか出来なかった。
昨日は更新出来ず、申し訳ありませんでした。
帰宅→食事→風呂→小説の更新→睡眠なのですが、昨日はこの内三つの行程を飛ばしてしまいました。身の回りに泣く子と地頭はおらずとも、上司と睡魔には勝てない今日この頃であります。




