五人の魔女
「我々は使者として参った!何用か!」
五人の魔女に接近したエイジと兎路だったが、二人は顔を隠すような変装をしている。エイジはビグダレイオ軍団から借りた完全に頭を覆う兜を被り、兎路は薄紫色のヴェールによって顔の輪郭しか見えないようにしていた。
二人が顔を隠しているのは用心のため。魔王国は魔王国としてルクスレシア大陸の動乱に関わらないと明言している。それ故に顔を隠したのだ。
所属している個人が勝手に参戦した、という言い訳を用意しているのでイザームとしてはバレても問題ないと考えている。それを二人は知っているものの、その上でなるべくバレないように気を使ったのだ。
「ひっ!?」
(あれ、それっぽくしただけなんだけど…)
(普通にうるさいんだけど?むしろ、それっぽいからこそビビったんでしょ)
そして変装したからにはビグダレイオの一員だと思わせる必要があった。そのためにイザームを見習って演技してみせたのである。
実はエイジも兎路も演技には自信があった。ただ、その演技が真に迫っていたせいで魔女達は怯えるように肩を震わせている。ここまで怯えられると聞きたい話も聞けないではないか。
「今のところ、こちらに敵意はないわ!武装を解除してそちらに近付く!良いわね?」
「どっ、どうぞ」
巨体のエイジから発される大音声に怯えるのなら、交渉役は自分の方が相応しかろう。そう判断した兎路は腰に下げた双剣を地面に落とす。アドリブで合わせたエイジもまた、彼女に従うように武器を下ろした。
魔女達はどこか安心しているように二人には見えた。ここからは兎路が交渉役になった方が良い。二人は示し合わせたかのように兎路の数歩後ろにエイジが追従する形で彼女らに近付いた。
「まず、改めて自己紹介を。我々はビグダレイオから来た軍団よ」
「ビグダレイオって…?」
「どこですか?」
「ここからずっと南に向かった砂漠にある猪頭鬼の都市国家なの」
魔女達に限らず、人類プレイヤーの大半はビグダレイオの存在すら知らない。短く要点のみを教えた兎路は、そんなことよりと言って後を続けた。
「我々については話したわ。次は貴女達のことを話すのが筋じゃないかしら?」
「えっ、あ、はい。私達は『魔女集会』っていう同人グ…いえ、クランです」
武装解除していることもあって気が緩んでいるのか、五人のプレイヤーは兎路が聞いてもいないことをペラペラと話始める。彼女らはリアルで仲の良い友人グループであり、彼女らの共通する趣味が魔女関連なのだという。
ただし、理想とする魔女の形は個人差があるらしい。魔術の威力を求める者、【錬金術】に重きを置く者、【召喚術】を究めんとする者、魔導具作りに励む者、【呪術】に興味がある者。全員の趣味嗜好は異なっているのだ。
「方向性が違うから魔女だけのクランでもやっていけるんだよね」
「ポーションはあるし…」
「魔導具もあるし…」
「【召喚術】で壁を作って…」
「【呪術】でデバフかけて…」
「高威力の魔術で吹き飛ばせば大体倒せるんですよ。ただ…」
「ただ?」
「魔女らしい魔女の服装でいると住民に嫌がられるんですよぅ!」
「「…………」」
兎路とエイジは悲痛な表情で叫ぶ魔女に「まあそうだろうな」と返さないように堪えるので必死だった。二人の目から見ても、『魔女集会』のメンバーは異様であったからだ。
三角帽子に黒ローブ、長い杖までは普通の魔術師の服装だと受け入れられるだろう。実際、似たような格好の魔術師は無数に存在している。
だが、全員がそれぞれジャラジャラと呪物めいたデザインの装飾品を身に着けているのはいただけない。怪しげな紋様や魔物の頭蓋骨を連ねた首飾りなど、いかにも怪しげなのである。それが五人も集まっていれば不審者のように見られるのも当然であった。
「あの街はこんな私達を迎え入れてくれたんです!」
「たまにお野菜とか差し入れてくれるんですよ!」
「お返しに回復ポーションとかあげてました!」
「とっても仲良くなって…たんですけど…」
「街がああなった、と」
街を指さす兎路に五人は沈黙したまま頷いた。忌避されがちな自分達を受け入れてくれた街に愛着があったらしい。今、その街からはいくつもの煙の筋が上がっている。五人が落ち込むのも無理はなかった。
「聞きたかったのはそこよ。誰が、何のために街で騒ぎを起こしたの?」
「えっと…『解放の手』っていう新興宗教、でいいのかなぁ?」
「政治団体じゃない?」
「とにかく、そんな人達がいきなり蜂起したんです」
「『解放の手』、ね」
兎路とエイジは『解放の手』について聞いたことがあった。それもそのはず、この団体は魔王国が『コントラ商会』経由で支援しているからだ。
正確には『コントラ商会』と『解放の手』の間にも複数の団体が挟んであるので直接的な関係はないように見せている。逆に言えば、直接的に支援するのは憚られる団体なのだ。
『解放の手』の理念は共産主義である。これは王国に限らず王政を真っ向から否定する理念だ。同時に各地を治める貴族も否定しており、これを実現するために武力蜂起も辞さない過激な集団あった。
ルクスレシア大陸に限らず、ほぼ全ての国は王侯貴族が政治と軍事を担っている。そんな集団と直接商売をしているとなれば敬遠されかねない。間に複数の団体を挟むのは、将来の商売に支障をきたすと判断しての行為だった。
「領主の一族が真っ先にやられたみたいです。伝聞ですけど、屋敷の使用人が毒を盛ったとか」
「衛兵隊にも構成員が紛れてて、城門を破壊したっぽいですよ。そのせいで街を守る魔導人形が動いていないんです」
「他にも街中に潜んでた人達が武器を持って暴れ始めて…」
「だから、私達は仲の良い人達を連れて逃げました」
「避難民はそんな人達なんです」
『解放の手』の理念は民衆にとって理想的なモノに映ったのだろう。その構成員は爆発的に増加しており、ほぼ全員が民衆ということもあって様々な場所に潜んでいた。
どこにでもいるという事実が武力蜂起の成功に繋がった。屋敷の使用人が領主を討ち、衛兵が防衛機能を停止させ、他の者達が隠していた武器を手に暴れ始めたのである。
「事情は理解したわ。じゃあ、最初の質問に戻るわよ?貴女達の目的は何かしら?」
「えっと、避難民を傷付けないで下さい!」
「お願いします!」
魔女達の目的は避難民を見逃して欲しいといモノだった。忌避されやすい見た目の割に、五人の魔女は皆善良な人格らしい。兎路とエイジは苦笑しないようにするので精一杯であった。
大前提として、ビグダレイオの指揮官であるジャハル王子は元から避難民に手を出すつもりはない。それ故に要求を受け入れることに何の問題もなかった。
ただ、兎路もエイジも長い間イザームやコンラートと共に行動して来ている。息をするように悪巧みをする者達を見てきた二人が影響を受けていないはずがない。二人は自然とこの状況はどう利用出来るかについて考えていた。
「話はわかったわ。ご判断を仰ぐ必要があるけれど、殿下は慈悲深いお方よ。悪いようにはしないわ…行きなさい」
「はっ!」
部下の演技を続けているエイジは威勢よく返答すると、素早くビグダレイオ軍団の陣地へ戻って行く。その際、自分と兎路の武具を拾うことを忘れてはいなかった。
エイジの背中を見送った兎路だったが、彼女は再び五人の魔女に相対する。まだ話があるのかと怯える彼女らを見ながら、兎路はヴェールの奥に隠された口角をこれ以上ないほどに吊り上げた。
「さて…殿下からのご下知を待つ間に、私から一つ提案があるわ」
「て、提案ですか?」
「貴女達、あの街を支配下に置くつもりはない?」
「「「「「…………はいぃぃぃぃ!?」」」」」
世間話をするかのように述べられた一言は、五人の魔女の思考の埒外にある言葉であった。理解するまで数瞬の時を必要とし、理解が及ぶと同時に五つの悲鳴が響き渡るのだった。
次回は11月28日に投稿予定です。




