久々の五人
『魔女集会』の五人との会談は驚くほどスムーズに進んだ。街を治めることに対して消極的だったはずなのだが、私達が行っている施策を尋ねたり我々に可能な支援についての具体例を聞こうとしたりと驚くほど積極的になっていたからである。
始めて会った時のようなオドオドした雰囲気からは一転して、一本芯が通ったような強さを感じさせられた。ここまで案内したマックとポップは、彼女らは広場辺りから態度が急変したと言っている。彼女らの琴線に触れる何かがあったのだろう。
我々にとっても『魔女集会』の五人がやる気になってくれたのは都合が良い。本来は打ち上げ、というには規模が大きくなった祝勝会を楽しんでもらって前向きになってもらう予定だった。いわゆる接待である。
これが自らやる気を出してくれたのだから、気兼ねなく楽しんでもらえば良い。何にせよ、良い方に転んでくれて助かった。
「イザーム、そろそろ時間ですよ」
「ああ、今行く」
『魔女集会』との会合を終えてから部屋で彼女らの変化について考えていると、ドアの外から私を呼ぶ声が聞こえてくる。声の主が誰だか分かっていることもあり、私はすぐに部屋の外に出た。
「開会式の挨拶、ちゃんと用意してますよね?」
「一応な。あまり長々と話すつもりはないが」
部屋の外で待っていたのはアイリスだった。祝勝会は色々なイベントが用意されているが、開会式で私が軽く演説することになっているのだ。
ただし、私はアイリスにも言った通り、滔々と語るつもりはない。学生の時分、長期休暇前に校長先生が行う長話が嫌いだったからだ。開会式など短ければ短いほど良いのである。
「集まりはどうだ?」
「魔王国関係者はみんなログインしていますよ。ふふふ、楽しみだったんでしょうね」
私もそうですが、と言ってアイリスは触手をくねらせる。とても喜んでいる時の動きを見せている辺り、アイリスも本当に楽しみだったのだろう。
楽しみにしていたのは私も同意する。だが、聞きたかったのはそちらではない。プレイヤーではない、招待した外部の者達のことだった。
「プレイヤー以外の集まりはどうだ?」
「あっ、そっちですか。防衛戦に参陣してくれた方々はもう集まっておられますよ。ただ…」
「ただ?」
「その、会場が会場なのでパニックになる方々が一部いらっしゃって…」
「あー…考慮に入れていなかったな」
祝勝会の会場は意外かもしれないが『ノックス』内ではない。どこで開催するのかと言えば、フェルフェニール様の巣の前であった。
基本的にフェルフェニール様は時分の巣から移動しない。地獄に繋がる穴を塞ぐという役目があるからだ。
だが、防衛戦ではフェルフェニール様の力も借りている。直接的に援軍を頼んだ訳ではないものの、フェルフェニール様の好意で巻き込むことを許してもらったのだ。
フェルフェニール様自身が了承したとは言え、巻き込む策は彼の大事な所有物を破損させるものだった。感謝の気持ちを直接伝えるためにも、フェルフェニール様には必ず出席していただきたかったのだ。
それ故に会場はフェルフェニール様の巣の前に設置している。普通にフィールド扱いなのだが、あれだけの人数のプレイヤーと住民が集まっていれば魔物が寄ってくることもあるまい。仮に来たとしても返り討ちにして終わりだろう。
「フェルフェニールさんが優しく声をかけてくれたので落ち着いたみたいですけど、やっぱり知らなかったらビックリしますよね」
「驚かせるという意図はなかったんだがな」
会場の選定はフェルフェニール様への配慮だけで決めたのだが、伝え忘れていたこともあって驚かせてしまったらしい。悪いことをしてしまったかもしれないな。
二人で会話をしながら宮殿の外に出る…前に私はいつもの日課である賢樹への水やりを行う。賢樹もルーク達を相手によくやってくれた。感謝の気持ちを伝えながら、私とアイリスは一緒に水やりをした。
賢樹は嬉しそうに枝を揺らすと、アイリスの方にだけ木の実を落とす。それも大量に降らせるのではなく、彼女が無理なく受け取れるぐらいの量に調節していた。賢樹はそこらの大人などよりずっと気遣いが得意なようだ。
ガサガサ……ガサッ!
「うおっ!?ほう、これは…」
「フフッ!イザームそっくりです」
アイリスの上で枝を揺らすのが止まったかと思えば、一つの果実が私の上に落ちてくる。驚きつつも何とかキャッチした私がその果実を見ると、その形状は何と私の頭蓋骨にそっくりだった。
これは偶然なのか、それとも賢樹は意識的に果実の形状を変えられるのか。呆然と見上げる私を見て、賢樹はイタズラを成功させた子供が笑うかのように枝を揺らしていた。
何とも言えない気分になりながらも、私は一応賢樹に礼を言う。言葉を話せない賢樹は水やりをされて喜ぶ時のように枝を大きく揺らしていた。
「よォ、兄弟。待ってたぜェ」
「いやいや、ボク達が早すぎただけじゃない?」
「ほっほっほ」
宮殿の扉の前ではジゴロウとルビー、そして源十郎が私が来るのを待ってくれていた。彼らは祝勝会の前に『ノックス』でやることがあったらしく、ならば共に行こうと私が誘ったのだ。
おお、こうして見ると最初の五人だけが揃っているじゃないか。意識はしていなかったが、こんな偶然もあるのだなぁ。
「待たせて悪かった。じゃあ行こうか」
「あ、水を差すようで悪いんだけど…リンちゃんは先に行ってるよ」
「何?どういうことだ?」
私を含めた五人はカルとリンに分かれて乗るつもりだった。だが、片割れであるリンは私の了承を得ずに行ってしまったらしい。え?何で?嫌われるようなことしたっけ?
私の焦りを見て取ったアイリスを除く三人は笑っている。特にジゴロウはゲラゲラと声を上げていた。全くお前は…もう少しデリカシーを持て!
「カル坊が許したのよ。アマハの駆る龍はリンの親友であろう?共に行けば良い、とな」
「そうだったのか」
リンが勝手に行ってしまった理由は源十郎が教えてくれた。アマハの従魔、ヨーキヴァルはリンの親友だ。そしてカルは自分をリンの兄貴分だと自認している。今の状況は親に待機を命じられていたが、親友と共に祭りへ行きたがる妹を兄が送り出したようなものだ。
カルだけでも私達を運ぶことは可能ではある。だが、カルが私の言いつけを破ることを良しとするなんて初めてのこと。リンではなくカルに嫌われるようなことをしたのだろうか?
「いやぁ、ボク達ってば愛されてるねぇ」
「んん?」
「微妙に鈍感だよなァ、兄弟よォ」
「んんん?」
「多分、カルちゃんは自分だけで私達を運びたかったんじゃないか…って言いたいんですよ」
…どうやらカルの意図を汲み取れなかったのは私だけだったらしい。思えばカルは生まれた時から私を含めたこの五人と一緒だったのだ。それ故に私達五人に最も懐いている。
その五人が全員、それも五人だけで行動する。これは珍しいことだ。ならば自分を含めて最初期メンバーだけで行動したいと望んだのではないか。四人はそう言っているのだ。
この推測はあながち間違っていないように思う。ああ見えてカルは甘えん坊なところが抜けないのだ。初期メンバーに甘えようとしているのかもしれない。
「可愛いヤツめ。おっと!」
「グオオォォォッ!」
宮殿の扉前に立つと、左右に控える不死の兵士が扉を開ける。すると待っていたと言わんばかりに勢い良く私達の前にカルが着地したのだ。
私達は目配せし合って少しだけ苦笑する。その後、全員でカルの背に乗せてもらうのだった。
次回は12月22日に投稿予定です。




