秘境を目指して
マーガレット嬢曰く、森を抜けてから村までは魔物はおらず、野兎や野鼠などの獣ばかりらしい。なので、ここまで来れば一安心だ、と彼女はホッとしている。
しかし、そういう時に限って普段は絶対にいない危険な相手と遭遇したりするものだ。警戒を怠ってはならない。
「あー!こんな明るくて開けた場所、初ログイン以来だよ!」
「明るい時分の草原は、確かに初めてじゃのう」
だが、仲間達は完全にリラックスしている。それどころか草原と青空という長閑な環境を満喫しているようだ。
「俺も初めてだな」
「昼間だと私もそうですし、イザームもですよね?」
「そうだな」
言われてみれば、私が今まで訪れた場所は下水道に地下墓地、森と山、湖とその周囲の湿地帯くらいだ。どこも薄暗い雰囲気だな!大体はかつて私を苦しめた【光属性脆弱】が原因なんだけども!
むしろ、我々の中で唯一草原スタートだったルビーだけが昼間の草原を知っている訳だ。アイリスと源十郎は『蒼月の試練』で夜中の草原には行った事があるのだが。
そんなこんなで雑談をしていると、村が大分近付いてきた。おそらく、向こうも気付いている事だろう。慌ただしくなっているのがここからでもわかるからな。
「マーガレット嬢、どうやら我々はこれ以上近付くべきではなさそうだ」
「そう…みたいですね」
「だから、我々はここで去ろう。だから、君の知る情報を教えてくれないか?」
人里に興味はあれど、不用意に近付いて攻撃されるのも馬鹿馬鹿しいしな。今回は諦めるべきだろう。
私の提案に少し迷いを見せたマーガレットだったが、最終的には頷いた。
「…わかりました。ここから北西にある岩山に、鳥人の街があります」
「え!?」
マーガレットの言葉に大きな反応を示したのは、勿論ルビーだった。それもそのはず、彼女の友人が選ぼうとしている種族こそ、その鳥人なのだから。
マーガレットはルビーの反応にびっくりしている。こちらの事情を知らないのだから当然だ。
「すまん、続けてくれ」
「は、はい。鳥人は話が通じる魔物で、時々この村にも取引をしに来るんです。ですから、イザーム様達なら迎え入れてくれるのではないかと…」
「なるほど。距離はどれくらいあるんだね?」
「鳥人なら小一時間ほどらしいのですが、私は行った事が無くて…すいません。正確な時間はわかりません」
大陸が違えば、人類と魔物の距離感も異なるという訳か。そして人類を無闇に攻撃しなかった我々なら、鳥人とも良好な関係を築けるだろうと予測したのだな。
そして空を飛んで小一時間か。私は北西の方角を見る。そこには断崖絶壁の岩山があり、その頂上は雲に隠れて見えなかった。中々、ハードな旅路になりそうだ。
しかし!だからこそ行く価値がある。私は確かに悪役として振る舞いたいが、冒険すること自体も楽しんでいる。秘境にある鳥人の街…是非とも行ってみたい!
「話は聞いたな?目的地は鳥人の街とするが、異論があれば言ってくれ」
私は振り返って皆に確認をとる。…誰も反対ではないようだな。
「では、行こうか。マーガレット嬢、情報提供に感謝する」
「これからは無茶すんじゃねェぞ!」
「さようなら!」
「達者でな」
「バイバイ!」
「キュー!」
村人をこれ以上刺激しないためにも、我々はここで去るべきだ。それに、今日は金曜日だとは言っても徹夜するのは健康に悪い。とりあえず、今日は岩山の麓まで行くのを目標としよう。
「あ、あの!」
私達が踵を返して北西に向かおう歩き出してすぐに、マーガレットが大声で叫んだ。何事かと思って我々は振り返った。
「本当に、本当にありがとうございました!私、村の皆を説得してみます!だから、今度は村に遊びに来て下さい!」
マーガレットは大声で我々に感謝を述べた。きっと、村人に私達が敵ではない事を教えるという思惑もあるのだろう。私は四本ある腕の一本を軽く降って肯定の意を示してその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇
はい、ログインしました。あの後、我々は村の前からひたすら北西に進んだところ、本当に何事も無く岩山の前までたどり着いた。いや、岩山まで本当に草原が続いているだけだったのだ。とても長閑だったよ、うん。
なので日を改めて今日からの土日を使って登ることにしたのである。まあ、私はローブの力で飛べるし、同じく源十郎も短時間なら飛べる。カルも言わずもがな飛べるし、ルビーは岩壁に張り付けるから問題は無い。
なので私達三人でアイリスとジゴロウをフォローする必要があるだろう。特にアイリスは厳しい道程になるかもしれないな。
「では、登るか。二人とも、覚悟はいいか?」
この登山で最も死ぬ危険性が高い二人に私は問う。
「初のロッククライミングがゲームの中たぁな!」
あ、こいつノリノリじゃないか。うん、大丈夫そうだな。
「ふっふっふ!こんなこともあろうかと、私は準備してきましたよ!」
「準備?」
「これです!」
そう言って渡されたのは、様々な形状の金具であった。共通しているのは直径5cm位の穴が空いている事ぐらいか。何だこれ?よくわからんが、とりあえず【鑑定】してみよう。
――――――――――
登山用ハーケン 品質:優 レア度:R
登山においてロープ等を通す金具。
岩肌のひび割れに打ち込むため、様々な形状がある。
――――――――――
ああ!登山道とかでロープを通してあるアレか!私は登山が趣味では無いので、ハーケンって名前なのを初めて知ったぞ。そして当然のように品質は最高だ。
「イザームはこれを適当な場所に打ち込んで下さい!私はそれを使って登りますから!」
「あー…なるほど」
つまり、登山の手順はこう言うことか。
①私が飛んで丁度いい高さにあるひび割れを探す
②私がハーケンを打ち込む
③アイリスがそれを使って登る
④使用して彼女の足元よりも下になったハーケンを回収する
これを繰り返す訳だ。け、結構な重労働だぞ?
「頼んだよ、イザーム!」
「うむ、任せたぞ!」
うわっ!?あの爺と孫、察して逃げたな!?…仕方ない、私がやるとするか。
「あ、ジゴロウ用のロープも有りますよ。使いますか?」
「いンや、俺ァこのままで登るぜ!」
は?お前、気は確かか?落ちたら死ぬだろうに、素登りだと?
しかし、ジゴロウの意思は硬いようでストレッチをしながらニヤついている。ああ、これは何を言っても無駄だな。
「アイリス、奴には要らないようだ」
「そ、そうですね」
「だが、いざという時のために私が預かろう」
「あ!はい!どうぞ!」
いそいそとロープを片付けようとするアイリスから、私はロープを受け取る。まったく、ジゴロウめ。アイリスが折角用意したのだから、一応受けとる位してあげても良かろうに。
実際、受け取って貰えた彼女はとても嬉しそうに触手をくねらせているぞ。まあ、奴のマイペースな性格は今に始まった事じゃないからいいけども。
「よし、準備完了だな。いざ、鳥人の街へ行くぞ!」
「「「「おー!」」」」
「キュー!」
◆◇◆◇◆◇
「ふぬぬぬぬ!」
「アイリス…!が、頑張れっ!あと、少しだ!」
「キュゥゥー!」
岩山登りは最初こそスムーズだった。ほぼ垂直な岩壁が続いていたのだが、飛べる私と源十郎、そしてカルは勿論のこと天井にも張り付いて進めるルビーも楽々登っていた。
ジゴロウは断崖絶壁を登る苦労そのものを楽しんでいる様子だから放置で。そしてアイリスだが、自分で作ったハーケンを上手く利用していた。ハーケンの穴に触手を通し、それを支えにして身体を上へと持ち上げるのである。細心の注意を払っていたので少し時間は掛かったが、我々は順調に進んでいた。
しかし、問題が起きたのは雲を越えた辺りからである。雲の内部は視界が悪いのでそれはそれで厄介だったが、それだけだ。
だが、雲の上は岩壁が垂直どころか鈍角になっていた。即ち、鼠返しのような形状になっていたのである。
こうなるとアイリスの身体の構造上、ハーケンを使っても宙吊り状態になってしまうのだ。なのでアイリスは超高度における雲梯をする羽目になった。
流石に危険過ぎるので、私とカルはアイリスと自分達の身体をロープで繋ぎ、少しでも彼女が体感する体重を減らしている。アイリスはかなり辛そうにしているが、もうすぐ鼠返し状の岩壁も終わる!頑張るんだ!
「い、イザーム!ヤバいよ!何か来てる!」
な、何っ!敵か!こんな時に!ルビーが察知してくれたことそのものは有難いが、今はただでさえ危機的な状況なのに面倒なことこの上ないな!
ルビーが捉えた敵が、私の目にも見えてきた。鳥だ。それもかなり多い。あの山にいた禿鷲を思い出す嫌な光景だな。まずは【鑑定】!
――――――――――
種族:雷鳥 Lv12~16
職業:なし
能力:【爪】
【嘴】
【敏捷強化】
【飛行】
【水属性耐性】
【雷属性耐性】
――――――――――
おや?大して強くないぞ?禿鷲のように群れを統率する上位個体もいないようだ。
しかし、雷鳥とは…。私の記憶が確かなら、数十年以上前から絶滅危惧種に指定されている鳥類だった気がするぞ?それを敵として登場させるとはな。
だが、今はどことなく感じさせられる罪悪感など無視しよう。むしろ、私の魔術で一掃できる程度の相手であった事に安堵するべきだ。
「魔法陣遠隔起動、呪文調整、闇波!」
私が最も得意とする【暗黒魔術】によって、遥かに格下である雷鳥の群れは呆気なく墜落していく。取り敢えずの危機は去ったようだな。
しかし、次の襲撃が無いとは限らない。それに、その時は敵が同格以上の可能性だってある。急ぐに越したことはないな!
「っと、付与が切れかけているな。筋力強化、筋力強化、筋力強化、敏捷強化、敏捷強化」
「あ、ありがとうございますぅぅ!」
私はアイリスが自重を支えられながらも、可能な限りの速度が出る組み合わせの【付与術】を掛ける。アイリスは必死に触手を伸ばし、少しずつ、しかし確実に進んでいく。私とカルも出来る限り彼女を引っ張った。
「頑張って!」
「あと少しじゃぞ!」
ルビーと源十郎は鼠返しの終わり付近で応援している。自分にできるのは元気付けることくらいだとわかっているのだろう。
「…なんか、昔の栄養ドリンクのCMみてェだな」
「「「「ぶふっ!?」」」」
「キュ?」
命綱も無しで鼠返し部分もサクサク登ったジゴロウが、ふとそんな事を言った。ファイト一ぱ…って、いかんいかん!
ジゴロウ!このバカ野郎!少し気が抜けたじゃないか!少し前から私も思っていたけども!
と、とにかくだ!アイリス!あと少しだけ、気張るんだ!
「う、ううううううぅぅああああああああ!!!」
アイリスは気合いと共にハーケンを伝って鼠返し部分を遂に登り切った。よくやった!ここからは大した距離は無いぞ!
「ハーケンは差しといたよ!」
「登山も大詰めじゃな!」
私がアイリスに掛かりきりになっている間、源十郎とルビーが準備を整えていたようだ。長かった岩壁も、もうすぐ終わりだ!
◆◇◆◇◆◇
「よい…しょ!」
「到着だな」
それから十分程後、我々は遂に険しい岩山を登り切って登頂した。時間的にはそこまで掛かっていないのだが、精神的に結構疲れたな…。
「おお!気持ちぃ~!」
「うむ、風が心地よいのぅ」
岩山だったので頂上もゴツゴツした石だらけで剥き出しの地面だと予想していたが、意外にも辺り一面は柔らかい芝生で覆われている。そこに高所特有の涼しい風が優しく吹いており、それによって芝生がゆったりと揺れていた。
「いい場所だ」
「ここに鳥人の街があるんですよね?」
「ああ、そのはずだ。そして恐らく、彼処にあるんだろうよ」
私が指差したのは、草原の中に一本だけ聳え立つ巨木であった。『古代の移動塔』の入り口近くから見えた巨木よりは劣るが、十分に立派である。岩山の頂上にこんなものがあるとは、素直に驚いた。
地面は平坦で、そこに家らしき人工物は無い。ならば、あの巨木の上に街があるのだろう。うん、ファンタジーだな!
「じゃあ、行くか」
「はい!」
「友好的だといいね!」
「病気が出て喧嘩を売るでないぞ、ジゴロウよ」
「爺さん、ブーメランって知ってっか?」
「キュルル!」
こうして、我々は山頂にある巨木へと歩を進めるのであった。
あの栄養ドリンクのCMは好きです(自分語り)
それはともかく、この章は次回で終わります。掲示板と同時投稿です!
そして遂に書き溜めが20を切ってしまった…!執筆ペースを上げなきゃ(使命感)




