魔女の統べる街
「…って感じに落ち着いたわ」
私はとある建物の一室で兎路とエイジからビグダレイオと共に王国領へと踏み込んだ件の顛末について報告を聞いていた。本来は辺境の街から食料や金品を略奪する計画だったのだが、その結果は思っていたモノからは随分と離れていた。
「間接的とはいえ、まさか我々の手でプレイヤーが強い影響力を持つ街を作る結果になるとはな」
「あ、アハハ…」
困ったようにエイジは笑っているが、これが私の偽らざる本音であった。兎路の機転によって略奪するはずだった街はビグダレイオに友好的なプレイヤーの街になってしまったのである。
エイジ達が攻め寄せる直前、その街は『解放の手』という共産主義を押し出す勢力によって武装蜂起が起きていた。綿密な計画が練られていたようで、街は内側から占領されてしまった。
そんな街から人々を逃がし、攻め寄せるビグダレイオ軍団の前へ姿を晒して交渉を持ち掛けた…ことになったのは『魔女集会』というプレイヤークランだ。魔女風のロールプレイを楽しんでいる五人組であり、他のプレイヤーが滅多に来ない場所で好きに遊んでいたようだ。
そんな『魔女集会』は果敢にも人々のために立ちはだかった…ことになっている。そしてジャハル王子に認められ、共に街を悪しき『解放の手』から解き放ったのだ!
「…という形で宣伝しろ、と。良いだろう。『ノンフィクション』と『コントラ商会』を通して広めておく」
そう、『魔女集会』の五人は高尚な考えから姿を現した訳ではない。と言うか彼女らはほとんど何も考えていなかった。考えていたことと言えば、避難民を見逃してもらいたいという願いだけだったのである。
通常、交渉に臨むとなれば条件を提示する必要がある。彼女らの方が弱い立場ということもあり、見返りに金品などを差し出すのが当然と言えよう。それを用意していない時点で、交渉ではなく嘆願でしかないのだ。
そしてビグダレイオが彼女らの嘆願を聞き入れる必要はない。だが、これを利用出来るとなれば話は別。兎路が計略の骨子を思いつき、エイジが伝える、最終的にはジャハル王子が修正しながら採用したのが…『魔女集会』による都市の支配だったのだ。
「それにしても、よく民衆が許したな。アールルの影響が強いだろうに」
「ビグダレイオの軍事力とジャハル王子のお陰ね」
まず、ビグダレイオ軍団は予定通り街を攻略した。『解放の手』は街の主要人物を排除し、重要な施設は制圧している。しかしながら、このタイミングで外から別勢力が攻めてくるのは当然ながら完全に想定外だったようだ。
そして『解放の手』にとって不運だったのは、ビグダレイオ軍団は彼らの天敵とも言える集団だったことだろう。『解放の手』は民間人ばかりではあるが、武装は我々が流した古代兵器の銃器。剣や槍などよりもずっと強力な武器だった。
だが、ビグダレイオ軍団はほぼ全員がエイジのような重装備の戦士である。リアルの防具とは異なり、優秀な防具は弾丸程度ならば弾き返す。加えてビグダレイオの兵士は屈強な猪頭鬼だ。仮に鎧の隙間に弾丸が滑り込んだとしてもまず死ぬことはないだろう。
文字通り瞬く間に制圧したビグダレイオは、そのまま街を支配することも不可能ではなかった。だが、そこで『魔女集会』の出番だ。ジャハル王子は街の民衆の前で堂々と『魔女集会』の説得を受けて支配も略奪も行わないことを宣言したのである。
その代わりとして、ビグダレイオの商人などと取引する通商条約を結ぶことを求める。だが領主の一族はことごとく討たれていたので、この決定を下せる者がいなかった。そこで生き残った住民の有力者によって議会が作られ、その議会と条約を結んだのである。
この時、『魔女集会』はこの条約の立役者ということもあって議会の一員になっていた。議会の中で彼女らの発言力はかなり強いらしい。それもそのはず、『解放の手』を一蹴したビグダレイオ軍団と交渉に持ち込んだという実績があるからだ。
「それにしても、あの王子様は中々のやり手ね」
「ああ。それはそれとして別の街を攻め落としたのだろう?震え上がる議会の連中の顔が目に浮かぶようだ」
「約束を破ろうって気にはならないでしょうね。それに『魔女集会』の権威は一層強くなると思います」
ただし、ジャハル王子は決して甘くはなかった。彼は遠回りして帰還する途中に別の街を攻め落とし、物資を略奪して戻って行ったのである。
条約を反故にすれば、ビグダレイオは必ず攻め込んでくる。そして攻め落とされた街の二の舞になる。そのことを彼らは痛感したはずだ。
また、そんなビグダレイオと交渉してみせた『魔女集会』の重要性はより一層高まったことだろう。ずっとログインしていられないプレイヤーだからと言って軽視されるようなことにはなるまい。実際、彼女らは街の英雄として多くの住民に感謝されているようだ。
「でも、いいの?」
「ああ。早いほうが良いさ」
「ちょうど良いイベントも…って、しばし待て!」
私達が話していると、部屋の扉がノックされる。するとエイジは急に高圧的な口調になってから部屋の外へと出て行った。
彼はすぐに戻って来たのだが、その背後には五人の魔女が…『魔女集会』のメンバー全員が揃っている。それも当然のこと、ここは例の街であるからだ。
「あの〜、今後のことで話すことがあるって聞いたんですけど…」
「あれ?その人は?」
「猪頭鬼じゃないですよね?」
私達がいるのは、街の中にあるビグダレイオの大使館だ。街中にある建物の一つをビグダレイオが購入した建物であり、ここは議会から治外法権が認められていた。
そんな建物に呼ばれた彼女らは私のことを凝視している。ビグダレイオの大使館に明らかに人にしか見えない背格好の黒フードがいれば気になるのは当たり前であった。
「はじめまして、『魔女集会』の諸君。私はイザーム。別の大陸で…」
「イッ、イザームって!?」
「まっ、魔王様!?」
「なんでこんなところに!?」
自己紹介をしようかと思ったのだが、『魔女集会』の全員が私のことを知っていたらしい。自分から求めたことではないが、私の名は随分と売れてしまったようだ。
まあ、知っているのなら話は早い。私はフードを上げてトレードマークになりつつある銀仮面をあらわにする。それを見た瞬間、五人は一様に黄色い声をあげた。
「ほっ、本物だ!」
「私達、ファンなんです!」
「サイン下さい!」
「握手!握手してもらっていいですか!?」
「弟子にして下さい!」
…魔女のロールプレイをしているだけあって、彼女らは魔王に対して悪感情を持っていないらしい。それどころか私自身が困惑するほどに好意的だった。
サイン?握手?私とそんなことをしても意味がないだろうに。今はとにかく、話を聞いてもらおう。その後であればいくらでも…
「モテモテですねぇ」
「アイリスに教えてあげ…」
「悪いが、落ち着いてくれ。私はすぐに帰らなければならないから、本題に入りたいんだ」
エイジにからかわれてもスルー出来る私だったが、兎路によってアイリスにあるこないこと吹き込まれたらたまったものではない。私は慌てて本題に入るのだった。
次回は12月2日に投稿予定です。




