歓迎される魔女達
イルカやシャチとの触れ合いや、メトロファネスとの語らいという充実した船旅の終着点が見えて来る。魔王国の港町、『エビタイ』であった。
「ふえぇ?」
「生放送で見たのより、立派になってない?」
『魔女集会』の魔女達は魔王国と王国の戦いを生放送で見ていた。そんな彼女達は『エビタイ』が王国の攻撃で瓦礫の山になったことを知っている。それ故に瓦礫を撤去しながら至る所で工事が行われているのだと思い込んでいた。
だが、彼女らの予想は半分が正しく、半分は間違っていた。正しかったのは『エビタイ』は現在も工事が行われている部分だ。今も『エビタイ』では魔物達や鉱人達の操る建設機械が働いていた。
では、間違っていた部分とは何か。それは『エビタイ』は防衛戦の時よりも大きくなっていたことである。以前は魔王国の玄関口となる港町だったのだが、今では誰が見ても軍港のようにしか見えないのだ。
「っていうか、アレって…」
「そ。『傲慢』の残骸を利用させてもらってんの」
何よりも『エビタイ』の中央には魔王国を襲撃した古代兵器、『傲慢』が街のど真ん中に設置されているのだ。表面装甲は新品に取り替えられており、陽光を反射して輝いていた。
今の時点であっても、この港町を陥落させる方法などないのではないか。魔女達は冷や汗を浮かべながら乾いた笑い声を出す他になかった。
「では、後でな!」
「はいよ、旦那」
このタイミングでメトロファネス率いる海巨人達は別れることになる。海巨人には専用の上陸地点が用意されているからだ。
海巨人と別れた後、アン達の海賊船は『エビタイ』に入港する。どうやら彼女達専用の場所があるらしく、海賊船は勝手知ったると言った様子で停泊した。
「ほれ、さっさと降りな。ま、船旅はまだ続くんだけどね」
「え?それってどういう…」
「おっ!魔女さん一行のご到着だ!」
アンに促されるまま下船した魔女達だったが、降り際に言われたことの真意を問いただす前に多くのプレイヤーに囲まれることになる。それは魔王国に加わっているプレイヤー達であった。
魔女達はこれほど多くの人々に囲まれてどうしたら良いのかわからず困惑するばかりである。恐怖に変わらなかったのは、ひとえに囲む者達が向ける感情が悪意ではなく好意であったからだった。
「ほらほら、魔女さん達が困ってんだろ?話をしたけりゃ後にしな!」
「「「へーい、姐さん」」」
アンに叱られたことで、囲んでいたプレイヤー達は少しだけ距離を取る。落ち着いた魔女達は、自分達が想像以上に好意的に受け入れられていることを嫌でも自覚させられた。
すると次はどうしてこんなにも自分達が評価されているのか、という疑問が湧いてくる。だが、それを尋ねようと思った時、アンは険しい顔付きで周囲を見回していた。
「それより、案内役はどこで油売ってんのさ!」
「おいおい!もう来てるじゃねぇか!」
「だから言ったじゃん!もう来てるって!」
苛立ちを露わにするアンだったが、大きな声を張り上げながら近付いてくる者達がいた。片方は筋骨隆々の巨漢であり、もう片方はフワフワと浮かぶ半透明の幽霊だ。
二人は不死系種族で統一されたクラン、『不死野郎』のマック17とポップコーンだった。大声で手を振っているマック17の頭を、ポップコーンが怒りながら蹴っている。誰の目にも遅刻の原因はマック17にあるとわかる光景であった。
「悪い悪い!建築の手伝いしてたら遅れちまった!」
「だからギリギリに行っちゃダメっていつも言ってるでしょ?本当に世話の焼ける…」
街の規模を拡張している『エビタイ』の建築は、魔王国の全員が手伝っている。一刻も早く完成させたいというのは魔王国のプレイヤー全員の総意だったからだ。
ただ、それは遅刻をした免罪符にはなり得ない。ポップコーンはブツブツと小言を言いながらマック17の頭を蹴り続けていた。
「来たんならさっさとお連れしな。じゃ、また後で会おうね」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
再び自分の船に乗りこむアンに、魔女達は揃って礼を言った。不気味な魔女の格好をしているが、五人揃って礼儀正しい。アンは彼女には珍しく邪気のない、柔らかな笑みを浮かべて手を振り返した。
船上ではアンの珍しい表情のことで男性団員が盛り上がっているが、女性団員が叱責しながらボコボコにしている。当のアンは仲間達のバカ騒ぎを見て先ほどとは打って変わってゲラゲラと下品に笑っていた。
「うっし。じゃあついてきてくれ」
「こっちだよ〜」
「あっ、はい」
アンから案内を引き継いだマック17達が魔女達を連れて行ったのは、『エビタイ』から伸びる水路である。この水路の先に『ノックス』があるのは生放送で知っていた。
魔王国の本拠地が目と鼻の先にある。魔女達のテンションは否応なく上がっていた。
「ああ、そうだ。こっちは一方的に知ってるだけで、自己紹介をしてなかったな。俺は『不死野郎』のマック17。マックって呼んでくれ」
「私のことはポップって呼んでね。あ、来てくれたわ」
空中に浮かぶポップコーンが指差す先には、一隻の小船が浮かんでいる。ただ、魔女達はその小船は船頭も動力もないのにひとりでに動いてこちらに接近してくることに気付いた。
どうやって動いているのか。魔道具なのだろうか。彼女らが動力について尋ねる前に、その答えは水中から顔を出した。
「お疲れさん。『ノックス』まで頼むわ」
「承知しております」
水中から現れたのは半龍人であり、彼らが船を水中で牽引していたのだと魔女達は察した。ただ、当の半龍人は魔女達が何かを言う前に水中へ戻ってしまった。
彼女らが残念そうにしていると、ポップコーンはニコリと笑って話す機会はいくらでもあると言って励ます。ポップコーンの言葉を信じて彼女らも船に乗った。
「こいつに乗りゃぁ、安全に『ノックス』へ行けるんだ。まぁ、あんた達も100レベルあるっぽいし問題ねぇだろうけど」
「のんびり船旅を楽しんで…って言っても海を渡ってきたばっかりだったっけ?じゃあ、おしゃべりしよっか!」
幽霊だというのに明るい性格のポップコーンは魔女達との距離を詰めていく。ただ、ポップコーンは自分から彼女らに何か聞くのではなく、まず聞きたいことがないか尋ねた。
「魔王国のこと、噂しか知らないでしょ?知りたいことが色々あるんじゃないかなって」
「あの、じゃあ質問です。なんで皆さん、あんなに好意的だったんですか?」
「あれ?知らないの?」
「『魔女集会』を含めて二つだけなんだよ。王国で自分の国を持ってるクランが、な」
魔王国のプレイヤー達が『魔女集会』にとても好意的だった理由。それはルクスレシア大陸に本拠地を置く親魔王国勢力だ、というだけではない。王国の混乱に乗じて街や領土の運営を掌握、あるいは強い影響力を持つようになったたった二つのクランの片方だからだ。
ルクスレシア大陸の混乱に乗じて実際に動いたクランは数多くあれど、そのほとんどは当初の目的を果たせていない。大きな勢力との争いに敗れたり、大きな勢力の傘下に収まったりと一国一城の主からは程遠いのだ。
そんな中で『魔女集会』は実質的にはビグダレイオの属国ではあれど、王国の枠組みから脱した街で大きな影響力を持つクランとなった。本人達に自覚は薄いものの、影から街を支配していると言っても良い状態なのだ。
「だから俺達もあんた達と会えるのを楽しみにしてたんだぜ?気合いの入った連中だってな」
「えー?私は人の良さそうな女の子ばっかりで安心したけど?」
魔女達は自分達の預かり知らぬところで魔王国のプレイヤー達からとても高く評価されていた。そのことを知って舞い上がる…のではなく、フィクサーのような扱いになっていることに驚愕して口をパクパクと動かすのだった。
次回は12月10日に投稿予定です。




