いざ、新天地へ
私達が『古代の移動塔』へと戻ってこれたのは、日の出の直後であった。それでもかなり早いのだが、皆を待たせたのは申し訳ないな。
「すまん!遅くなった!」
三人の元へと戻った私の第一声は素直な謝罪だった。どう取り繕おうが、悪いのは私だからな!
「いや、別に待ってねぇよ」
「うむ!」
「待ってない?何故…ん?」
「あー!お祖父ちゃんが何か格好良くなってる!」
む?むむむ?何となくだが、源十郎の見た目が変わっている気がするぞ?ひょっとして、進化したのか!
「一体、どんな種族になったんだ?確か前は甲虫人だったよな?」
「うむ、刀剣甲虫人じゃ。【剣術】ばかり使って強敵を幾度も斬っておるとこの選択肢が出るようじゃぞ」
刀剣甲虫人か。蜥蜴人や蛙人なら次は『戦』が付くのが通常種だった。甲虫人も同じ流れだったのだろうが、源十郎の戦い方が特殊な進化を促した訳か。
こうしてみると、真っ当な進化を果たした者がこの中にいない事になるな。いや!我々は真っ当なプレイヤーではあるハズだ!ただ、普通よりも尖った戦い方をする事が多いだけだ!
「私のレベルも28になったんです。もうすぐ進化ですよ♪」
アイリスも上機嫌だ。私が不死製作に没頭している間、三人で狩りへ行っていたのか?彼らを信頼してはいるが、ここは鳥が空から襲ってくるエリア。かなり危なっかしい気がするのだが…
「キュー!」
「おお。カル、ただいま。良い子にしてたか?」
私の帰還に気付いたカルが飛び付いて来た。おや?今、確かに翼を使って飛んでいたような?
「実は、狩りの立役者はカル君なんです」
「お前らが戻ってからすぐにこいつが空ァ飛び出してな」
「お陰で空からの奇襲を受けずに済んだのじゃよ」
ほう!やるじゃないか!しかし…
「私のいないところでカルは初陣を飾ったというのか…」
「あっ!」
「あー…」
「うーむ…」
「キュ?」
カルは何故私が落ち込んでいるのかわからないらしいが、三人は『しまった!』という顔をしている。…我ながら魔物の表情を汲み取るのが上手くなったものだ。
「キュ~!」
私はカルの頭を撫でて気を晴らす。小動物に癒されるのは初めての経験だが、案外いいものだな。
「ふぅ…まあいい。こちらも目的を果たせたぞ。アイテム類は全て回収した。これて、後顧の憂いは無い」
つまり、何の気兼ねも無く新天地へと向かえる訳だ。
「どんな化け物に会えるか、楽しみだぜ!」
ジゴロウは新たな強敵を求めてウズウズしている。まったく、本当にブレない奴だよ、お前は。
「ヴェトゥス浮遊島…一体どんな所何でしょうね?」
アイリスは恐らくは誰も行った事の無い大陸へ思いを寄せているからか、好奇心を抑え切れていない様子で触手をくねらせている。私も同じ気持ちだから、良くわかるぞ!
「よし!行くぞー!」
ルビーは相変わらず元気一杯だ。だが、忍者のようにひっそりと行動するのが得意なのは謎である。ヴェトゥス浮遊島でも、その能力を遺憾なく発揮して貰おうか。
「ほっほ!血が滾るわい」
こっちはこっちで元気なご老人だな、源十郎は!しかも楽しみにしているのはジゴロウとほぼ同じ理由なんだろう?知ってるぞ?
「では、行くか!」
「「「「おー!」」」」
「キュ?キュー!」
事情を良くわかっていないカルは、ワンテンポ遅れて声をあげる。その様子に一同は癒されながら、ヴェトゥス浮遊島に繋がるワープ装置に乗った。
――――――――――
ヴェトゥス浮遊島へ移動しますか?
Yes/No
――――――――――
わざわざ聞かなくとも、答えはただ一つ!Yesだ!
私がYesを選択すると、装置が強く輝き始める。そして目を開けていられない程に強く発光し始める頃には、我々は無重力空間にいるような感覚を覚えだす。ううっ!気持ち悪い!
◆◇◆◇◆◇
その状態でどれだけいただろうか。一瞬だったようにも思えるし、逆に十分くらい掛かった気もする。だが、目を焼かんとする光が途絶えた事で見えるようになった周囲の景色は、先ほどとは異なる。
いや、部屋自体の造りは大して変わらない。だが、床に書かれた文字は、確実に違っていた。
『いらっしゃいませ!空の大陸を思う存分、堪能してください!』
こう書いてあったのだ。即ち…
「転移は成功、だな!」
――――――――――
運営インフォメーションが届いています。
――――――――――
…おいおい、折角の余韻が台無しじゃないか!少し前の双頭風鷲戦の直前にもこんなことがあったぞ!もう少し、感動に浸る時間をだな…
「ええっ!?」
「うそっ!?」
あ、余韻云々で文句があるのは私だけですか。アイリスとルビーはインフォを読んで驚いているらしい。さて、何が書かれていることやら…
――――――――――
たった今、プレイヤーがルクスレシア大陸とは異なる大陸へと到達しました。それを受け、ワールドマップを実装致します。
尚、ワールドマップは本人が実際に訪れた場所や地図を購入した場所しか表示されません。ご了承下さい。
ですが、マップデータの交換は可能です。これからもFSWをよろしくお願いいたします。
――――――――――
「キュ?」
…なるほど。なるほどね?要は我々がゲームのシステムを一つ解放してしまった訳だ。大変結構な事じゃないか。優越感に浸れるぞ?『攻略組よりも攻略してます』ってな!
では、カルを撫でながら早速私のワールドマップを見てみよう。ええと、真ん中にあるのがファースの街で…おお!西と北は本当に解放されているな!あ、ボスエリアや隠しエリアも名前が表示されるんだな。これも実際に入ったか発見した者以外には見えないのだろう。
こうしてみると、隠しエリアばっかりだな!普通のプレイヤーが来る可能性が高い場所へ行けなかったからこそ、こんなにも見つけたんだろう。どれだけ奇行に走っていたのやら。
そして現在地だが…うん。ちゃんとヴェトゥス浮遊島になっているな。エリア名は『古の泉』…?泉だと?どこにも水は無いのに、泉?
「みんな、とりあえず外に出よう。このままじゃ、埒が開かない」
「そうですね。出ましょうか」
我々は目の前にある自動ドアの前に立つ。しかし、ワープ装置以外の電源は死んでいるのか、一向に開く気配がない。『古代の移動塔』でも同じだったし、当然か。
「しゃーねぇー、なっ…とォ!」
ジゴロウは扉に手を掛けると、その馬鹿力にモノを言わせて無理矢理扉をこじ開けようというのだ。
ギギギギギ…
何が軋むような異音が響き渡る。長年使われていなかったから埃やらゴミやらが溜まっているのだろう。それが力押しでどうにかなるなら儲け物だ。
「ぬぅぅ…があああ!!!」
腕に血管が浮き出るほど力を込めていなジゴロウが、ついに気合いの咆哮と共に扉を開けた。流石はパーティー随一の力自慢だな!
「ここは…確かに泉だな」
扉の外は鬱蒼とした森であり、我々がいるのはその奥地にある泉の小島だった。何がどうなって周囲に水が溜まったのかは定かでないが、これまでの数百年で色々あったのだろうよ。
泉が出来た経緯はともかく、ここの周囲に人影は無い。魔力探知を使ってもそれは同じだ。しかし、魔物の気配は複数ある。しかも一つはかなり近い!
「皆、気をつけて!泉の中に何かいるよ!」
ルビーが全員に警告する。それに従って全員が戦闘態勢を取った。さて、何が出てくることやら。
こちらが気付いていることを察知したのか、泉の底にいたらしき敵が浮上してきた。影からすると、魚か?
「ぬ!?光壁!」
あ、危なかった!私が魚影を認識したとほぼ同時に、敵は水中から【水魔術】の水槍を放ってきたのだ!対話もへったくれも無いか。なら、こちらも躊躇する必要は無いな!
「アイリス、行けるか?」
「やってみます!」
アイリスは数十本の触手を泉の中に突っ込む。その際、触手を編んで網状にしていた。触手式投網、と言った所か?
「お、重いですぅぅ!」
どうやらアイリスは上手く敵を捕らえたらしい。しかし敵の抵抗も激しく、このままでは彼女の触手は切れてしまうだろう。
「十分だ!星魔陣起動、暗黒糸!源十郎!」
「うむ!カァァ!」
敵の大まかな位置さえ分かればこちらのものだ。私は暗黒糸で、源十郎は口から吐き出した糸で水中の魚影を捕まえる。あとは釣り上げるだけだ!
うおっ、重いぞ!アイリスを含めて三人で引っ張ってこれか!
「手ェ貸すぜ!」
「ボクは水中に行くね!」
ジゴロウは源十郎の糸を掴んで共に引き、ルビーは水中へと潜って行った。
「キュー!」
カルも私の暗黒糸を器用に掴むと、必死に引っ張ってくれている。子供の健気でささやかな献身…に見えるが、実際は私よりもパワーがあるので普通に有難い。
む?抵抗が弱まった?きっとルビーの仕業だろう!水中での攻撃に成功したのだ!今が好機!
「うおお!」
「オラァ!」
「えいっ!」
「ふんっ!」
「キュー!」
全員で力を合わせて引き揚げられた魚は、巨大な鯉であった。ただし、鯉のクセに何故か牙があるのを私は目視で確認している。一体、なんという魔物なんだ?
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種族:巨大魔魚・鯉 Lv42
職業:水氷魔術師 Lv2
能力:【牙】
【魚鱗】
【体力強化】
【防御力強化】
【知力強化】
【水氷魔術】
【水棲】
【水属性耐性】
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れ、レベル42だと!?鼠男王並みじゃないか!
「陸に上がった魚だな、こりゃあ」
「それは普通、比喩表現として使うんだが…」
だが、そんな格上の化け物は、我々の前でビチビチと跳ねている。レベルは高いようだが、所詮は魚。釣り上げてしまえば敵ではなく、ただの経験値になるようだ。
「と、とりあえず倒しませんか?」
「そ、うだな。うん」
「キュォォ!」
跳ねる事しか出来なくなった憐れな巨大魔魚・鯉を、我々は袋叩きにした。しかももののついでとばかりに、鍛えたい能力を上げるためのサンドバッグにしている。
私なら【鎌術】、源十郎なら【槍術】、アイリスなら【剣術】と【棍術】だ。
かなり悲惨な扱いだが、それは【魚鱗】、【体力強化】、【防御力強化】の三種類もある防御系能力のせいでもある。とにかく硬いので、物理攻撃が中々通らないのだ。まあ、だからこそサンドバッグになるのだが。
――――――――――
戦闘に勝利しました。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
【鎌術】レベルが上昇しました。
【知力強化】レベルが上昇しました。
【精神強化】レベルが上昇しました。
【体力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
【魔力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
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よし!勝った!…いや、勝ったが達成感は微妙だな。勝った事よりも釣り上げた時の快感の方が強かった。実質、タコ殴りにしただけたったし。
それよりも、私としてはカルのレベルが上がった事の方が嬉しい。いや、よく考えればカルはジゴロウ達と共にあの鳥達と戦っていたんだよな?それなのにレベルが上がっていなかったのか。1レベル上げるのにどれだけの経験値が必要なんだ?
バリバリ…
しかし、この泉にはまだ敵の反応が多数残っている。それも恐らくは巨大魔魚・鯉の仲間だろう。なら、釣り上げからの袋叩きで効率よくレベル上げが出来るのでは?
ムシャムシャ…
この辺りは皆と相談だな。では、剥ぎ取るとするか。魚の素材にどんな使い道が…って!?
「か、カル!?」
「キュキュ~♪」
私が考え事をしている間に、カルは大きな魚に食欲を刺激されたのか巨大魔魚・鯉に食らい付いていた。バリバリと音を立てながら、鱗など関係ないとばかりに噛み砕いている。ワイルドだな、おい!
「イザーム…これって、もう…」
「ああ…剥ぎ取れないな…」
FSWでは損壊の激しい死体を剥ぎ取ると、品質が頗る悪いモノしかドロップしないか、何も落とさなくなる。今、カルは巨大魔魚・鯉を食い荒らしているが、あそこまで損壊が激しいともうダメだろう。
よし!一尾目は諦めよう!カルよ、好きなだけ食うがいい。腹拵えが終わったら、存分に戦って貰うぞ!




