魔女達の覚悟
『ノックス』に到着した『魔女集会』の五人だったが、彼女らが真っ先に圧倒されたのは街の賑わいであった。水路の両脇には多くの人々が行き交い、その奥からも喧騒が聞こえてくる。自分が訪れたどの街よりも活気があるかもしれない。魔女達は言葉に出さずとも同じ感想を抱いていた。
次に彼女らを驚かせたのは、目に映る人々は全て彼女らが見たことのない種族だったからだ。良く見れば普通の人類も混ざっているようだが、その数はごく少数。ここでは魔物の方が多数派という魔物の国であることを改めて実感していた。
また、どの建造物にも美しい紋様が刻まれている。この紋様のお陰だろうか、街には優雅な雰囲気が漂っていた。ここがつい先日戦場となったなど、知っていなければ信じないことだろう。
ドゴオォォ!
「キャッ!?」
「何の音!?」
その直後、街の雰囲気からはかけ離れた爆発音が街中に轟いた。近くに雷が落ちたかのような、腹の底にまで響く轟音に、魔女達はビクリと身体を震わせる。
音の発生源がどこなのかは一目瞭然。何故なら、ある方向からショッキングピンクの煙が立ち昇っていたからだ。どう考えても健康に悪そうな色の煙だった。
ただ、マック17とポップコーンを含めて『ノックス』の民はここ異常事態にほぼ無反応である。音が鳴り響いた直後こそ音源の方を反射的に振り向いたが、すぐに何事もなかったかのように視線を戻していたのだ。
「あっ、あの!大丈夫なんですか?」
「んあ?何が…って、ああ、そうか。慣れ切ってたから説明してなかったわ」
「安心して!こんなの日常茶飯事だから!」
「は、はぁ…?えぇ…?」
不安と困惑がないまぜになった表情の魔女達が納得しているとは到底思えない。そこでポップコーンは事情を説明する。あれは生産職の者達が何か実験で爆発させただけであり、その被害が出ないように隔離しているから街に問題はないのだ、と。
当然のことのように説明したポップコーンだったが、魔女達の頭から不安が消えた代わりに困惑がグッと大きくなった。ポップコーンの言葉が真実であることは、周囲の反応からも明らかだ。
しかし、異様な煙が出る爆発が日常的に発生することに誰もが慣れているということ。文化の違いに近しい何かを感じていた。
「到着っと。ここで降りるぞ。ありがとうよ」
「ありがとうございました」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
「どういたしまして」
水路での移動は終わりを告げ、七人が乗っていた小船は船着場の桟橋に寄せらた。短く礼を言ったマック17とポップコーンに続いて魔女達も礼を言う。すると半龍人はフッと優しく笑ってから返礼した。
後は船を降りるだけ。そんなタイミングになって水路の中から飛び出して来る者達がいた。驚いて魔女達が振り返ると、そこにいたのは半龍人の子供達だった。
「やっぱりだ!見たことない人!」
「どっから来たの?」
「王様みたいな格好だ!」
子供達は無邪気な遠慮のなさで魔女達に群がっていく。大人の半龍人は厳つい印象を抱いた魔女達だが、自分達の腰ほどしかない子供達のクリクリと愛らしい瞳に見上げられては無下にも出来なかった。
「おう、坊主共!姉ちゃん達を困らせんなよ!」
「「「え〜?」」」
「王様の所へご挨拶に伺うの。一緒に行く〜?」
「「「行くー!」」」
「じゃあ歩きながら聞きましょうね〜」
マック17の注意には不服そうだった子供達だが、まるで保育士であるかのように誘導するポップコーンには素直に従った。マック17が嫌われているという訳ではない。ただ、ポップコーンの方が子供達の扱い方が分かっているというだけなのだ。
子供達を引き連れて街を歩いていると、次々と他の種族の子供達も集まっていく。初めて『ノックス』を訪れる人類であるのに、ここまで無防備な上に親も許容しているのは魔王イザームの客人だと知っているからだ。それほどに魔王国の民はイザームとその仲間達を信頼しているのである。
魔女達は子供達の質問に答えながらも、子供達のことも聞いてみる。まだ幼いということも要領を得ないものの、ポップコーンがその都度補足してくれるので魔王国について様々なことを聞くことができた。
「あっ!あの黒い龍って!」
「カル君も有名になったわねぇ」
子供達のペースに合わせて通りを進むと、魔王国で様々なイベントに使われる広場が見えてきた。その一角では魔王イザームの従魔、カルナグトゥールとヒュリンギアが横になってくつろいでいた。
二頭とも防衛戦では大活躍だったものの、特にカルナグトゥールの方が有名となっている。その理由はもちろん、イザームとの戦いに敗れたルーク達が従魔の存在について語ったからだ。
「子供達の人気者なのよ。でも、その前に…」
カルナグトゥールとヒュリンギアは子供達に大人気で懐かれているのだが、子供達は誰一人として二頭へ突撃していかない。子供達は広場の中央にある石碑に向かって祈りを捧げていた。
しばらく黙祷を捧げてから、子供達は一斉に二頭へ駆け寄る。自分の身体をよじ登ったり抱き着いたりする子供達を、二頭は上機嫌で迎えていた。
「あの、今のは…?」
「これね、イザームさんが音頭を取って作った慰霊碑なの。魔王国のために戦って、死んじゃった住民達を弔ってるんだって」
「住民は俺達と違って一度死んだら終わりだ。死なせねぇのが一番だが、戦闘になれば死ぬことだって当然ある。そいつらにも敬意を払ってる…ってとこだろ」
住民ことNPCは死亡すると復活しない。一度死なせてしまうと、その人物は世界から消失してしまうのだ。基本的にプレイヤーは住民をわざと傷付けることはない。その人物が何らかのクエストに関わっていた場合、他のプレイヤーともめる可能性があるからだ。
だが、わざわざ住民のために石碑を建てるプレイヤーなど聞いたこともない。驚く魔女達にマック17はニヤリと笑ってみせた。
「そういう気遣いが重要なんだよ。あえて悪い言い方をするなら、ぶっちゃけ人気取りだぶぇっ!?」
「ちょっと!勘違いしないでね?人気取りって面がない訳じゃないけど、イザームさんが住民の気持ちを考えて作ったのは間違いないんだから!」
「「「「「………」」」」」
偽悪的な言い方をするマック17の後頭部に、ポップコーンは力強い手刀を叩き込む。そして釈明するかのようにイザームが打算だけで慰霊碑を建てた訳ではないと強調した。
ただ、ポップコーンの言葉は五人には届いていない。同時にマック17の言葉もまた、彼女らには届いていない。彼女らは住民へ寄り添うイザームの姿勢に衝撃を受けていたからだ。
魔女達が拠点にしていた街の住民は、怪しげな風体の彼女らを受け入れてくれた。そんな彼らに自分達は感謝していて、街の危機には逃がすために奮闘している。
だが、その後に自分達は彼らに何かしたのだろうか?全員を逃がし切れた訳ではなく、身内が亡くなった者達もいる。そんな住民達に自分達は何かしたことがあっただろうか?
答えは否である。住民へのフォローは自分達の役割ではないと何もしていなかった。確かにそれは『魔女集会』の義務ではない。周囲からの評価はともかく、彼女らは為政者ではない。あくまでも強い発言力を持つ集団であり続けようとしたからだ。
そんな自分達と比べて、憧れのイザームは王として君臨し、住民の心に寄り添う姿勢を見せた。マック17とポップコーンの言葉が届いていない魔女達には、住民達の全てに責任を持つ王としての覚悟をまざまざと見せ付けられた形になったのである。
五人の魔女は魔女としての方向性こそ違えど、基本的には似た者同士。それ故に至った結論も同じ。イザームのように自分達を受け入れてくれた人々に寄り添える存在になりたい。この時、始めて『魔女集会』の五人は為政者として立つ決意を固めたのだった。
次回は12月18日に投稿予定です。




