祝勝会 開会前
魔王国にある二つの街である『ノックス』と『エビタイ』。普段は多くの魔物達で賑わう街だが、今日ばかりは勝手が違った。警備は増強された不死の兵士と魔導人形に任せ、戦える者達…と言うよりも住民のほぼ全員がいなくなっていたからだ。
では、彼らは何のために、どこへ向かったのか。その答えは魔王イザームが主催する祝勝会に参加するべく、古代闇龍帝であるフェルフェニールの住処の前に設えた会場に向かったのである。
まだ祝勝会は始まっていないものの、集まった者達による交流は自由だ。特に滅多に街に近寄らず、フェルフェニール様と会える機会が少ない子供達はこぞって穏やかで知的な雰囲気の龍帝の周囲に集まっていた。
「フェルフェニール様!あげる!」
「みんなで作ったの!」
ただ、子供達は物珍しさからフェルフェニールの下に集っていた訳ではない。子供達は自分達を守ってくれたフェルフェニールへの感謝の気持ちを込めたプレゼントを贈りに来たのだ。
それは台座も含めれば高さ一メートル半ほどもあるフェルフェニールの像だった。生産のための能力をまだ習得していない子供達の手製、しかも子供達が自由に使える何の変哲もない素材ということもあって出来が良いとは口が裂けても言えない作品だ。
大部分は粘土で、鱗は不揃いの小石を埋め込んだだけ。角は左右非対称だし、全体のシルエットは歪んでいる。仮にこの場に美術商がいたなら、商品として取り扱うことは決してないだろう。
『おお!とってもステキなプレゼントじゃないか、うん。ありがとう』
しかしながら、フェルフェニールにとって重要なのは彼が気に入るか否かである。そして自分のために心を込めて作られた像は、これ以上ないほどの宝物と言えた。
フェルフェニールは心から礼を述べる。そして返礼として子供達へと優しく息を吹き掛けた。フェルフェニールの口からは花のような良い香りが漂っていることもあり、子供達は驚きながらも楽しそうに笑っていた。
ただし、この息は単に香りを届けただけではない。フェルフェニールは子供達に祝福を授けたのだ。その効果はほんの僅かだが、成長速度が上昇するというモノ。魔王国の子供達は意図せずして強化されたのである。
「ううむ、巨人とはこれほどに大きいのか…」
「そうでしょ!」
「ハッハッハ!」
別の場所ではビグダレイオのジャハルと『ユンノーシャング雲上国』のリュサンドロス、『シルベルド海王国』のメトロファネスの三人が談笑していた。猪頭鬼のジャハルは自分の一族は大柄な方だと思っていたのだが、彼を片手で持ち上げられそうな二人を見て唸らずにはいられない。ジャハルにとって、似たような年頃で自分が一番小柄というのは初めての経験だったからだ。
三人とも王太子という同じ立場の魔物という点で共通しており、また性格の相性が良かったこともあって一瞬で意気投合した。魔王国を通じて三つの魔物の国家の後継者が繋がったのである。
「しかし、あんなモノまでいるとは思わなかった」
「そうだね〜」
「あの戦いでは大いに活躍していたのだぞ!」
三人の王太子が見上げていたのは、悠然と空を泳ぐゲイハだった。防衛戦では一族の仇敵でもある『傲慢』を前に奮戦し、勝利へと貢献した上で進化も果たしていた。
元から魔王イザームに忠誠を誓っていたゲイハだが、『傲慢』を陥落させ、その上で自分達に都合の良いように陸上の要塞に作り替えた主君に心酔している。浮遊要塞という『傲慢』のアイデンティティを踏みにじったことが大きな評価点だったらしい。恨みを抱え続けていた者らしい陰湿さとも言えた。
今では魔王国の空を守護することを己の役割とみなし、常に魔王国上空をゆっくりと回遊している。魔王国へと空から不法侵入することは不可能と言えた。
「あの、いいのかな?本当に何もしてないのに祝勝会だけ出ても…」
「いいって!イザーム君に招かれたんだから!おおっ!?あれは何だろう!?」
祝勝会には防衛戦で活躍した者達以外にも、『魔女集会』のように招かれた者達がいる。その中にはコロンブスとケースケの二人も含まれていた。
過去のイベントで知己を得て、紆余曲折の末に魔王国への出入りが許された二人は防衛戦に加わっていない。防衛戦の時、二人は未知のフィールドを求めてティンブリカ大陸を旅していたのだから。
それ故にケースケは遠慮気味なのだが、コロンブスは全く気にしていなかった。この精神的な図太さがあるからこそ、戦闘力が低いにもかかわらず躊躇なく未知のフィールドへ突撃出来るのだ。
「いやぁ、悪いね。私達のためにわざわざ穴まで掘ってもらって」
「ふっふっふ!もっと褒めたたえるのじゃ!」
「…礼ならフェルフェニールさんに言って下さい。後で埋めることを条件に穴を掘ることを許可してくれたのですから」
別の場所では『溶岩遊泳部』のトロロンがクランメンバーと共に溶岩溜まりの中から『ザ☆動物王国』のタマとコンベアに礼を言っていた。トロロン達は溶岩溜まりがなかったとしても地上で動けない訳ではない。だが、あった方が楽なのも間違いなかった。
この事情を鑑みて、フェルフェニールは寛容にもきちんと後始末をすることを条件に地面を掘って溶岩溜まりを作ることを許したのである。そして即席の溶岩溜まり用の穴を『ザ☆動物王国』のメンバー達が掘ったのだ。
「はっけよい!」
「行け行けー!」
「そこだ!投げろ!」
「負けるなっ!踏ん張れっ!」
「意地を見せろ!」
また、別の場所ではプレイヤーと住民の垣根なく人だかりが出来ている。その中心では闇森人と疵人の男性が褌だけになって相撲を取っていた。相撲が好きなプレイヤーが住民達に教えたのが始まりで、これが住民の間で流行しているのだ。
格闘戦との違いは能力を一切使わないこと、そして現代相撲のルールで行われている点であろう。能力を使わないこともあり、筋力が拮抗していれば生産職でも戦士職でも条件はほぼ同じ。たまに下剋上が起きることもあって、人気は高まったのだ。
今相撲を取っている二人は双方ともに細身なので、リアルでの大相撲とは迫力で劣っている。だが、本人達と見ている者達の熱気は勝るとも劣らない。この新たな娯楽に熱中しているのだ。
土俵の周囲は次の立ち合いに臨む力士達が囲み、その周囲では観客が熱狂している。力士達が自分の立ち合いの参考になるからと集中している一方、観客の熱気が高まっているのは試合が白熱していること以上に勝敗で賭けをしているからだ。コンラートが胴元として賭場を仕切っているのは最早当然のこととなっていた。
「…おっ!魔王様だ!」
「魔王様がいらっしゃったぞ!」
それぞれが好きなように振る舞っていたのだが、誰かが空を見あげてイザーム達の到来に気が付いた。すると直前まで別のことに熱中していた者達も、すぐに中断していつ彼らが降りてきても良いように備えている。魔王イザーム達を乗せたカルナグトゥールが地面に着地した時には、会場は直前の熱気が嘘だったかのように静まり返っているのだった。
次回は12月26日に投稿予定です。




