バーディパーチ
巨木まで歩いていると、幾度か魔物に襲われた。しかし、どの敵も正直言って強くない。壁登り中に襲って来た雷鳥と大して変わらないか、逆に弱いくらいだった。
「キュキュー!」
なので紹介は割愛し、加えてカルのオヤツになって貰う。扱いの悪さは自覚しているが、自重するつもりは無い。許せ、魔物達よ。
微量ながら経験値を稼げるし、何より美味そうに食うので自由にさせた。私、ちょっと甘やかし過ぎか?
「イザームの予想通りですね」
「おー!凄ェな!」
そんなこんなで巨木までかなり近付いた所、聳える巨木は我々の予想通り鳥人の街であるようだった。太い枝の上にはツリーハウスが立ち並び、その間を沢山の鳥人が飛び回っている。中々活気があるようだ。
「む?何人か此方に来ておるな」
「そりゃ、知らない魔物の集団が来たら誰だって警戒するでしょ」
そう。此方から見えているということは、向こうにも見られている事になる。見るからに異様で怪しすぎる我々を警戒するのは当たり前だろうよ。
五人の鳥人が我々から10メートルほど離れた位置に滞空すると、リーダーらしき猛禽類の鳥人が前に出る。そして残りの四人は我々に向かって弓を向けた。メチャクチャ警戒されているなぁ。
「そこの者共、止まれ!」
「キュルルルルル!」
私達は素直に従う事にする。下らない争いを起こす意味は全く無いからな。しかし、相手の心象を良くしようという意図が掴めていないカルは鳥人に向かって反射的に威嚇している。こらこら、やめなさい。
「…言葉が通じるぞ?」
「それに、真なる龍の子供だと?」
おや?鳥人の間に動揺が走っているな。私達が命令を聞いたことで言語を理解する理性的な存在だと認識し、同時にカルを見て狼狽えている。これ、話がいい方向に転がるのではないだろうか?
それに鳥人の一人が口走った『真なる龍』というワード。これにはどんな意味があるのだろう?それではまるで、『偽物の龍』がいるようではないか。
「…君たちの代表は誰か。話がしたい」
鳥人のリーダーが我々を見渡しながら問いかけてくる。ここは当然、私が出るべきだろう。私は仮面を外しながら前に出た。
「この集団のリーダーは私だ。先ずは名乗ろう。私は混合深淵龍骨賢者のイザーム。とある縁でここに鳥人の街があると聞いてね、断崖絶壁を登ってきた風来者だ」
「混合深淵…聞いた事も無い種族だな。そして風来者か。初めて見るが、皆が君たちのような恐れ知らずなのか?」
「恐れ知らずとは?」
「翼を持たぬ身でここまで来ようとする事が恐れ知らずで無くて何だというのだ?」
言われてみれば、確かにそうだな。我々プレイヤーは死んでもリスポーン地点から復活するから、死ねば消えてしまうと言うNPCとは違ってかなりの無茶が出来る。その姿が彼らの目には恐れ知らずと映るのだろう。
「私達などまだマシな方さ。世の風来者にはどうせ復活出来るからと命をチップに危険に挑む者も多いのでね」
「…そうなのか。それはいいとして、本題に入ろう。単刀直入に聞く。君たちの目的は何だ?」
目的?そんなものは最初から決まっている。
「我々は安全な拠点を探している。出来れば、この街に滞在させてもらえないだろうか?もちろん、対価は支払おう。生憎と人類の使う貨幣は無いのだが…」
「滞在の許可、か。私の一存では決められん。少し待っていて欲しい」
「構わんよ」
そう言って隊長らしき鳥人は部下に一言二言何かを囁くと、一人で街へと飛んで行った。上司の判断を仰ぎに行ったのだろうな。
「さて、しばらくは暇になるだろう。座らせてもらうよ」
監視役として残した部下達に聞こえるように言ってから、私はその場に座り込む。ボーッと突っ立っているのも馬鹿らしいからな。
「カル、おいで」
「キュー♪」
私は胡座をかき、カルを呼んだ。彼は嬉しそうに鳴き声を上げると私の足の間にちょこんと降り立って顔を私に擦り寄せる。ふふふ、愛い奴め。
「ふふっ、カル君はパパが大好きなんですね~」
「キュッ!」
当然!とばかりにカルは返事をする。その愛らしさに、思わずアイリスは触手を伸ばしてカルの頭を撫でた。カルも嬉しそうにしているな。
「ほのぼのだねぇ~」
「そうじゃのぅ」
「暇だなァ…。筋トレでもすっか!」
私達と同じく、ルビーと源十郎も待ち時間をのんびりと過ごすようだ。しかし、ジゴロウだけは違う。身体を動かしていないと気が済まないらしい。止まると死ぬマグロか何かか、お前は?
「よっと…1、2、3、4、5…」
ジゴロウはスッと倒立すると、地面から掌を離して指先だけで…いや、それどころか人差し指だけの倒立に切り替えた。さらにそのまま、まるで腕立て伏せをするかのように身体を上下させている。
どんな筋肉お化けだ、お前は!見ろ!監視役の鳥人が困惑しているぞ!
…いや、困惑させているのは我々全員かもしれない。龍の子供を愛でる骸骨と触手、虫人の上でプルプル震える粘体、更にトレーニングを始めた鬼。端から見たら何と言っていいかわからないだろうよ。
彼らを混乱させるつもりなど毛頭無かったので、心の中では謝っておこう。しかし、今はアイリスと共にカルを愛でる方が優先だ。よしよし、良い子だ。
◆◇◆◇◆◇
「キュー!」
「む?」
それまでの甘えるような色の無い、むしろ警戒を滲ませた鳴き声をカルが上げた。気になって彼の視線を追うと、先程立ち去った鳥人の隊長が戻ってきている。なら、寛ぐのは終わりだな。
「待たせたな。長老衆がお会いになるそうだ」
「ほう?それは光栄だな」
最初から責任者と会えるのは好都合だ。我々が滞在してもいいのか、それともダメなのかが直ぐにはっきりするからな。
ただ、この期に乗じて危険の芽を排除しようとする可能性も捨てきれない。用心はしておこう。
「こっちだ。ついてこい」
◆◇◆◇◆◇
我々は隊長鳥人に先導されて鳥人の街、『バーディパーチ』へと足を踏み入れた。バーディパーチは巨木の太い枝の上に、細い枝を用いて組まれたツリーハウスが建っている立体的な街だった。特に太い枝ともなると中央が広い道となっており、左右に何らかの店が所狭しと建ち並ぶ商店街を形成している。
「壮観だな」
「キレイですね!」
現実では決して有り得ない、美しく、幻想的な街だな。ここで何人の鳥人が暮らしているのだろうか?
「何か、すっごく見られてるね」
「物珍しいのじゃろうな」
そんなバーディパーチに暮らす人々は、我々のことを観察するように見ていた。何と言うか、江戸時代の日本に来た外国人の気持ちを味わっている気がする。いや、違うか?
「目的地はあそこだ」
益体もない事を考えていた私の思考を現実に引き戻したのは鳥人の隊長だった。彼が指差したのは、我々が歩く道を真っ直ぐに進んだ場所にある一際大きな建物である。
あそこに彼らの長老衆がいるのだろう。さて、どんな方向に話が進むのやら。些か緊張してきたな。
目的の建物は鳥人の集会所だそうだ。成人した中でも一度以上進化した者達が定期的に集まり、話し合いによって街の方針を決めるのだとか。
話し合いにおける発言力は、進化した回数がモノを言うらしい。進化が社会的ステータスになる、と言うのはいかにも魔物っぽいではないか。
建物は二階建てで、中央が吹き抜けになっている。そして新築なのか、瑞々しい木の薫りも漂ってくるな。おお、中々開放的でいい雰囲気じゃないか。
「中で長老衆がお待ちだ。粗相の無いように」
「ああ、ご忠告に感謝する」
我々が通されたのは、二階にある会議室のような場所であった。中央には木製の円卓があり、それを挟んだ向こう側に五人の鳥人が座っていた。
「へぇ?強そうじゃねェか」
ジゴロウがそんな事を小声で呟いている。相手の戦力分析をするのはまだいいが、その好戦的な笑みは止めろ!喧嘩を売りに来た訳じゃ無いんだぞ!?
「まずは歓迎する、と言わせて貰おう。儂らがここバーディパーチの会議を取り仕切る長老衆じゃ」
「歓迎に感謝致します、長老様方」
ハラハラしている私の内心などお構い無しに、中央に座る長老の一人が重々しく口を開いた。梟の鳥人だと思う。真ん中に座っている事から、長老衆のリーダー格なのかもしれないな。
無視することも出来ないので、私は反射的に返事をする。ええい、ままよ!このままロールプレイだ!
「貴方達が理性的な魔物であり、また風来者であることは聞いているわ」
「話が通じて此方の一方的な要求にも文句を言わなかったとも」
「それだけでもお前らを客人として扱っていいと俺たちは思ってるぜ」
三人の長老が我々に対する評価をしていく。順に烏、白鳥、最後は…何の鳥人だろうか。立派な鶏冠と頭部の青い羽毛が美しくも、荒っぽい口調に筋肉質な体つきだ。
何だろう、ウチの困った兄弟と雰囲気が被っているぞ?さっきから似たような笑顔で見つめ合っているし…まさか、内面も似ているのか?
「ですが、この地に我らの一族以外の者が、招待された訳でもなくここまでたどり着いたのは前代未聞のこと。故に滞在を認めるべきか否かを決める会議を開くことになります。そうなると、些か時間がかかるようになります」
最後に燕の鳥人がそう締め括った。
ふむ、つまりこういうことか。長老衆は我々の滞在を認める方針だが、我々が来た事そのものが会議を開かねばならない位に大きな事件である。そして会議が開かれれば長老だけではなく、他の鳥人の意見も考慮せねばならなくなるだろう。
そうなった場合だが、会議は長引くと予想される。これ程の街並みを作る文化水準にある彼らが、一枚岩であるほうがおかしいからな。蜥蜴人の村のように強大な信仰対象がいれば別かもしれないが。
きっと、反長老衆的な派閥があったりするのだろう。厄介な事だな。
「緊急の会議を開く事は、既に街全体に知れ渡っておる。あと数時間で今街におる会議に参加可能な者達が集まり、お主達についての議論が交わされるであろう」
「我々は長老であるとは言え、会議の結論を恣意的に操作は出来ないわ。最悪、貴方達を即刻排除すべきだと言い出す輩が出てくる」
「俺たちのやる事なす事、全部が気に食わねぇって奴等もいるからなぁ」
やはり、敵対派閥があるのか。難儀なことで。
「そこで、我々は君たちに会議へ出席してもらおうと思うんだ」
「長老衆が頭ごなしに言っても聞かない奴等を、あなた方自身の言葉で説得してほしい」
わーお!ここでそう来ますか。敵対派閥の説得にこそ、協力してほしいのだがね。だが、そのお陰で長老衆の目的がハッキリしてきたな。
コイツらの本音は『僕達は君たちを高く評価してるよ!あ、でも僕を嫌ってる人の説得は自分でしてね!失敗したら出ていって貰うから!』という感じだ。
しかし、老獪な連中だ。長老衆は自力でここまで来た奴等に会議での説得の機会を与えた、というだけで私達が大暴れでもしない限り面子は保てる。だが、拠点を求める我々が暴れることはまずあり得ない。それを見越しているのだ。
そうなると、敵対派閥も利用されているのかもしれない。私達が敵対派閥を説得出来るほど魅力的な何かを持っているかどうかを見定めるための試練として掌の上で踊らされている訳だ。
更に穿った見方をするなら、敵対派閥そのものすら無い可能性だってある。ここまで来るとただの邪推の領域になってくるのだがね。
「承知した。しかし、二つ頼みたい事がある」
「なんだね?」
「鳥人のライフサイクルを教えて欲しいことが一つ。もう一つは一般的な鳥人の家庭を覗かせて欲しい。無論、家主と兵士が同行した上でだが」
「ふむ…それならばいいでしょう」
よし、言質はとったぞ。これでしっかりと鳥人について調査が出来る。
あれだろ?私達が今からやるのって、要するにプレゼンテーションだろ?このプレゼンでは鳥人にとって我々が有益である事を具体的に示せば良いのである。
その為には鳥人にとって何が必要で何が不要なのかをハッキリさせることが肝要だ。そのための二つの要求だったのである。
では、鳥人の暮らしぶりを拝見するとしましょうか!
ゲームの中でもプレゼンしなければならないのか…
それはともかく、次回から新章に突入します!




