魔女の船旅
ティンブリカ大陸にほど近い海上を一隻の帆船が走っていた。イルカやシャチの魔物が並走するその船の帆には大きく骸骨のマークが描かれている。それもそのはず、この船は『蒼鱗海賊団』の海賊船なのだから。
「よう、魔女さん達。船旅は楽しんでる?」
「あっ、はい!アンさん!」
その甲板の上で並走する魔物達を眺めていたのは『魔女集会』の魔女達だった。とある街において一夜にして権力者に成り上がった彼女達が何故、『蒼鱗海賊団』と共にいるのか。その理由は魔王国を訪問し、自分達の拠点を作るためだった。
魔王イザームとの邂逅で、『魔女集会』は一つの提案をされた。それは魔王国と協力関係になるという内容である。ビグダレイオは魔王国の友邦の一つであり、『魔女集会』にとっても魔王国と繋がっているということは利益があると提案したのだ。
ただ、『魔女集会』は魔王国の傘下に入ることを望んだ。彼女らがイザームのファンだったというのが最大の理由であるが、同時に傘下に入っておくことで魔王国から物資を輸入したり、プレイヤーを招いたり、自分達が訪れたりしやすくなると考えたからだった。
結果、ビグダレイオと友好的な街で強い発言力を持つプレイヤークランが魔王国の傘下という状況が生まれることになった。ただ、これはルクスレシア大陸の戦乱に魔王国は直接的に関わるつもりはないという発言が嘘だったことになってしまう。
「緊張しなくていいって。建前はともかく、王様はアンタ達を招待するためにアタシ達を雇ったんだ。客人としてドンと構えておきゃいいんだよ」
「は、はぁ…」
そこで『魔女集会』の方から魔王国にコンタクトを取り、その庇護と支援を受け取るという体裁を整えることになった。今、『魔女集会』の五人は魔王国へと庇護と支援を懇願するという建前でやって来ているのだ。
ただし、イザームは自分達の都合で『魔女集会』を動かすことを申し訳なく感じている。そこで彼女らを賓客として特別に招待したのだ。
「でも、本当に良いんですか?だって…」
「戦勝パーティなんですよね?」
彼女らが招待されたのは、魔王国で開かれる戦勝記念のパーティだった。『魔女集会』の五人もティンブリカ大陸での激闘は配信していた者達の生放送で見物しており、それが激しい戦いだったことを知っている。
だからこそ、戦争に一切関わっていない自分達が招待されたとは言え参加することに恐縮していた。服装こそ怪しいものの、五人は全員が至極まっとうな感性の持ち主だったのである。
「戦争に関わってなかったからって遠慮することはないよ。むしろ人が多いパァーッと楽しめばいいさね」
「そーそー。『モノマネ一座』ってクランがメチャメチャ張り切ってるぜ?」
「自分達のショーを新しい人に見せられるってさ」
一方でイザームをはじめとする魔王国側は防衛戦に直接関わらなかった『魔女集会』が参加することに忌避感は全くなかった。むしろ新たに魔王国の仲間が加わることを歓迎するムードである。
ちなみに、同じく防衛戦に直接関わっていないビグダレイオからも親善大使としてジャハル王子と数人の側近が同じ海賊船に乗っている。そして彼らがここにいないのは、全員が船酔いでダウンしているからだった。
「それこそ、まだ到着まで結構時間があるし遊んでみるかい?」
「遊ぶって、例えば?」
「ウチの子らに乗ってみる、とか」
ニヤリと笑ったアンが親指で指したのは、海賊船を並走するイルカやシャチの魔物だった。魔物達は海賊団の従魔であり、主人である海賊達が許可すれば他の者達を乗せることも可能なのだ。
五人はお互いに顔を見合わせる。彼女らも水族館でイルカやシャチのショーを観たり触れ合ったりした経験はあれど、乗ったことなど一度もない。魔女達は興奮気味に首を縦に振った。
「わわわっ!?」
「アハハッ!」
「楽しそうだな〜」
「クソッ!何で男子禁制なんだ…ッ!
「いや、普通にセクハラになるかもだからだろ」
魔女達は女性の団員と共にイルカやシャチに乗っていた。鞍が乗せてあるとは言え、大きく揺れることもあって団員の補助は必須であり、接触するということもあって女性団員でなければならなかった。
楽しげな様子を眺めてごく一部の男性団員は血涙を流さんばかりに悔しがっているものの、ほとんどの団員は普段通りに過ごしている。談笑する者、賭け事に興じる者、鍛錬する者。周辺の警戒を行う当番以外は移動中の時間を楽しんでいた。
「お頭ぁ!そろそろ上がってくだせぇ!」
「わかってるよ!さ、そろそろ上がろうか」
「え?あ、はい…」
すると、警戒の当番だった団員が船縁から身体を乗り出してアン達に上がるように促す。アンが了承すると、彼女と共にシャチに乗っていた魔女は残念そうに眉を八の字にしていた。
どうやらシャチとの触れ合いが随分と気に入ったらしい。そのこと自体はアンも嬉しいのだが、このまま遊んでいたら危ないことを彼女は知っていた。
「そう悲しそうにするんじゃないよ。また遊べば良いし…面白いモンを見られるよ」
「面白いモノって…わわっ!?」
魔女の疑問に答える前に、アンは鉤縄を海賊船の船縁に投擲する。しっかりと引っ掛けた後、彼女は魔女を片腕で抱きかかえるとあっという間に登る。敵船に乗り込む際にも使っている方法ということもあって、その動きに淀みはなかった。
同じように他の魔女も甲板へと上がっていく。名残惜しかったのか、海面を上からのぞき込んだ魔女達だったが、不思議なことについさっきまで自分達が乗っていたイルカやシャチの姿が消えているではないか。
「え?何?」
「影が…見える?」
「大っきい!クジラ?」
「ううん、違うよ」
「これって…人!?」
「「「「「キャーーーーーッ!?」」」」」
その代わりとばかりに海中に巨大な影が見えてくる。下からゆっくりと海面に近付くにしたがって、そのシルエットは明確になっていった。
海中から迫る影は勢い良く海面を突き破ってその姿を現す。海賊船は大きく揺れ、海水が土砂降りの雨を思わせる勢いで甲板へと降り注いだ。
大きな揺れと、シャワーと言うには勢いが強すぎる海水によって魔女達は悲鳴を上げてしまう。中にはバランスを崩して尻もちをついてしまう者もいた。
「よう、メトロファネスの旦那。時間通りだね」
「当然だ!友人を待たせてはならんだろう?」
「相変わらず律儀だねぇ」
海中から現れたのは、『シルベルド海王国』の王太子であるメトロファネスだ。彼に続くように数人の海巨人が次々と海中から姿を現した。
ただし、メトロファネスのように海賊船を大きく揺らす勢いで飛び出す者は他にいない。そんなことをすれば海賊船が転覆する恐れがあるからだ。
普段のメトロファネスであれば、今日のように勢い良く飛び出すことはない。だが、今日は戦勝パーティという特別な日。周囲への細かい配慮を忘れてしまうほど楽しみにしていたのである。
「魔女さん達、紹介するよ。この人はメトロファネス。海巨人の王子様さ」
「メトロファネスだ!よろしく頼むぞ、見知らぬ魔術師達よ!」
アンはメトロファネスの無邪気さに苦笑しつつ、彼を『魔女集会』の五人に紹介する。紹介された本人は朗らかな笑みを浮かべていた。
ただ、魔女達は咄嗟に挨拶を返すことが出来なかった。始めて見る海巨人の威容に圧倒されたのも大きな理由である。
だが、最大の理由はメトロファネスが美形であったことだろう。急に現れた海水が滴る巨大な良い男にいきなり話しかけられて堂々と返事が出来るほど肝の据わった者などそうはいないのだ。
「旦那、この前は世話になったね」
「こちらこそ、良い経験になった!まさか寝物語に聞いたいにしえの兵器と戦う日が来ようとは!父上と母上に良い土産話になったわ!」
海巨人達は防衛戦の時にはアンと共に船団を攻撃している、いわば戦友だ。それ故に随分と気安い関係を築いていた。
アンが普通に会話していることもあって、魔女達も落ち着きを取り戻す。そして恐る恐るメトロファネスに話しかけた。
「あのぅ…」
「おお、我らだけで話しているのは失礼であったな!外の魔術師となれば、我ら海巨人のことを知らぬであろう。さあ、聞きたいことがあればこのメトロファネスになんなりと聞くが良い!」
メトロファネスは胸をドンと叩いて快活に笑う。魔女達は最初こそ遠慮がちに、しかしすぐに慣れたのか次々とメトロファネスに気になったことを尋ねていく。この質問責めは彼女らが『ノックス』に到着するまで続くのだった。
次回は12月6日に投稿予定です。




